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2020年4月

2020年4月30日 (木)

得鳥羽月

 前にも書きましたが、スマホのゲーム「ねこあつめ」がお気に入りです。
 このゲームで、毎日日替わりの「あいことば」が示されます。
 この「あいことば」が、なかなか只者ではありません。
 「寄物陳思」などという業界用語が登場したこともありました。(^_^)
Neko_kibutsu
 
 今年4月1日の「あいことば」は「得鳥羽月」でした。
 はじめて見る言葉でしたし、読み方も分かりません。
 読み方が分からないと国語辞典や古語辞典は引けませんが、今は便利になって、ジャパンナレッジや電子辞書などを使えば、読みが分からなくても検索できます。

 で、日国では2項目見つかりました。以下の通りです。

 >えとりは‐の‐つき 【得鳥羽月】〔名〕陰暦四月の異名。
 > *蔵玉集〔室町〕「藤の花夏にかかれる奥山の下にや待たんえとりはの月」
 > *俳諧・哥林鋸屑集〔1660〕「四月。〈略〉得鳥羽(ヱトリハノ)月」


 >とことば‐の‐つき 【得鳥羽月】〔名〕(「ば」の清濁については不明)陰暦四月の異称。えとりはのつき。《季・夏》
 > *俳諧・俳諧新式〔1698〕夏の詞よせ・四月「う月 うのはな月 とことはの月 はな残り月」
 >補注
 > 「俳諧・増山の井」に「卯月 卯の花月 得鳥羽の月 花残りの月」とあるが、読み方は不明。

 ということで、陰暦4月の異名なのですね。読みも「えとりはのつき」と「とことばのつき」という2様があるのでした。
 どちらかが本来の読みで、一方は文字に引かれて生じた誤用ということなのでしょう。

 語の由来もよく分からないようで、「雛の羽毛が生えそろう時季」や「鳥の羽が生えかわる季節」という説があるようです。

 日国の用例を見ると、俳諧で用いられる語なのでしょうかね。五七五の17音という限られた音数ですので、その短い中で新しい表現を生み出そうとした工夫の1つなのでしょうかね。まったくの素人考えです。

 何かもう少し分かってからブログのネタにしようと思っていましたが、今日で4月が終わってしまいますので、今日載せることにしました。
 ま、旧暦4月の異名ということですので、本当はまだ良いのかもしれませんけど。(^_^)
Gunmac_hatena


2020年4月29日 (水)

「オトギカルタ」

 このようなかるたを入手しました。
Otogicard07
 現物ではなく復刻版です。奥付がなく、いつの復刻か分かりません。

 解説が1枚入っていて、「このオトギカルタは、大正時代から昭和初期に各地に普及していたかるたを、主に復刻製作しました。」とあります。
 「主に復刻製作しました」という部分が意味不明です。

 絵札と読み札はこのようです。
Otogicard08

 今まで、当ブログでは、おとぎ話・昔話のかるたを3つ取り上げてきました。

 昔話のかるた(戦前)
 「おとぎかるた」(戦後ほどなくか)
 「お伽カルタ」(戦前)

 それぞれの内容を表にしてみました。
Otogicardrank
 桃太郎が不動の1位です。それ以外の順位は4つのかるたでほぼ同様ですが、戦後、金太郎の躍進が目立ちます。

 興味深いのは「に」の札と「も」の札で、いずれも桃太郎です。そして、「も」は不動の「桃から生まれた桃太郎」です。
 「に」は「日本一の~」で、「日本一の桃太郎」だったり「日本一のキビ団子」だったりします。このかるたでは「日本一の旗を立て」ですね。

 上の札では、金太郎の読み札2枚が興味深いです。
 2枚続けると、「まさかりかついだ金太郎 熊にまたがりお馬の稽古」となります。
 これ、童謡の歌詞とほぼ同じですね。明らかに童謡の歌詞を踏まえていることでしょう。
 とすれば、このかるたの発行年を知る手掛かりになる、と思いました。
 わくわくしましたが、ダメでした。
 この童謡(というか唱歌)は、明治33年(1900年)6月発行の『幼年唱歌 初編上巻』に載っているのでした。
 このかるた、明治33年以降ということしか分かりません。年代は絞れませんでした。

 あと4組。
Otogicard09

 前のかるたでも朝倉山のオニさんからご指摘を頂きましたように、「うさぎとかめ」の話は舶来品ですね。
 それにも関わらず、しれっと混ざっています。(^_^)

 どの札でも、動物は丸ごと動物の姿をしているにもかかわらず、猿蟹合戦のカニは、頭だけがカニで、体は人間です。

 語句に関しては、「ら」の札「楽に退治る鬼ヶ島」の「退治る」が少し気になりました。
 名詞の動詞化ですね。現代では「退治する」が普通だと思います。
 日国によると、古くは「退治す」だったのが、江戸の後半から「退治る」が使われるようになったようです。
 最古の用例として、人情本の『春色梅美婦禰』〔1841~42頃〕のものが挙がっていました。

 箱の絵は、この復刻に際して新たに描かれたもののようです。
 絵札が3枚散らしてある他に、右下に一寸法師が、中央から左上に掛けて鬼の絵が描かれています。
 この一寸法師、かるたの絵と全く違いますね。
Otogicard10
 箱の絵は中原淳一風です。←知らんけど。(^_^;
 かなりミスマッチと思います。(^_^)

【追記】
 一寸法師の装備って、お椀の舟に箸の櫂、そして剣は針でしたね。箱の絵の一寸法師の剣、柄頭の部分にちゃんと針のメドがありますね。細部がちゃんと描かれています。(^_^)

2020年4月28日 (火)

残るアマリリス発芽

 3月14日にアマリリスの植え替えをしました。全部で6鉢です。
 幾日も経たずに、そのうちの3鉢が芽を出しましたので、3月29日にその写真などを載せました。
 さらに2鉢が芽を出し、これも4月11日に載せました。

 あと1鉢。その球根は、渋川の家で鉢に植わっていたのを、鉢から掘り出して東京に持って来たものです。
 植え替えるまで新聞紙に包んでいただけでしたので、根が弱ってしまったのかもしれません。
 無事に芽を出すように願いつつ、観察していました。
 いつ発芽するのだろうかと、気になっていた方もいらしたことと思います。←たぶん、いないと思う。(^_^)

 出ました。(^_^)
Ama20200428a
 よく分かりませんね。
 アップです。
Ama20200428b

 これで6鉢全て芽を出しました。幸いです。安心しました。
 昨日はつつじが咲かない話題でしたので、良い話題もないと。♪

 もとは1つの球根から分球したクローンのようなものですけど、一番最初に発芽したものと、最後に発芽したものと、1ヶ月ほどの差が出ました。何か差があったのでしょう。
 今日ご披露した球根は、鉢から掘り出したあと、植え付けるまでの日数が長かったことが影響していたと思います。悪いことをしました。

2020年4月27日 (月)

つつじが咲かない

 外出自粛で運動不足になっていますので、スーパーに行った帰りに、真っ直ぐ帰宅せず、大回りしています。
 ま、15分くらいなので、大した運動にはなっていないのですけど。
 季節柄、あちこちのお宅のつつじがきれいに咲いています。
 こんなのとか、
Tsutsuji2020a
 こんなのとか。
Tsutsuji2020b
 いずれも柵越しです。咲いているのも民家ではなくて、公的な施設のようです。
 やはり、普通のおうちにカメラを向けるのは憚られます。(^_^;

 こういう花を見ると、うちの玄関先のつつじもそのうち咲くことでしょう。

 ……と思いつつ、待っていましたが、咲く気配もありません。
 こんなです。
Tsutsuji2020c
 すぐ隣の桑の木に長年月圧迫されて、ずいぶんかわいそうな枝形になっていますが、それでも毎年咲いてくれていました。

