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2018年9月22日 (土)

第15回 万葉古代学公開シンポジウム

 今日は、万葉文化館にこのようなシンポジウムを聴きに行きました。
Manyokodaigaku15
 報告は3件とも全く知らないことばかりで、大変に刺激的であり、勉強になりました。

 会場で三友亭主人さんと晴南さんにお目に掛かりました。そもそもこのシンポジウムは三友亭主人さんのブログで知ったのでした。改めてお礼申し上げます。

 1本目の田中大士氏の報告は、校本万葉集にも取り上げられていないひらがな傍訓本についてのものでした。新点本の傍訓は片仮名であることが普通で、ひらがなの傍訓は稀であること、このひらがな傍訓本(写本)が6点ほど知られていて(1点は万葉文化館蔵)、それらは美麗な表紙・丁寧な装幀等から嫁入りの調度として製作されたらしいこと、本文自体のみならず、改行箇所や改ページ箇所まで一致しているので、相互に深い関係にあるものと考えられる、ことなどが述べられました。
 そして、これら諸本の本文や改行・改ページ箇所は寛永版本とよく一致しているので、これら諸本は寛永版本を書写したものと考えられるとのことです。
 この先が面白く、寛永版本は活字附訓本を製版にしたものなので、両者は非常によく似てはいるものの、仔細に比較すると、相違もあり、その相違点について、ひらがな傍訓本と比較すると、ひらがな傍訓本の中に、寛永版本と一致するものと活字附訓本と一致するものとがあることが分かったということです。
 そのことが分かったのは、今回の発表資料の原稿締め切りの直前だったとのことです。田中先生「おお!」と思われたことでしょうね。
 活字附訓本から寛永版本までの移行の経緯はこれまでほとんど分かっていなかったということで、ひらがな傍訓本はそれを明らかにする上で大きな手がかりになりそうです。

 2本目の池原陽斉氏の報告は、三代集のうち古今集・後撰集に採られた万葉歌は20首前後であるのに対して、拾遺集には125首の万葉歌が採られていること、その背景には天暦五年(951)の村上天皇の命による古点本の成立が大きな意味を持っているのではないか。
 976年以後に成立した古今和歌六帖にも多くの万葉歌が採られているが、これまた古点本の成立と深い関係があり、次点本で訓の付いていない歌は古今和歌六帖に採られていないことや、古今和歌六帖中の万葉歌の配列の中に、万葉集の配列と共通するもののあることから、古今和歌六帖の編纂者は、伝誦歌として万葉歌を採録したのではなく、ちゃんと手もとに万葉集の写本を置いていたと考えられることなどが述べられました。

 3本目の大石真由香氏の報告は、これまで原本も忠実な写本も知られていなかった「禁裏御本」についてのもので、京都大学国文研究室に所蔵される万葉集写本のうち巻二・巻三が「禁裏御本」の転写本である可能性があるということで、その調査結果の報告でした。
 その結果、京大国文研究室本には、現存する仙覚寛元本・文永本のいずれとも一致せず、次点期の一部の写本にのみ存在する本文を採用する例のあること、また、この写本は、歌意や本文と訓との対応を考えながら校訂を行っていた形跡が見られるとのことでした。
 私は、巻十四についてだけ、諸本の本文と訓とを比較したことがありましたが、書写の際に、本文は本文、訓は訓で書写を行うと、どこかで誤写が生じた場合、本文と訓とが合わないケースが出てくるわけで、そういったケースに遭遇したことがありました。京大国文研究室本の書写者はちゃんと考えながら書写を行っていたわけですね。

 これらの3本の報告の後に総括討論があったのですが、私は電車の都合で総括討論は伺わずに失礼してしまいました。

 でも、ほんと刺激的で面白かったです。

 三友亭主人さんにも久しぶりでお目にかかれましたし。

 あ、かねて懸案の「ゆききの岡」の位置も、大体万葉文化館のあたりということが分かりました。厳密にはもう少し西、以前、Kさんがコメントしてくださった位置が正解ではないかと思えました。

 これについては明日にでも。

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コメント

私も、久しぶりにお会いできて本当にうれしかったです。

>ほんと刺激的で面白かったです。

私達が学生だった頃にはこのような分野があるとはあまり考えてもみなかったことでしたから(まあ、それだけ不勉強だったんでしょうが)・・・平安以降の万葉歌についての研究があることや、乾先生がおっしゃったように、本文工程のための写本としての位置づけについてのけんきゅうがあることなんかは、知っていましたが・・・

あんまり「受容」(「享受」でしょうか?)って考えてこなかったなあって痛感させられました。けれども、その歴史があるからこそ万葉集が今あるのですからねえ、おろそかには出来ません。

三友亭主人さん

 コメントをありがとうございます。

 そうですね。大きな声では言えませんが、私も、万葉集の受容史は万葉集自体を理解する上で有効か、という意識を持ってしまいがちです。(^_^;

 でも、昨日の報告は、万葉集の本文校訂上意義深いものと思い、それで刺激的に感じた面があります。←やはり受容史をそういう観点から見ていますね。(^_^;

源さんにはお逢いできましたが、三友亭さんはとうとうわからずじまいでした。
登壇した時に、聴衆の熱心さに驚かされ、少々上がってしまいましたが、なんとかお役目を果たせたものと存じます。
「受容」より、「享受」のほうがアグレッシブルな感じが致します。
私は「享受」を使っています。

>晴南さんへ

私はしっかりお話を聞かせていただきました(^_^)/
全てが終ってからご挨拶とは思ったのですが、ちょいと帰りを急いでいたもので、申し訳ありませんでした。
それにしても本当に皆さん、ご熱心でしたねえ。私は13時過ぎには会場についていたのですが、その段階で20人近くの列ができていました。

晴南さん

 お役目お疲れ様でした。すばらしいシンポジウムでしたね。
 総括討論までいられず、申し訳なく存じます。またつくづく残念に思いました。

 報告は3つとも今後にさらに発展しそうですね。楽しみです。

三友亭主人さん

 私は1時頃には飛鳥資料館にいました。12時半頃は岡寺の門前に。(^_^)
 雨が止んだので自転車を使えて幸いでした。

 本当にたくさんの方がいらしていて、大盛況でしたね。万葉集の人気の程が偲ばれます。

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