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2019年4月

2019年4月30日 (火)

平成に改元の頃

 平成最後の日となりました。
 といって特段のことはなく、今日も明日も在宅予定です。
 先ほど近所のスーパーに行ってきました。何か特別のゴハン、たとえば鶏のもも肉なんぞがあるかと思いましたが、ありませんでした。クリスマスじゃないっちゅうに。(^_^;

 平成最後の買い物は近所のスーパー、令和最初の買い物も同じスーパーということになりましょう。

 渋谷あたりでは、日付の変わる頃に大騒ぎが起こるのでしょうかね。穏やかに済むと良いです。

 平成最初の頃に思いを馳せてみました。

 あの時は昭和天皇の崩御に伴う改元でしたので、前年から昭和天皇の病は篤かったとはいえ、突然のことでした。1月7日に崩御、8日に改元でしたが、小渕さんが「平成」の新元号を発表したのは7日の午後でしたか、夜でしたか。

 私は、昭和60年から群馬県立女子大学に勤めていました。調べてみたら、崩御の7日は土曜日、改元の8日は日曜日だったのですね。その日を群馬で迎えたのか東京で迎えたのか、記憶がはっきりしません。年末年始は東京で過ごしました。7日はもう群馬に戻っていたかもしれません。

 パソコンを使い始めたのは昭和63年の暮でした。使い始めてしばらくして改元を迎えたことになります。HDDの中にその頃のデータが何かないかと探してみました。見つかった最古級のファイルは、1989/01/27のタイムスタンプのある「完全な水槽について」というテキストファイルでした。まだインターネットの時代ではなく、パソコン通信のペットフォーラムかアクアリウムフォーラムからダウンロードしたもので、中身は金魚や熱帯魚の育て方です。この頃も金魚を飼っていたのですね。「十年一日」どころか「三十年一日」の如き暮らしぶりです。

 まだデジカメはないので、当時の金魚の写真はありません。最近のを載せます。
Kingyo_h310417
 今日撮せば平成最後の姿ということになりますが、金魚は元号とは無関係に暮らしていますので、特に今日撮影することはしませんでした。2週間ほど前の写真です。
 水温が上がって食欲旺盛、元気いっぱいです。

 思い返すに、改元の頃はまだHDDは持っていませんでしたので、データファイルはすべてフロッピーディスクに収めていました。後年、HDDを買ったときに、必要なファイルはFDからHDDに移しました。最初に買ったHDDの容量はそう大きくありませんでしたので、ファイルは厳選して移したのでしょう。完全水槽のファイルはそのハードルを越えたことになります。(^_^) 以後、新しくHDDを買い足したり買い替えたりする度ごとに、ファイルはコピーを繰り返し、今に至っています。紙のデータはあっという間にどこかに行ってしまいますが、電子データは残ります。うっかり消さないようにせねば。

 平成最後の日の記事としては、甚だまとまりませんが……。(^_^;

2019年4月29日 (月)

桑の子、その後

 玄関先の小さな空間に桑が生えてきました。種から発芽したものと思われます。
Kuwa201904a
 新しい生命の誕生はめでたいことではありますが、この場所で大きく生長されても困ります。そこで、別の場所に植え替えました。20日(土)のことです。
 植え替え2日目の21日(日)の様子です。全体的にうなだれています。茎や葉に水が十分に行き渡っていないようです。
Kuwa201904c  
 ここまでは、21日(日)のブログに書きました。

 植え替え5日目の24日(水)。
Kuwa201904d
 先端はうなだれたままですが、それ以外の葉っぱは段々しっかりしてきました。もう一息という気がします。

 植え替え7日目の26日(金)。
Kuwa201904e
 先端以外の葉っぱは完全復活と言えそうですが、先端がまだですね。ちょっと不安です。

 植え替え10日目の29日(月)。今日です。
Kuwa201904f
 先端以外は問題ありませんが、先端の葉っぱはチリチリになってしまいました。こうなってしまってはもうアウトです。
 残念です。成長点はこんなになってしまいましたが、個体としては無事に根付いたと思います。今後、脇芽が出てきて伸びてゆくことでしょう。

 反省点としては、葉っぱを少し減らしたら良かったのかもしれません。ただ、先端まで水を吸い上げるための力が足りなかったのだとしたら、葉っぱを減らしても同じだったかもしれません。

 もっと経験を積まねばと思いました。

2019年4月28日 (日)

「いが越なら大和廻り順案内図」

 ネットオークションでこのようなものを入手しました。
Igagoenara01  
 興味を持ったきっかけは、左上に「大阪」と書いてあったことです。
 この地名は、江戸時代には「大坂」と書いていたのが、明治になってから、「坂」の字を分解すると「土に反る」となることを嫌って、土偏をこざと偏に変えて「阪」と書くようになったと、(かなり曖昧に)そう理解していました。

 ところが、この絵図は、江戸時代風でありながら、「大阪」とあったので、そこに興味をおぼえました。

 上の画像は小さすぎてよく分かりませんね。
 奈良県の部分を拡大します。
Igagoenara02
 「なら」から南下すると、「おびとけ」「丹波市」「柳本」を経て、「みわ」に至ります。そこから西へ「あべ」「あすか」「おか寺」「立花寺」「神武天皇」となります。「みわ」から「おか寺」へは「たうのみね」を経由する道もあります。
 これまで、いくつかご紹介してきた絵図や道中記でもおなじみのルートですね。岡寺・橘寺・神武天皇とくれば、また例の久米寺前の道しるべが思い起こされます。
Kumedera01
 神武天皇陵が載っているところを見ると、この絵図は江戸時代のものではなく、明治になってからのものなのでしょう。

