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2020年2月 4日 (火)

「増補漢語早見大全」(6)

 先日「増補漢語早見大全」を5回にわたって取り上げました。
 5日連続、この資料について書いてしまったのと、他にも書きたいことがあったのとで、中断しましたが、もう少し取り上げたい部分があります。(^_^)

 この番付形式の資料の最下段には、東西とも「世話人」と「頭取」という項目があります。
 東の頭取。
Kangohayami27

 西の頭取。
Kangohayami28

 この資料では、見出し語の上には字音、下には意味が記されています。
 ところが、頭取の項目に並んでいる語の上には、「すこぶる」「ひたすら」「しばしば」「いはんや」「やゝもすれば」などの語が並んでいます。これらは漢文訓読語ですね。字音ではないけれども、字音に準ずるものと認識しているのでしょうか。
 ちなみに、これらの語の下に付いている訓は以下の通りです。「ヨホド」「ナニブン」「タビタビ」「マシテヤ」「ドウヤラスルト」。
 築島先生の、漢文訓読系の語と和文脈系の語との対比が思い出されました。

 なお、東の頭取の末尾に「豚児」があり、西の頭取の末尾に「賢息」が載っています。
 東の大関が「君」、西の大関が「僕」で対応している以外、東西の同位置の対応は見られませんでしたが、最後の最後で、「豚児」「賢息」が見られました。冒頭と末尾のみ対称を意識したようです。

 漢文訓読系でも和文脈系でもない語も載っていました。
Kangohayami29
 3行目の「チャルメラ」です。
 日国を引用します。用例は出典のみ示します。

 >チャルメラ〔名〕({ポルトガル}charamela の転訛したもので「哨吶」「南蛮笛」などとも書いた)《チャラメラ・チャルメイラ・チャルメル・チャルメロ・チャリメロ・チャロメロ・チャンメラ・チャンメル》
 > (1)オーボエ属の古典的管楽器の一つ。真鍮製で、一六世紀ポルトガルやスペインから日本に伝来した。南蛮笛。スールナイ。
 > (2)(1)の楽器に由来する管楽器。ダブル‐リードを持つ簡単な構造の縦笛型で、先端は朝顔状に開く。現在では、屋台の中華そば屋の宣伝に使用。
 > *呂宋覚書〔1671〕、*狂歌・銀葉夷歌集〔1679〕、*浮世草子・好色二代男〔1684〕、*雑俳・三国志〔1709〕、
*浄瑠璃・大職冠〔1711頃〕、*書言字考節用集〔1717〕、*読本・椿説弓張月〔1807~11〕、*歌謡・端唄部類〔1858~65〕、*大寺学校〔1927〕
 > 語誌
 > (1)南蛮物の一つとして渡来し、江戸時代、長崎では正月に太鼓・銅鑼(どら)・チャルメラを奏する三人組が、獅子舞のように各戸を回ったといわれる。「唐人笛」ともいわれ、長崎では唐人の葬式のときにこれを奏した。
 > (2)江戸城に参見に来た琉球使節は城中でこれを奏し、朝鮮使も奏した。その後、明治時代にはあめ売り用の、大正時代には屋台中華そば屋用の宣伝楽器となる。

 かなり早くから使われ、用例も多い語のようです。

 こういう訓もあります。
Kangohayami30
 3行目の「姑息」の下に「一スンノガレ」とあります。
 初めて見る訓でしたが、日国に項目が立っていました。←ひたすらに日国だよりで。(^_^;

 >いっすん‐のがれ 【一寸逃】〔名〕その場の責任を、一時的にのがれようとすること。その場しのぎ。一寸抜け。いっときのがれ。いっかいのがれ。
 > *浄瑠璃・碁盤太平記〔1710〕、*浮世草子・傾城禁短気〔1711〕、*西洋道中膝栗毛〔1870~76〕

 日国の「姑息」は以下の通りです。用例は出典も省略しました。

 >こ‐そく 【姑息】〔名〕(形動)しばらくの間、息をつくこと。転じて、一時のまにあわせに物事をすること。また、そのさま。一時しのぎ。その場のがれ。
 > 語誌
 > (1)挙例の「礼記」では、孔子の弟子、曾子(曾参)が子の曾元に向かって述べた言葉の中に使われており、「君子」が「徳」をもって人を愛するのに対し、「細人」は「姑息」をもって人を愛するとしている。以後、「後漢書」等にも見られ、「姑息」は「君子」の「徳」に反する一時しのぎで、「小人之道」(「後漢書」李賢注)であるとされた。
 > (2)日本でも、近世に、「礼記」を受けて、儒教的な見地から否定的な語として用いられたが、一般に広く「一時のがれ」の意で用いられるようになるのは近世末からである。

 「一寸のがれ」は、「姑息」の原義から転じた「一時のまにあわせに物事をすること。また、そのさま。一時しのぎ。その場のがれ。」と合います。
 なお、「姑息」は時々話題になるように、最近は「卑怯」の意味に理解されることがあります。デジタル大辞泉に次のようにあります。

 >[補説]近年、「その場だけの間に合わせ」であることから、「ひきょうなさま、正々堂々と取り組まないさま」の意で用いられることがある。文化庁が発表した平成22年度「国語に関する世論調査」では、「姑息な手段」を、「一時しのぎ」の意味で使う人が15.0パーセント、「ひきょうな」の意味で使う人が70.9パーセントという結果が出ている。

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コメント

姑息について

環つぃも長年、何も考えず「卑怯」の意で理解していました。
あるとき(つい最近なんですが)なんかのきっかけで辞書を引くことがあって「へえ~」と思ったものです。
ほんとうに「なんかのきっかけ(忘れちゃいました)」様さまです。

でも、こんなふうに思い違いをして覚えている言葉も、ほかにたくさんあるのだろうなと思うと、ちょいと怖いやら情けないやら・・・

三友亭主人さん

 コメントをありがとうございます。

 恥ずかしながら私も「卑怯」の意で理解していました。(^_^;
 なぜでしょうね。「こそく」という音に卑怯を連想させるような響きがあるのか、それとも「姑息」という字面に何かあるのか。
 あるいは、「姑息な手を使うな」といった文脈から誤解したのか。それかもしれませんね。

 この集中講義の受講生の中国人留学生さんに聞いたら、ちゃんと正しい意味で理解していました。さすが本家本元です。

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