 去年の5月5日はこのようでした。
Tsutsuji2020d

 去年よりもまだ1週間早いとはいえ、大違いです。
 じっくり観察してみると、今年の枝には花芽が付いていません。
 今年はどうもダメそうです。

 理由が分かりません。
 またググってみました。検索キーワードは「つつじ 花が咲かない」です。そのまま。(^_^)
 これでもちゃんとヒットしました。ネットは便利。
 それで出てきた、考えられる理由は以下の通りです。

 ・剪定時期を間違えている
 ・剪定のし過ぎ
 ・日光が不足している
 ・肥料の与えすぎ
 ・害虫(ベニモンアオリンガ)
   幼虫がツボミや新芽を食い荒らすそうです。

 どれも当てはまりそうもありません。
 剪定は全くしていないし、肥料もやっていません。日光は半日くらいは十分に当たっていると思います。
 害虫ですかねぇ。

 今後、害虫を気にしながら、来年を楽しみにしたいと思います。

 いろいろあります。

2020年4月26日 (日)

揚げないカツのオムカツ丼

 昨日、いつものスーパーでこういうお弁当を買いました。
Omukatsu01

 これ、以前からちょっと気になっていたのですが、夕飯に食べるには少し量が少ないかなと思って、買ったことはありませんでした。
 昨日は、ブランチを食べ過ぎて(←いい歳をして情けない)、あまりお腹がすいていなかったので、良いチャンスと思って買いました。

 パッケージの左上にこういうシールが貼ってあります。
Omukatsu02
 ググってみたら、いろいろと分かりました。

 このお弁当は、共立女子大学家政学部食物栄養学科の学生さんを中心とした公認学生団体「食で世界を笑顔にする会 くすくす」のメンバーが株式会社八社会と共同開発したもので、「惣菜・べんとうグランプリ2020」の「健康・ヘルシー部門」で優秀賞を受賞したそうです。

 「からだに嬉しい健康弁当」というコンセプトで、「健康に気を使いながら満足したい」をテーマに、健康だけでなく味や季節感のある食材の使用にこだわっているとのことです。
Omukatsu04
 おいしゅうございました。(^_^)

 プチプチした食感があったので、何だろうと思いました。もち麦だそうです。
 原材料等は以下の通りです。
Omukatsu03

 このお弁当を考案したのは共立女子大の「くすくす」ですが、株式会社八社会との共同開発です。産学連携ですね。
 八社会というのがまた分からなかったので、ググってみました。ネットは便利。

 ウィキペディアによれば、八社会というのは、日本の私鉄系スーパーマーケット8社が共同で設立した、共同企画商品の企画・開発を手がける企業で、「Vマークバリュープラス」商品をプライベートブランドとして展開しているとのことです。上に載せたラベルにも「バリュープラス」の文字が見えますね。小さいですけど。

 商品供給先は、関東地方を中心とした、私鉄・交通系企業系列(過去に系列だった企業も含む)のスーパーが中心とのことです。
 京王ストアとか、京急ストアとか。
 私が買ったのも東急ストアでした。

 あれこれ納得です。

2020年4月25日 (土)

奈良の子鹿公開中止

 奈良で毎年6月恒例の、鹿の赤ちゃん大公開、今年は中止です。
 その旨、少し前にサイトで見ましたが、今日、奈良の鹿愛護会からはがきが届きました。ご丁寧な対応です。
Kojikachushi01
 残念ですが、仕方ありませんね。
 子鹿の成長の様子がHPやSNSで見られるというのは楽しみです。

 昔撮った写真を載せます。いずれも2011年のものです。9年前。
 お母さん鹿と子鹿。
Kojikachushi03

 水を飲む鹿。これも親子でしょうか。手前にはリラックスしすぎの子鹿が。
Kojikachushi04

 オトナは、ちゃんと容器の外から首だけを伸ばして水を飲んでいますが、子鹿はまだワケが分からないので、容器の中に入ってしまっているのもいます。
Kojikachushi05
 中に入ると水が汚れます。係の方(奈良の鹿愛護会の方でしょうか)が小まめに水を替えていました。

 こういった写真を見ていただいて、免疫力アップになれば幸いです。

2020年4月24日 (金)

心身を保つ「あかさたな はまやらわ」

 SNSからのリンクで、朝日新聞デジタルの「在宅のストレス 心身を保つ「あかさたな はまやらわ」」という記事に行き当たりました。
 2020年4月12日 10時00分づけでしたので、もう12日前のものです。
Akasatana

 「あかさたな はまやらわ」の内容は以下の通りです。
  あ:歩く     天気のよい日は人混みを避けて近所を散歩
  か:かがむ    足の筋力を衰えさせないために、スクワットや椅子への立ち座りを
  さ:支える    転倒に注意しながら、いろいろなポーズで静止してバランス感覚を鍛える
  た:立つ     座りっぱなしにならないよう、立って家事などをする
  な:何でも食べる バランスのよい食事をとって免疫力をつける
  は:(息を)吐く 鼻から吸い、口から長く吐く腹式呼吸でリラックス
  ま:丸める・回す 筋肉を伸ばすストレッチ、関節を回して体をほぐす
  や:休む     疲れている時、体調の悪い時は無理をしない
  ら:ラジオ体操  まんべんなく体を動かすには最適
  わ:笑う     1日1回は笑顔になれることを探してみて

 いずれもなるほどと思います。
 でも、10もあると憶えきれません。(^_^;
 そらにいかでかおぼえ語らむ。

 「ほうれんそう」(報告・連絡・相談)とか、「さしすせそ」(料理の)とか、そういった、短く、単純なものでないと、なかなか。

 「さしすせそ」って、砂糖・塩・酢・せうゆ(醤油)・……、はて、「そ」は? と思ってググってみたら、味噌なのですね。味噌だけちょっと強引。(^_^; ま、4つはちゃんとしてるのですから、1つくらいは仕方ありませんね。(^_^)

 「あかさたな はまやらわ」は、

  ・散歩をしたり、スクワットをしたりして、体を動かそう。
  ・よく食べ、よく笑い、リラックスして免疫力を高めよう。
  ・無理をせずに、体を休めよう。

 こんな感じにまとめた方が分かりやすいように思います。
 僭越、失礼。

2020年4月23日 (木)

若木タワーって、これか!

 國學院大学には学会関係の会議などで、年に何度かお世話になっています。
 正門前の道を挟んだ向かい側にも國學院大学の敷地があり、以前は常磐松校舎と呼ばれていたように思います。今も常磐松ホールがあります。
 正門の内側には、近年、若木タワーという立派な高いビルが建ちました。
 常磐松については、近所に常磐松小学校がありますので、地名と思っていました。
 一方、若木タワーは不明でしたが、学生・院生のような若人が、若木のようにすくすくと育つように、という願いを込めた名称かと思いました。

 一昨日の昭和2年の渋谷の地図で、國學院大学のあたりを見て、「あっ!」と思いました。
S02shibuya08
 北に「常磐松」とあります。南西には氷川神社を含めて「氷川」、そして國學院大学のあたりは「若木」とあります。
 「若木」は地名なのでした。すっきりしました。(^_^)

 渋谷区立図書館のHP「渋谷区の町名・地番変遷」を見ると、渋谷区の地名は、段階的に変更されていったことが分かります。
https://www.lib.city.shibuya.tokyo.jp/?page_id=241
 これは、昭和37年5月10日に施行された「住居表示に関する法律」に対応するものと思います。
 常磐松、氷川、若木あたりは昭和41年4月1日に変更されています。
S02shibuya11
 ググってみたところ、常磐松、氷川はいずれも由緒ある地名だったので、それぞれの住民が譲らず、結局「恵比寿東」の「東」が採用されたとのことです。
 ということで、今このあたりの地名は、一帯「東」になっています。