 あちこち眺めているうちに、こんな記述に目が留まりました。
Igagoenara03
 冒頭は「此所ながの峠」でしょうか。この文の5行目と最後の行に「トンネル」とあります。この古びた絵図と「トンネル」という語とが何ともミスマッチです。
 この文章の3行目を、最初「昭和十七年十一月」と読んでしまいました。いや、なんぼ何でもそこまで新しくはなかろうと思い、この記述は後からの加筆かと思いましたが、ちゃんとトンネルの絵が描いてありますので、加筆ではありません。よくよく見ると、「昭和十七年」ではなくて、「明治十七年」のようでした。(^_^;
 とすると、この絵図は明治十七年以降のものということになりましょう。その時代でもまだこのような江戸時代風の絵図が作られていたのですね。

 三重県のHP(県史編さん班担当部分)によれば、このトンネルが掘られたのは、津と伊賀上野とを結ぶ伊賀街道「伊賀越え奈良みち」の長野峠の部分で、明治十三年に工事を開始し、明治十八年六月竣工とのことです。絵図の記述とは半年ほどズレます。
Igagoenara04
 そういった疑問点は残るものの、あれこれ興味深いです。
 同時代資料は楽しい、という、またいつも通りの結論に達します。(^_^;

2019年4月27日 (土)

長壁神社をゆく

 昨日は、前橋での仕事のあと、別件で群馬県庁の西側に行きました。そちら方面に行くのは初めてでした。長壁(おさかべ)神社という神社があったので、寄りました。
Osakabe01
 境内には解説板はありませんでしたので、帰宅してからググってみました。

 この神社の祭神は長壁姫で、もとは姫路城の天守閣内に祀られていたのだそうです。
 ところが、この地を治めていた姫路城主の松平朝矩が前橋に転封となり、寛延2年(1749)、長壁姫を前橋に伴って引越しました。
 その際、長壁姫は前橋城内には祀らず、城の未申の地に祠を建て、そこに祀ったのだそうです。
 本丸に入れて貰えなかった長壁姫は怒り、利根川を氾濫させて、前橋城の本丸の一部を押し流してしまいました。ここに住めなくなった松平朝矩は、明和4年(1767)に分領であった川越に移ることになります。
 この時、朝矩の夢枕に長壁姫が立ち、一緒に川越に連れて行ってくれるように懇願しますが、朝矩がそれを断ったために、翌年、朝矩は31歳の若さで没したとのことです。

 祟りの力が強力ですね。
 その後、松平家は赤字が続き、莫大な借金を抱えることになった一方、長壁姫が鎮座している前橋の町は生糸産業の繁栄で好景気に沸いたそうです。

 明治になっても利根川は度々氾濫するので、明治31年(1898)、長壁姫を前橋東照宮に合祀したとのことです。
 ということで、現在の長壁神社の本殿は空き家ということになりましょうか。

 社殿の裏側にはお稲荷さんが祀られていました。
Osakabe02
 土製の狐がたくさん並んでいました。
Osakabe03
 これを見て豪徳寺の招き猫を思い出しました。
Gotokuji13
 長壁姫が合祀されている前橋東照宮には去年行きました。
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 この神社の社務所は近代的な建物です。
Maeto01
 そこの窓ガラスにこう書かれています。
Osakabe04
 長壁様と書いてありますね。
 なぜ安産祈願なのかはよく分かりませんが、前橋東照宮には、菅原道真と木花咲耶姫も合祀されています。木花咲耶姫には火中出産の神話がありますので、それと安産祈願とは結びつきそうです。このあたりで混線が生じたのかもしれません。

2019年4月26日 (金)

大井町駅に群馬のポスターが

 4月8日のまほろばで、「草津・くさつ・くさづ」と題して、高崎駅構内に貼ってあるポスターをご紹介しました。
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 昨日、東京品川区の大井町駅でこのポスターを見て、「おお」と思いました。(^_^)
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 思いがけないところで群馬のポスターに出会えて嬉しかったです。♪

 ま、考えてみれば、このポスターは、たくさんの人に群馬に来て貰うことを目的としたものですので、高崎駅に貼るよりも、県外に貼る方が目的に叶います。
 下段に群馬のポスターが3枚並んでいて、上段は、右が栃木で、左が静岡です。

 そういえば、明日から10連休ですね。今日は前橋で仕事でした。東京駅構内には大きなキャリーバッグを引きずっている人が目立ちました。もう大移動が始まっているようでした。
 

2019年4月25日 (木)

岩波文庫万葉集の令和カバー

 岩波文庫本『万葉集』の第2冊には巻五が収録されています。その第2冊に新しいカバーが付きました。数量限定のようです。
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 西本願寺本の該当箇所です。

 このカバーと外すとまたカバー。これが本来のカバーです。
Iwanamireiwa02
 こちらは金沢本です。

 ということで、カバーが2枚掛かっていると言うべきか、あるいは外側のカバーはカバーではなくてフルサイズの帯ということになるのかもしれません。

 外側のカバー(または帯)の折り返しには次のような解説が付いています。
Iwanamireiwa03
 ふと、この刷は改元の令和元年5月1日の奥付ではないかと思い至り、早速見て見ました。
Iwanamireiwa04
 う~ん。確かに日付は改元日ですが、西暦ですね。(^_^;
 岩波は、本の奥付に西暦を使う方針ですから、普通はそうなるのでしょうけど、でも、せっかく発行日を改元日にし、こういう特別のカバーを掛けたのに……、という気がします。(^_^;

 昨日ネットで見た情報に依れば、角川ソフィア文庫本『万葉集』(伊藤博氏)の当該冊(こちらは第1冊になります)の増刷の奥付は令和元年5月1日だそうです。大井町の書店に立ち寄って見てみましたら、この本が2冊ありましたが、奥付はまだ平成のでした。

2019年4月24日 (水)

日本観光ポスターコンクールで六合ポスターが受賞

 公益社団法人日本観光振興協会という団体が主催している「日本観光ポスターコンクール」という催しがあって、今年は第67回だそうです。
 そのコンクールで、群馬県立女子大学国文学科の「六合(くに)えむプロジェクト」が制作したポスターが審査員特別奨励賞を受賞しました。めでたいことです。
Kuniposter01
 コンクールの結果はこちら。
 https://www.kankou-poster.com/67vote_result.html

