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2018年8月

2018年8月31日 (金)

奈良まほろばかるた

 先日、奈良で買いました。
Naramahocard01
 絵札は橿原市在住のなかじまゆたか氏(日本児童文学者協会会員)、製作はNPO法人 奈良まほろばソムリエの会です。
Naramahocard02
 上の絵札に対応する読み札は以下の通りです。

  お:おだけとめだけ おおつのみこがねむる にじょうざん(雄岳と雌岳 大津皇子が眠る二上山)
  こ:こうふくじ ごじゅうのとうをうつす さるさわいけ(興福寺五重塔を映す猿沢池)
  さ:さいこのれきししょ こじきのへんじゃ おおのやすまろ(最古の歴史書 古事記の編者 太安万侶)
  と:とうのそう がんじんたてた とうしょうだいじ(唐の僧 鑑真建てた唐招提寺)
  な:ならのしか かすがたいしゃの かみのおつかい(奈良の鹿 春日大社の神のお使い)
  ひ:ひみこのはか ともいわれる はしはかこふん(卑弥呼の墓ともいわれる箸墓古墳)
  み:みわやまは おおみわじんじゃの ごしんたい(三輪山は大神神社のご神体)
  ゆ:ゆえんぼく すすをかためた ならのすみ(油煙墨 煤をかためた奈良の墨)

 このかるたは今年の1月に作成されました。ネットで知って入手したいものと思っていました。やっと念願叶いました。

 このかるたを扱っているのは、近鉄奈良駅の駅ビル5階のクラブツーリズムと、もちいどのセンター街の絵図屋さんだけのようです(商工会にあるという話は聞きましたが)。

 近鉄駅ビルの方が近いですが、クラブツーリズムは日曜日は休みということで、奈良町の絵図屋さんに行きました。鹿に食い破られた紙袋に入っていたのはこのかるたです。

 このかるたのことはこちらのブログに詳しく書かれています。すべての絵札と読み札も紹介されています。

 「これをマスターすれば「奈良検定2級」レベルの力がつくのではないだろうか。」とあります。また、「群馬県が誇る「上毛(じょうもう)かるた」のように広まってほしいと願っている。」ともありました。上毛かるた、有名なのですね。(^_^)

2018年8月30日 (木)

奈良鹿4題

 奈良の鹿が大好きで、鹿と触れあうことも奈良に行く楽しみの1つです。

 今回も鹿に会うのを楽しみにしていましたが、今回はあまり機会がありませんでした。タイトルは「奈良鹿4題」としたものの、鹿の写真はありません。(^_^;

 久米寺に行く途中でこんな看板を見かけました。
Narashika4a
 「歯科」と「鹿」のシャレですね。同様のシャレ看板は、以前、盛岡でも見たことがありました。
Narashika4b
 日本全国、あちこちにありそうな気もします。歯医者さんが怖い子供が多いでしょうから、こういう看板は多少ともその緩和に役立ちましょうかね。

 奈良町で買い物をして、菊水楼の方まで歩き、その先で北上したところ、雄の鹿がいました。頭を撫でたら、奈良町で貰った手提げ袋を食い破られました。私も油断していたのですが、敏捷な動きでした。
Narashika4c
 「鹿は友達」と思っていたのに、ショックです。頭を撫でたことに腹を立てたのか、あるいは、「鹿せんべいをくれないなら、こうしてやる」ということだったのでしょうか。食い破った紙、おいしそうに食べていました。

 そういえば、以前、唐招提寺で貰った紙袋を囓られたこともありました。
Narashika4c2
 この2つの紙袋、どちらも無地でコーティングもしてありません。これは、鹿が囓ったときに、鹿への害を最小限に留めるための配慮でしょうか。←考えすぎか。(^_^;

 宿に着いたら、テーブルの上に折り紙の鹿がいました。
Narashika4d
 「この部屋は○○が掃除しました」などというメッセージとともに折り鶴を置いてあるホテルがありますが、さすが奈良、折り鶴ならぬ折り鹿なのかと感心しました。

 この鹿、持って帰りたく思いましたが、持って帰っては、スタッフの人がまた折り鹿を折らなくてはなりません。それは申し訳ないので、諦めようと思ったところ、メモにこうあるのに気づきました。
Narashika4e2
 ありがたいメッセージです。これなら持ち帰れます。♪ 喜んで旅のお供にします。(^_^)

 シンポジウムの会場で、吉野在住の(たぶん三友亭主人さん御存じ寄りの)D先生から、これと同じ折り鹿を頂きました。D先生もこのホテルに泊まられることが多く、家には折り鹿が鹿苑状態だそうです。それでお裾分けを頂いたのでした。ありがたいことです。

