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2019年5月

2019年5月31日 (金)

水草を入れ替え

 先日お目に掛けましたように、金魚の水草が丸ボーズにされてしまいました。
 食欲、極めて旺盛です。

 新しい水草を買ってきて入れました。
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 「新しい御馳走が来た!」と思っているかもしれません。
 バランスの良い食生活で、元気に毎日を過ごして貰いたいです。

 上代文学会の折の小倉探訪は、鴎外の旧居の他に小倉城も予定しています。それはまた追々。

2019年5月30日 (木)

晴南さんのお通夜に行ってきました

 「トンボの眼」の講座が終わって帰宅した後、晴南さんのお通夜に向かいました。

 祭壇は富士山をかたどったものでした。富士登山の行者さんでもあった晴南さんにちなんだものと思います。
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 私は幸い席に座れましたが、立って参列されていた方々も多かったです。お焼香の後、式場の部屋を出たら、会場の外にもまだ沢山の方々が並んでいました。ずいぶん大勢の会葬者がいらしたことが知られました。

 惟光さんのお礼の言葉です。
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 勝手にご紹介して良いものやら迷いましたが、会葬者全員に渡されたものですし、お仕事などのご都合で参列することの叶わなかった方々にも読んで頂きたい思いがあり、載せることにしました。

 惟光さんのお気持ちがよく伝わってきます。

「トンボの眼」で柿本人麻呂(2)

 今日は、「トンボの眼」の連続講座で柿本人麻呂の話をしてきました。先月、人麻呂の第1回目として歌集歌と雑歌をよみました。今日は相聞と挽歌をよみました。内容は石見相聞歌と泣血哀慟歌です。扱ったのは、それぞれの第1長歌反歌、第2長歌反歌です。レジュメはこちら

 晴南さんの訃報に接したばかりでしたので、泣血哀慟歌を読みながら、あれこれの思いがありました。
Hagainoyama

 

2019年5月29日 (水)

城崎陽子先生(晴南さん)ご逝去

 昨日、城崎陽子先生が逝去されました。5月28日午前1時8分とのことです。

 城崎先生は、当ブログの前身の掲示板「まほろば」以来、「晴南」さんのハンドルネームで、沢山の書き込みをしてくださいました。

 あまりにも突然のことで言葉もありません。心からお悔やみ申し上げ、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 城崎先生に初めてお目に掛かったのは、昭和の終わりか平成の初め頃、古事記研究会であったと思います。
 そして、掲示板「まほろば」に初めて登場してくださったのは、平成17年(2005年)の4月24日でした。今から14年前ですね。
 「晴南」さんのお名前での書き込みでしたので、どなたか分からず、私は、
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> 晴南さん

 はじめまして!
 ブログを拝見しました。同業者の方ですね。
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などというレスを付けていました。(^_^;

 その後、同年6月9日に、
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 こんにちは、六条院の女主です。猫の写真可愛いですね。我が家にも二匹おりまして、なかなかやんちゃな奴らです。ぼーっと窓の外を眺めている猫の姿を見ていると何考えてるのかなと思うことがあります。でも、結構気はつかっているようでして、やって良いことと、やってはいけないこととの区別は彼らなりについているようです。
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と書いてくださったので、惟光さんの奥様ということで、正体が判明しました。(^_^)
 この時の猫2匹は、ニャンタ君とニャンコちゃんでしたでしょうか。そうでしたら、ニャンタ君は残念なことでしたが、ニャンコちゃんはもうかなりのご長寿ネコさんですね。

 学会でもまほろばでも大変にお世話になりました。ご厚誼を感謝申し上げております。

 晴南さんはリラックマがお好きでした。電車もお好きだったようにお見受けしました。
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2019年5月28日 (火)

群馬県立女子大学で特別公開講座

 今日は、元勤務先で公開講座をしてきました。演題は「『万葉集』の魅力~「令和」にちなんで~」です。
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 上の画像はチラシですが、これと同じ作りで、下部の申し込み部分がないものがポスターとして数週間前から学内に貼られていました。顔写真入りなので、目にする度に、なんとなく落ち着きませんでした。(^_^;

 幸い、たくさんの方が聴きに来てくださいました。学科学部を越えて、元同僚の先生方も。
 ありがたいことでしたが、これが教員同士の授業参観のように思えて、ちょっと緊張しました。
 レジュメはこちら

 「令和」絡みの講演は今回が初めてでした。他にも同様の依頼を頂いていますので、今回の内容をベースに、改良して行こうと思います。

 ちょっと緊張していたはずなのですが、会場は慣れた教室でもありますし、段々緊張が解けて行き、そればかりか当初の緊張の反動もあって、途中からリラックスしすぎて、余計な雑談に時間を使ってしまいました。公開講座で雑談をする講師というのもいかがなものかと思われます。反省しています。

 何十年やっていても満足な講演はできません。

 昨年亡くなった石川先生の後任の先生にもお目にかかれました。講演を聴きに来てくださっていたのでした。ありがたいことでした。鈍蛾さんをはじめ、聴きに来てくださった先生方にも大感謝です。

2019年5月27日 (月)

森鴎外旧居をゆく

 学会出張の折は、近隣の史跡巡りを楽しみにしています。
 今回は、大宰府に行くかなぁ、巌流島かなぁ、などと考えていました。
 でも、実際に行ったのは、宿を取った小倉駅近くのみでした。昔よりも動くのが億劫になりました。(^_^;

 駅の南に森鴎外の旧居があるというので行ってきました。鴎外の旧居の存在は小倉に着いてから知りました。

 門の所から。
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 ぴったりの場所にバイクが止まっていたので、バイク越しの撮影になりました。帰るときにはもうバイクはありませんでしたので、帰りにもう1度撮せばよかったです。そういう知恵はあとから湧いてきます。(^_^;

 解説板。
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 鴎外が住んだのは1年半ほどのようですね。

 全体像。
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 見取り図。
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 この図では上が北になります。玄関は北向きです。写真は北東から南西方向を撮しています。

 通り土間からの撮影。
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 手前が玄関奥の五畳間。その奥が六畳、その奥が八畳の部屋で、鴎外はこの八畳間とその南の部屋を主に使っていたそうです。

 鴎外が主に使っていたという八畳間。
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 1年半ほどしか住んでいなかったとはいえ、実際に鴎外がこの家で暮らし、作品も書いていたのだと思うと感慨深いものがあります。しばしこの部屋でくつろぎました。

 その八畳間を出たところから撮した廊下。いや、縁側か。
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 鴎外の遺書が展示してありました。
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 墓石には「森林太郎墓」以外に1字も彫ってはいけない、書は中村不折に依頼すること、宮内省や陸軍の栄典は一切固辞することなどが書かれています。こんな貴重なものを、と思いましたが、これは複製だそうです。

 鴎外の胸像。
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2019年5月26日 (日)

上代文学会九州女子大大会懇親会

 昨日の大会第1日目、講演会、総会の後は学内の食堂で懇親会がありました。

 司会のお二人。
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 講演者の工藤先生の挨拶。
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 私の立ち位置が悪くて、お顔が見えません。(^_^;

 講演者の佐藤先生。
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 横を向いてくださったので、辛うじてお顔が見えました。

 スイーツ。
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 おいしかったです。あと、鯛茶漬けがおいしかったので、撮影しなかったことを後悔しています。

 お世話になったスタッフの皆さん。
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 お世話になった先生方。
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 向かって左端が責任者の鈴木喬先生です。九州の他大学の先生方もスタッフに加わってご尽力くださったようです。

2019年5月25日 (土)

九州女子大学・九州共立大学で上代文学会

 今日・明日は、2019年度の上代文学会の大会です。
 
 鹿児島本線の折尾駅で降りて会場校に向かって歩いて行くと、会場校の手前に地下歩道がありました。歩道には壁画が。
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 会場校の学生さん達の作品でした。
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 こういう地域貢献は良いことと思います。

 会場校の門。大変に良いお天気でした。
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 会場のある建物。
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 学会挨拶。代表理事の品田悦一先生。
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 会場校挨拶。教育機構副長の中島久代先生。
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 新元号「令和」がらみで、大宰府のことや、大学の校章が梅の花であることなどにも触れられました。

 工藤浩先生の講演。演題は「大嘗祭に関する二、三の問題」。
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 佐藤隆先生の講演。演題は「大伴家持とその意匠ー「白」への関心ー」。
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 このあと懇親会が開かれ、第1日目は無事に終了しました。

2019年5月24日 (金)