 この作品のコンセプト等は次の通りです。
  作品名:「あなたの六合 こなたの六合」
  出品者:群馬県吾妻郡中之条町
  制作者:群馬県立女子大学文学部国文学科「六合えむプロジェクト」
  作品コンセプト
   訴求対象:中之条町への来訪者と中之条町の町民
   テーマ:あなたの六合(せかい) こなたの六合(くに)
   メッセージ:天空の湖 野反湖。その分水嶺にたたえられた水は、日本海側へと流れる。
         夏の夜空には天の川がそびえ立って流れる。強酸性水に生きる苔 チャツボミゴケ。
         その体内に酸性の水を取りこみ、鉄鉱石を産み出す。この地に刻まれた地球の歴史を語る。
         群馬県中之条町六合地域の風景に、六合の方言をそえて、いきいきとした六合をあなたに届けたい。
         旅の途中のふとした瞬間に、日常のふとした瞬間に、ほんとうの六合(せかい)を感じていただけますように。
         その出会いが幾重にも幾重にもかさなりあって、心がふくらんでいきますように。

 なお、大賞に当たる国土交通大臣賞には富岡市の「世界遺産 富岡製糸場」が選ばれました。これまためでたいです。
Kuniposter02
 総務大臣賞は、秋田県の「「秋田犬の里」集中プロモーション 『行け、行け、アキタ。』」、
 観光庁長官賞は、渥美半島観光ビューローの「渥美半島田原市の四季の魅力」、
 日本観光振興協会会長賞は、室蘭観光推進連絡会議「Photogenic City 室蘭」です。

2019年4月23日 (火)

出席カードの絵(2019前期)2

 今日は元の勤務先で非常勤の日です。先週は1年生の研修旅行のため、休講でしたので、今学期2回目の授業です。
 前回は出席カードにネコや金魚の絵を描いてもいいよと言ったら、12人の学生さんが描いてくれました
 今日描いてくれたのは約20人。(^_^)
Shusseki201904d  
 上の絵は5人分を画面上で切り貼りしました。金魚の絵は1人だけでした。あとは猫。

 裏側全部を使って描いてくれたのも何人か。
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 受講生は国文学科の学生が圧倒的に多いのですが、他学科の学生も何人かいます。上の3枚の絵のうち、上の2枚は美学美術史学科の学生でした。やはり絵が好きだったり得意だったりする学生が多いのでしょうね。
 こんな大作を描かれると、授業をちゃんと聴いていたのか気になりますが、1番上の絵の左下にはみずらに結った猫が描かれていますので、聴いていたのだと思われます。(^_^)

 前回の以下の質問に
Shusseki201904c_1
筒井先生が答えてくださいましたので、その内容を話したところ、ちゃんと反応してくれました(下の画像の1枚目)。
Shusseki201904f
 2枚目の2匹の子ネコ、さぞかわいいことでしょうね。お世話が大変そうですが。2匹ならお留守番も寂しくないでしょう。
 3枚目の話は切ないですね。どうして懐かないのでしょうね。懐いて欲しいです。

 古事記の本文をすらすら読んだことを感心されてしまいました。(^_^;
Shusseki201904g
 ま、プロなので。(^_^)

 雑談で「ねこあつめ」の話をしたら、それに対する反応もありました。
Shusseki201904h
 「ねこあつめ」で泣いてしまうというのは、ちょっと大袈裟に話したのですが、だって、猫たちは遊ばせてくれたお礼に毎回にぼしを置いて行ってくれるのですよね。猫にとっては大事なものでしょうに、なんとも義理堅いと思います。そして、さらに仲良くなれば、たからものまでくれます。花がらの小さな首輪、つやつやのどんぐり、せみのぬけがら、かまぼこの板、なにかの種、猫じゃらしの先っぽ、などなど、人間にとってはどうということのないものですけど、それを猫たちは後生大事にしているわけで、そこが泣かせます。そして、その大事なたからものをくれるというのですから、これはもうほんとに泣きそうになります。

 といった話をしたのでした。(^_^)

2019年4月22日 (月)

八丁堀の旧京華小学校(2)

 昨年10月に仕事で八丁堀に行きました。時代劇ではおなじみの土地ですね。(^_^)
 駅の近くに旧京華小学校がありました。帰宅してからググってみたら昭和4年竣工という歴史のある建物で、ユニークな形をしているということでした。でも、現地で見たときにはそういった予備知識がありませんでしたので、こういう写真しか撮りませんでした。
Hacchobori02
 今日また八丁堀に行く用事がありましたので、角度を変えて撮りました。
Hacchobori03
 もう少し別角度から。
Hacchobori04
 さらに。
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 これは並木に遮られていて、建物がよく見えませんね。

 でも確かに当時としてはずいぶんユニークな建物だったのではないかと思います。

 写真を撮っていたら、たまたまこういうバスが通りました。
Hacchobori06
 京華小学校とは何の関係もありませんが、八丁堀という江戸繋がりで、良いタイミングでした。(^_^)

2019年4月21日 (日)

桑が生えた

 玄関前の小さな空間に野芥子やら露草やらが生えています。地植えにしたオリヅルランもあります。その露草とオリヅルランとの間に何か生えてきました。
Kuwa201904a
 何だろうと、気になっていました。

 野芥子の綿毛を撮影していたら、たまたま通りかかった2軒先の床屋の奥さんから声を掛けられました。その奥さんも園芸が好きで、小まめに花の手入れをしています。

 「これ何でしょか?」と聞いてみたら、「桑じゃない?」との答えが返ってきました。

 「何と!?」 意表を衝かれました。私、草だとばかり思っていました。まさか木とは。(^_^;

 去年、お隣の駐車場からのクレームにより、幹の途中から伐採してしまった桑の木、元気です。(^_^)
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 その葉と比べてみると、なるほどよく似ています。とすると、桑の実が落ちて、それが発芽したのでしょうかね。ただ、去年は大きく伐採してしまったので、果して実が付いたかどうか。ナゾです。

