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2019年5月 1日 (水)

梅花の歌三十二首序の口語訳

 新元号「令和」が万葉集の梅花の歌三十二首の序から採られたことで、にわかに万葉集ブームが起きています。私のところにも講演依頼が来ています。この序文、ちゃんと読んだことがなかったのに。(^_^;
 ということで、ここのところ、諸注釈を読みながら、この序文についてあれこれ考えています。
 諸注釈の間で、訓読や口語訳の内容に大きな差はありません。「言いまわし」レベルの違いといえましょう。異論の出る余地はあまりないのでしょうね。
 私も諸注釈の訓読や口語訳にはよく納得でき、疑問を差し挟みたくなる部分はありません。
 いずれかの口語訳に依ってしまっても良いようなものですが、やはり借り物でなく、自分の言葉で訳さないとしっくりきません。そこで、自分なりに口語訳を付けてみました。「言いまわし」が違うといった程度の口語訳を1つ増やすだけで、屋上屋を架す(「あるいは屋下屋を架す」か)ようなものですが、一応。

 対句が多用されていますので、本文はそれを意識して改行しました。外字が2字あり、〓で示します。

【本文】
 梅花謌卅二首 并序

天平二年正月十三日 萃于帥老之宅 申宴会也
于時 初春令月 気淑風和
 梅披鏡前之粉
 蘭薫珮後之香
加以
 曙嶺移雲 松掛羅而傾蓋
 夕岫結霧 鳥封〓而迷林
 庭舞新蝶
 空帰故雁
於是
 蓋天坐地
 促膝飛觴
 忘言一室之裏
 開衿煙霞之外
 淡然自放
 快然自足
 若非翰苑 何以〓情
 詩紀落梅之篇
 古今夫何異矣
 宜賦園梅聊成短詠

【訓読文】
 梅花の歌三十二首 序を并せたり

天平二年正月十三日、帥(そち)の老(おきな)の宅(いへ)に萃(あつ)まり、宴会(うたげ)を申(の)ぶ。
時に、初春の令月にして、気淑(よ)く風和(やは)らぐ。
梅は鏡前の粉(ふん)を披(ひら)き、
蘭は珮(はい)後(ご)の香(かう)を薫(かを)らす。
加之(しかのみにあらず)、
曙(あけぼの)の嶺に雲を移し、松は羅(うすもの)を掛けて蓋(きぬがさ)を傾け、
夕(ゆふべ)の岫(くき)に霧を結び、鳥は〓(うすぎぬ)に封(とざ)されて林に迷(まと)ふ。
庭には舞ふ新(しん)蝶(てふ)あり、
空には帰る故雁あり。
ここに、
天を蓋(きぬがさ)とし地を坐(しきゐ)とし、
膝を促(ちかづ)け觴(さかづき)を飛ばす。
言(こと)を一室の裏(うち)に忘れ、
衿(ころものくび)を煙(えん)霞(か)の外(ほか)に開く。
淡(たん)然(ぜん)として自(みづか)ら放(ほしきまま)にし、
快(くわい)然(ぜん)として自(みづか)ら足(た)る。
若(も)し翰(かん)苑(ゑん)に非(あら)ざれば、何を以(もち)てか情(こころ)を〓(の)べむ。
詩に落梅の篇を紀(しる)す。
古今それ何ぞ異ならむ。
宜(よろ)しく園(ゑん)梅(ばい)を賦(よ)みて、聊(いささ)かに短(たん)詠(えい)を成すべし。

【口語訳】
 梅花の歌三十二首 序文を加えた

天平二年正月十三日、大宰帥の老の屋敷に集まって、宴会を開く。
折しも、初春の良い月で、大気は澄んで風は穏やかだ。
梅は、鏡台のおしろいのように白く咲き、
蘭は、玉佩を着けた人とすれ違ったときのように薫る。
さらには、
明け方の峰には雲がたなびき、松は薄物を纏って傘を差し掛けたようであり、
夕方の山の洞からは霧が湧き立ち、鳥は霧の帳に閉じ込められて林の中を飛び迷う。
庭には春に生まれた蝶が舞い、
空には去年の秋に来た雁が帰ってゆく。
ここに、
天空を傘とし、大地を敷物としてくつろぎ、
膝を寄せ合って、盃を巡らせる。
一堂に会して、内には言葉も忘れるほどに打ち解け、
外には良い景色に向かって襟をくつろげる。
心は淡々として自由であり、
気分は快く満ち足りている。
文筆以外の何によってこの思いを述べ尽くせようか。
昔の中国には落梅の漢詩がある。
昔と今と、中国と日本と、何の違いがあろうか。
さあ、この庭園の梅を短歌によもうではないか。

 以上です。御批正賜ればと存じます。

 蘭亭序や帰田賦に依った部分のあることはすでに指摘されているとおりですが、文末近くの箇所には、六朝時代等に作られた中国の梅の漢詩が意識され、われわれも、それに倣って、梅の和歌を読もうではないかと言っています。

 梅は中国渡来の植物であり、場所は外国への窓口である大宰府、その地でこういった趣旨の催しを行ったわけですから、「国書」である万葉集の中では、とりわけ国際的な意味合いを持った部分と思います。内向きでなく、国際交流を意識した元号と捉えたら良いのではないでしょうか。

 同じく末尾近くに、この思いを表現する手段として文筆以外にないという文言も、文学重視という意味で好ましく思います。古今集仮名序とも通じますかね。

 梅花の宴は長屋王の変からまだ1年経っていませんね。旅人の讃酒歌は武智麻呂等への鬱憤をうたったものと考えて良いのでしょうが、梅花の序はどう考えたら良いでしょうかね。
 1.長屋王の変とは全く無関係
 2.武智麻呂等への憤りの気持ちはあるが、今日1日は、それを忘れてこの催しを楽しみたい
 3.陰謀渦巻く都の淀んだ空気の中で暮らしている連中と異なり、我々はさわやかな空気の中で風雅に高潔に生きて行きたい

 さて?
Kanbarahakubai

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コメント

いやあ、今結構自由に使える授業があって先だってこれを始めたばっかりのところなんで、こうやって訓と口語訳をお示しいただくと大変参考になります(^-^)。せんだって三輪山セミナーで関西大学のM田先生がこの辺りをお話しくださってもいたのであわせて有意義な連休となりました。

長屋王の件と絡んでは依然愚案を述べさせていただいたことがありましたが、この歌群との関係は考えてはいませんでしたね。あえていえば・・・2でしょうかね、私の感覚は。讃酒の歌も長屋王の歌とはあんまり絡ませて味わいたくはないほうなので・・・

三友亭主人さん

 「令和」絡みの話ができる授業っていいですね。タイムリーな内容で、生徒さん達も大いに刺激を受けるのではないでしょうか。
 拙訳、多少ともご参考になれば幸いです。

 万葉集の歌や序文と政治的な背景と、結びつけて考えるべきなのか、結びつけない方が良いのか、なかなか微妙なものがありますね。

 讃酒歌でぼろくそに言われている「賢しら」人は武智麻呂に違いないと思っていましたけど、よく考えてみることにしますね。

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