小倉なう

 明日・明後日、九州女子大学・九州共立大学で上代文学会のため、小倉に来ています。
 東京から陸路です。(^_^)
 新幹線は山側の方が、いろいろ見どころがあるので、往復とも山側の席を取ったつもりでしたが、なぜか往復とも海側でした。不思議です。えきねっとの操作を間違えたか。
 山側だと、富士山や浜名湖や関ヶ原や姫路城が見えるんですよね。海側はどうも。

 安倍川。
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 関ヶ原。関ヶ原のどのあたりか不明です。(^_^;
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 東寺。
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 広島球場。今はマツダスタジアムという名前でしたか。
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 無事に小倉駅に着きました。皆さん、途中で降りたり、途中から乗ってきたりで、東京から博多まで乗って行く人は少ないようです。私と席を1つ挟んだ隣のおじさんはずっと乗っていました。これは負けたかと思いましたが、その人も小倉で降りましたので、引き分けです。←勝ち負けじゃないっちゅうに。

 宿で、19:55から「チコちゃんに叱られる!」を見ようと思ったら、違う番組が始まってしまいました。「ありゃ。地域によって違うのか」と思い、消してしまいました。大分経ってから番組表を見たら、2分後の19:57からチコちゃんなのでした。慌ててつけましたが、もう終盤でした。明朝8:15から再放送です。見るかなぁ。

2019年5月23日 (木)

水草がボーズに

 4月17日の様子です。
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 中央付近の金魚の正面顔がかわいい。(^_^) 水草がこんもりと茂っています。密度、高そう。

 5月6日、10連休の最終日です。
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 水草の背は少し伸びたようですが、やや隙間ができた感があります。

 そして、今日。
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 水草、無残なことになってしまっています。
 金魚に食べられてしまいました。(^_^;

 金魚が水草を食べることは、去年はありませんでした。今年も4月くらいまではなかったようです。
 それが急にこんなことになってしまいました。

 水温が上がって食欲が増したのでしょうかね。ゴハンはちゃんと食べさせているつもりだったんですけどねぇ。
 体も大きくなったので、もっと分量か、回数を増やした方が良いのかもしれません。

 あるいは、本能的に「ちょっと野菜が足りないな」と思って食べるようにしているのか。
 あるいは、新鮮な水草の美味しさに気づいてしまったのか。

 さて対策はいかに、と考えましたが、金魚が欲しがっているのなら食べさせれば良いのでは、と気づきました。
 水草がなくなってしまったら買ってくればいいわけで。
 そのようにします。

2019年5月22日 (水)

お金を抱えたぐんまちゃん

 先日、講座の受講者の方から、福祉作業所で作られたぐんまちゃんのコースターなどを頂いたことを書きました。
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 今日は、同じ講座の別の方から、ぐんまちゃんのクリアファイルを頂きました。
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 どうも、ぐんまちゃんといえば私、という連想回路ができあがってしまっているようです。(^_^;

 500円硬貨が好きなので、この図柄は嬉しいです。♪

 下の方に、赤っぽい四角形が裏写りしています。これはクリアファイルの裏側です。

 裏側のその部分だけ拡大します。
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 群馬県金融広報委員会のクリアファイルでした。この委員会の存在は全く知りませんでした。
 クリアファイルの宣伝効果はありそうです。

 表側の絵の部分のアップ。(^_^)
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2019年5月21日 (火)

代表的な万葉歌(2)

 かねて「代表的な万葉歌」のリストを作成しています。
 これは、『万葉秀歌』(斎藤茂吉)、『万葉百歌』(山本健吉・池田弥三郎)、『私の万葉集』(大岡信)、『日めくり万葉集』(NHK)などが選んでいる歌を集計したものです。新しいデータを加える度に順位が変動します。
 昨年の2月に美夫君志会の『萬葉百首』というかるたを加えたときもだいぶ順位の変動がありました。その結果はブログにも「代表的な万葉歌」のタイトルで載せました。

 先日、4日間にわたって、戦前の旧制中学校、高等女学校、戦後の高等学校の国語教科書に掲載された万葉歌をご紹介しました。今回、そのデータを加えてみました。ベスト30をご披露します。

 01.田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける(3・318)山部赤人
 02.天地の 分れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 布士の高嶺を 天の原 振り放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくそ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 不尽の高嶺は(3・317)山部赤人
 03.銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも(5・803)山上憶良
 04.瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ いづくより 来りしものそ まなかひに もとなかかりて 安寐し寝なさぬ(5・802)山上憶良
 05.東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ(1・48)柿本人麻呂
 06.我が宿のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕かも(19・4291)大伴家持
 07.うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しも独し思へば(19・4292)大伴家持
 08.近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ(3・266)柿本人麻呂
 09.あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る(1・20)額田王
 10.石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも(8・1418)志貴皇子
 11.若の浦に潮満ち来れば潟をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る(6・919)山部赤人
 12.憶良らは今は罷らむ子泣くらむそれその母も我を待つらむぞ(3・337)山上憶良
 13.多摩川に曝す手作さらさらに何そこの児のここだ愛しき(14・3373)東歌(武蔵)
 14.ぬばたまの夜の更けゆけば久木生ふる清き川原に千鳥しば鳴く(6・925)山部赤人
 15.熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな(1・8)額田王
 16.楽浪の志賀の辛崎幸くあれど大宮人の舟待ちかねつ(1・30)柿本人麻呂
 17.紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑにわれ恋ひめやも(1・21)天武天皇
 18.春の野に霞たなびきうら悲しこの夕影に鴬鳴くも(19・4292)大伴家持
 19.み吉野の象山の際の木末にはここだも騒く鳥の声かも(6・924)山部赤人
 20.玉たすき 畝傍の山の 橿原の ひじりの御代ゆ 生れましし 神のことごと 栂の木の いや継ぎ継ぎに 天の下 知らしめししを そらにみつ 大和を置きて あをによし 奈良山を越え いかさまに 思ほしめせか 天離る 鄙にはあれど 石走る 近江の国の 楽浪の 大津の宮に 天の下 知らしめしけむ 天皇の 神の命の 大宮は ここと聞けども 大殿は ここと言へども 春草の 茂く生ひたる 霞立つ 春日の霧れる ももしきの 大宮ところ 見れば悲しも (1・29)柿本人麻呂
 21.笹の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来ぬれば(2・133)柿本人麻呂
 22.春の園紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ娘子(19・4139)大伴家持
 23.あをによし奈良の都は咲く花のにほふがごとく今盛りなり(3・328)小野老
 24.わたつみの豊旗雲に入り日差し今夜の月夜清く照りこそ(1・15)天智天皇
 25.家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る(2・142)有間皇子
 26.春の野にすみれ採みにと来しわれそ野をなつかしみ一夜寝にける(8・1424)山部赤人
 27.士やも空しくあるべき万代に語り継ぐべき名は立てずして(6・978)山上憶良
 28.我が背子を大和へ遣るとさ夜更けて暁露に我れ立ち濡れし(2・105)大伯皇女
 29.吉野なる菜摘の川の川淀に鴨ぞ鳴くなる山蔭にして(3・375)湯原王
 30.楽浪の志賀の大わだ淀むとも昔の人にまたも逢はめやも(1・31)柿本人麻呂

 いかがでしょうか。戦前戦後の国語教科書の影響が結構強く出ているように思いますが、かなり妥当なところではないでしょうか。

 この30首を作者別に集計すると次のようになります。

 山部赤人、柿本人麻呂:6
 山上憶良、大伴家持:4
 額田王:2
 志貴皇子、東歌(武蔵)、天武天皇、小野老、天智天皇、有間皇子、大伯皇女、湯原王:1

 赤人が人麻呂と並んで1位というのは意外でした。授業や講座などで、歌人別に万葉集をよむことがありましたが、赤人を特に取り上げたことはなかったと思います。認識不足でした。「山柿の門」の「山」は赤人で良いのかも。(^_^;

 思えば、学校で最初に習った古文の教科書の巻頭に載っていたのが、赤人の富士山の歌でした。半世紀以上も昔。(^_^;
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 その教科書で次のページに載っていたのは、十訓抄の小式部内侍の話(大江山の歌)だったような記憶があります。

2019年5月20日 (月)

アマリリス開花&植物近況

 昨日のブログでご披露した開花まであと一息のアマリリス。咲きました。(^_^)
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 昨日とは反対側からの撮影です。手前で咲いているのは、数日前にご披露した1輪だけ咲いた花です。まだ元気です。