 ともあれ、桑だとすると、そのままにしては置けません。こんな所に桑の木が生えてきては困ります。郵便受けの真ん前でもありますし、いずれお隣(駐車場とは反対側)の迷惑にもなりかねません。といって、せっかく生えてきたのに、抜いてしまうのもかわいそうです。

 ということで、植え替えることにしました。場所は、去年カイヅカイブキを根元から伐採した付近です。これまた駐車場との境付近ではあるのですが。(^_^; あまり大きくしないということで。

 昨日植え替えて、今日はこんなです。
Kuwa201904c
 うなだれていますが、個々の葉っぱは萎れてはおらず、元気なようですので、葉っぱには水は行き渡っているものと思います。ただ、茎に葉っぱの重さに堪えられるだけの力が足りない(水が足りない)のでしょう。よく観察してゆきます。過度の蒸散を防ぐために、葉っぱを少し減らした方が良いかもしれません。

2019年4月20日 (土)

野芥子の綿毛

 筒井先生から野芥子ではないかとご教示頂いた植物、お言葉の通り、3月末にタンポポのような花が咲きました。それから3週間弱。

 今度はまさにタンポポのような綿毛になりました。
Nogeshi03
 別の角度から。……といっても、あまり変わり映えしませんが。(^_^;
Nogeshi04
 これが風に乗って飛んで行くのですね。うちの野芥子もこんな綿毛がどこからか飛んできて根付いたのでしょう。

 ググってみたら、タンポポはキク目キク科タンポポ属で、野芥子はキク目キク科タンポポ亜科ノゲシ属とのことです。近い関係なのでしょうね。

 実は、野芥子って、イケナい植物なのではないかと密かに怖れていたのですが、アヘンを取る芥子はキンポウゲ目ケシ科ケシ属だそうで、全く違う植物でした。安心しました。(^_^) ちなみに、ヒナゲシもまた同じくキンポウゲ目ケシ科ケシ属だそうです。

 上の写真で背後に写っている茶色い葉っぱはベニカナメモチです。春先に赤い葉が出て、それが茶色になって、さらに緑色に変わります。

2019年4月19日 (金)

石川九楊展2019&新元号の違和感

 昨日から23日(火)まで、神田神保町の「ギャラリー白い点」で石川九楊展が開催されています。今日、行ってきました。去年までなら、白い点のオーナーでもある奥様がにこやかに出迎えてくださったのでしたが、もうお目にかかれないのが、信じられない思いですし、寂しいことでした。

 またサインを頂きました。
Kyuyo2019a
 一昨年までの分はこちらに載せてあります。

 今年の私の名は「かけじ」にしたと仰いました。「はて?」です。

 「和」と「秀」とに「禾」が共通しているので、それを掛けたとのことでした。「掛詞」ならぬ「掛字」なのでした。

 新元号のことが少し話題になりました。九楊氏は、「令」の字の1画目も2画目も払いだということを指摘されました。

 なるほどです。最初に「令和」という文字を見たときに私が受けた違和感の1つはこれだったのかもしれません。

 「令」の字そのものが元号に初めて使われる文字ですが、それだけではなく、こういう大きな2つの払いから始まる文字も異例なのでした。元号に多く用いられた文字の1画目を分類してみました。

 点で始まる文字--永、治、応、文、安、寛
 横線で始まる文字-元、天、正、長、暦、承
 左払で始まる文字-和、延、徳、保、仁

 最後の「左払」については、払といっても、にんべんやぎょうにんべんなどのように、短いものが多いです。

 書家ならではの見方と思いました。

2019年4月18日 (木)

関係図書

 今日は日帰りで渋川の家に行ってきました。目的は5つ。

 1.大家さんに家賃を払う
 2.郵便物を取り込む
 3.縁側で冬越しさせていた鉢植えを外に出す
 4.PCデータをHDDにコピーする
 5.必要な本を東京に持って行く

 1の家賃がメインです。2はさすがにもうあまり多くは来ていませんでした。3も鉢植えは折々東京に運んでいましたので、大物は浜木綿くらいです。これはさすがに自転車と電車では運べません。4は自作ファイルのバックアップです。東京の家のパソコンにも外付けHDDを2つ繋げてデータをバックアップしていますけど、渋川の家のパソコンにも同じデータを保存しています。

 さて、最後の5番。以下の8冊を東京に持ってきました。
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 向かって左からの5冊は同じ目的で必要な本です。目的が何か、すぐ分かってしまいますね。(^_^)

 その隣の2冊は、万葉集のハンドブックを手もとに置いておきたかったので。

 右端は、たまたま目に入ったので開いてみたら、よく知った方々が何人も書いていらしたので、持ってきてしまいました。青木先生の古稀記念論文集です。青木先生の幅広い交流や学問的影響力、そしてたくさんの優秀な学生さん達を育てられたことが伺えます。今頃、追悼論文集の企画が立ち上がっているかもしれませんね。

 いやぁ、文庫本1冊を含むとはいえ、本8冊は重かったです。リュックにもよくこれだけ入りました。

2019年4月17日 (水)

繁殖力旺盛な露草

 3週間前に、(たぶん)露草が芽を出しているのに気づきました。
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 今日はこのようになっていました。
Tsuyukusa20190417a  
 ちょっとピンボケでお恥ずかしいですが、元気に育っています。

 露草は、去年の夏、たくさん花を付けました。
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 種ができ、それが散らばって、今年の発芽になったのでしょう。

 去年は、土中から出てきた芽は1~2本だったと思います。それが分岐して伸びてゆきました。今年は芽自体がこんなにたくさんあるのですから、これが伸び広がっていったらどんなになるのか。楽しみです。地植えにしているオリヅルランが圧迫されないように気をつけます。

 ベランダにはアマリリスの鉢があります。アマリリスも発芽しました。これも楽しみです。
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 鉢の中には他に何か生えていますね。姿形から見て、これもたぶん露草ではないかと思います。

