« 手洗いの、5つのタイミング | トップページ | 今日はアースデイ »

2020年4月21日 (火)

昭和2年の「渋谷町全図」

 このような地図を入手しました。
S02shibuya01
 細かすぎますね。(^_^;
 左上に標題があります。
S02shibuya02
 昭和2年の渋谷町の地図です。「区」ではなく、まだ「町」です。
 昭和7年に、渋谷町、千駄ヶ谷町、代々幡町が一緒になって渋谷区が成立したとのことですが、3町の中では渋谷町の範囲が圧倒的に広かったことがこの地図から伺えます。

 右下にこのような解説が載っています。
S02shibuya03
 これによれば、翌昭和3年の地名変更に先立って、この地図が作成されたようです。
 地名変更前の地名を記録しておこうということでしょうか。
 そういうことであれば、先日のタモリさんの言葉ではありませんが、意義深い地図と思います。

 この地図を入手したことで、数年前にブログで取り上げた地図を思い出しました。
 この図録に掲載されていた絵地図です。
Hachi_shibuya

 下がその絵地図です。大岡昇平の『幼年』における記述をもとに作成した、大正から昭和初め頃にかけての地図とのことです。
Shibuya_taisho

 絵地図ですので、この地図を現代の地図と重ね合わせることがなかなか難しかったのですが、昭和2年の地図となら対比しやすかろうと思いました。北が下なので、分かりにくいんですけどね。(^_^; 昭和2年の地図も北を下にしてみました。
S02shibuya04

 ついでに現代の地図も。
S02shibuya05

 ブログに絵地図を載せた時に、朝倉山のオニさんからいろいろとご教示をいただきました。以下の通りです。

 ・駒場通りから大向通りにかけては、文化村通りで、大向小学校は今の東急本店に当たります。
 ・練兵場通りは、ファイヤーストリートでしょうか。
 ・竹久夢二の家から生民軒牛乳屋への道は井の頭通りでしょう。
 ・衛戍監獄は、今の渋谷区役所近辺だと思います。
 ・練兵場は、言わずと知れたNHK、代々木公園ですね。当時は狐が出没したそうです。
 ・宇野浩二の家の方に伸びているのは、公園通りのようです。
 ・練兵場通りは途中で二股になっていますが、そこは今の丸井だと思います。
 ・ファイヤーストリートは、渋谷駅を後ろにして丸井を左手に見る道のことです。電力館に通じる道です。
 ・憲兵分隊のすぐ下の三角形のところは、109だと思います。

 3枚の地図を比べてみると、オニさんの判断は全てどんぴしゃりだったことが分かります。掌を指すが如く。
 改めて御礼申し上げます。

 絵地図には、渋谷川と宇田川とが載っています。渋谷川は東京オリンピックを前に暗渠になってしまいました。
 現在の渋谷大改造では、渋谷川の一部を地上に出すようなことを聞きました。

 一方の宇田川の方は、宇田川町の地名の由来になった川と思われますが、今はやはり暗渠になってしまったのでしょうね。
 この川は昭和2年の地図に載っていました。
 代々木の方から南下しています。
S02shibuya07
 あ、昭和2年の地図は48度ほど右に回転していますので、それを逆に回転して北が上になるようにしました。
 上の3枚の地図とは向きがほぼ逆になります。

 宇田川は、画面左上から右下に掛けて流れています。
 北から順に深町小橋、深町橋、松濤橋、大向橋などの橋の名前が書かれています。
 大向小学校の北東で、この流れに、南西から流れてきた川が合流します。

 その川も含め、合流後の流れは以下のようになっています。
S02shibuya06
 大向橋の下流には後藤橋があり、その先で川は消えてしまっています。暗渠になったのでしょうか。現在の109のあたりです。
 参考までに、現代の地図。
S02shibuya09
 太い道は変わりませんが、細い道は大分変わってしまっていて、重なりません。
 宇田川も辿りにくいです。

