万葉集によまれた萩(2)
先日アップした「万葉集によまれた萩(1)」の続編です。今回は表記についてまとめました。
万葉集に見えるハギ141例の表記は以下の通りです。
【芽子】116
巻二 2(笠金村2)
巻三 1(余明軍)
巻七 3(作者不明3)
巻八 27(大伴家持6、笠金村3、文馬養2、沙弥尼2、大伴坂上郎女1、弓削皇子1、湯原王1、その他11)
巻九 3(阿倍大夫1、遣唐使の母1、作者不明1)
巻一〇 75(すべて作者不明)
巻一七 1(大伴家持1)
巻一九 4(大伴家持3、久米広縄1)
【芽】12
巻二 1(弓削皇子)
巻六 2(大伴旅人1、田辺福麻呂1)
巻八 8(大伴旅人2、山上憶良1、山部赤人1、穂積皇子1、湯原王1、広瀬王1、藤原八束1)
巻一三 1(作者不明)
【波疑】12
巻一五 4(阿倍継麻呂1、秦田麻呂1、葛井子老1、遣新羅使人1)
巻一九 1(大伴家持)
巻二〇 7(大伴家持5、中臣清麻呂1、大原今城1)
【波義】1
巻一九 1(光明皇后)
以上です。正訓字の「芽子」と「芽」が合計128例、字音仮名の「波疑」と「波義」が合計13例で、「萩」は1例もありません。これは、「萩」字の原義が「草の名。かわらにんじん・かわらよもぎの類」「木の名。とうきささげ」(『角川新字源』)であることに依るのでしょう。「萩」は、ハギには相応しい文字ではないために用いられなかったものと思います。
「芽子」「芽」がなぜハギの表記に用いられているのかはよく分からないようです。
類聚名義抄には次のようにあります。観智院本の僧上24です。
1行目に「萩ハギ」があります。そして、2行目に「芽ハギ」、3行目に「芽子ハキ」があります。これで、「芽子」「芽」がハギと訓めることが分かります。
ただ、3行目の「芽子ハキ」の下には「芽ウマツナキ キザス」という項目があります。こちらが我々が普段使っている「芽」字ですね。よく見ると、この「芽」は他の「芽」と文字の形が異なります。字音も、2行目の「芽ハギ」の方には「音護」、3行目の「芽ウマツナキ キザス」の方には「語嘉反」とあります。前者は「ゴ」、後者は「ガ」でしょうから、音も異なることになります。
この件、岩波の古典大系本万葉集の1468番歌の頭注に以下のようにあります。
ということで、大系本万葉集ではハギの場合の「芽」「芽子」は、この字形ではなく、作字した文字を使っています。
万葉集の写本では、西本願寺本ではざっと見たところでは、現代と同じ「芽」「芽子」で書かれているようです。まだ全例ちゃんと見ていません。
現存最古の写本である桂本は巻4しか残っておらず、巻4には「芽」「芽子」は用いられていません。これに次いで古いと考えられる藍紙本の巻9では次のように書かれています。
右が1761番、左が1790番です。少なくとも1790番は現代の「芽」と同じ字形ですね。巻9にはもう1例、1772番に「芽子」があるのですが、この歌の前後は藍紙本では切り出されてしまっていて見ることができません。もしかしたら断簡として残っているかもしれません。
今ここまでです。他の写本の複製も見て、引き続き考えてみます。
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記事をアップしてから2時間ほどして、たまたま静岡大学附属図書館のツイッターを見ました。
https://twitter.com/ShizuokaUnivLib/status/1029568936159850496
コマツナギという植物を初めて知りました。写真を見ると萩の花とよく似ています。
類聚名義抄には「芽」の訓に「ウマツナギ」とあります。関係があるかもしれませんね。
投稿: 玉村の源さん | 2018年8月15日 (水) 21時09分
それで,「類聚名義抄」なる重たい本を,東京のご自宅に持って帰られたのですね。
お疲れ様。
私は,コトバンクに
ハギの語源は「生(は)え芽(き)」説が広く受け入れられている
とあるように,はえき→はき→はぎ
と思っていました。
コマツナギは,ハギと同じマメ科の落葉低木です。
私は,ハギを求めて写真を撮っていますが,コマツナギはハギと似ていますね。
ハギだと思って近づいてみると,コマツナギだったということがよくあります。
区別できる点は,ハギの葉が三出複葉であるのに対し,
コマツナギは奇数羽状複葉であることから区別できます。
私のHPのコマツナギ →
http://hagi-web.la.coocan.jp/hana/kakegawa-komatunagi.htm
投稿: 萩さん | 2018年8月16日 (木) 00時04分
萩さん
コメントをありがとうございます。
今まで類聚名義抄が手もとになかったのは本当はまずいことでした。(^_^; ちょうど良い機会でしたので、東京に持ってきました。
萩の語源(そして、なぜ「芽子」と書くか)について、「生(は)え芽(き)」と考えた場合、「芽(き)」がよく分かりません。「きざす」の「き」なのか、あるいは「木の芽」の「き」なのか。
コマツナギについて、萩さんのHPに載っていることに気づかず、失礼しました。
写真を見て萩と似ているなと思ったのですが、萩に詳しい萩さんでも遠目では間違うことがおありなのですから、確かによく似ているのでしょうね。古代の人たちは果して両者を区別していたのかどうか。「芽」に「ウマツナギ」の訓のあることが気になります。
投稿: 玉村の源さん | 2018年8月16日 (木) 01時02分