 もう1鉢のアマリリスも発芽しています。こちらにも露草らしき芽と、韮らしき芽が出ています。
Tsuyukusa20190417c
 玄関先とベランダとはずいぶん離れていますので、どのようにして種が飛んだのか不思議です。ひょっとしたら気づかないうちに私が媒介したのかもしれません。私ゃ鳥か虫か。(^_^;

 名も知らぬ草が生えてきたのなら、アマリリスの養分が取られないように、雑草として抜いてしまうところです。でも、名前が分かっていると、残しておきたくなります。昭和天皇が雑草という名の草はないと発言されたというエピソードが思い浮かびました。

 アマリリスの養分が取られても良いように、施肥を考えます。

2019年4月16日 (火)

明治10年の『萬国地誌略』

 このようなものを入手しました。題簽は剥がれてしまっています。
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 表紙裏には次のようにあります。
M10bankokuchishiryaku02
 奥付ページは以下の通りです。
M10bankokuchishiryaku03  
 明治10年の刊行です。以前、この年代の教科書を何点かご紹介しました。それらと同じく、これまた師範学校の編纂です。

 内容はアジアとアフリカです。私が入手したのはこの1冊だけですが、他にヨーロッパ、アメリカ、オセアニアなどがあるはずですから、全3冊でしょうかね。
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 亜細亜総論の本文4行目に「蘇葉士」とあります。「う~ん?」としばし唸りました。内容から考えて、たぶん「スエズ」だと思います。難解。(^_^;

 こういうページもあります。
M10bankokuchishiryaku05
 外国地名が相変わらず漢字表記され、難解です。頭が疲れるので解読はやめました。(^_^; その一方で、カタカナで「ラダック」とあります。「え? これがアリなら、全部カタカナで書けば良いのに」と思ったことでした。

 巻末に折り込みでアジアの地図がありました。
M10bankokuchishiryaku06
 同じくアフリカの地図も。
M10bankokuchishiryaku07
 アフリカは今よりもずっと国が少ないですね。

2019年4月15日 (月)

大きすぎる箱

 某アマゾンに注文していた金魚のゴハンが届きました。
Amazonhako
 某アマゾンには日頃大いにお世話になっています。箱、必要以上に大きいですよね。上の写真、開封したままの姿です。
 段ボール箱は古紙回収に出してリサイクルされますが、それにもエネルギーが必要なわけで、大きすぎる箱は資源のムダと思います。

 配送業者を何度も煩わせるのは申し訳ないし、受け取る回数が増えるのも面倒なので、注文はなるべくまとめるようにしていますが、今回は、うっかりしていて金魚のゴハンがなくなってしまい、また一緒に注文する品が特になく、1品のみの注文になってしまいました。

 今回の反省を生かして、計画的な注文を心掛けるようにします。

 ま、まとめて注文しても、それらの品物全体の体積に比して、やはり大きすぎる箱で届く傾向は変わらないのですけど。

2019年4月14日 (日)

朔太郎の家の屋根の上の猫(2)

 今日も昨日に引き続き、前橋で仕事でした。昼休みはまた朔太郎の家に行きました。同じ所ばかりじゃなくて、違う所にも行けば良いようなものですが。(^_^;

 いえ、昨日、屋根の上の猫の写真を撮ったときは、猫の体に朔太郎の詩の一部が彫り込まれているとは知りませんでしたので、改めて見てこようと思った次第です。昨日は抜けるような晴天、今日は薄曇りでした。昨日とは異なる日射しの中で、昨日はよく見えなかった文字が見えるかもしれません。また、昨日は表側しか見ませんでしたが、今日は裏側を見てみようとも考えました。

 右側の猫の胴体。
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 昨日は良く読めませんでしたが、今日は読めました。「おぎゃあ おぎゃあ おぎゃあ」ですね。

 裏側にも回ってみました。
Sakutaroneko08
 右側の猫。
Sakutaroneko09
 背中に「こんばんは」とあります。

 左側の猫。
Sakutaroneko10
 「こんばんは」と裏文字で書いてあります。

 満足です。(^_^)

2019年4月13日 (土)

朔太郎の家の屋根の上の猫

 どうも、タイトルが「の」だらけで。(^_^;

 今日と明日は前橋で仕事です。昼休み、天気が良かったので、外に行ってみました。ただ、時間も限られていますので、遠くには行けず、1週間前に行ったばかりの前橋文学館にまた行ってきました。先日は桜が満開でしたが、今日はもう盛りを過ぎていました。

 前橋文学館の道を挟んだ向かい側には、萩原朔太郎の家の一部が移築保存されています。桜越しにその家を撮してみました。
Sakutaroneko01
 レトロな郵便ポストも設置されています。このポスト、飾りではなく、ちゃんと現役です。

 川を渡って建物に近づくと、屋根の上に何かいます。

 2匹の黒猫でした。
Sakutaroneko02
 以前、埼玉北部の駅前の家の屋根に鳩の置物があるのをご紹介しました。それと同様な感じです。

 朔太郎の家には何回か来たことがありましたが、屋根の上に猫が乗っていた記憶はありません。

 解説板がありました。
Sakutaroneko03
 昨年制作されたのですね。

 現地ではさらっと読んだだけで、後半はちゃんと読みませんでした。パソコンでじっくり読んだら、これらの猫の胴部や尾部には朔太郎の詩が書かれているとあります。「え! そんな耳なし芳一のようなことになっていたのか」と思い、写真を大きくしてみました。

 書いてありました。左の猫の胴部。
Sakutaroneko04
 「おわああ」ですね。

 右の猫の尾部。
Sakutaroneko05
 「おわあ」です。

 右の猫の胴部。
Sakutaroneko06
 あまり良くわかりませんが、「やあ」が読めます。

 びっしりと書かれている耳なし芳一とはちょっと様子が違いました。

 一度来たことのある場所でも、しばらくしてまた来ると新しいものが増えていたりすることがありますね。油断なりません。(^_^)

2019年4月12日 (金)

出席カードの絵(2019前期)

