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2019年2月24日 (日)

肋木と小学校

 NHK大河の「いだてん」、毎週楽しみに見ています。大河は時代劇が大前提と思っていますので、今年、時代劇でないのは不満ですが、それはそれとして「いだてん」は面白いです。(^_^)

 ドラマに登場する東京高師の永井道明教授(杉本哲太)がスウェーデン体操の導入に熱心で、肋木が登場していました。

 肋木、小学校の体育館にありました。

 私が通っていた小学校の体育館は昭和38年の竣工です。東京オリンピックの前年ですね。私は6年生でした。体育館ができるまで、私は「体育館」という言葉も知らなかったかもしれません。

 体育館が竣工したときに在校生に記念絵葉書が配付されました。2枚組です。全体像。
Asahitaiiku01
 内部の様子。
Asahitaiiku02
 記念絵葉書を作ってしまうくらいですから、学校が体育館の竣工をいかに重く見ていたかが想像されます。(^_^) でも、区立小学校ですから、区が記念絵葉書の予算などくれますかね? 当時は考えもしませんでしたけど、今にして思えば、お金の出所はPTAかもしれません。

 この絵葉書に肋木が写っています。ただ、実際に授業で使った記憶はありません。

 ググってみましたら、肋木は明治時代に尋常小学校で取入れられるなど、学校体育の中心教材として発展し、大正15年の「改正学校体操教授要目」の施行によって、全国の小・中学校に隈なく設置されたそうです。
 ところが、昭和19年に教授要目から完全に姿を消し、復活するのは昭和46年に改定 された「小学校学習指導要領」からだそうです。

 とすると、我が校の体育館が造られた昭和38年というのは、肋木を設置しなくてもよい時期ですね。区の担当者の中に永井道明のような人がいて、肋木の設置を強行したとか。(^_^) ナゾです。(^_^)

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コメント

>私は「体育館」という言葉も知らなかった・・・

私の小学校などは、在学中には体育館はなくって、雨の日は講堂で体育の授業でした。
講堂はあったんですよね。床にござを引いて映画会をしたり学芸会をしたりって思いではあるんですが、しょせんは講堂。激しい運動には不向きで、でんぐり返りやラジオ体操ばっかりやっていたように思います。

そうそう・・・校歌は戦前のものをそのまま歌ってました。ただし4番まであった歌詞は、4番が軍国主義だということでカットされて、3番まででしたが・・・それと、運動会の歌ってのがありまして、これがちょっと変わってまして、歌詞が1番だけでは完結しておらず、途中で終始した形になって、その続きが2番って変則的なものでした。

これ・・・今から思い出して、次の私のブログでちょいと紹介してみましょうか・・・

三友亭主人さん

 講堂はあったのですね。
 うちは、体育館ができるまでは講堂もありませんでした。夜、校庭で開催された映画会を見に行った思い出があります。学芸会はどこでやったのか、記憶がありません。校庭ということはないと思いますので、一番大きな教室を使ったのでしょうか。なにぶんにも半世紀も前のことで。(^_^;

 戦前の校歌ですと、結構難しい言葉なども使われていたのでしょうね。親しみやすさと格調と、そのバランスが難しそうに思います。

 運動会の歌、興味深いです。ぜひブログで。

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