 でも、私が奈良鹿ファンであることをどうしてご存知なのでしょう? あ、当ブログか。(^_^)

 昼休みに奈良女の中を探索しました。鹿がいるかも、という期待を持って。

 この建物の向こう側、塀の向こうに道があります。
Narashika4e
 奈良女に行くときにその道を通りながら、この立派な建物は何だろうと思っていました。昭和3年に建てられた同窓会館なのでした。国の登録有形文化財だそうです。奈良の街に相応しい、風格のある建造物と思います。

 この近くに落ちていました。モザイク掛けなくても大丈夫でしょうか。
Narashika4f

 残念ながら鹿はいませんでしたが、確かにいたという痕跡ですね。鹿のいる大学って、夢のようです。

2018年8月29日 (水)

菊水楼今昔

 過去のまほろば記事フォロー第3弾です。

 先月、菊水楼の古い絵はがきをご紹介しました。
Kikusuiro02
 三条大路に面し、左奥に春日大社の鳥居が見えます。鹿もいますね。

 8月26日(日)夕方の撮影です。
Kikusuiro08
 あまり変わっていませんね。

 「ゆききの岡」の写真も、このように新旧対照させて並べてみたいものです。

 門の所の暖簾をめくって中を覗いている人がいました。
Kikusuiro09
 そこで私も。(^_^)
Kikusuiro10
 左下に見えているのは人力車です。人力車で来た人がいるのか、あるいは人力車に乗って帰る予定のお客さんが来ているのか、どちらでしょうかね。

 たまたまスタッフの方が通りかかりましたので、「すみません。見るだけで」とご挨拶し、手にしていた菊水楼の絵はがき(それをA4に拡大印刷したもの)を見せたら、「あっ! これは!」と珍しがってくれました。「中をご覧になりますか?」と言われましたが、それはちょっと厚かましいですし、忙しくなる時間でしたので、遠慮しました。

ゆききの岡(2)

 昨日、「ゆききの岡」という記事をアップしました。

 以前購入した古い絵はがきに「ゆきゝの岡」から撮した旨の記述がありましたので、その撮影場所を特定しようと、実地踏査をした結果をご披露したものです。
Asukameisho08
 その記事に対して、源さんの後輩さんとKさんとから貴重なコメントを頂きました。源さんの後輩さんは岡寺方面ではないかとのご指摘で、Kさんは画面左側のお寺は飛鳥寺ではないかとのご指摘でした。

 言われてみれば、どちらもごもっともと思われます。

 ゆききの岡は、当初は雷丘か甘樫丘あたりと思っていましたが、それよりもかなり南になりそうです。

 そこで、ふと思い立って私のHDDを探してみましたら、祝戸から撮した写真が見つかりました。
Yukiki06
 絵はがきと雰囲気がよく似ていると思います。上から見下ろす感じが通じます。ただ、この写真では、耳成山と香具山との位置関係が絵はがきとは異なります。甘樫丘からの撮影よりは接近していますけれども、絵はがきよりも離れていますね。絵はがきの写真はもう少し東からの撮影となりましょう。

 絵はがきは橘寺からの撮影の可能性もあるかと思いましたが、橘寺は祝戸よりも西なので、この可能性は消えました。

 絵はがきは岡寺からの撮影の可能性が高くなりました。そうならば絵はがきの左側のお寺も飛鳥寺で良さそうです。

 やはり今度岡寺に行きます。

【写真追加】
 ご参考までに、絵はがきの左端の部分の拡大画像を追加します。
Yukiki07

2018年8月28日 (火)

ゆききの岡

 今年の1月に「古い「飛鳥名所」絵はがき」という記事を載せました。

 その中に「(飛鳥名所)ゆきゝの岡より香具山、耳成山を望む」という1枚がありました。
Asukameisho08_2
 画面中央奥やや右に耳成山が見えます。その右に山裾を接するようにして香具山が見えます。

 関係地図です。
Yukiki01
 この「ゆきゝの岡」というのは幻の地名と思われます。

 万葉集の巻8に次の歌があります。

 明日香河行き廻(み)る丘の秋萩は今日降る雨に散りか過ぎなむ(1557)丹比国人

 二句目の原文は「逝廻丘之」です。

 万葉集諸本の訓は、類聚古集・紀州本・広瀬本・西本願寺本・寛永版本などすべて「ユキヽノヲカ」(類聚古集はひらがな)です。

 注釈書では、仙覚抄・拾穂抄・代匠記・考・略解などは「ゆききのをか」、古義・全釈・総釈・万葉集評釈などは「ゆきたむをか」で、評釈万葉集・古典全書など以降は「ゆきみるをか」になり、今に至っています。