 授業の初めに学生の名前を呼ぶことにしていますが、まだ履修者名簿が確定していない時期は出席カードで出席を取っています。

 先日の最初の授業でも出席カードを配りました。猫の絵や金魚の絵を描いてもいいよ、と言いました。なぜ猫と金魚なのかといえば、自己紹介で、猫が好きとか、金魚を飼っているなどと言ったからです。

 絵を描いてくれた学生が12人いました。そのうち、猫と金魚を描いた学生が3人。
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 一番下の出席カードは、裏の全面を使って描かれています。力作で、絵もうまいです。ただ、左下隅の猫、魚をくわえていますね。金魚でしょうか?(^_^;

 あと2枚。
Shusseki201904b
 この2枚は絵を切り貼りしています。全部で7人分の絵を集積しました。上のカードの左下はぷっくりした金魚だそうです。こういう種類だそうで、泳ぎにくそうです。

 もう1枚。これは絵ではなくて文章です。
Shusseki201904c
 この秘訣は私もぜひ知りたいです。(^_^) どなたか何か良いアイディアがあれば是非お知らせください。

2019年4月11日 (木)

「トンボの眼」で柿本人麻呂(1)

 今日は、「トンボの眼」の連続講座で柿本人麻呂の話をしてきました。人麻呂の第1回目として歌集歌と雑歌をよみました。来月は相聞と挽歌を予定しています。

 レジュメはこちら

 下の画像は、金井沢碑への入口付近にある柿本人麻呂の歌碑です。
Hitomarokahi
 柿本人麻呂の「やすみしし わご大君 神ながら 神さびせすと 吉野川 激つ河内に……」(巻1-38)の歌が彫られています。この歌、今日は扱わなかったのですが、他に相応しい画像が見つかりませんでした。安騎野の写真でもあればバッチリだったのですけど……。恥ずかしながら、まだ安騎野に行ったことがありません。(^_^; いつか行かねば。

2019年4月10日 (水)

新町駅の壁画2019春~梅雨

 毎度紹介している新町駅の壁画が新しくなっていました。
Shinmachi_201904a

 今回は、左上は桜とフクロウ、中央は右上から左下に掛けて端午の節句、右下は川沿いのあじさいです。

 左上の桜とフクロウ。
Shinmachi_201904b

 散っている花びらも描かれていて、相変わらず藝が細かいです。桜とフクロウの組合せの意味が分かりませんでしたので、ググってみたら、桜フクロウの暖簾などが見つかりました。幸せを呼ぶデザインのようです。どうも、ものを知らなくて。(^_^;

 中央部には菖蒲の花と2人のぐんまちゃん。
 左のぐんまちゃんは兜をかぶっています。
Shinmachi_201904c

 右のぐんまちゃんは女の子バージョンで、こいのぼりを手にしています。どちらも服が和柄で、兜は和紙ですね。
Shinmachi_201904d

 右下は、あじさいと小川。あじさいの花の色は、紫とピンクと2色です。葉っぱの上にはカタツムリも見えます。
Shinmachi_201904e
 オタマジャクシと蛙。
Shinmachi_201904h
 川を泳ぐメダカの群。
Shinmachi_201904f
 あじさいの根方に集まるメダカ。
Shinmachi_201904g
 いずれのメダカも動いているように見えます。みごとです。

 金魚を飼っていますけど、メダカも飼いたくなりました。(^_^)

 

 

2019年4月 9日 (火)

春の庭の桜&深谷駅

 今年度も元勤務先で非常勤です。今日が最初の授業でした。どんな学生達だろうかと、最初の授業はいつも不安がありますが、無事に済みました。

 春の庭の桜、きれいに咲いていました。
Sakura20190409a  
 4限が終わった後の撮影でしたので、もう日は西に傾き、せっかくの桜が大分蔭ってしまいました。残念です。

 蔭っていない部分のアップ。
Sakura20190409b

 話は全く変わりますが、今朝、紙幣の肖像が変わるというニュースを見ました。渋沢栄一、津田梅子、北里柴三郎ですね。いずれも功績のあった方々と思います。津田塾大学、北里大学、北里病院は大喜びでしょうね。渋沢栄一の故郷深谷市も。

 それで、今日、女子大からの帰り、深谷駅で車窓から撮りました。
Shibusawa01
 「渋沢栄一生誕の地深谷市」とあります。写真では「深谷市」は入っていませんが。

 上り電車に乗ると、この看板は右側に見えます。いつもは左側に座るのですが、この撮影のために今日は右側に座りました。まほろばファーストです。(^_^)

 写真入りの看板もあります。
Shibusawa02
 電車が動き出してしまったので、ブレています。

 万葉フィーバーに続き、新札フィーバーも起こりそうですが、新札の発行はまだ4~5年先なのですよね。

2019年4月 8日 (月)

草津・くさつ・くさづ

 昨日は少し久しぶりに群馬に行きました。高崎駅構内でこのようなポスターを見ました。
Mamapapagunma  
 趣旨が少し分かりにくいですが、パパもママも、群馬で美味しいものをたくさん食べたり、温泉に行ったりしよう、ということでしょう。
 
 どちらのポスターにも、左側にぐんまちゃんが小さく見えています。(^_^)

 2つのポスターのうち、左側の方の湯もみ板に「くさつ」とあります。3字目がやや小さいので、「くさっ(臭っ!)」とも見えます。(^_^;

 ま、確かに草津温泉は硫黄のにおいがします。

 そして、草津の語源として、「くさうづ(臭水)」説があります。変遷は、kusamidu(くさみづ)→Kusamdu(くさむづ)→kusaudu(くさうづ)→kusadu(くさづ)となりましょうか。

 草津は現在、標準的な読み方は「くさつ」だと思いますが、「上毛かるた」では「くさづ」です。
Jomokusazu02
 群馬県民が広く「くさづ」と発音しているかどうかは分かりませんが、地元の吾妻郡では「くさづ」が一般的なような気がします。これは上の語源説に有利な要素ですね。

