高等女学校の国語教科書に採られた万葉歌
昨日の続きです。
昨日は、恒吉薫氏作成「高等学校国語教科書『万葉集』採録データ」に基づき、戦前の旧制中学校のデータを集計してみました。
他人の褌で相撲を取ったような感があります。(^_^;
今日は同じ資料を用いて、戦前の高等女学校のデータを集計します。
昨日と同じように高等女学校の教科書に採られた万葉歌を多い順に20位まで列挙します。
○を付けたのは、旧制中学の教科書でも上位20位以内に入っている歌です。
○01.天地の 分れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 布士の高嶺を 天の原 振り放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくそ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 不尽の高嶺は(3・317)山部赤人 64点
○02.田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける(3・318)山部赤人 59点
○02.銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも(5・803)山上憶良 59点
○04.瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ いづくより 来りしものそ まなかひに もとなかかりて 安寐し寝なさぬ(5・802)山上憶良 52点
○05.やすみしし 我が大君 神ながら 神さびせすと 吉野川 たぎつ河内に 高殿を 高知りまして 登り立ち 国見をせせば たたなはる 青垣山 山神の 奉る御調と 春へは 花かざし持ち 秋立てば 黄葉かざせり 行き沿ふ 川の神も 大御食に 仕へ奉ると 上つ瀬に 鵜川を立ち 下つ瀬に 小網さし渡す 山川も 依りて仕ふる 神の御代かも(1・38)柿本人麻呂 29点
○06.玉たすき 畝傍の山の 橿原の ひじりの御代ゆ 生れましし 神のことごと 栂の木の いや継ぎ継ぎに 天の下 知らしめししを そらにみつ 大和を置きて あをによし 奈良山を越え いかさまに 思ほしめせか 天離る 鄙にはあれど 石走る 近江の国の 楽浪の 大津の宮に 天の下 知らしめしけむ 天皇の 神の命の 大宮は ここと聞けども 大殿は ここと言へども 春草の 茂く生ひたる 霞立つ 春日の霧れる ももしきの 大宮ところ 見れば悲しも(1・29)柿本人麻呂 28点
○07.山川も依りて仕ふる神ながらたぎつ河内に舟出せすかも(1・39)柿本人麻呂 27点
○08.若の浦に潮満ち来れば潟をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る(6・919)山部赤人 24点
○09.東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ(1・48)柿本人麻呂 23点
○09.御民我れ生ける験あり天地の栄ゆる時にあへらく思へば(6・996)海犬養岡麻呂 23点
○09.我が宿のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕かも(19・4291)大伴家持 23点
○12.楽浪の志賀の辛崎幸くあれど大宮人の舟待ちかねつ(1・30)柿本人麻呂 22点
13.ぬばたまの夜の更けゆけば久木生ふる清き川原に千鳥しば鳴く(6・925)山部赤人 19点(旧中17点)
13.春の野に霞たなびきうら悲しこの夕影に鴬鳴くも(19・4290)大伴家持 19点(旧中12点)
○15.大夫は名をし立つべし後の世に聞き継ぐ人も語り継ぐがね(19・4165)大伴家持 17点
○16.楽浪の志賀の大わだ淀むとも昔の人にまたも逢はめやも(1・31)柿本人麻呂 16点
○17.石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも(8・1418)志貴皇子 15点
○18.あをによし奈良の都は咲く花のにほふがごとく今盛りなり(3・328)小野老 14点