 昭和41年というと今から54年前ですね。そう大昔ではありません。
 60代以上の方で、このあたりにお住まいだったり、お勤めだったりした方ならば、常磐松、氷川、若木はよくご存知の懐かしい地名でしょう。若木タワーの謎が解けて喜んでいては笑われそうです。(^_^;

2020年4月22日 (水)

今日はアースデイ

 今年はこのカレンダーを愛用しています。
Usacal2020a

 4月はこのようです。
Usacal2020f
 うさぎは良いです。(^_^)

 今日4月22日には「アースデイ」とありました。
Usacal2020g
 地球環境について考える日なのですね。

 新型コロナウイルスの影響で、経済活動が低下し、空気がきれいになったり、大気中の二酸化炭素濃度が低下しているという話を聞きました。
 そうだとしたら、何とも皮肉なことです。

 経済活動が低下するのも困ったことですので、何とかうまくバランスが取れないものかと思います。
 相矛盾することなので難解ですが、新型コロナウイルス禍を1日も早く終息させることが、長期的に見ても最も大事なことだと思います。

 このカレンダー、祝日以外の注記は、節分、聖バレンタインデー、ひな祭り、ホワイトデー、アースデイ、母の日、父の日、七夕、十五夜、ハロウィン、七五三、クリスマス、大みそか、という13項目です。
 ハロウィンのように、比較的最近目立ってきたものがありますが、あとは、広く長く定着しているものばかりです。

 そんな中でアースデイの載っていることが注目されます。
 うさぎカレンダーだからでしょうかね。
 というわけではなく、発行元が山と渓谷社だからかもしれません。

 アースデイも今後意識して行きたいと思います。
 アースデイというより、地球環境ですね。

2020年4月21日 (火)

昭和2年の「渋谷町全図」

 このような地図を入手しました。
S02shibuya01
 細かすぎますね。(^_^;
 左上に標題があります。
S02shibuya02
 昭和2年の渋谷町の地図です。「区」ではなく、まだ「町」です。
 昭和7年に、渋谷町、千駄ヶ谷町、代々幡町が一緒になって渋谷区が成立したとのことですが、3町の中では渋谷町の範囲が圧倒的に広かったことがこの地図から伺えます。

 右下にこのような解説が載っています。
S02shibuya03
 これによれば、翌昭和3年の地名変更に先立って、この地図が作成されたようです。
 地名変更前の地名を記録しておこうということでしょうか。
 そういうことであれば、先日のタモリさんの言葉ではありませんが、意義深い地図と思います。

 この地図を入手したことで、数年前にブログで取り上げた地図を思い出しました。
 この図録に掲載されていた絵地図です。
Hachi_shibuya

 下がその絵地図です。大岡昇平の『幼年』における記述をもとに作成した、大正から昭和初め頃にかけての地図とのことです。
Shibuya_taisho

 絵地図ですので、この地図を現代の地図と重ね合わせることがなかなか難しかったのですが、昭和2年の地図となら対比しやすかろうと思いました。北が下なので、分かりにくいんですけどね。(^_^; 昭和2年の地図も北を下にしてみました。
S02shibuya04

 ついでに現代の地図も。
S02shibuya05

 ブログに絵地図を載せた時に、朝倉山のオニさんからいろいろとご教示をいただきました。以下の通りです。

 ・駒場通りから大向通りにかけては、文化村通りで、大向小学校は今の東急本店に当たります。
 ・練兵場通りは、ファイヤーストリートでしょうか。
 ・竹久夢二の家から生民軒牛乳屋への道は井の頭通りでしょう。
 ・衛戍監獄は、今の渋谷区役所近辺だと思います。
 ・練兵場は、言わずと知れたNHK、代々木公園ですね。当時は狐が出没したそうです。
 ・宇野浩二の家の方に伸びているのは、公園通りのようです。
 ・練兵場通りは途中で二股になっていますが、そこは今の丸井だと思います。
 ・ファイヤーストリートは、渋谷駅を後ろにして丸井を左手に見る道のことです。電力館に通じる道です。
 ・憲兵分隊のすぐ下の三角形のところは、109だと思います。

 3枚の地図を比べてみると、オニさんの判断は全てどんぴしゃりだったことが分かります。掌を指すが如く。
 改めて御礼申し上げます。

 絵地図には、渋谷川と宇田川とが載っています。渋谷川は東京オリンピックを前に暗渠になってしまいました。
 現在の渋谷大改造では、渋谷川の一部を地上に出すようなことを聞きました。

 一方の宇田川の方は、宇田川町の地名の由来になった川と思われますが、今はやはり暗渠になってしまったのでしょうね。
 この川は昭和2年の地図に載っていました。
 代々木の方から南下しています。
S02shibuya07
 あ、昭和2年の地図は48度ほど右に回転していますので、それを逆に回転して北が上になるようにしました。
 上の3枚の地図とは向きがほぼ逆になります。

 宇田川は、画面左上から右下に掛けて流れています。
 北から順に深町小橋、深町橋、松濤橋、大向橋などの橋の名前が書かれています。
 大向小学校の北東で、この流れに、南西から流れてきた川が合流します。

 その川も含め、合流後の流れは以下のようになっています。
S02shibuya06
 大向橋の下流には後藤橋があり、その先で川は消えてしまっています。暗渠になったのでしょうか。現在の109のあたりです。
 参考までに、現代の地図。
S02shibuya09
 太い道は変わりませんが、細い道は大分変わってしまっていて、重なりません。
 宇田川も辿りにくいです。

 絵図にある大岡昇平の家は、昭和2年の地図では、大向橋のすぐ左の「20」と書いてあるあたりと思います。現代の地図では大きな文字で「宇田川町」と書いてある「町」の上あたりになりましょうか。

 地図の比較は楽しいです。


【追記】R2.4.23
 古都の焼け門さんのコメントを受けて、昭和2年の地図から1枚追加します。
 大向小学校の西側です。
S02shibuya10
 大向小学校の北沿いを流れる川を西へ遡ってみました。
 画面右端中央付近に大向小学校があります。
 その北沿いの川を辿ると、「松濤」と「大山」との境界付近を通って、画面左端中央付近で地図の端になってしまいます。この先は駒場になろうかと思います。駒場の向こうから流れて、大向小学校の北を通って、宇田川に合流することになります。

2020年4月20日 (月)

手洗いの、5つのタイミング

 新型コロナウイルス感染症対策推進室(内閣官房)の昨日のツイートに次のようなものがありました。
Tearai5

https://twitter.com/Kanboukansen/status/1251651187704643585?ref_src=twsrc%5Etfw%7Ctwcamp%5Eembeddedtimeline%7Ctwterm%5Eprofile%3Akanboukansen&ref_url=https%3A%2F%2Fcorona.go.jp%2F

 どれも常識的な事項のようではありますけど、なるほどなぁ、と思いました。
 外から帰ったら必ず手を洗うようになりましたけれども、鼻をかんだあとに手を洗うことはしていませんでした。
 食事の前にも洗っていないかも。
 食事の用意をする時には洗っていましたけれども。

 気をつけたいと思います。

 手洗いで、ぐんまちゃんのこんな掲示を思い出しました。
 群馬県庁昭和庁舎の入口にあったものです。
 平成27年の撮影ですが、今もあるような気がします。
Gunmac_te02
 ぐんまちゃんは馬なので、指はないはずですが、それでは諸々不都合なので、実際にはミトンのようになっています。本人と握手をして確認済みです。(^_^)
 この絵でもミトン状ですが、5番でいきなり指が出てきて、その後、何ごともなかったかのように、またミトン状に戻っています。
 全く融通無碍です。この自由さがぐんまちゃんらしくて、良きです。(^_^)