 ただ、草津温泉の湯もみ板の文字がなぜ「くさづ」ではなくて「くさつ」なのか不審です。(^_^; 県外の一般的な読み方に従ったのでしょうかね。

 日国で「くそうず」を引くと、「(「くさみず」の変化した語)石油の古称。越後国(新潟県)蒲原郡黒川・新津、同頸城(くびき)郡玄藤寺などが産地として古くから知られた。石脳油。くそうずゆ。」とあり、『大和本草』(1709年)の例などが挙がっていて、方言の項に、新潟県の方言とあります。

 同じ語形に石油の意と硫黄温泉の意と両方あることになりますが、一方は新潟、一方は群馬で、地域が違うので、問題ないのかと思います。


【追記】
 昨日は上のように考えたのですが、「くさうづ」→「くさづ」はどうかなぁと思えてきました。「くさうづ」を経ない方があり得そうです。

 kusamidu(くさみづ)→kusamdu(くさむづ)→kusandu(くさンづ)→kusadu(くさづ)です。

 こちらの方が良さそうに思います。

2019年4月 7日 (日)

前橋文学館前の桜

 今日は仕事で前橋に行きました。帰り道、ちょっと道を外れて、前橋文学館の前に行ってみました。お目当ては桜です。

 前橋文学館の前を広瀬川が流れていて、河畔に桜や柳が植わっています。元の職場では1年生の研修旅行で毎年のように訪れていました。タイミングが合えば、桜が満開でした。

 今日はこんなでした。ちょうど見頃でしょうかね。桜と柳は似つかわしく思います。
Sakura20190407a
 文学館前の朔太郎像はいつもピカピカで、よく手入れされています。
Sakura20190407b
 撮影時には気づかなかったのですが、背後の文学館のガラスに桜がたくさん反射していました。

 帰宅後、ネクタイをしたまま、いつもの近所のスーパーに行きました。レジのおばさんに「ぐんまちゃんですね」と言われました。
Gunmac_neck02
 橿原のホテルや、松江の土産物店では「牛ですか?」と言われたぐんまちゃんですが、さすがに関東では知名度があります。(^_^)
 

2019年4月 6日 (土)

HDD快調

 3月16日に、帰宅したパソコンを再セットアップしました。また、3月30日にはデータ用のHDDを新調しました。これで、安心して使えます。(^_^)

 さらに、まだ必要ないとは思いましたが、HDDの健康状態を調べるソフトを購入し、インストールしました。先ほど起動したら、こんなでした。
Hddkenko
 Cドライブも、データ用のEドライブも全く同様でした。性能も健康状態も100%、「絶好調」とあります。「何もする必要はありません」とも。(^_^)

 いやぁ、いい気分です。

 ま、Cドライブの方は、最初のセットアップから3ヶ月経っていませんし、Eドライブは設置から1週間弱ですから、当然の結果でしょう。これで異常があれば初期不良ですよね。それでも、「絶好調」という表示は良い気分です。♪

 小まめにチェックして大事に使って行きたいと思います。

2019年4月 5日 (金)

改元効果

 4月1日に新元号が発表されて、万葉集に注目が集まっていますね。本も良く売れているようですし、明日香の万葉文化館や、高岡の万葉歴史館も大盛況だとか。

 嬉しいことですけど、「熱しやすく冷めやすい」という言葉が頭をかすめます。(^_^;

 万葉歴史館は積極的ですね。この特別展示、なんと4月3日!からです。
Reiwatomanyo
 4月12日に開催される館長講座の第1回は「万葉集と新元号「令和」」だそうです。館長は坂本信幸先生ですね。

 万葉文化館は「梅花宴」をモチーフにした大亦観風の日本画、「大宰府梅花宴の歌」を所蔵しているそうで、この公開も検討しているようです。これはピッタリですね。

 当ブログも影響を受けています。日頃のアクセス数は100前後なのですが、4月1日からこんなことになっています。

  4月1日(月) 290
  4月2日(火) 439
  4月3日(水) 176
  4月4日(木) 189

 段々落ち着いてきています。(^_^) ただ、「令和」関係の記事へのアクセスが集中しているわけではなく、それを入口に、あれこれの記事をご覧くださった結果、アクセス数が伸びているようで、ありがたいことです。

 また、意外なことに、HPのアクセス数も増えています。こちらはほとんど更新していませんので、ずっと閑古鳥状態で、1日あたりのアクセス数は20を越える日はほとんどなく、1桁の日もあります。それがこのようです。

  4月1日(月) 60
  4月2日(火) 57
  4月3日(水) 42
  4月4日(木) 40

 何百何千ものアクセス数のあるサイトと比べたら、まことに微々たるものですけど、近年のわがHPの数字と比べたらすごいことです。(^_^)

 たぶん、HPにある「万葉集」のページに来てくださっているのでしょう。

 HPの表紙、イノシシの和菓子をメインに、「あけましておめでとうございます」バージョンでしたので、慌てて桜バージョンに変えました。ちょっと遅かったです。(^_^;

 家持は、陸奥国から黄金が出たことを寿ぐ宣命に大伴氏のことが取り上げられていることに大感激して歌を作っていますね。もしもお父さんの旅人が主催した梅花の宴の歌の序文から元号が制定されたと知ったらどんなに喜んだでしょう。大号泣でしょうね。ショック死しかねないほどの喜びと思います。(^_^;

2019年4月 4日 (木)

東工大中心部の桜

 昨日は東工大のヘリ付近の桜を撮して、それをアップしました。何故ヘリなのかというと、正門を通って構内に入るのは気が引けたからです。そんなことも書きました。

 そうしたら、それを見てくださった昔の非常勤先の受講生からメールを頂きました。同居している甥御さんが東工大の院生さんだそうです。甥御さんに昨日の記事のことを話したら、「開放しているんだから、じっくりと桜を愛でてくださいって先生に伝えて」と言われたそうで、それでメールをくださったのでした。この時期、東工大は公園と化しているそうです。