 一昨年と昨年に分家した子株を地植えにしたオリヅルラン、元気です。去年はまだランナーは1本も出ませんでしたが、今年は出ました。段々にオトナになってゆくのでしょう。
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 親株の方は、鉢植えのまま屋外で冬越ししました。置き場所がベランダだったため、鉢植えであることに加えて風当たりも強く、だいぶしょぼくなってしまいました。でも、暖かくなってきたら一気に元気になり、いつの間にかランナーが出て、子株が付いていました。
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 大きく頑丈そうな子株です。さすがの親の貫禄ですかね。

 てっぺんまで水が廻らずに、成長点が枯れてしまった桑の子。本体は元気です。
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 下の方で分岐した茎が伸びてきています。

 そして、先端が枯れてしまった茎の方も、少し下に芽が付きました。葉っぱなのか、茎なのか、観察を続けて行こうと思います。
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 去年、咲いていたあじさいの鉢を買ってきて、すぐに地植えにしました。それに花芽がつきました。
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 どうも1輪だけのようですが、開花が楽しみです。

 頭が不自由になるまで研究は続ける所存ですが、それ以外に、金魚のお世話や、植物のお世話、古地図や道中記の収集なども楽しみです。

2019年5月19日 (日)

お茶の包装紙

 お茶を頂きました。
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 この時期だと新茶ですね。ありがたいことです。パッケージの色も新茶のようです。(^_^)

 このお茶の包み紙はこのようになっていました。
Kitamura02
 折り鶴ですね。おシャレです。色もパッケージと同系色です。
 手間が掛かるでしょうに。こういう包装に接するとほのぼのとした気持ちになります。良いです。♪

 話は変わりますが、一昨日、もう1鉢のアマリリスが「明日あたり咲きそうです」と書きました。「明日」というと昨日のことですが、今日はこんな具合です。
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 1輪は咲きましたが、もう1輪がもう一息です。今度こそ本当に「明日あたり」といった感じです。

 ここまで書いてから、アマリリスでなくオリヅルランの話題ならばお茶の包装紙と関連したのにな、と思ったことでした。

2019年5月18日 (土)

ぐんまちゃんも福祉に協力

 講座の受講者から頂きました。
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 コースターですね。私がぐんまちゃんファンだということが漏れています。(^_^;

 パッケージから出す前の裏側の写真です。
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 福祉作業所で作られた製品なのでした。丁寧なしっかりとした仕事です。良いものを頂きました。

 もう1つ。
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 裏側です。
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 これは磁石が付いています。こちらも同じ作業所の製品です。冷凍庫のドアに貼りました。

2019年5月17日 (金)

アマリリスが1輪開花

 昨日アマリリスが咲きました。
Ama20190516a
 ご覧のように1輪だけです。

 このアマリリス、もう20年以上も毎年花を付けています。毎回、1本の茎に決まって2輪ずつ。

 たまに3輪咲いたこともありました。
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 それで、アマリリスというものは(少なくともうちのアマリリスは)花を2輪以上付けるものと思っていました。1輪だけというのは記憶にありません。

 もう1鉢はこんなです。
Ama20190516b
 明日あたり咲きそうです。こちらは例年通り2輪。

 1輪だけしか花を付けなかったのは栄養不足ですかねぇ。咲かなくなってしまった鉢もあります。肥料やっていないし。考えないといけません。

 先ほどふと思い付いたのですが、金魚の水槽の水替えや、濾過器の掃除の折に、古い水、汚れた水はそのまま風呂場に流してしまっていましたが、この水、植物にとっての養分が含まれていそうな気がします。今度から捨てないで植物への水やりに利用しようと思います。

 良いことに気づいた。(^_^)

 カランコエ、沢山花を付けてくれましたが、もう散ってしまいました。シーズン終了ですね。
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 と思っていたところ、こんなつぼみが付いているのに気づきました。もう少し楽しめそうです。

2019年5月16日 (木)

戦後の高等学校国語教科書に採られた万葉歌(後)

 3日連続して掲載してきた、国語教科書に採られた万葉歌。今日は平成15年以降の分を扱います。これで最後です。元データを作成された恒吉薫氏のお仕事を何ともありがたく貴重なものと、改めてそう思います。

 平成15年以降の分は、それ以前と比べて期間が短く、対象となる教科書の数も少ないので、のべ歌数は1011首、異なり歌数は87首です。

 これまでと同様、上位20位までを示します。

01.あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る(1・20)額田王 57点
02.多摩川に曝す手作さらさらに何そこの児のここだ愛しき(14・3373)東歌(武蔵)55点
03.うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しも独し思へば(19・4292)大伴家持 49点
04.憶良らは今は罷らむ子泣くらむそれその母も我を待つらむぞ(3・337)山上憶良 41点
05.近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ(3・266)柿本人麻呂 40点
06.紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑにわれ恋ひめやも(1・21)天武天皇 37点
06.田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける(3・318)山部赤人 37点
08.天地の 分れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 布士の高嶺を 天の原 振り放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくそ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 不尽の高嶺は(3・317)山部赤人 31点
08.春の園紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ娘子(19・4139)大伴家持 31点
10.父母が 頭掻き撫で 幸くあれて 言ひし言葉ぜ 忘れかねつる(20・4346)丈部稲麻呂/駿河国防人 28点
11.東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ(1・48)柿本人麻呂 25点
12.若の浦に潮満ち来れば潟をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る(6・919)山部赤人 24点
13.石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも(8・1418)志貴皇子 23点
14.熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな(1・8)額田王 22点
14.唐衣裾に取りつき泣く子らを置きてそ来ぬや母なしにして(20・4401)他田舎人大島/信濃防人 22点
16.瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ いづくより 来りしものそ まなかひに もとなかかりて 安寐し寝なさぬ(5・802)山上憶良 20点
16.銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも(5・803)山上憶良 20点
18.石見の海 角の浦廻を 浦なしと 人こそ見らめ 潟なしと 人こそ見らめ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし 潟は なくとも 鯨魚取り 海辺を指して 柔田津の 荒礒の上に か青なる 玉藻沖つ藻 朝羽振る 風こそ寄せめ 夕羽振る 波こそ来寄れ 波のむた か寄りかく寄り 玉藻なす 寄り寝し妹を 露霜の 置きてし来れば この道の 八十隈ごとに 万たび かへり見すれど いや遠に 里は離りぬ いや高に 山も越え来ぬ 夏草の 思ひ萎へて 偲ふらむ 妹が門見む 靡けこの山(2・131)柿本人麻呂 19点
18.石見のや高角山の木の間より我が振る袖を妹見つらむか(2・132)柿本人麻呂 19点
18.笹の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来ぬれば(2・133)柿本人麻呂 19点

 トップは額田王の「あかねさす」の歌で、これに答えた大海人皇子の「むらさきの」の歌も6位に入っています。この2首は旧制中学校・高等女学校の教科書には全く採られていなかった歌です。

 第2位には東歌の「多摩川に」が入っています。この歌も旧制中学校・高等女学校の教科書には全く採られていません。といいますか、旧制中学校の教科書に東歌は「都武賀野に鈴が音聞こゆ可牟思太の殿のなかちし鳥猟すらしも」(3438/未勘国歌)しか採られておらず、高等女学校の教科書に東歌は1首も採られていません。それが、戦後になると65首の歌が万葉集に採られています。これは大きな変化といえましょう。

 他に、第8位の家持の「春の園紅にほふ」の歌も旧制中学校・高等女学校の教科書には全く採られていません。これも大きな相違点になります。

 14位の「唐衣裾に取りつき泣く子らを置きてそ来ぬや母なしにして」という防人歌は、何とも切ない歌ですが、この歌は、旧制中学校・高等女学校のみならず、戦後の平成14年以前の教科書(採録された万葉歌は、のべ11904首、異なり歌数で919首にも及ぶ)にも全く採られていない歌でした。それが平成15年以降は一気にこんな高位に位置するに至りました。今後も、以前はあまり注目されていない歌に光が当たることもありましょうね。

 文学軽視、文学教育軽視の世の中では、それも望み薄になってしまいますが。

 1200年もの間、読み継がれてきた作品が価値の低いものであるはずはないんですけどねぇ。
Gunmac_fude

2019年5月15日 (水)

戦後の高等学校国語教科書に採られた万葉歌(前)

 一昨日、昨日の続きです。
 今日は、戦後の高等学校国語教科書のうち平成14年以前の分を集計しました。対象となる教科書の数も多く、採録された万葉歌はのべ11904首にのぼります。一昨日は11907首と書きましたが、数え違いがありました。訂正致します。
 そして、異なり歌数は919首にのぼります。これは全く意外でした。戦後、多数の国語教科書が発行されていても、そこに掲載されている万葉歌は精々100首くらいの中から選ばれているものと思っていました。これだけ多くの万葉歌が選ばれていたとは……。とは。