2020年4月19日 (日)

「ブラタモリ」飛鳥回のタモリさんの言葉

 昨夜の「ブラタモリ」は飛鳥の回で楽しかったです。
Buratamoasuka01

 印象に残る言葉がいくつかありましたので、夜中に録画を見て、文字起こしをしました。熱心なことです。(^_^;

 飛鳥寺の礎石が境内に残る来迎寺の入口付近の掲示板に「過去と相手は変えられないが 未来と自分は変えられる」という言葉が書かれていました。それを見て、他のお寺の掲示板の言葉について述べた後、この言葉に対しては、
Buratamoasuka02
 「まあまあでしょ」でした。(^_^)

 漏尅が発掘された水落遺跡の所で、そのような遺構があるとはだれも知らない明治時代の地図に「字水落」とあることについて、
Buratamoasuka03
 >地名というのは、やっぱり土地の記憶なんですよね。
 >本当は変えちゃいけないんですよ。
 >地名変更なんて、行政の便利さで変えてますけども、本当はダメなんですよね。
 >やっぱり守ってかなきゃダメですよね。

と言っていました。我が意を得ました。♪

 「水落」という地名、たぶん1400年生き続けてきたのでしょうね。地名は形のない文化財と思います。

 最後のところで、まとめのような言葉も印象に残っています。

 >ま、現地に来てみないと実感できないよね。
 >ここから日本が始まったって。
 >廻ってみて初めて分かるよね。
 >だから、なんていうか、知ることと分かることは、やっぱり全然違うってことですよね。

 これまたもっともと思います。これも飛鳥が原風景を留めているからこそですね。
 石の都という点もタモリさんは気に入ったのではないでしょうか。(^_^)

2020年4月18日 (土)

大雨のち一時晴&「ブラタモリ」は飛鳥♪

 うちの方、今日は大雨でした。昼過ぎには大雨警報が出ました。風も強かったです。
 ところが、夕方、買い物に行こうとしたら、雨がやんで日も差してきました。4時頃です。
 外はきれいな青空で、玄関先の山茶花の若葉も日差しを浴びてキラキラと輝いていました。
 「よし。帰ったら写真に撮ろう」と思って、スーパーに出かけ、また大回りして帰りました。

 東の方はこんな感じでした。きれいな青空。
Sora20200418a

 ところが、西の方はもう雲が広がっていました。
Sora20200418b
 明るくなっているあたりに太陽がいます。

 これでは直射日光が当たりません。雲に切れ目が出ないか、しばらく待ちましたが、ダメでした。残念です。
 一応、山茶花の若葉を撮りましたが、こんなです。
Sora20200418c

 気象は刻々と変わりますね。スーパーに行く前に撮影すれば良かったです。(^_^;
 チャンスを逃がすべからず。……という反省をしたことは数知れず。(^_^; ちっとも成長しません。

 また、雨上がりの日差しでしたので、ひょっとしたら虹が出ていたかもしれません。
 そのことは全く思い浮かびませんでした。雨上がりには注意深く空を眺めることにします。

 話変わって、今日の「ブラタモリ」は、飛鳥でした。♪
 楽しく視聴しました。行ったことのある地がテレビに映ると嬉しい。(^_^)
 来迎寺に飛鳥寺の礎石が残っていることは全く知りませんでした。といいますか、来迎寺自体を知りませんでした。
 地図を見ると、飛鳥寺のすぐ北ですね。今度行ってみます。
 また、酒船石のあたりの石垣も今度注意して見てみます。
 それから、運河の痕跡。斉明天皇が掘ったもののようです。あれも見に行きたいです。

2020年4月17日 (金)

「おしゃかさまかるた」

 このようなかるたを入手しました。
Shakacard05
 かるたは紙の箱入りが一般的ですが、これは金属の缶入りです。
 子供が遊ぶものですので、紙箱よりも缶の方が丈夫そうです。
 このような時節柄、「おもいやりの心を育てる」という言葉が心に沁みます。

 また、絵も良いです。笑顔の2人の子供たち。犬、猫、兎、リスがいますね。
 みんなにこにこしています。空には鳥と蝶々。花も咲いています。

 発行者はすずき出版です。日本仏教保育協会監修、企画は京都仏教幼稚園協会です。

 これと全く同じ組合せのかるたが他にもありました。
 以前、当ブログで取り上げた「仏教保育かるた」です。
Bukkyocard01
 その折に、朝倉山のオニさんから「すずき出版は、おもしろい絵本をいろいろ出しているんですよね。」とのコメントを頂いています。
 特色のある出版社なのですね。
 この箱の絵も好きです。ねことうさぎがいますし。(^_^)

 「おしゃかさまかるた」の絵札はこんな感じです。
Shakacard01

 上の絵札の読み札は次の通りです。
  う:うれしいな きょうは わたしの たんじょうび
  き:きずついた はとを たすけた しっだるた
  ぬ:ぬまの なか きれいに さいた はすのはな
  ね:ねはんの ひ とりや けものも かなしそう
  め:めが でたよ ちいさな いのち うまれます
  み:みを ささげ つきに のぼった しろうさぎ

 五十音順に並べたつもりでしたが、「め」と「み」が逆になってしまいました。ケアレスミスです。五十音順が頭の中であやふやなわけではありません。(^_^;

 読み札の裏側にはそれぞれの解説が書いてあります。
 例えば、「う」の札は以下の通りです。
Shakacard02
 子供を虐待する親のニュースは何ともつらいものがあります。
 全ての子供の環境がこの読み札のようであって欲しいと願います。

 「み」の札の裏にはこのように書いてあります。
Shakacard04
 この話は「チコちゃんに叱られる」でも見ました。自己犠牲というにはあまりにも痛ましい内容です。

 絵札と読み札と、形が異なります。絵札は見やすく取りやすいように大きく、読み札は持ちやすいように細長く、ということなのでしょう。良い配慮と思います。

 好ましいかるたで、とても気に入っています。

 奈良の町は人がいなくて、たくさんの鹿が群れをなして闊歩しているというネットニュースを見ました。
 絶好の機会なので奈良に行きたいですが、我慢します。(^_^;

2020年4月16日 (木)

おくすり手帳あれこれ

 加齢による経年劣化のために、複数の医院に通っていて、薬の処方箋を出して頂いています。
 調剤薬局に行く時は、必ずおくすり手帳を持参しています。
 かかりつけ薬局で貰ったおくすり手帳の表側の見開きです。
Okusuri01
 ペンギン、かわいいです。(^_^)

 この手帳が一杯になってしまいました。
 薬剤師さんが新しいのをいくつか持ってきてくれて、「次はどれにしますか」と聞かれました。
 その中にペンギン版はありませんでした。人気で品切れになってしまったのでしょうかね。
 持ってきてくれた中で、列車のにしました。
Okusuri02
 テツではないのですが、何となく心惹かれました。(^_^)

 家では延々と片づけが続いています。いつ果てるとも知れません。(^_^;
 その最中に、ぐんまちゃんのおくすり手帳が発掘されました。
Okusuri03
 以前、ネットオークションで入手したものです。

 女の子バージョンのまつげが魅力的です。(^_^)
Gunmac_okusuri02

 いっぱいあります。♪
Okusuri04
 これを調剤薬局に持って行って、「これでお願いできますか?」と言ってみようかと思います。
 ただ、群馬県ならば全く問題ありませんが、東京だと、「これ何ですか?」と言われますまいか。
 知名度はあると思いますけどねぇ。

 あと、いいオトナがこういうものを使うことへの抵抗もあります。(^_^;

 近所のスーパーに行った後、少し大回りをしてから帰宅する生活を3日間続けています。
 少しでも運動不足解消に役立つと良いのですけど。

2020年4月15日 (水)

高遠藩は?

