明治40年の市街線入り東京全図
このようなものを入手しました。
上は表紙で、中身は以下のようなものです。
上が西です。左方向に90度回転させると通常の向きになります。
「東京全図」とありますが、範囲は、赤坂区、芝区、神田区、下谷区、麻布区、浅草区、本郷区、牛込区、四ッ谷区、小石川区、本所区、深川区の12区です。
新宿も渋谷も品川も、まだ郡部です。
区と郡の表が載っています。郡部は以下の通りです。
玉電の経路はこの地図の範囲外ですが、別枠で乗っていました。
玉電は、多摩川の川原の砂利を運ぶために引かれたと聞いたことがあります。ずいぶん昔から通っていたのですね。
びっくりしたのは現在の世田谷線です。右端の渋谷駅から左へ延びてきた線路が三軒茶屋で分岐して、一方は玉川へ、もう一方は現在は下高井戸に行きますが、この路線図では、松陰神社のあたりから下に折れて用賀で本線に合流しています。これは全く知りませんでした。
以前ご披露した昭和12年の地図を載せます。
比較すると、三軒茶屋から駒沢の間に、昭和12年の地図では3駅あります。私が玉電を使っていた頃も同様でした。明治40年の地図では三軒茶屋と用賀の間は旭橋の1駅のみです。この駅名は知りませんでしたが、位置は後の上馬駅付近ではないかと思います。私が通っていた小学校は旭小学校という名で、もとは上馬駅付近にあったと聞いたことがあります。そのあたりに旭橋という地名があったのなら、学校名はその「旭」を採ったと思われます。
すみません。途中から個人的な懐かしさからローカルな話になってしまいました。(^_^;
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