18.吉野なる菜摘の川の川淀に鴨ぞ鳴くなる山蔭にして(3・375)湯原王 14点(旧中6点)
20.熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな(1・8)額田王 12点(旧中10点)
20.冬こもり 春さり来れば 鳴かずありし 鳥も来鳴きぬ 咲かずありし 花も咲けれど 山を茂み 入りても取らず 草深み 取りても見ず 秋山の 木の葉を見ては 黄葉をば 取りてぞ偲ふ 青きをば 置きてぞ嘆く そこし恨めし 秋山吾は(1・16)額田王 12点(旧中5点)
20.もののふの八十宇治川の網代木にいさよふ波の行くへ知らずも(3・264)柿本人麻呂 12点(旧中10点)
20.近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ(3・266)柿本人麻呂 12点(旧中20点)
20.あしひきの山川の瀬の鳴るなへに弓月が岳に雲立ち渡る(7・1088)柿本人麻呂歌集 12点(旧中6点)
20.沫雪のほどろほどろに降りしけば奈良の都し思ほゆるかも(8・1639)大伴旅人 12点(旧中2点)
○の付いた歌、多いですね。大勢としては、旧制中学の教科書に採られた歌と、高等女学校の教科書に採られた歌との間に大きな差はないように見えます。
ただ、○の付いていない歌で、旧制中学の教科書にはあまり取られていない歌には次のようなものがあります。
18.吉野なる菜摘の川の川淀に鴨ぞ鳴くなる山蔭にして(3・375)湯原王 14点(旧中6点)
20.あしひきの山川の瀬の鳴るなへに弓月が岳に雲立ち渡る(7・1088)柿本人麻呂歌集 12点(旧中6点)
20.沫雪のほどろほどろに降りしけば奈良の都し思ほゆるかも(8・1639)大伴旅人 12点(旧中2点)
これらは今では人気のある歌と思います。
高等女学校の教科書と旧制中学校の教科書との採録数にやや差のある歌に次のようなものがあります。
つぎねふ 山背路を 他夫の 馬より行くに 己夫し 歩より行けば 見るごとに 哭のみし泣かゆ 其思ふに 心し痛し たらちねの 母が形見と わが持てる 真澄鏡に 蜻蛉領巾 負ひ並め持ちて 馬買へわが背(13・3314)作者不明 高女8点、旧中2点
四極山うち越え見れば笠縫の島漕ぎ隠る棚なし小舟(3・272)高市黒人 高女6点、旧中0
吾妹子が植ゑし梅の樹見るごとにこころ咽せつつ涙し流る(3・453)大伴旅人 高女5点、旧中0
どうも、高等女学校採録歌の方が現代の好みに近い気がします。
差が顕著なのは防人歌です。
旧制中学・高等女学校、両方の教科書に採られている防人歌は次の3首です。
今日よりはかへり見なくて大君の醜の御楯と出で立つ我は(4373)今奉部与曽布/下野防人 旧中21、高女9
大君の命畏み磯に触り海原渡る父母を置きて(4328)丈部人麻呂/相模防人 旧中9、高女6
霰降り鹿島の神を祈りつつ皇御軍に我れは来にしを(4370)大舎人部千文/常陸防人 旧中1、高女1
そして、旧制中学校の教科書に採られている防人歌はこの3首のみです。
ところが、高等女学校の教科書にはこれら以外に防人歌が8首採られています。
父母が頭掻き撫で幸くあれて言ひし言葉ぜ忘れかねつる(4346)丈部稲麻呂/駿河国防人 高女2
父母も花にもがもや草枕旅は行くとも捧ごて行かむ(4325)丈部黒当/遠江防人 高女1
水鳥の立ちの急ぎに父母に物言はず来にて今ぞ悔しき(4337)有度部牛麻呂/駿河防人 高女1
真木柱ほめて造れる殿のごといませ母刀自面変はりせず(4342)坂田部首麻呂/駿河防人 高女1
我が母の袖もち撫でて我がからに泣きし心を忘らえのかも(4356)物部乎刀良/上総防人 高女1
天地の神を祈りて猟矢貫き筑紫の島を指して行く我れは(4347)大田部荒耳/下野防人 高女1
天地のいづれの神を祈らばか愛し母にまた言問はむ(4392)大伴部麻与佐/下総防人 高女1
大君の命畏み青雲のとのびく山を越よて来ぬかむ(4403)小長谷部笠麻呂/信濃防人 高女1
どうも、高女の編者の方が家持の思いに近いようです。
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