 『日本名所記』の刊年を考える材料の1つとして、前の記事で「真田弾正大弼」を取り上げました。

 話がそれますが、弾正といえば、私が生まれた時、父が名前を考えるに当たって、候補をたくさんリストアップした中に、弾正と玄蕃があったそうです。強そうな名前です。濁音で始まっているからでしょうかね。時代劇に出てきそうでかっこいいです。
 ま、強そうというか、悪そう。(^_^; どちらも、律令官制としては全く悪いものではなく、弾正はむしろ正義の味方ですけど、時代劇だと悪役に多そうです。これまた濁音で始まるからでしょうかね。
 私は弾正でも玄蕃でもイヤではありませんけど、強くないので、名前負けしそうです。(^_^;

 閑話休題。←これ、八犬伝によく出てきて、「あだしごとはさておきつ」というルビが付いています。

 で、本当に閑話休題で、もう1つ「高遠城」も手がかりになるかなぁと思います。

 信濃国の部分で、「城」を列挙した後、全体の末尾にもう1つ「城」があって、そこに高遠が載っています。
Nihonmeishoki07
 これ、「城」の部にうっかり高遠を入れ忘れて、あとから末尾に補ったとも考えられます。
 でも、もしかしたら、最初にこの本が作られた時には高遠藩が存在しなくて、後日、高遠藩ができたのを受けて、改訂版で反映させた可能性もあるかと考えました。
 というのは、この本には「城」の他に「陣屋」があります。とすると、この本の「城」は別に城郭という建造物を指しているわけではなく、それぞれの国の中にどんな大名家があるのかを、城持ちと無城(=陣屋)とに分けて示していると考えられます。ならば、高遠城という城郭はずっと存在していても、高遠藩が存在しない時期があって、その時期にこの本が作られたとすれば、「城」の部に高遠は入れないでしょう。

 高遠藩の沿革を調べると、元禄2年(1689)7月23日に藩主鳥居忠則が亡くなり、高遠藩は廃藩となります。そして1年半後の元禄4年(1691)2月9日に内藤清牧が入封して来て、高遠藩は復活し、そのまま明治に到ります。
 江戸時代に高遠藩が存在しなかったのは、このわずか1年半のみです。
 どうでしょ? 『日本名所記』が刊行されたのはこの1年半のうちのどこかで、その後、高遠藩が復活したのち、この本の改訂版が出されたとか。

 材料不足で何とも言えません。諸国の「城」と「陣屋」を全部見て行けば何か分かると思います。
 興味はありますが、少なくとも、さすがにすぐにはやらないと思います。(^_^;

真田弾正大弼

 昨日、『日本名所記』について書きました。
Nihonmeishoki01

 この本、刊年不明ながら、上欄外に「一万五千石 牧野周防守」「十万石 真田弾正大弼」などのように、藩の石高と藩主とを記した加筆が数ヶ所あります。
Nihonmeishoki05
 この本の持ち主が書き込んだのでしょう。これらを丹念に見て行けば、書き込みの時期の範囲が決まり、この本の刊年の下限が推定できましょう。
 そういう考証は好きなのですが、ま、気が向いたら、といった感じで、すぐに取り組もうという気はありませんでした。
 でも、やはりちょっと気になるので、「真田弾正大弼」だけでも調べてみることにしました。
 松代藩主って、伊豆守や信濃守が多く、弾正大弼はあまりいなかったような気がしましたので。

 調べてみたら、松代藩主で弾正大弼を名乗ったのは第6代の真田幸弘公のみでした。
 幸弘公が弾正大弼を名乗っていた時期は短く、天明8年(1788)4月5日からの2年間で、寛政2年(1790)4月18日には右京大夫に変わっています。
 この調査は、国立国会図書館デジタルコレクションの『寛政重修諸家譜』に依りました。
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2577447
 幸弘公の記事は『寛政重修諸家譜』第155冊の80~81コマ目にあります。

 ということで『日本名所記』上欄外の「十万石 真田弾正大弼」という書き込みは、このわずか2年の間になされたものと考えられます。
 従って、『日本名所記』は遅くとも寛政2年4月18日までには刊行されていたことになりましょう。
 刊行年の上限は分かりません。何か手がかりがあると良いのですが。

【追記】
 「『日本名所記』は遅くとも寛政2年4月18日までには刊行されていたことになりましょう。」は勇み足でした。
 幸弘公の官職名が右京大夫に変わったのは寛政2年(1790)4月18日であっても、それをリアルタイムで知り得たのは幕閣の然るべき役職に就いていた人だけで、それ以外の人は、毎年刊行される大名武鑑などによって知ったことでしょう。だとしたら、この本の持ち主が「十万石 真田弾正大弼」と書き込んだ時期の下限は、もう少し降ると思われます。

2020年4月14日 (火)

『日本名所記』

 このようなものを入手しました。
Nihonmeishoki01
 書名は「日本名所記 上」とあります。
 1冊本で、冊の途中に「中編」「下編」とあり、「上」「中編」は各4丁、「下編」は3丁で、三編合冊です。

 最終丁の裏は次の通りです。
Nihonmeishoki06
 国別に五畿七道順に並んでいますが、最終丁の最後が豊後ですので、このあとさらに肥前、肥後、日向、大隅、薩摩、壱岐、対馬を載せる分がもう1丁あったのが脱落したものと思います。
 上方と下方の2ヶ所をこよりで綴じてありますが、他に綴じ穴がありますので、この2ヶ所の綴じは下綴じで、本来は表紙が付いていたのでしょう。

 最終丁や表紙が脱落しているために刊記がなく、刊年や出版者は不明です。
 国文学研究資料館の「日本古典籍総合目録データベース」を検索してみました。同名のものが複数ありましたが、いずれも刊年不明でした。

 中身の冒頭はこんな感じです。上下左右の余白は省略し、枠内のみ示します。
Nihonmeishoki02
 国名の次に、「城州」「和州」などという国の別名と郡数、国の総石高が記載されています。
 その先は、「一ノ宮」「郡」「城」「陣屋」「宮」「寺」「名所」の各項目ごとに記載されています。
 ふりがなが付いているのがありがたいです。

 さすがに山城は寺や名所が多いですね。
 分量が一番多いのは山城と陸奥で、ともに10行あります。
 陸奥は郡数が多いことが大きな理由です。広いですから。

 「一ノ宮」については、「加茂下上大明神 上は雷神 下は天神 愛宕郡」「三輪大明神 大物主神 城上郡」のように、神社名、祭神、所在郡が書かれています。

 大和国の郡名の読みを見ると、添上・添下、城上・城下は「そふのかみ(しも)」、「しきのかみ(しも)」と訓読みですが、葛城葛上の誤りでした)・葛下は「かつじやう・かつげ」と音読みです。

 次のページ。
Nihonmeishoki03
 大和の寺は、東大寺、興福寺、法隆寺、西大寺、当麻寺が挙がっています。薬師寺、唐招提寺、飛鳥寺、岡寺、橘寺などは載っていません。どこが載っていて、どこが載っていないのか、なかなか興味あります。

 大和の名所に、畝火山と天香久山は載っていますが、耳成山はありません。大和三山という括りは意識されていなかったのでしょうかね。

 信濃、上野のページ。
Nihonmeishoki04
 上野は4行しかありません。ちょっと寂しい。
 名所の部に佐野の舟橋がありませんが、次ページの下野国に載っていました。今も栃木県には佐野市があります。これと紛れたのでしょうね。