 絵図にある大岡昇平の家は、昭和2年の地図では、大向橋のすぐ左の「20」と書いてあるあたりと思います。現代の地図では大きな文字で「宇田川町」と書いてある「町」の上あたりになりましょうか。

 地図の比較は楽しいです。


【追記】R2.4.23
 古都の焼け門さんのコメントを受けて、昭和2年の地図から1枚追加します。
 大向小学校の西側です。
S02shibuya10
 大向小学校の北沿いを流れる川を西へ遡ってみました。
 画面右端中央付近に大向小学校があります。
 その北沿いの川を辿ると、「松濤」と「大山」との境界付近を通って、画面左端中央付近で地図の端になってしまいます。この先は駒場になろうかと思います。駒場の向こうから流れて、大向小学校の北を通って、宇田川に合流することになります。

« 手洗いの、5つのタイミング | トップページ | 今日はアースデイ »

地図・航空写真」カテゴリの記事

東京あれこれ」カテゴリの記事

コメント

先生は本当に多趣味というか、コレクターでいらっしゃいますね。

こうした「古いもの」の類は、どうやってお求めになっておいでなのしょう。

道の駅等でのフリーマーケットに骨董品屋さんが出ているので、時々覗いていますが、なかなか「これぞ」という品にはお目にかかれません。

やまゆりさん

 コメントをありがとうございます。

 ほんと、コレクターです。(^_^;
 共通点は、「古いもの」。

 子供の頃から古いものが好きで、古いものを見るとつい欲しくなります。
 収集品は、古地図、絵はがき、台本、道中記(定宿帳)などです。
 書画骨董はあまり。

 購入方法はもっぱらネットオークションです。

橋の名前が分かって、いい地図ですね。ちょっと昔の地図を片手に歩くのは、本当に楽しいですね。今は、自粛してますが、早く再開したいです。タモリ倶楽部の暗渠、路地、スリバチ地形、古道などの企画がこの頃なくなり、ちょっと寂しいです。余談ですが、こちらでは先週”空耳アワード2019(後編)”の放送がありました。「川の地図辞典 江戸・東京/23区」(之潮)によると、南西から流れてきた川の水源は松濤池の湧水のようです。宇田川の水源はちょっと古い地図ですが、https://www.tokyo-23city.or.jp/tokei/kochizu/index.htmlで確認できます(ちょっと見づらいですが)。

古都の焼け門さん

 コメントをありがとうございます。

 ありがとうございます。橋の名前が記載されているのは嬉しいです。

 そうですね。言われてみれば、「タモリ倶楽部」の街歩きは最近ありませんね。

 川の上流についてのご教示、ありがとうございました。

 早速、お知らせくださったURLに行ってみました。リストの中の「東京府豊多摩郡代々幡村」でしょうか。宇田川の源流は何本もあるように見えますね。複数の流れが1本になって渋谷に流れているように見えました。

 また、大向小学校の北沿いを流れる川については、昭和2年の地図からその部分を追加しました。松濤池というのは見当たらず、さらに西、駒場の方から流れているように見えます。

”大山”の山の右隣り、瓢箪の形をしたところが松濤池です。ご教示の通り、更に延伸しています。「春の小川はなぜ消えたか」(田原光泰 之潮)によると、山手通り東大裏バス停付近で三田用水と接続していて、この取水口を神山口と呼んでいるそうです。そのため、この流れは三田用水神山分水と呼ばれているそうです。地図を追加していただいたおかげで、三田用水との接続付近を確認することができました。本当に、ありがとうございます。”

古都の焼け門さん

 コメントをありがとうございます。

 大山にあるひょうたん型の池が松濤池でしたか。
 また、この流れの名称が「三田用水神山分水」とのご教示、ありがとうございます。
 何という名前か分からなかったので、「大向小学校の北沿いの川」などと呼ぶしかありませんでした。ありがとうございました。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 手洗いの、5つのタイミング | トップページ | 今日はアースデイ »

2020年12月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ

ウェブページ