 上位20首を挙げます。

01.うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しも独し思へば(19・4292)大伴家持 233点
02.ぬばたまの夜の更けゆけば久木生ふる清き川原に千鳥しば鳴く(6・925)山部赤人 223点
03.み吉野の象山の際の木末にはここだも騒く鳥の声かも(6・924)山部赤人 216点
04.多摩川に曝す手作さらさらに何そこの児のここだ愛しき(14・3373)東歌(武蔵) 202点
05.熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな(1・8)額田王 201点
06.我が宿のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕かも(19・4291)大伴家持 189点
07.銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも(5・803)山上憶良 180点
08.田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける(3・318)山部赤人 170点
09.近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ(3・266)柿本人麻呂 167点
09.憶良らは今は罷らむ子泣くらむそれその母も我を待つらむぞ(3・337)山上憶良 167点
09.春の園紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ娘子(19・4139)大伴家持 167点
12.験なきものを思はずは一杯の濁れる酒を飲むべくあるらし(3・338)大伴旅人 162点
12.瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ いづくより 来りしものそ まなかひに もとなかかりて 安寐し寝なさぬ(5・802)山上憶良 162点
14.信濃道は今の墾道刈株に足踏ましなむ履着けわが背(14・3399)東歌(信濃) 161点
15.春の野に霞たなびきうら悲しこの夕影に鴬鳴くも(19・4290)大伴家持 158点
16.天地の 分れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 布士の高嶺を 天の原 振り放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくそ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 不尽の高嶺は(3・317)山部赤人 157点
17.笹の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来ぬれば(2・133)柿本人麻呂 151点
18.石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも(8・1418)志貴皇子 149点
19.世間を憂しとやさしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば(5・893)山上憶良 141点
20.石見のや高角山の木の間より我が振る袖を妹見つらむか(2・132)柿本人麻呂 140点

 大変によく納得できる歌々と思います。
 21位以下には、次の歌が続きます。

 ・防人に行くは誰が背と問ふ人を見るがともしさ物思ひもせず
 ・君が行く道のながてを繰り畳ね焼きほろぼさむ天の火もがも
 ・石見の海 角の浦廻を 浦なしと 人こそ見らめ 潟なしと 人こそ見らめ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし 潟は なくとも 鯨魚取り 海辺を指して 柔田津の 荒礒の上に か青なる 玉藻沖つ藻 朝羽振る 風こそ寄せめ 夕羽振る 波こそ来寄れ 波のむた か寄りかく寄り 玉藻なす 寄り寝し妹を 露霜の 置きてし来れば この道の 八十隈ごとに 万たび かへり見すれど いや遠に 里は離りぬ いや高に 山も越え来ぬ 夏草の 思ひ萎へて 偲ふらむ 妹が門見む 靡けこの山
 ・若の浦に潮満ち来れば潟をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る
 ・父母が頭掻き撫で幸くあれて言ひし言葉ぜ忘れかねつる
 ・あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る
 ・稲つけばかかる我が手を今夜もか殿の若子が取りて嘆かむ

 上位20位のうち、
 ・多摩川に曝す手作さらさらに何そこの児のここだ愛しき
 ・春の園紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ娘子
 ・験なきものを思はずは一杯の濁れる酒を飲むべくあるらし
 ・信濃道は今の墾道刈株に足踏ましなむ履着けわが背
 ・石見のや高角山の木の間より我が振る袖を妹見つらむか
の5首は、戦前の旧制中学校・高等女学校の教科書には1点も採られていません。

 また、
 ・うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しも独し思へば
 ・み吉野の象山の際の木末にはここだも騒く鳥の声かも
 ・笹の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来ぬれば
 ・世間を憂しとやさしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば
なども、旧制中学校・高等女学校の教科書には採られてはいてもごく少数です。

 おまけとして挙げた21位以下の歌についても、「若の浦に」と「父母が」以外は、やはり旧制中学・高女の教科書には全く採られていません。
 戦前・戦後で大きく変わったことが分かります。
Gunmac_tobe02
 あ、上の画像は「飛躍」のイメージです。(^_^)

2019年5月14日 (火)

高等女学校の国語教科書に採られた万葉歌

 昨日の続きです。
 昨日は、恒吉薫氏作成「高等学校国語教科書『万葉集』採録データ」に基づき、戦前の旧制中学校のデータを集計してみました。
 他人の褌で相撲を取ったような感があります。(^_^;

 今日は同じ資料を用いて、戦前の高等女学校のデータを集計します。
 昨日と同じように高等女学校の教科書に採られた万葉歌を多い順に20位まで列挙します。
 ○を付けたのは、旧制中学の教科書でも上位20位以内に入っている歌です。

○01.天地の 分れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 布士の高嶺を 天の原 振り放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくそ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 不尽の高嶺は(3・317)山部赤人 64点
○02.田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける(3・318)山部赤人 59点
○02.銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも(5・803)山上憶良 59点
○04.瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ いづくより 来りしものそ まなかひに もとなかかりて 安寐し寝なさぬ(5・802)山上憶良 52点
○05.やすみしし 我が大君 神ながら 神さびせすと 吉野川 たぎつ河内に 高殿を 高知りまして 登り立ち 国見をせせば たたなはる 青垣山 山神の 奉る御調と 春へは 花かざし持ち 秋立てば 黄葉かざせり 行き沿ふ 川の神も 大御食に 仕へ奉ると 上つ瀬に 鵜川を立ち 下つ瀬に 小網さし渡す 山川も 依りて仕ふる 神の御代かも(1・38)柿本人麻呂 29点
○06.玉たすき 畝傍の山の 橿原の ひじりの御代ゆ 生れましし 神のことごと 栂の木の いや継ぎ継ぎに 天の下 知らしめししを そらにみつ 大和を置きて あをによし 奈良山を越え いかさまに 思ほしめせか 天離る 鄙にはあれど 石走る 近江の国の 楽浪の 大津の宮に 天の下 知らしめしけむ 天皇の 神の命の 大宮は ここと聞けども 大殿は ここと言へども 春草の 茂く生ひたる 霞立つ 春日の霧れる ももしきの 大宮ところ 見れば悲しも(1・29)柿本人麻呂 28点
○07.山川も依りて仕ふる神ながらたぎつ河内に舟出せすかも(1・39)柿本人麻呂 27点
○08.若の浦に潮満ち来れば潟をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る(6・919)山部赤人 24点
○09.東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ(1・48)柿本人麻呂 23点
○09.御民我れ生ける験あり天地の栄ゆる時にあへらく思へば(6・996)海犬養岡麻呂 23点
○09.我が宿のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕かも(19・4291)大伴家持 23点
○12.楽浪の志賀の辛崎幸くあれど大宮人の舟待ちかねつ(1・30)柿本人麻呂 22点
 13.ぬばたまの夜の更けゆけば久木生ふる清き川原に千鳥しば鳴く(6・925)山部赤人 19点(旧中17点)
 13.春の野に霞たなびきうら悲しこの夕影に鴬鳴くも(19・4290)大伴家持 19点(旧中12点)
○15.大夫は名をし立つべし後の世に聞き継ぐ人も語り継ぐがね(19・4165)大伴家持 17点
○16.楽浪の志賀の大わだ淀むとも昔の人にまたも逢はめやも(1・31)柿本人麻呂 16点
○17.石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも(8・1418)志貴皇子 15点
○18.あをによし奈良の都は咲く花のにほふがごとく今盛りなり(3・328)小野老 14点
 18.吉野なる菜摘の川の川淀に鴨ぞ鳴くなる山蔭にして(3・375)湯原王 14点(旧中6点)
 20.熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな(1・8)額田王 12点(旧中10点)
 20.冬こもり 春さり来れば 鳴かずありし 鳥も来鳴きぬ 咲かずありし 花も咲けれど 山を茂み 入りても取らず 草深み 取りても見ず 秋山の 木の葉を見ては 黄葉をば 取りてぞ偲ふ 青きをば 置きてぞ嘆く そこし恨めし 秋山吾は(1・16)額田王 12点(旧中5点)
 20.もののふの八十宇治川の網代木にいさよふ波の行くへ知らずも(3・264)柿本人麻呂 12点(旧中10点)
 20.近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ(3・266)柿本人麻呂 12点(旧中20点)
 20.あしひきの山川の瀬の鳴るなへに弓月が岳に雲立ち渡る(7・1088)柿本人麻呂歌集 12点(旧中6点)
 20.沫雪のほどろほどろに降りしけば奈良の都し思ほゆるかも(8・1639)大伴旅人 12点(旧中2点)