 長野県の2行目の下の方から「城」の部が始まり、松代、上田、飯田、松本、小諸、高嶋、飯山と7城が並んでいますが、この国の再末尾にまた「城」があって、高遠が載っています。高遠城を漏らしてしまい、末尾に補ったのでしょうかね。それならばなかなかおおらかです。

 このページの上欄外にこのような書き込みがあります。
Nihonmeishoki05
 「一万五千石 牧野周防守」「十万石 真田弾正大弼」などとあります。藩の石高と藩主名ですね。この本の持ち主が書き込んだのでしょう。こういった書き込みは他のページにもちらほら見えます。それらを丹念に見て行けば、これらの書き込みの時期の範囲が決まり、この本の刊年の下限が推定できましょう。
 その考証をしてみたい気はしますが、するかどうか。(^_^; 最近どうも怠け者になりました。

 いつも行く近所のスーパー、今日は少し混んでいました。理由は分かりません。特売でもないし。
 このところ、3000円以上買うと200ポイント貰えるというクーポンも出ていません。自粛しているのでしょう。
 あれがないと、暗算しながら買い物をしなくても良いので楽です。

 久しく品切れ気味だったトイレットペーパーとティッシュペーパーがそこそこ復活していました。マスクは相変わらずありません。

 運動不足なので、買い物のあと、かなり大回りをして帰りました。通ったことのない道も通って。
 行き交う人もあまりいませんでした。今後も少し歩くようにしたいと思います。
 渋川の家に行きたい気がします。浜木綿の水やりと、郵便物の取り込みです。でも、もうしばらく我慢ですね。浜木綿、何とか無事でいて欲しいです。

2020年4月13日 (月)

義士ようかん完食

 昨年の3月に義士ようかん48本セットを買いました。
Gishiyokan03
 四十七士+「義」で48本で、本煉、黒糖、塩、抹茶、さくらの全5種類です。

 賞味期限は今年の2月15日。1年は52週ですので、週に1本ペースでOKです。
 週に2~3本食べていたりしていましたが、夏から始まったCCレモン断ちとアイスクリーム断ちに合わせて、甘いもの全般を控えるようになりました。その最中にようかんというのは論外です。それで、このようかんもずっと食べなくなってしまいました。
 
 CCレモン断ちとアイスクリーム断ちは今も継続中ですが、甘いもの一般はあまり控えなくなりました。このようかんも復活。(^_^)
 それで、昨夜無事に全部食べ終わりました。おいしゅうございました。
 賞味期限を2ヶ月ほど過ぎてしまいましたが、支障ないでしょう。ようかんですから。

 冷凍庫にはアイスクリームがいっぱい入っています。
 緊急事態宣言が発令されましたので、食料品の備蓄も心掛けていますが、冷凍庫が満杯です。
 アイスクリーム、少しずつ食べて、空きを増やそうかなぁと考えている今日この頃です。

2020年4月12日 (日)

イースターなので、烏骨鶏の卵

 大分前の頂き物です。烏骨鶏の卵。
Ukokkei
 初めて見ました。
 色が違いますが、これはエサなどの違いによるそうです。

 今日はイースターだそうなので、それでこの画像を使おうと思いました。イースター・エッグ。
 実は、イースターといわれてもよく知らないんですけど。(^_^;

 子供の頃、当時はアメリカのテレビドラマをかなりたくさん放送していました。
 「ローンレンジャー」や「名犬リンリンチン」はいわば時代劇ですかね。
 「名犬ラッシー」も少し昔の時代でしょうか。
 「スーパーマン」「パパは何でも知っている」「ビーバーちゃん」「ベンケーシー」は現代劇。
 少し後の時代に放送された「奥様は魔女」「ビバリーヒルズ」シリーズなども現代劇ですね。
 懐かしいです。

 それらの番組や、アニメの「チャーリーブラウン」などにも、イースターって、登場しなかったと思うんですけど。
 あるいは、私がボーッと見ていたせいかもしれません。(^_^;

 イースターにはうさぎも関係しているようですね。イースター・バニー。

 手持ちのうさぎ画像の中で、一番西洋っぽいのを貼っておきます。
Miffykokeshi02
 ミッフィーではありますけど、こけし。(^_^) 西洋っぽいかどうか、ちょっと微妙です。

2020年4月11日 (土)

いろいろ芽生え

 3月14日にアマリリスの植え替えをしました。全部で6鉢。
 早くもそのうちの3鉢が芽を出しましたので、3月29日にその写真などを載せました。
 その後、2鉢が芽を出しました。
 4鉢目。
Ama20200410a

 5鉢目。
Ama20200410b

 あと1鉢です。その球根は、渋川の家で大きめの鉢に植わっていたので、鉢ごと運ぶのが重くて、鉢から取り出して東京に持ってきました。植え替えるまで新聞紙に包んでいただけでしたので、根が弱ってしまったのかもしれません。無事に芽を出すと良いです。

 玄関先では、一昨年地植えにしたオリヅルランが元気です。
 一昨年。
Orizuru20180618d

 去年の2月。
Orizuru20190220a

 今日です。
Orizuru_jiue05
 ぐんぐん大きくなっています。

 他に、何かわらわらと発芽しています。
Tsuyukusa202004a
 ツユクサですね。雑草に近い増え方です。(^_^)

 一昨年、ポット植えを買って来て、すぐに地植えにしたあじさい。
Ajisai202004
 これも元気です。

 気の重い毎日ですが、植物は全く関わりなく日々の営みを続けています。
 金魚も元気。(^_^)

2020年4月10日 (金)

鎌倉仙覚文庫に坂倉氏が西本願寺本の複製を寄贈

 タイトルのような趣旨のネットの記事を見ました。

 鎌倉仙覚文庫というのは、鎌倉市制80周年事業の一環として、昨年11月に鎌倉市中央図書館内に設立された文庫だそうです。
 まだ設立間もないのですね。
 そこに、西本願寺本萬葉集の複製が、青山学院大学教授の小松靖彦先生の仲介で、元おうふう社長の坂倉良一氏から寄贈されたとのことです。

 先頃、おうふう倒産という、つらく悲しいニュースに接しましたが、おうふうや坂倉氏のお名前をこのような形で見ることができました。
 西本願寺本万葉集の複製本も、おうふうの貴重な業績の1つと思います。
 たとえ出版社はなくなっても、すぐれた業績はずっと残りますね。
Nishihonganjibon02

2020年4月 9日 (木)

昭和4年の、とある修学旅行日程

 このようなものを入手しました。
T15shugaku2_01
 これ実は、同じものを以前にも入手し、当ブログでも取り上げています
 同じものをまた買ったのは、版違いならば何かおもしろいことが見つかるかもしれないと考えたからです。最近、異版に興味があります。(^_^)
 今回のは、大正13年10月印刷発行、大正15年10月改正三版です。
 で、前回のも全く同様。同じ版でした。(^_^;
 でも、買って良かったことが2点ありました。
 1つはこれです。
T15nagoshu06
 これは以前買ったものです。
 右下の豊橋駅から左上の岡崎駅まで点線で線路が描かれています。この途中の駅名の文字が他と違います。他の駅名よりも小さく、またいかにも手書き然とした文字です。
 といっても、この地図の持ち主が自分で加筆したわけではなく、発行者が改訂段階で加えたもののように思えます。ただ、確証が持てませんでした。

 以下が今回購入した地図の同じ箇所です。
T15shugaku2_02
 同じですね。発行者の加筆ということが確定して、すっきりしました。(^_^)