 そういうことならと、行ってきました。東工大はすぐ近所なのですが、構内に入るのは初めてです。

 本館前が桜並木になっていました。
Sakura20190404a  
 今日も良い天気でした。やはり桜と青空はお似合いです。
Sakura20190404b
 子ども連れのご家族もいました。
Sakura20190404c
 このような看板が立っていました。
Sakura20190404d
 いかにたくさんの一般市民の方々が来校しているのか、よく分かります。しかし、さすがにシートを敷いての飲食はやり過ぎですよね。せっかくの大学の厚意を無にしてはいけません。そんな人たちはいないでしょう。

 いました。(^_^;
Sakura20190404e
 このような銅像がありました。
Sakura20190404f
 石碑や銅像があるとつい引きつけられます。

 解説板がありました。
Sakura20190404g
 生年の1849年は幕末の嘉永2年です。不明にしてお名前も存じませんでしたが、東工大の前身の創立者でもあり、校長でもあった方のようです。黎明期の近代日本の工学教育を導いた方なのですね。

2019年4月 3日 (水)

東工大(のヘリ)の桜

 勤めていた時は、この時期、勤務先の桜をブログによくアップしました。定年退職した今は、今度元勤務先に行くのは来週の火曜日です。あ、今年度も非常勤を続けます。来週の火曜日、まだ咲いていましょうかね。

 今日は、近所のクロネコまで宅急便を出しに行きました。クロネコのセンターは東工大の西のヘリ付近にあります。桜が咲いていましたので、撮りました。
Sakura20190403a  
 左側の建物のアップです。
Sakura20190403b
 さすが東工大。びっしりと太陽光パネルが設置してあります。何かの実験に使っているのかもしれません。

 別の校地の北のヘリにも桜が植わっています。
Sakura20190403d
 桜と青空はよく似合います。

 幹からいきなり咲いている花もありました。
Sakura20190403c
 東工大には桜の木がたくさん植わっているそうです。中心部にもいっぱいあって、一般の人にも開放しているらしいのですが、何となく正門から入って行くのは気が引けます。それで、ヘリのあたりばかり見て回ることになりました。(^_^;

 

2019年4月 2日 (火)

「令和」に違和感を覚えた理由

 昨日書きましたように、新元号が「令和」と発表されたとき、まず違和感を覚えました。
 その時は、「令」という文字を元号っぽくないと感じました。実際に、「令」は元号には今まで使われなかった文字のようですね。

 ということはありましたが、それだけではなさそうです。
 思うに、「令」という文字は、命令であるとか、使役であるとか、そういう意味で使われる漢字なので、それも元号っぽくないと感じた理由と思います。元号に使われた文字って、「永」「和」「長」「久」「安」などという分かり易い好字が多いです。それで、「令」に違和感を覚えたのだと思います。

 ところが、「令」って、「令夫人」「令息」のように「よい」という意味もありますね。この2語、私はまだ使ったことがないかもしれませんけど。
 現に、「令和」の典拠となった万葉集の用例も「令月」ですね。命令や使役の意味ではなく、「よい」という意味です。

 思えば、「令夫人」や「令息」を使ったことのない私も、「深窓の令嬢」をもじった「深窓の令猫」なら使っていました。
Nakanoneko07
 その時は、うまいもじりだと自己満足しただけで、「令」の意味に思いを致すことはありませんでした。

 「令」の字に「よい」という意味もあることに気づき、違和感はかなり薄らぎました。

 勉強や教養は大切です。文系の学問も大事にしなければ。←そこに行く。

2019年4月 1日 (月)

新元号は「令和」

 新元号、「令和」に決まりましたね。
Reiwa  
 まず違和感を覚えました。「和」はよく元号によく使われる文字ですが、「令」はたぶん初めてなので、それで、元号っぽくないと感じたのかもしれません。

 国書から採る可能性もあるということで、六国史、特に日本書紀と続日本紀とが念頭にありましたので、万葉集というのは意表を衝かれました。

 文系の学問や国文学が軽視される世の中で、文学や万葉集に関心を持つ人が増えてくれたら幸いです。ま、時の経過とともに、令和の典拠が万葉集だということは意識されなくなって行くと思いますが。(^_^;

 今まで、授業や講座などで梅花の宴三十二首の歌を扱うことはありましたが、大体32首のうちの何首かを選んで読む程度で、序はスルーしていました。ちゃんと読み直さねばと思います。(^_^;

 新元号の誕生を2回経験できたのは幸いでした。30年前、「平成」に決まったとき、音の響きの点では、「へーせー」というのは何か空気が漏れるような、力が抜けるような感じで、あまり良いとは思いませんでしたが、時が経つにつれて、次第に慣れてきたせいか、歳をとったせいか、段々好ましく思うようになってきました。いまは良い元号と思っています。

 一方、「令和」は音の響きの点では堅い感じがします。30年前だったら良いなと思ったかもしれませんが、歳をとった今では、ゆるい響きが好みです。(^_^)

 新元号、「れいわ」「りょうわ」両様の読みが可能なのが難ではありますね。後世、きっと分からなくなると思います。幕末の年号でも、元治って、「げんじ」か「がんじ」か迷います。

 昭和と「和」の字がかぶりますね。数百年後、「□和元年」という風に「和」の1字前が欠けた平成前後の木簡が発掘されたとき、昭和か令和か決定できないという問題が生じますけど、ま、今どきは木簡を使わないので、そういう心配はありません。(^_^)

 全く別の観点からは、「令」の字って、手書きの場合と明朝体とで形が違いますよね。書き取りの時に、活字と同じ形でないと×を付けるような不適切な指導が一部では行われているようですが、これをきっかけに、どちらでも良いのだということが普及するように願っています。

 今のところ、そういった感想です。

 万葉文化館や万葉歴史館にはマスコミからの問い合わせや感想を求めるメールや電話が殺到していることでしょうね。しばらく大変そう。

 私のところには、昔の卒業生から、「先生のことを思い出した」というメールが届きました。(^_^)

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