 ○の付いた歌、多いですね。大勢としては、旧制中学の教科書に採られた歌と、高等女学校の教科書に採られた歌との間に大きな差はないように見えます。
 ただ、○の付いていない歌で、旧制中学の教科書にはあまり取られていない歌には次のようなものがあります。

 18.吉野なる菜摘の川の川淀に鴨ぞ鳴くなる山蔭にして(3・375)湯原王 14点(旧中6点)
 20.あしひきの山川の瀬の鳴るなへに弓月が岳に雲立ち渡る(7・1088)柿本人麻呂歌集 12点(旧中6点)
 20.沫雪のほどろほどろに降りしけば奈良の都し思ほゆるかも(8・1639)大伴旅人 12点(旧中2点)

 これらは今では人気のある歌と思います。

 高等女学校の教科書と旧制中学校の教科書との採録数にやや差のある歌に次のようなものがあります。

 つぎねふ 山背路を 他夫の 馬より行くに 己夫し 歩より行けば 見るごとに 哭のみし泣かゆ 其思ふに 心し痛し たらちねの 母が形見と わが持てる 真澄鏡に 蜻蛉領巾 負ひ並め持ちて 馬買へわが背(13・3314)作者不明 高女8点、旧中2点
 四極山うち越え見れば笠縫の島漕ぎ隠る棚なし小舟(3・272)高市黒人 高女6点、旧中0
 吾妹子が植ゑし梅の樹見るごとにこころ咽せつつ涙し流る(3・453)大伴旅人 高女5点、旧中0

 どうも、高等女学校採録歌の方が現代の好みに近い気がします。

 差が顕著なのは防人歌です。
 旧制中学・高等女学校、両方の教科書に採られている防人歌は次の3首です。

 今日よりはかへり見なくて大君の醜の御楯と出で立つ我は(4373)今奉部与曽布/下野防人 旧中21、高女9
 大君の命畏み磯に触り海原渡る父母を置きて(4328)丈部人麻呂/相模防人 旧中9、高女6
 霰降り鹿島の神を祈りつつ皇御軍に我れは来にしを(4370)大舎人部千文/常陸防人 旧中1、高女1

 そして、旧制中学校の教科書に採られている防人歌はこの3首のみです。
 ところが、高等女学校の教科書にはこれら以外に防人歌が8首採られています。

 父母が頭掻き撫で幸くあれて言ひし言葉ぜ忘れかねつる(4346)丈部稲麻呂/駿河国防人 高女2
 父母も花にもがもや草枕旅は行くとも捧ごて行かむ(4325)丈部黒当/遠江防人 高女1
 水鳥の立ちの急ぎに父母に物言はず来にて今ぞ悔しき(4337)有度部牛麻呂/駿河防人 高女1
 真木柱ほめて造れる殿のごといませ母刀自面変はりせず(4342)坂田部首麻呂/駿河防人 高女1
 我が母の袖もち撫でて我がからに泣きし心を忘らえのかも(4356)物部乎刀良/上総防人 高女1
 天地の神を祈りて猟矢貫き筑紫の島を指して行く我れは(4347)大田部荒耳/下野防人 高女1
 天地のいづれの神を祈らばか愛し母にまた言問はむ(4392)大伴部麻与佐/下総防人 高女1
 大君の命畏み青雲のとのびく山を越よて来ぬかむ(4403)小長谷部笠麻呂/信濃防人 高女1

 どうも、高女の編者の方が家持の思いに近いようです。
Gunmac_nyokan

2019年5月13日 (月)

旧制中学校の国語教科書に採られた万葉歌

 先日届いた上代文学会の機関誌『上代文学』で、「高等学校国語教科書『万葉集』採録データ」というエクセルデータがネット上に公開されていることを知りました。
 このデータは、恒吉薫氏が東京大学に提出した2017年度の卒業論文の資料だそうです。

恒吉薫氏作成「高等学校国語教科書『万葉集』採録データ」
https://drive.google.com/file/d/1DLLjRmMMZN3NY95n3lZ6c36t9j3wzfOS/view

恒吉薫氏作成「高等学校国語教科書『万葉集』採録データ」について(利用に際しての注意事項)品田悦一氏
http://jodaibungakukai.org/pdf/20191219_importantpoint.pdf

 データは4種からなっており、戦前・戦中の旧制中学校、同じく高等女学校、戦後の平成14年以前の高等学校、平成15年以降の高等学校、という各時期の国語教科書それぞれにどの万葉歌が採録されているかが示されています。
 多数の教科書を実際に調査して得られた貴重なデータで、圧倒されます。
 数を数えてみましたら、旧制中学校の教科書に採られた万葉歌はのべ1328首、高等女学校はのべ978首、戦後前期はのべ11907首、戦後後期はのべ1011首でした。この数は私の集計によるもので、違っていれば私の責任です。

 データがあると集計したくなります。(^_^) サガのようなものです。(^_^;
 個人的には、以前から作成している「代表的な万葉歌」のデータにしようとの思いがあります。

 まず、旧制中学校の国語教科書に、どの歌が何点の教科書に採られていたのかを集計してみました。

 上位20位までを挙げます。

01.田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける(3・318)山部赤人 71点
02.天地の 分れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 布士の高嶺を 天の原 振り放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくそ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 不尽の高嶺は(3・317)山部赤人 68点
02.銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも(5・803)山上憶良 68点
04.瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ いづくより 来りしものそ まなかひに もとなかかりて 安寐し寝さぬ(5・802)山上憶良 65点
05.大夫は名をし立つべし後の世に聞き継ぐ人も語り継ぐがね(19・4165)大伴家持 50点
06.玉たすき 畝傍の山の 橿原の ひじりの御代ゆ 生れましし 神のことごと 栂の木の いや継ぎ継ぎに 天の下 知らしめししを そらにみつ 大和を置きて あをによし 奈良山を越え いかさまに 思ほしめせか 天離る 鄙にはあれど 石走る 近江の国の 楽浪の 大津の宮に 天の下 知らしめしけむ 天皇の 神の命の 大宮は ここと聞けども 大殿は ここと言へども 春草の 茂く生ひたる 霞立つ 春日の霧れる ももしきの 大宮ところ 見れば悲しも(1・29)柿本人麻呂 44点
06.楽浪の志賀の辛崎幸くあれど大宮人の舟待ちかねつ(1・30)柿本人麻呂 44点
08.東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ(1・48)柿本人麻呂 34点
09.楽浪の志賀の大わだ淀むとも昔の人にまたも逢はめやも(1・31)柿本人麻呂 31点
10.若の浦に潮満ち来れば潟をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る(6・919)山部赤人29点
10.御民我れ生ける験あり天地の栄ゆる時にあへらく思へば(6・996)海犬養岡麻呂 29点
12.士やも空しくあるべき万代に語り継ぐべき名は立てずして(6・978)山上憶良 27点
12.ちちの実の 父の命 ははそ葉の 母の命 おほろかに 心尽して 思ふらむ その子なれやも 大夫や 空しくあるべき 梓弓 末振り起し 投矢持ち 千尋射わたし 剣大刀 腰に取り佩き あしひきの 八つ峰踏み越え さしまくる 心障らず 後の世の 語り継ぐべく 名を立つべしも(19・4164)大伴家持 27点
12.我が宿のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕かも(19・4291)大伴家持 27点
12.剣太刀いよよ磨ぐべし古ゆさやけく負ひて来にしその名ぞ(20・4467)大伴家持 27点
16.石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも(8・1418)志貴皇子 26点
17.あをによし奈良の都は咲く花のにほふがごとく今盛りなり(3・328)小野老 25点
18.やすみしし 我が大君 神ながら 神さびせすと 吉野川 たぎつ河内に 高殿を 高知りまして 登り立ち 国見をせせば たたなはる 青垣山 山神の 奉る御調と 春へは 花かざし持ち 秋立てば 黄葉かざせり 行き沿ふ 川の神も 大御食に 仕へ奉ると 上つ瀬に 鵜川を立ち 下つ瀬に 小網さし渡す 山川も 依りて仕ふる 神の御代かも(1・38)柿本人麻呂 24点
19.山川も依りて仕ふる神ながらたぎつ河内に舟出せすかも(1・39)柿本人麻呂 23点
20.今日よりはかへり見なくて大君の醜の御楯と出で立つ我は(20・4373)今奉部与曽布/下野防人 21点