 もう1点は、今回の地図に貼りつけられていた1枚の紙片です。
T15shugaku2_03
 小さくて見にくいと思いますが、右側には「御大礼式場拝観順路」とあり、京都御所の地図が描いてあります。
 左側には「旅行日程」とあります。

 左側の「旅行日程」の部分を拡大します。
T15shugaku2_04
 1月16日から19日までの旅行日程です。幸いに曜日が記載されていますので、これを手がかりにすると昭和4年と判明します。
 「御大礼」というのは、昭和3年11月に行われた昭和天皇の即位・大嘗祭の礼ですね。

 この日程がハードです。

 まず初日の1月16日は夜の9時半に幸田駅前に集合し、10時33分幸田駅発の夜行列車で京都に向かいます。京都駅着は翌日の朝4時20分。所要時間は5時間47分です。
 幸田駅というのがどこか分からなかったのでググってみようと思いましたが、その前に上の地図にありました。蒲郡と岡崎の中間ですね。
 この地図を編集したのは名古屋市地理歴史研究会ですので、この地図は名古屋市及びその近辺の学校の修学旅行で使用されたのでしょう。
 幸田駅の所在地は、愛知県額田郡幸田町です。

 2日目は朝4時20分に京都駅に着いて、東本願寺、西本願寺、金閣寺、御大典式場跡拝観、本能寺、その他をまわり、宿は七条西洞院停留所西の三河屋です。
 早朝4時20分に着いた後、どうしたのでしょうね? すぐに移動しても、見学先はまだ開いていないと思います。お寺は朝が早いとはいえ、1月の朝4時20分はまだ真っ暗でしょう。宿の場所を地図で見ると、両本願寺の中間あたりでした。本願寺は京都駅に近いので、あるいは駅から宿に行って、仮眠を取り、朝食をとったのでしょうか。宿としても朝4時半頃に来られては迷惑のように思いますが、当時は夜行列車での移動も珍しくなかったとすれば、そういう対応もアリだったかもしれません。

 3日目は朝7時頃に宿を出て、御陵をいくつか参拝。午後1時35分(あるいは45分かも)に桃山駅を出発して、奈良駅到着後、「奈良名勝見学」となっています。宿は猿沢池畔の吉田屋です。
 奈良駅に着くのは3時前になりましょうか。それから奈良を巡るとして、行けるのは東大寺、興福寺、春日大社くらいでしょうか。

 最終日は、朝7時26分奈良駅発で、また京都に行きます。三十三間堂以北の東山を見学後、三井寺を見学し、夕方4時20分頃大津駅発の列車に乗って、夜9時50分に幸田駅着となります。朝、宿を出るのは7時前でしょうね。早いです。

 ということで、初日、夜行列車を使用するところから始まって、毎日、朝も早く、かなりきつい旅行のように思います。
 こういう日程だと、わざわざ奈良に行くこともないように思いますが、やはり奈良は落とせないのでしょうね。それは嬉しくはありますけど。

 おもしろいものを入手しました。(^_^)

2020年4月 8日 (水)

昨夜はスーパームーン

 昨夜は、月が地球に最接近して、普段よりも大きく見えるスーパームーンだそうです。

 満月の瞬間は今日の午前11時35分ということで、昼なので日本からは見えません。
 地球の中心部と月との最接近は今日未明の3時9分。
 また、東京から見た月の最接近は昨夜の11時23分とのことです。
 満月の瞬間と月が地球へ最接近する瞬間とにタイムラグがあります。

 そんなことで、昨夜月を撮してみました。
Tsuki20200407
 三脚がないので、脇を締めて、カメラは手持ちです。
 時刻は昨夜の10時ちょっと過ぎでした。
 東京から見た月の最接近の時刻とは1時間ちょっと差がありますが、まぁ、ほぼ最接近です。(^_^;

 なぜ最接近ぴったりの時刻に撮さなかったのかというと、上に書いた諸々の時刻を知ったのは、つい先ほどだったからです。
 昨夜の段階ではまだ、「今日から明日にかけてスーパームーンらしい」という程度の認識でした。
 「明日は雨が降ったり曇りだったりするかもしれないので、今夜撮ってしまおう」ということもあり、昨夜撮影しました。
 相変わらず大雑把な人間です。(^_^;

 スーパームーンを見ると縁起が良い、などという迷信(^_^; がありましょうかね。
 そういうことがあるのならば、写真ではありますけど、お裾分けです。

2020年4月 7日 (火)

もしも6週間みんなで頑張れたら

 東京都など7都府県に緊急事態宣言が出されました。

 昨日から予告されていましたので、いつも行く近所のスーパーが心配でしたが、昨日は多少混んでいるくらいでしたし、今日はむしろ普段よりも空いている感じでしたので、意外なほどでした。ロックダウンとは異なるということが広く理解されていたのかもしれません。
 先月、小池都知事の記者会見の後とは大違いでした。

 東京都医師会のHPに、尾﨑会長からの「都民のみなさまへのお願い」という文章がアップされています。
 「もしも6週間みんなで頑張れたら」という文章です。

 『新型コロナウイルス感染症に、もしも今この瞬間から、東京で誰一人も新しく感染しなかったら、2週間後には、ほとんど新しい患者さんは増えなくなり、その2週間後には、ほとんどの患者さんが治っていて、その2週間後には、街にウイルスを持った患者さんがいなくなります。』
 だから今から6週間、皆さんが誰からもうつされないように頑張れば、東京は大きく変わります。
 もちろん、みんなで頑張ってみても、すでに起きているクラスターからは患者さんが出現するでしょうし、外国からだけではなく、東京に持ち込まれてくる可能性はあります。でもそれに対応する方法はあります。
 だから東京都内で、近くの人や人混みで移されないようにしさえすれば、東京は大きく変わり、窮屈な自粛から解放されることになります。たった6週間です。誰からもうつされないように頑張りましょう。

という内容です。

 また、「コロナ専門家有志の会」のHPに、「いま、拡散してほしいこと(4/5現在)」という文章も載っていました。
Safe_image
 要点は以下の3項目です。
 1)#うちで過ごそう
 2)#感染時に備えよう
 3)#戦う相手は人ではなくウイルス

 私は幸いに浪々の身ですので、今後も近所のスーパーに行くくらいで、基本的には家にいることができます。先日のNHKスペシャルで山中伸弥教授が、人がいなければウイルスは生きられない、と仰っていた言葉が印象的で、なるほどと思いました。

 でも、私のように在宅ですむ人ばかりではありませんね。医療従事者、生産・流通に携わっている方々、ライフラインを動かしている方々、その他、多くの方々がいらしてこそ、世の中が廻っています。それを忘れないようにします。

2020年4月 6日 (月)

『日本お伽噺集』と稲羽の素兎

 ネットオークションで買いました。
S02otogi01

 扉。
S02otogi02
 著者は巌谷小波、装幀は恩地孝四郎です。

 奥付。
S02otogi03
 発行所はアルス、「日本児童文庫」というシリーズの中の1冊です。

 目次。2ページにわたるのを上下に切り貼りしました。
S02otogi04
 以上の通り、全部で19話が収められています。
 有名な話が多いですね。

 上段の後ろから4行目にある「玉の井」というのは、海幸山幸です。
 山幸が海宮に到着した時のエピソードがタイトルになっているのでしょう。
 次のような挿絵があります。
S02otogi05
 挿絵は、泉鏡花の著書の装幀などで知られる小村雪岱です。
 「玉の井」という作品名は、海幸山幸を題材にした観世信光作の「玉の井」という謡曲がありますので、そこから取ったものと思います。

