昭和22年の「畝傍山」・ゆききの岡
去年の秋、幻の地名「ゆききの岡」の探究にハマっていました。
実地踏査もした結果、現在の万葉文化館の西の岡(飛鳥寺の瓦窯の岡)がそれであろうとの結論に達しました。
論文にも書いてしまいました。
最近、昭和22年発行の2万5000分の1地形図「畝傍山」を入手しました。
発行は昭和22年8月ですが、大正11年測図、昭和4年鉄道補入という経緯を経ています。地形自体は大正11年当時とほとんど変わっていないでしょう。「著作権所有印刷兼発行者」は「地理調査所」とあります。まだ国土地理院ではありません。
この地図の範囲に飛鳥寺のあたりも含まれます。
「安居院」という文字が赤線で囲んであります。これが飛鳥寺ですね。
安居院の右下(南東)に池があります。今は亡き飛鳥池で、現在はここに万葉文化館が建っています。
池の西から南に掛けて、岡になっています。岡にいくつか地図記号が描かれています。
地図記号の一覧もあります。
これと突き合わせると、岡にあるのは濶葉樹林(今の広葉樹林、照葉樹林でしょうか)と竹林のようです。
古い地図は楽しいです。(^_^)
« 『短歌研究』に品田氏の講演 | トップページ | 百舌鳥・古市古墳群が世界文化遺産に決定 »
「飛鳥・奈良」カテゴリの記事
- 『ならら』最新号の特集は「豊臣秀長と春日若宮おん祭」(2025.11.28)
- 新町公民館で講座(「ゆききの岡」 )(2025.11.19)
- 『ならら』最新号の特集は「古代史の謎を解明」(2025.11.08)
- 『ならら』最新号の特集は恒例の「正倉院展」(2025.09.29)
- 奈良の弱みをえぐる(2025.09.13)
「万葉集」カテゴリの記事
- 『日本語学』最新号&集中講義無事終了(2025.12.07)
- 新町公民館で講座&ぐんまちゃんショップ(2025.12.03)
- 新町公民館で講座&桜開花(2025.10.15)
- 「小泉八雲と万葉集」展(万葉歴史館)(2025.10.03)
- 群馬県立女子大学上代文学研究会(2025.09.26)
「地図・航空写真」カテゴリの記事
- 「新町文化財マップ」(2025.10.18)
- 倉本一宏氏『壬申の乱』(角川ソフィア文庫)(2025.07.25)
- 『佐紀古墳群航空レーザ測量調査報告書』(六一書房)(2025.07.11)
- 今日は城の日/前橋城跡(2025.04.06)
- 「よくわかる奈良県地図」(2025.03.24)


通過困難ノ部ってのは何でしょうね?
それにしても・・・今と同じ部分、違っている部分・・・・楽しいですね。
投稿: 三友亭主人 | 2019年7月 5日 (金) 22時29分
三友亭主人さん
コメントをありがとうございます。
ほんと地図は楽しいです。
そして、仰るように、今と比較すると、なお楽しさが増します。(^_^)
「通過困難ノ部」って、私も不思議に思いました。どんな地図記号なのかと思って。
不思議に思いつつもそのままにしてしまいましたが、今改めて考えますに、この凡例の中で、「草地」までは通過可能の地域で、「濶葉樹林」以降が「通過困難ノ部」ということではないかと思い至りました。
自説では、長塚節はゆききの岡に登っていると考えていますので、明治時代にこの岡が通過困難な場所ではちょっと困るのですが。(^_^;
投稿: 玉村の源さん | 2019年7月 5日 (金) 22時45分
(コメントの続き)
昭和44年の空中写真では、この岡は耕作地のように見えますので、昭和22年当時は、この岡は濶葉樹林で通過困難であったのが、その後、樹木が伐採されて耕作地となり、さらにその後耕作放棄されて現在のような森になってしまった、といったような経緯がありましょうかね。
投稿: 玉村の源さん | 2019年7月 5日 (金) 22時50分