 赤人の富士山の歌や、憶良の子どもの歌が上位に来るのは今と変わりません。8位の「かぎろひの立つ見えて」、16位の「石走る」、17位の「あをによし」なども変わらぬ人気です。

 一方で、5位の家持の「大夫は名をし立つべし」、10位の「御民我れ」、20位の「醜の御楯」に時代を感じます。

 逆に、今なら上位に並ぶのに、旧制中学校の教科書には全く採られていない歌に、額田王の「あかねさす」(1・20)、大海人皇子の「むらさきの」(1・21)、「磯城島の大和の国に人二人ありとし思はば何か嘆かむ」(13・3249)、磐姫皇后の「秋の田の穂の上に霧らふ朝霞いつへの方に我が恋やまむ」(2・88)、未勘国東歌の「稲つけばかかる我が手を今夜もか殿の若子が取りて嘆かむ」(14・3459)などがあります。

 この旧制中学校国語教科書のデータをわが「代表的な万葉歌」に組み込むと、順位が大幅に変わってしまいます。何か調整が必要に思いますが、恣意的になってはいけません。今後、高等女学校のデータや戦後のデータも集計して加えるつもりですので、それによって修正が期待できるのではないかと思います。
 戦後前期のデータは膨大ですので、少し先になりそうですが、どんな歌が採られているのか楽しみです。(^_^)
Gunmac_kanjin

2019年5月12日 (日)

つつじが満開(でした)

 玄関先のつつじ、4月下旬から咲き始めました。
 段々花が増えて行きましたが、やがて萎れたり散ってしまう花も。
 ちょくちょく撮影してきました。比較すると、5月5日あたりがピークでした。1週間前ですね。
Tsutsuji20190505a
 アップです。
Tsutsuji20190505b
 このつつじ、お隣の桑の木に圧迫されてきました。去年、桑の木を途中から伐採して、天井が取れましたが、つつじはなかなか上に伸びてゆきません。(^_^;
 途中から伐採した桑の木は元気に枝葉を伸ばしています。

 つつじは今日あたりもまだ沢山花が付いていますので、まだしばらく楽しめます。

2019年5月11日 (土)

高崎商科大学でセミナー

 今日は高崎商科大学で、新元号「令和」記念特別セミナー「万葉東歌を巡る石碑の路」に参加してきました。
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 同大学の地域連携センター主催です。

 高崎商科大学はこのような場所にあります。
R01takasho03
 上野三碑と同じ上信電鉄の沿線ですし、三碑のうち山上碑、金井沢碑はほど遠からぬ所にあります。地図上、赤い点線で示したのが「石碑の路」で、この路沿いに30数基の万葉歌碑が建っています。高崎商科大学の地域連携センターでは、これらの歌碑の紹介に力を入れています。

 このようなパンフレットも作っています。
R01takasho04
 「令和」記念というのはやや便乗気味ではありますけれども、「令和」で万葉集ブームが起きているので、このタイミングで多くの人に石碑の路を知ってもらおうという趣旨で今日のセミナーになったものと思います。

 内容は以下の通りです。
R01takasho01
 字が小さくて済みません。

 私のお役目は、石碑の路の万葉歌碑のうち、東歌・防人歌の解説です。レジュメはこちら

 対象となる歌は21首あるのですが、持ち時間40分では足りないので、そのうちの10首ほどを解説しました。そのうち特に、地元と関係があるかもしれない「佐野山に打つや斧(をの)音(と)の遠かども寝(ね)もとか子ろが面(おも)に見えつる」(三四七三)について時間を使いました。

 この歌は未勘国歌です。上野国の歌ではないかもしれません。
 もしも上野国の歌とすれば、佐野山というのは下の地図の右上にある「佐野」にある山の可能性が高いでしょう。佐野の舟橋や、謡曲鉢の木の佐野です。
R01takasho05
 現在、上佐野町・下佐野町・佐野窪町という地名が残っています。ところが、地図の色分けから分かるように、この地には「山」と呼べるような高地はありません。佐野の範囲が川を越えてもっと南西にまで及んでいたとすれば、そこには山名丘陵があります。
 そして、金井沢碑には「上野国群馬郡下賛郷高田里」の文字があります。「下賛」は「しもさの」と読めます。「下佐野」と書かずに「下賛」と書いたのは地名二字の制約によるものでしょう。
 とすると、金井沢碑のある場所は群馬郡の下佐野郷と考えて良いのか。ただ、そうなるとまた別の問題が生じてしまいます。
 それは、多胡郡は、甘楽郡、緑野郡、片岡郡からそれぞれ郷を抽出して成立した郡ですけれども、甘楽郡から削った郷(上の地図で赤字で示した郷)と緑野郡から削った郷(緑字で示した郷)は問題ないとしても、片岡郡から削った郷が一体どこなのかが全く分からなくなってしまうという点です。
 すなわち、佐野のことを考えなければ、片岡郡から削ったのは山上碑や金井沢碑を含む地域と考えられますが、そうなると、金井沢碑に群馬郡とあることが不審です。この問題、まだ結論が出ません。さらに考えてみます。
 そういう結論に至らない話をしてしまいました。(^_^;

 今日は120名ほどの参加者があったとのことです。地元の方も多かったと思いますので、関心を持って聴いて貰えたのではないかと思います。

 午前10時から12時半までの会でした。お客さんの中に知った顔がちらほら。群馬県立女子大学の公開講座や群馬学連続シンポジウムの常連の方々です。ほんと熱心です。

 今日は13時から群馬県立女子大学で群馬学連続シンポジウムがあります。掛け持ちでそちらに移動された方もいらしたと思います。クルマならば、ギリギリ間に合うか、やや遅刻くらいで行けそうです。

 電車で高崎駅経由だと、とても間に合いません。私は高崎駅に着いたのが13時前で、新町方面に行く次の電車が13時14分発でした。新町駅から自転車で玉村町文化センターに行くと、着くのは14時近くになってしまいますので、行くのをやめました。群馬学は16時までですから、14時頃に着けば2/3は聴けるんですけどね。ちょっと疲れてしまったので。(^_^;

2019年5月10日 (金)

血管年齢が……(2)

 昨年の10月以来、調剤薬局に行く度に血管年齢を測っています。
 恐る恐る測った初回はまずまずのBランクで、翌年1月にはAランクになり、大いに気をよくしました。
 ところが、2月から3月に掛けては次のようになってしまいました。
Kekkan20190307
 じわじわと悪化していますね。

 その続きです。
Kekkan201903_04
 左から順に、3月26日、4月5日、4月25日です。連休前に行ったのが最後で、その後はまだ行っていません。
 全部Cランクですが、血管年齢は、65歳→67歳→68歳と、徐々に悪化しています。
 血管偏差値も、52→50→49です。

 どんどん悪くなっています。運動不足ですかねぇ。毎晩アイスクリームを食べているのも悪いのか。(^_^;
 なんとかせねば。

2019年5月 9日 (木)

シンポジウム「新田源氏研究の最前線」

 明後日、第37回の群馬学連続シンポジウムが開催されます。テーマは「新田源氏研究の最前線」です。もっと早くお知らせすれば良かったです。
Gunmagaku37a
 趣旨は以下の通りです。
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 「上毛かるた」に「歴史に名高い」と詠まれる新田義貞は、群馬県で最も有名な歴史上の人物です。群馬県人は新田義貞のことを、「鎌倉幕府を倒した源氏の嫡流」と顕彰する一方で、「足利の後塵を拝した愚直な武将」と惜しむ心性を少なからず持っていますが、それは歴史の断片を捉えたに過ぎません。そもそも、「歴史に名高い」の意味は、それが詠まれた70年前と現在とで、はたして同じなのでしょうか。
 本シンポジウムでは、「新田源氏の名門意識が700年の武家社会の中で生き続けたのはなぜか」ということについて、一線の研究者から最新の知見を引き出すとともに、新田源氏のブランド力の意味と価値について県民と意見を交わし、群馬の文化的ポテンシャルの発見とその活用を展望します。
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 群馬県立女子大学の講堂は工事中とのことで、会場は学内ではなく、玉村町文化センターです。

 現在、群馬県立歴史博物館で次のような展覧会が開催されています。
Gunmagaku37b
 これとコラボです。同じ県立の施設同士の連携、良いことと思います。
Gunmagaku37c
 私はこの日、午前中から午後に掛けて高崎で仕事なので、開始時刻の13時には行けません。遅れて行くか、行かないか、思案中です。

2019年5月 8日 (水)

大きすぎる箱(2)

 昨日書きましたように、玉村のホームセンター、新町のスーパー、両方で乾燥イトミミズを買えませんでしたので、通販で買うことにしました。
 昨夜遅くの注文で、今日の午後には届きます。早いですね。

