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2019年6月28日 (金)

前橋で「令和」と万葉集の講座

 今日は前橋のNHK文化センターで「「令和」と『万葉集』」というタイトルで講座をしてきました。
 これまで、公民館や地方自治体などが主催の講座は、当ブログにもHPにも載せてきましたが、こうした営利団体の講座のレジュメを載せて良いものやら迷うところがあり、載せませんでした。
 今回は「令和」と万葉集関係の内容ですので、ブログにだけ載せることにしました。HPには載せません。

ダウンロード - e3808ce4bba4e5928ce3808de381a8e3808ee4b887e89189e99b86e3808f.pdf

 5月下旬に群馬県立女子大学では、「令和」の話の他に、万葉集の中からあまり有名ではないながら魅力的な歌をいくつか採り上げて話しました。今回は、その折の「令和」の部分をコンパクトにし、それに梅花の歌32首と、この宴会に影響を受けた歌を採り上げました。

 県庁に勤務している昔の卒業生が半休を取って聴きに来てくれました。(^_^)

 梅花の歌32首全部を採り上げることは時間的に無理ですので、冒頭の8首(大伴旅人の歌まで)を説明し、他はプリントのみにしました。口語訳は全歌に付けました。

 冒頭8首は関連していますね。それぞれ前の歌を受けて作っていそうです。連句に近い感覚かもしれません。

 梅花の宴に影響を受けた歌には、740年に書持の追和した歌、750年に家持の追和した歌があります。梅花の宴が730年ですので、それぞれ10年後、20年後に当たります。10年目を意識して追和していそうに思いました。
 これまた既にどなたかが指摘していそうです。ほんと、先行文献読んでいません。いかんです。(^_^;
Kanbarahakubai

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コメント

>梅花の宴に影響を受けた歌には・・・

家持がこれらの歌に追和した750年にはこの歌の直前に

慕振勇士之名歌一首并短歌・・・右二首追和山上憶良臣作歌

がありますよね。そんでもって5月に

追同處女墓歌一首并短歌
右五月六日依興大伴宿祢家持作之

なんてのもある・・・・「依興」・・・家持さんの調子のよいときだったんでしょうんね。


三友亭主人さん

 ご指摘をありがとうございます。
 前後の歌には気づきませんでした。(^_^; お恥ずかしい。

 懐かしい憶良おじさんのことを思い出していたのでしょうかね。

 当日、会場から、家持が梅花の宴の歌に追和した歌は旧暦3月27日の作なので、もう梅の季節ではないのになぜ? という質問が出ました。ううむ。これは気づいてはいたのですが、深く考えてはいませんでした。鋭い質問です。

 今見たら、立夏の直後ですね。大宰府の梅花の宴が立春の直後ですから、だいぶ季節外れですね。興味深いです。

北川先生❤
お目にかかれて嬉しかったです☺先生の素晴らしい早口😃
昔の学生気分に戻りました。あっという間の90分でした😃楽しかったです😉

昔の卒業生さん

 コメントをありがとうございます。
 また、先日は休暇まで取って聴きに来てくださって、ありがとうございました。

 やはり早口でしたか。(^^; 意識してゆっくり話したつもりだったのですが……。
 さらに自覚することにします。

 ありがとうございました。

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