 目次下段の後ろから5行目にある「兎と鰐」は稲羽の素兎です。
 古事記の稲羽の素兎は、八十神が兎と出会う→大国主が兎と出会う→兎がいきさつを語る→大国主が兎を救う
という順序で話が展開します。
 このお伽噺集では兎が隠岐の島にいて鰐をだますところから話が始まり、以下、時系列の順序で話が進みます。
 その点が大きな相違点です。
 鰐は鰐です。
S02otogi08
 かなり波がありそうですね。このように波立っているところに鰐が浮いているというのはやはり違和感があります。

 大国主と兎との場面の一部。
S02otogi06
 続き。
S02otogi07
 大国主の問いかけに対して、兎の言葉は、「へいへい」で始まっています。現代から見ると違和感があります。昭和2年というと、今から93年前になりますか。
 兎のセリフに「~まして、」の多用が目立ちます。「だます」が「だまかす」ですね。
 この場面ではまだ大国主という名は出てきていません。「神様」と呼ばれています。「大国主」の名が出るのは兎が治った後です。
 兎の治療に何を使ったのかについては、蒲の穂綿ではなくて、蒲の花となっています。

 なかなかおもしろい本です。やはり同時代資料は楽しいです。

 あ、どの話もみな「めでたしめでたし」で終わっています。
 気の重い今日この頃、話がめでたく終わるのは良いです。

2020年4月 5日 (日)

春日大社の白鹿守

 頂き物です。
Kasugamamori01
 鹿がかわいいです。(^_^)

 送り主は、常勤時代最後の教え子の1人で、奈良で大学院生になっているかるべさんです。
 論文が掲載された雑誌を送ってくれまして、そこに同封されていました。もうD2です。早いものです。
 益々活躍の様子、嬉しく思います。

 裏側。
Kasugamamori02

 台紙の解説。
Kasugamamori03
 春日大社と白鹿とは深い縁ですね。

 疫病退散を祈りたいです。

 春日大社では、以前、こういうものを頂きました。おみくじだったと思います。
Kasugamamori04
 これもかわいいです。おしゃれで、良いです。
 これは白鹿ではありませんね。

2020年4月 4日 (土)

「上野三碑かるた」完成

 昨年の6月~9月に、「上野三碑かるた」の読み札を公募していました。
 主催は上野三碑普及推進会議で、事務局は高崎市教育委員会文化財保護課でした。
3picard01

 私も応募すべく頑張ろうと思いました。
 できれば44枚全部。日本語にはら行音で始まる語が少ない(大和言葉にはない)ので、ら行の札が狙い目となりましょう。
 公募を知った最初の日に3つか4つ作ってしまいました。
 その後も折に触れて考えてはいたのですが、いつの間にか日が経ってしまい、結局、締切前日に3点送ったのみでした。
 私にはとてもありがちなパターンです。ら行の札はなし。(^_^;
 その後、このかるたのことはあまり思い出すこともありませんでした。

 それが、4月2日にこのかるたが完成した旨、昨日の上毛新聞のネット版に載っていました。
 私の応募した3点はいかに。

 ネット上を探すと、高崎商科大学附属高校のHPにこんな記事が載っていました。2019.12.03付けです。
 >ユネスコ「世界の記憶」に登録された上野三碑を多くの人たちに知ってもらう目的で行われた「上野三碑かるた」の読み札募集に、本校から3作品が読み札として採用されることになりました。
 >
 >1.「空にそびえる 国分寺 七重塔」
 >2.「ユネスコの 世界の記憶 上野三碑」
 >3.「母父へ 想いを刻む 山上碑」

 去年の12月3日時点で、採用者にはすでに連絡が行っていたということになりましょう。
 私のところには何も来ていません。

 という次第で、私の応募した珠玉の3点は、残念ながら全て落選だったようです。(^_^;
 プロが高校生に負けた……。

 ま、若者がこういうことに関心を持ってくれたこと、よい作品を作ってくれたことが何よりです。

 このかるたは、5000部を群馬県内の小中高校、特別支援学校などに配布する他、県内書店での販売(880円)も予定しているとのことです。時々県内の書店を覗いて、見かけたら購入することにします。楽しみです。

2020年4月 3日 (金)

禁3密ねこ版ポスター

 「nekodea~ネコデア~」というサイトに、ねこを使った「新型コロナウイルス感染防止のお願い」のポスターがあることを知りました。
 「ネコデア」というのは、「ねこをテーマに、アイデアをカタチに」という趣旨だそうです。

 こういうポスターです。
Kin3mitsuneko01

 中央部のアップ。
Kin3mitsuneko02

 このポスターは、「ご自由にお使いください!」とのことで、PDFをダウンロードできるようになっています。
 在り処は、https://nekodea.com/newcoronavirus/です。

 良いお仕事と思います。

2020年4月 2日 (木)

近所の桜

 近所に桜の木と桜並木があります。家から徒歩1分ほどです。
 しばらく前に満開になったので、写真を撮りに行きたいと思いながら、雨や曇りや雪などで、叶いませんでした。
 今日やっと青空になりましたので、撮りに行きました。
Sakura2020a

 アップです。やはり桜はバックが青だと映えます。
Sakura2020b

 桜並木。
Sakura2020c
 小さくて見えにくいですが、親子らしい3人連れが歩いていました。
 並木の方は、もう葉も目立ちます。
 雨、風、雪にさらされましたからね。今日も風が強かったです。

 花びらも落ち始めています。
Sakura2020d

 幹から直接咲いているような花も。
Sakura2020e

 去年は東工大の構内に無断で侵入して桜を撮影したのですが、時節柄、今年は遠慮します。(^_^;

2020年4月 1日 (水)

「奈良名勝全図」

 家の片づけ、ほそぼそと続いています。
 その過程で出てきました。
Narameishouzen01
 「奈良名勝全図」とあります。発行年や発行者は書いてありません。
 もしかしたら、左側の余白に書いてあったのが切断されてしまっているかもしれません。

 何枚か部分拡大します。

 興福寺五重塔と猿沢池付近。
Narameishouzen02
 右上隅に春日大社の一の鳥居があります。その手前には旅館菊水楼。菊水楼の前には鹿がいます。(^_^)
 画面右下付近には、当ブログで何回か話題にした「うを佐旅館」があります。かま屋も。

 興福寺金堂と猿沢池付近。
Narameishouzen03
 左下付近に、かごや、小刀屋、いんばんやという3軒の旅館が並んでいます。いずれも道中記(定宿帳と呼ぶべきか)に時々出てきます。
 三条通を挟んだかごやの向かいには郵便電信局と警察署があります。
 画面左上隅には裁判所があります。今と同じ位置ですね。
 その向かいには図書館があります。

 東大寺と県庁付近。
Narameishouzen04
 画面左下隅付近に、先ほどの裁判所と、その隣に県庁があります。
 その左には高等女子師範学校と女子師範学校。今の奈良女ですね。
 その上方には景清門(転害門)が描かれています。

 春日大社の二の鳥居手前付近。
Narameishouzen05
 画面左下に奈良ホテルがあります。
 画面中央付近に雪消沢があり、鹿がいます。(^_^)
 その上方には鹿苑。

 この地図、いつのものか分かりませんが、今の画像に奈良ホテルがあります。奈良ホテルは明治42年営業開始とのことですので、この地図は明治42年以降のものということになります。
 また、同じ画像の右端中央付近に第十六師団第五十三聯隊兵営とあります。
 ウィキペディアによれば、この聯隊は第16師団隷下の聯隊として明治42年に高畑村に移転して来て、大正14年に軍縮のため廃止されたとのことです(昭和13年に復活しますが、その時は第17師団隷下として)。

 ということで、この地図は明治42年から大正14年までの間に発行されたものということになります。
 他にもまだ手がかりがあるかもしれません。

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