 ただ、先月の「大きすぎる箱」の記事のように、大きすぎる箱で届くのは資源の無駄です。
Amazonhako_1
 そこで、せめてもと思い、乾燥イトミミズと一緒に赤虫も買うことにしました。赤虫はまだかなり残っていますけど、同じ箱でも2点入りならば多少無駄は少なくなりますし、宅配業者も1回の配達で済みます。

 それで2点一緒に注文しました。

 そうしたら、朝になって、1点を先に発送したというメールが来ました。「ご注文いただいた商品を少しでも早くお届けするため、本日、Amazon.co.jp が一部の商品を発送いたしました。発送が分かれたことによって追加で配送料や手数料がかかることはありません。残りの商品も出荷準備ができ次第、順次発送いたします。」とのことです。しばしばこういうことがあります。

 こちらの思いは伝わりません。(^_^;

 配達時間指定でしたので、2点一緒に届きました。
Okinahako01
 『萬葉集注釋』は大きさの比較のためです。

 中身です。
Okinahako02
 多少とも無駄を少なくしようと思っての2点同時注文でしたが、意味なかったです。(^_^;

2019年5月 7日 (火)

堆肥はくさい

 今日は元の勤務先で非常勤の日です。4月26日(金)の前橋での仕事以来10連休でしたが、朝、無事に起きられました。(^_^)
 授業も2コマ無事に済みました。
 帰りに大学の近くのホームセンターに寄りました。目的は金魚のゴハンの乾燥イトミミズを購入することです。だいぶ残りが少なくなっていましたので。
 乾燥イトミミズはいつもこの店で買っていたのですが、今日はありませんでした。品切れなのか、もう扱わなくなってしまったのかは分かりません。どこか他の店を探さねば。

 せっかく店に立ち寄ったので、ふらふらしていたら、園芸用品のコーナーで、堆肥が目に入りました。
Noshukutaihi01
 鉢植えの植物などに与える肥料を考えていましたので、これを買いました。本当は植物を植える前の土に元肥として使うもののようです。ま、いっか、という感じです。袋の中央部に縦に「ベイシアグループより発生した食品ざんさを最新の発酵技術によりリサイクル」と書いてあります。
 これいいですね。グループ会社の食品部門から発生した食品残渣で肥料を作るというのは合理的なリサイクルと思います。
 袋の裏にもこう書いてあります。
Noshukutaihi02
 良いものを買いました。御機嫌で電車に乗ったのですが、何か臭います。
 臭いのもとはこれでした。ちゃんと密封したポリ袋に入っているのに臭います。店頭では気づきませんでしたが、電車の中で気になりました。上の画像にも、堆肥に「米ぬか等有機原料を加え腐熟させ」とあります。腐熟させているのですねぇ。それは臭います。(^_^;

 乗客のご迷惑になるといけないので、この堆肥をポリ袋に入れてしっかり縛ってリュックに入れました。これで臭わなくなりました。
 なかなか強烈ですが、くさい方が効きそうな気がします。(^_^)

 話は戻って、電車に乗る前に新町駅近くのスーパーも覗いてみました。このお店にもそこそこ大きなペットフードコーナーがありましたが、猫用が大多数で、犬用が若干、ウサギ用がほんの少しでした。鳥用や金魚用はなし。猫は好きなので、猫用が幅を利かしていても不快ではありませんが、金魚用がゼロというのは……。(^_^;

2019年5月 6日 (月)

牛かさね重

 昨日、近所のいつものスーパーで買いました。
Gyukasane01
 姫路の駅弁です。パッケージに「国産牛焼肉を二層に仕上げました」と書いてあります。

 中身。
Gyukasane02
 パッケージの側面には断面の写真が載っています。
Gyukasane03
 中間の肉はこんなにはなかったような。(^_^; ま、偏りもありましょうし、許容範囲かと思います。

 製造元はまねき食品です。以前買った同社の駅弁には次のようなものもありました。
Anagokasane01
 これは穴子かさね重です。

 これにも断面図が印刷してありました。
Anagokasane03
 ということで、この会社は重ねるのが好きな会社のようです。

 1つだけでは分からなかったことでも、複数のものを見ることによって何かが分かるって、ありますね。
 いえ、そんな大袈裟なことではありませんけど。(^_^)

2019年5月 5日 (日)

ぐんまちゃんおとぎ話カレンダー「金太郎」

 愛用の「ぐんまちゃんおとぎ話カレンダー」の5月は以下の通りです。
Gunmac_otogical201905a
 金太郎です。

 下半分のカレンダー部分にはこいのぼりが描かれています。金太郎は直接5月のものというわけではありませんが、端午の節句の人形にもなっているので、上下とも子どもの日に相応しい内容といえましょう。
 大晦日の話のはずの笠地蔵が2月のカレンダーになっていたことを思えば、5月はバッチリです。(^_^)

 このカレンダー、絵が上に来るか、カレンダーが上に来るかは柔軟で、月によって様々です。絵の構図によって決めているものと思います。
 それにしては、こいのぼりが下というのは不思議です。「屋根より高いこいのぼり」ですから、普通ならばカレンダー部分を上に持ってきそうなものですけど……。

 ・こいのぼりが描かれているが、実はこのこいのぼりは池の鯉を表現している。
 ・金太郎は昔の話。その金太郎が今では端午の節句の人形にもなっている。つまり、上下で昔から今への時代の変化を表現している。

 う~ん。無理やり頭をひねっても、これくらいしか思い付きませんでした。どちらもあまり説得力がありそうには思えません。(^_^;
 さて、真相は如何に。

 上の絵にはうさぎもいます。
Gunmac_otogical201905b
 熊さんのうしろですね。うさぎ好きの私は、うさぎが描かれていると嬉しい気持ちになります。

 5月1日の「即位の日」も印刷してありました。このカレンダーが作られたとき、新元号はまだ決まっていませんでしたけど、退位の日、即位の日は決まっていたのですね。
Gunmac_otogical201905c
 今日の子どもの日、いつものスーパーには柏餅が並んでいましたけど、昨日頂いた柏餅がとてもおいしかったので、買いませんでした。
 柏餅って、皮と餡だけでできているシンプルな和菓子なのに、とてもおいしいのと、そうでもないのとがありますね。どこからその違いが生まれるのか不思議です。原材料の質の差なのか、砂糖などの量の差なのか、皮のきめ細かさの差なのか、あるいはそれ以外の何かなのか。いくつかの要素の複合なのか。興味深いです。

2019年5月 4日 (土)

渋谷109の看板

 今日は渋谷に行きました。
 渋谷、相変わらず混んでいます。人でいっぱい。
 例のスクランブル交差点では、写真を撮りながら渡る人もいて、邪魔。(^_^;

 その交差点の所で信号が変わるのを待っていたら、109の看板(?)が変わっていることに気づきました。
109a
 オサレになりました。そういえば、少し前にネットニュースで見たような。

 109にはまだ行ったことはありませんし、どんな物を売っているのかも知りませんが、私に縁のないビルらしいことは何となく分かります。(^_^; ただ、あの看板は大盛堂などに行くときに目に入っていましたので、感慨はありました。

 私のHDDの中にもとの看板の写真があるかと探したのですが、下の写真ぐらいしか見つかりませんでした。
109b
 確かに、109の看板を撮そうと思ったことは今までありませんでした。上のような写真でも見つかって良かったです。(^_^)

 

2019年5月 3日 (金)

「生活笑百科」の台本

 土曜日の昼にNHKで放送している「バラエティー 生活笑百科」を見ています。最初は上沼恵美子の大ボラが楽しみだったのですが、上沼恵美子が出なくなった今でも見ています。
 で、珍しくその台本がネットオークションに出ていたので、買ってしまいました。私以外に誰も入札せず。(^_^;
Shohyakka01
 冒頭付近に「出演者に望む立場」という項目がありました。
Shohyakka02
 同じく後半。
Shohyakka03
 意外でした。こんなにきっちりとしたコンセプトがあったとは。……とは。

 さすがNHKというべきか。あるいは、これはギャグなのか。(^_^;

 漫才の部分にもちゃんと台本がありました。
Shohyakka04
 ま、そうですね。この漫才をもとに相談事が紹介されるわけですから、きっちりと作られていなければならないでしょう。
 あ、先ほどの「出演者に望む立場」等、冒頭部を除く大部分はこのように手書きでした。平成7年のものとしてはちょっと意外でした。

 楽しみに見ている番組の裏側があれこれ覗けて良かったです。♪

2019年5月 2日 (木)

