演習の履修生からの質問
非常勤先の万葉集演習の授業、1ヶ月遅れの5月12日から遠隔授業で実施しています。
受講生が5名という少人数ですので、Googleclassroom、meetで行っています。
昨日で4回が無事に終わりました。
第1回目は、受講生の通信環境の確認、自己紹介、授業概要でした。第2回から第4回まで万葉集概説で、まだ終わりません。
演習なのに、今のところ講義です。概説はさすがに次回で終わると思います。
90分間リモートというのも、集中が大変だろうと思い、途中10分間ほど中休みの意味で、昔大学に現れたタヌキや、奈良の鹿の写真などを見て貰っています。←無理やり見せている、という説も。(^_^;
授業中、学生のカメラとマイクは切ってもらっていますので、学生の反応がいまいちよく分かりません。
そこで、第3回目からは授業に対する感想、質問、意見などをメールで寄せて貰うことにしました。リアクションペーパーですね。
寄せられた感想からは、タヌキや鹿の写真は好評でした。♪
そして、寄せられた質問と、それに対する私の答は、以下の通りです。私の答までご披露するのは、少し勇気がいります。御批正の程。(^_^;
A.万葉集の四期区分は誰がいつ分けたものでしょうか。
a.江戸時代の国学者である賀茂真淵の『万葉考』に現在の4期区分に近いものがあります。そこでは、5期区分がなされていて、以下の通りです。
・推古朝以前
・舒明朝から藤原宮の前まで
・藤原宮時代
・奈良朝初期
・奈良朝中期
現在の4期区分では、推古朝以前は区分外ですが、真淵はその時期を第1期としています。あとは、その次の境を壬申の乱とするか藤原遷都とするか、という違いがあります。また真淵説では最後の区分がどこから始まるのか明示されていません。そういった違いはありますが、これが現在の区分の原型と言えそうです。
授業で話した4期区分は、澤瀉久孝『萬葉集序説』(昭和16年)がぴったりそのままですが、これが最古かどうか? 岩波の日本古典文学大系本『萬葉集』第1冊(昭和32年)の解説があの4期区分を採用して、以後、あの説が定説になったようです。
B.万葉集には貴族から庶民といった様々な階層の人達の和歌が残されているとのことですが、当時の庶民が読み書き出来たのか、読み書き出来る身分にある人が庶民の和歌を口頭で聞きながら書きうつしたのか、作者の方言が含まれる和歌もあるのか等、気になりました。
b.万葉集には様々な身分の人の歌が収められていますが、庶民の歌は数から言えば少数です。庶民は文字の読み書きはできなかったと考えられますので、庶民の歌は文字の書ける人が文字化したものでしょう。
東歌は、その全部が東国農民の歌とは限らないようです。東国で実際にうたわれていた歌もあったでしょうが、それらは収集した人物が文字化したのでしょう。
防人歌は、歌をよんだのは防人本人と考えられますが、文字にしたのは、防人を引率していった国府の役人と考えられます。
東歌・防人歌には東国方言が含まれていて貴重です。国ごとの方言の特徴までは分かりませんが、大きく東海方言と関東方言という傾向は見られます。
C.15世紀に作られた日匍辞書から当時の日本人の発音が分かるとのことですが、奈良時代の発音についても記された書物はあるのか気になりました。
c.奈良時代の発音を直接知ることのできる資料はないのですが、字音仮名に用いられている漢字の、当時の中国における字音(これは推定ですが)が手がかりになります。
D.義訓の暖(はる)、寒(ふゆ)などは少し捻ったものであるのに、どうして読み方が分かったのでしょうか。
d.義訓の暖(はる)、寒(ふゆ)については、実際に万葉集の中でその表記がなされている歌は2首あります。
・寒過 暖来良思 朝烏指 滓鹿能山尓 霞軽引(冬過ぎて春来るらし朝日さす春日の山に霞たなびく)巻10・1844
・寒過 暖来者 年月者 雖新有 人者旧去(冬過ぎて春し来れば年月は新たなれども人は古りゆく)巻10・1884
これらの歌で「寒」を「ふゆ」と訓み、「暖」を「はる」と訓んだのは、前後の文脈と言いますか、歌全体の解釈から、ということになります。
他に、「冬ごもり 春さり来れば」などという他の歌の似た言い回しなども参考になります。また、短歌は字余り・字足らずはあるにしても、一応五七五七七を基本としますので、その制約からある程度訓みの幅は決まってきます。そういったことを総合して訓みを決めて行きます。
これらの歌の場合は、それ以外に候補となる訓みも思い付きませんが、歌によっては、訓みに複数の可能性があって、訓みが決まらないものもあります。そのあたりが、大変なところでもあり、おもしろいところでもあります。
E.和歌に出てくる鹿というと一頭だけが寂しく鳴いている、という印象でしたので、カップルで仲良くしていたりたくさん集まっているのを見て微笑ましくなりました。
私が今まで見た歌は、男性が雄の鹿の寂しさと心を合わせる歌ばかりでした。和歌の鹿といえばやはり牡鹿ですが、女性が詠む女鹿の歌はあるのか(雌は雄を求めないのか)気になってしまいました。
e.古典の和歌では、鹿は秋に1頭だけで寂しく鳴いている様子がよまれることが多いですよね。
奈良公園の鹿は、春日大社の神鹿として長い間大切にされてきて、人も鹿に危害を加えることがなかったので、その結果が今の状態なのでしょう。和歌に出てくる鹿の方が本来の姿と思います。和歌の鹿の住み処は、多くは人里に近い山などなのでしょう。
質問のようなことを調べるには、万葉集における鹿の用例を全部集めて、それらを吟味することになります。これは後日演習の材料にするかもしれません。
F.仙覚はお坊さんであったということですが、新点本の校訂は一人でかつ公的に行ったのでしょうか。
f.新点本の仕事は鎌倉幕府の将軍藤原頼経(源実朝の次の将軍)の命令のもとに、仙覚1人で行ったようです。その成果は、後嵯峨上皇にもお目に掛けました。
その後、仙覚はこの仕事に飽き足らず、更に多くの次点本を入手して、改訂を目指し、また注釈書も作成しました。万葉集研究に大きな功績のあった人です。
上の質問を寄せてくれたのは全部2年生です。
万葉集概説でどんな話をしているのか分かりますね。(^_^)
そして、私の講義内容に不十分な点のあることもよく分かりますが、それ以上に、学生さんたちが授業をしっかり聴いた上で、自力で更に深く考えてくれていることも分かります。みんな優秀です。
Eの質問は、中休みの奈良の鹿の写真から出てきたものです。中休みも有意義です。♪
リアクションペーパー代わりのメールを送って貰って良かったです。
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「いいね!」です。
こんなふうにあれこれ質問が飛ぶのは、ある意味ウエブでの講義の利点かもしれませんね。
投稿: 三友亭主人 | 2020年6月 5日 (金) 22時22分
三友亭主人さん
「いいね!」を頂き、ありがとうございます。
なんか、みな良い質問で嬉しいです。
確かに、これはWeb授業の利点ですね。
今年度前期の授業は遠隔で行うと言われたときは、どうなることかと思いましたが、遠隔授業の利点もあることを実感しています。
ただ、これも、受講生が5人という少人数の演習なればこそ。
受講生の数が多いと、難しいことも多いのかもしれないと思っています。
投稿: 玉村の源さん | 2020年6月 5日 (金) 22時43分