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2020年5月14日 (木)

大正16年のチリ硝石のポスター

 このようなものを入手しました。
S02chirishoseki01
 ネットオークションで見つけて、うさぎの絵が描いてあるので、入札してしまいました。
 うさぎ年生まれで、うさぎが好きなもので。(^_^)

 ものは、チリ硝石のポスターです。
 ググってみると、チリ硝石は、19世紀に発見され、当初は火薬、その後は肥料に使われたそうです。
 20世紀初頭の輸出量は年間200万トンを超える規模となったそうですが、チリにおける硝石生産は、1930年代をピークに衰退していったとのことです。掘り尽くしてしまったのですかね。

 このポスターの右下の部分を拡大します。
S02chirishoseki02
 「大正十六年」とあります。
 大正15年(1926)の12月25日に大正天皇が崩御し、即日裕仁親王が践祚、昭和に改元したため、昭和元年はわずかに7日で終わり、年明けは昭和2年となりました。大正十六年は幻の年号ですが、あまりにも年末ギリギリの改元でしたので、当時、「大正十六年」とした印刷物はたくさんあったことでしょう。

 このポスターの発行者は「智利硝石普及会」ですね。
 ポスターの上方に「麦作と桑肥に欠く可からざる」とありますように、智利硝石を主として麦と桑の肥料として普及させようとの趣旨なのでしょう。
 表の中にも、「智利硝石 与へる時と分量」という項目があって、月別に詳細に記されています。

 ポスターの大部分を占めるのは、うさぎの餅つきです。
 なぜうさぎかというと、大正十六年(昭和二年)がうさぎ年だからなのでしょう。丁卯の年でした。
 毎年、干支にちなんだ絵柄なのかと思います。

 昭和2年って、93年前なのですね。私の世代は、親が大正から昭和1桁の生まれ、祖父母が明治の生まれでしたが、いつのまにやらずいぶん歳月が経ってしまいました。

 昭和も遠くです。

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コメント

本当に昭和が遠くなりましたね。

私の祖父は明治末、祖母は大正半ばの生まれでした。
祖母は早くに亡くなりましたのであまり覚えていませんが、祖父の話し方(特に助詞の使い方)が現代のものとは少し異なっていて、子ども心にとても不思議だったことを記憶しています。

祖母がよく口ずさんでいた歌。
「まる さんかく また来て しかく。四角は豆腐。豆腐は白い。 ・・・」の歌は、どこに消えたのでしょう。
数え歌の類も聞かなくなってしまいました。
昔を振り返ると寂しく感じるのは、やはり「年」だからでしょうか。

やまゆりさん

 コメントをありがとうございます。

 言葉や風俗習慣って、意外と変化しているのかもしれませんね。
 その集積の結果、古典語と現代語とで大きな違いが生じてしまっている、ということなのでしょうね。

 「さよなら三角、また来て四角」というのもありますね。私の知っているのはそこまでで、その先豆腐には続きません。こういう口誦のものは夥しい別バージョンがありそうですね。

 昔を振り返ると寂しく感じる要素には、故人と年が近くなったということもあるかもしれませんね。私は大分前に母の歳を越えてしまいました。

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