令和最初の買い物は

 一昨日のブログで、平成最後の買い物は近所のスーパーで、令和最初の買い物も同じスーパーでということになろう、と書きました。
 ところが、昨日、スーパーに行く前に、レターパックと宅配便が届き、そちらが令和最初の買い物となりました。
 ま、支払いは平成の内に済んでいるものと、これから振り込むものとがありますので、なかなか微妙ではあるのですが。(^_^;

 八木書店に直接注文していた本。
Reiwahatsu01
 ネットオークションで落札した品。
Reiwahatsu03
 同じく。
Reiwahatsu02
 ということで、キーワードは、飛鳥、奈良、木簡、古地図、忠臣蔵、ですね。
 全く期せずして、これらが令和最初の買い物となりましたが、今後もこれらの路線の買い物が続くことでしょう。なかなか象徴的な3点でした。(^_^)

 「奈良名勝案内図」は昭和3年の発行です。同じ地図で大正14年のをすでに持っていますが、わずかに違いがあるようです。3年のうちに変化した部分が早速反映されたのか、あるいは旧版の誤りを新版で訂正したのかは分かりません。じっくりと比べてみるのも楽しそうです。

 「義士始末記」という作品は知りませんでした。島田正吾が内蔵助なのかと思いましたが、ググってみたら、荻生徂徠でした。以下、ググって知った結果です。

 この作品は昭和37年大曾根辰夫監督作品です。入手したポスターには「後篇」とありますが、「義士始末記」に前後篇があるのではなく、昭和32年に同監督が製作した「大忠臣蔵」を短縮再編集して「仮名手本忠臣蔵」と改題したものを「前篇」とし、それに対しての「後篇」だそうです。

 内容は、討ち入りのあと、浪士達の処分を巡って将軍綱吉は苦慮します。荻生徂徠は、世間の浪士達に対する賞賛・同情の思いに背を向け、情よりも法を重んじて切腹を主張します。

 この徂徠の周囲に、徂徠が貧しかった頃に面倒を見てくれたおかつ(岡田茉莉子)や、関係性はよく分かりませんがおしま(岩下志麻)がいます。おかつは浪士の1人である間新六の姉、おしまは同じく浪士の1人中村勘助の恋人という設定です。おかつもおしまも、浪士の切腹を主張する徂徠をさぞ恨んだことでしょう。さんざん悪態をついているかもしれません。岡田茉莉子や岩下志麻からなじられたらどんなにか怖いことでしょう。(^_^;

 徂徠を主人公にした忠臣蔵外伝ということで、ユニークですね。興味深く、ぜひ見てみたいものです。

2019年5月 1日 (水)

梅花の歌三十二首序の口語訳

 新元号「令和」が万葉集の梅花の歌三十二首の序から採られたことで、にわかに万葉集ブームが起きています。私のところにも講演依頼が来ています。この序文、ちゃんと読んだことがなかったのに。(^_^;
 ということで、ここのところ、諸注釈を読みながら、この序文についてあれこれ考えています。
 諸注釈の間で、訓読や口語訳の内容に大きな差はありません。「言いまわし」レベルの違いといえましょう。異論の出る余地はあまりないのでしょうね。
 私も諸注釈の訓読や口語訳にはよく納得でき、疑問を差し挟みたくなる部分はありません。
 いずれかの口語訳に依ってしまっても良いようなものですが、やはり借り物でなく、自分の言葉で訳さないとしっくりきません。そこで、自分なりに口語訳を付けてみました。「言いまわし」が違うといった程度の口語訳を1つ増やすだけで、屋上屋を架す(「あるいは屋下屋を架す」か)ようなものですが、一応。

 対句が多用されていますので、本文はそれを意識して改行しました。外字が2字あり、〓で示します。

【本文】
 梅花謌卅二首 并序

天平二年正月十三日 萃于帥老之宅 申宴会也
于時 初春令月 気淑風和
 梅披鏡前之粉
 蘭薫珮後之香
加以
 曙嶺移雲 松掛羅而傾蓋
 夕岫結霧 鳥封〓而迷林
 庭舞新蝶
 空帰故雁
於是
 蓋天坐地
 促膝飛觴
 忘言一室之裏
 開衿煙霞之外
 淡然自放
 快然自足
 若非翰苑 何以〓情
 詩紀落梅之篇
 古今夫何異矣
 宜賦園梅聊成短詠

【訓読文】
 梅花の歌三十二首 序を并せたり

天平二年正月十三日、帥(そち)の老(おきな)の宅(いへ)に萃(あつ)まり、宴会(うたげ)を申(の)ぶ。
時に、初春の令月にして、気淑(よ)く風和(やは)らぐ。
梅は鏡前の粉(ふん)を披(ひら)き、
蘭は珮(はい)後(ご)の香(かう)を薫(かを)らす。
加之(しかのみにあらず)、
曙(あけぼの)の嶺に雲を移し、松は羅(うすもの)を掛けて蓋(きぬがさ)を傾け、
夕(ゆふべ)の岫(くき)に霧を結び、鳥は〓(うすぎぬ)に封(とざ)されて林に迷(まと)ふ。
庭には舞ふ新(しん)蝶(てふ)あり、
空には帰る故雁あり。
ここに、
天を蓋(きぬがさ)とし地を坐(しきゐ)とし、
膝を促(ちかづ)け觴(さかづき)を飛ばす。
言(こと)を一室の裏(うち)に忘れ、
衿(ころものくび)を煙(えん)霞(か)の外(ほか)に開く。
淡(たん)然(ぜん)として自(みづか)ら放(ほしきまま)にし、
快(くわい)然(ぜん)として自(みづか)ら足(た)る。
若(も)し翰(かん)苑(ゑん)に非(あら)ざれば、何を以(もち)てか情(こころ)を〓(の)べむ。
詩に落梅の篇を紀(しる)す。
古今それ何ぞ異ならむ。
宜(よろ)しく園(ゑん)梅(ばい)を賦(よ)みて、聊(いささ)かに短(たん)詠(えい)を成すべし。

【口語訳】
 梅花の歌三十二首 序文を加えた

天平二年正月十三日、大宰帥の老の屋敷に集まって、宴会を開く。
折しも、初春の良い月で、大気は澄んで風は穏やかだ。
梅は、鏡台のおしろいのように白く咲き、
蘭は、玉佩を着けた人とすれ違ったときのように薫る。
さらには、
明け方の峰には雲がたなびき、松は薄物を纏って傘を差し掛けたようであり、
夕方の山の洞からは霧が湧き立ち、鳥は霧の帳に閉じ込められて林の中を飛び迷う。
庭には春に生まれた蝶が舞い、
空には去年の秋に来た雁が帰ってゆく。
ここに、
天空を傘とし、大地を敷物としてくつろぎ、
膝を寄せ合って、盃を巡らせる。
一堂に会して、内には言葉も忘れるほどに打ち解け、
外には良い景色に向かって襟をくつろげる。
心は淡々として自由であり、
気分は快く満ち足りている。
文筆以外の何によってこの思いを述べ尽くせようか。
昔の中国には落梅の漢詩がある。
昔と今と、中国と日本と、何の違いがあろうか。
さあ、この庭園の梅を短歌によもうではないか。

 以上です。御批正賜ればと存じます。

 蘭亭序や帰田賦に依った部分のあることはすでに指摘されているとおりですが、文末近くの箇所には、六朝時代等に作られた中国の梅の漢詩が意識され、われわれも、それに倣って、梅の和歌を読もうではないかと言っています。

 梅は中国渡来の植物であり、場所は外国への窓口である大宰府、その地でこういった趣旨の催しを行ったわけですから、「国書」である万葉集の中では、とりわけ国際的な意味合いを持った部分と思います。内向きでなく、国際交流を意識した元号と捉えたら良いのではないでしょうか。

 同じく末尾近くに、この思いを表現する手段として文筆以外にないという文言も、文学重視という意味で好ましく思います。古今集仮名序とも通じますかね。

 梅花の宴は長屋王の変からまだ1年経っていませんね。旅人の讃酒歌は武智麻呂等への鬱憤をうたったものと考えて良いのでしょうが、梅花の序はどう考えたら良いでしょうかね。
 1.長屋王の変とは全く無関係
 2.武智麻呂等への憤りの気持ちはあるが、今日1日は、それを忘れてこの催しを楽しみたい
 3.陰謀渦巻く都の淀んだ空気の中で暮らしている連中と異なり、我々はさわやかな空気の中で風雅に高潔に生きて行きたい

 さて?
Kanbarahakubai

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