 近現代ではもう「ゆききの岡」は過去の訓になっていたはずですが、よく読まれた寛永版本や略解が「ゆききの岡」であるために、意外と定着していたのでしょうかね。この絵はがきでは、「ゆきゝの岡」を固有名詞として扱い、その岡から撮った写真としてキャプションを付けています。

 「ゆきゝの岡」がどこを指すのかについては、三友亭主人さんから、太田登先生のご著書「日本近代短歌史の構築: 晶子・啄木・八一・茂吉・佐美雄」ではこの「ゆききのをか」を 「雷丘」としていらした旨のご教示をいただきました。

 ということで、実地踏査に行ってきました。(^_^)

 まず、雷丘に登りました。木が多くてあまり眺望がききませんでしたが、耳成山と香具山の位置関係は絵はがきとは合わないように思いました。下に降りようとしたら道が分からなくなって、しばし焦りました。

 無事に下に降りて、甘樫丘に登りました。きつかったです。気温や日射しのせいもありましょうが、それ以上に、日ごろの運動不足と、老化による体力の低下を実感しました。もっと体を動かさねばと反省しました。

 甘樫丘からの眺望です。
Yukiki02
 違いますねぇ。絵はがきでは山裾同士を接している耳成山と香具山とが完全に離れてしまっていて、その中間に雷丘が位置しています。この写真を見ると、絵はがきで左側手前に位置しているこんもりとした森のようなものは雷丘のように思えます。

 耳成山と香具山の位置関係からは、絵はがきの撮影場所はもっと東のように思います。

 そこで、雷の交差点から東に進みました。下の地図にマークした位置から撮影しました。
Yukiki03
 そこから撮ったのが下の写真です。
Yukiki04
 耳成山と香具山の位置関係はピッタリです。ただ、雷丘は真横ですので全く写っていませんし、絵はがきは高い位置から撮っているように見えるのに対し、この写真はそうではありません。

 絵はがきの撮影位置はこの位置からもっと南の高台と思われます。

 それで、南を見渡したのですが、うまい候補地が見つかりません。飛鳥寺のあたりは高台ではありませんし。祝戸なら高台ですが、遠すぎてもっと沢山のものが写り込みそうです。

 不思議です。

 橿原神宮前駅から雷丘方面に向かうには、丈六の交差点から、石川池の北沿いの道を東に進んでいました。今回もその道を通るつもりでいたら、昨日のブログに登場したレンタサイクル店のご主人から別の道を教えて貰いました。もう少し北を東西に走る道です。新しく開通した道なのでしょうかね。やや遠回りにはなりますが、車道と歩道とがきっちりと分かれていて、安心して走れます。
Yukiki05
 ありがたい道ができました。

2018年8月27日 (月)

久米寺前の道しるべ

 奈良女子大の研究集会、無事に終わりました。万葉仮名とは何か、万葉仮名とひらがなとの関係、万葉仮名のみで表記された散文の位置づけ、等々、本質的な内容が取り上げられ、興味深かったですけれど、なかなか難題でした。よくよく考えてみます。

 飛鳥・奈良で見て来たことを報告します。何ヶ所か行きましたが、今回はすべて過去のまほろば記事のフォローです。まほろばファーストです。(^_^)

 まずは、久米寺前の道しるべについて。

 これを最初に書いたのは一昨年の10月でした。「久米寺をゆく」という記事で、その数日後に「道標の左右表記のナゾ」という題でまた書きました。

 ポイントは、この道しるべは向かって左側に「右~」、右側に「左~」と彫ってあるので、何故逆に彫ってあるのだろうという素朴な疑問を抱いたことでした。

 源さんの後輩さん、朝倉山のオニさん、Kさんからご意見のコメントを頂きました。ありがたいことでした。

 前回この道しるべを見たときは、肝腎な設置場所と向きとをしっかり把握していませんでした。そういう根本的なことがあやふやでは話になりません。そこで今回、じっくり見てくることにした次第です。

 位置と向きはこんな具合です。
Kumedohyo01
 久米寺の一番南にある仁王門の斜め前です。

 地図を示せば次のようになります。
Kumedohyo02
 T字路ですね。久米寺前の道を挟んだ南にある神社は久米御県神社です。南側からこの神社を右手に見つつ北上してきた人は、この道しるべの「右 おかてら たち花」の文字が目に入ります。その案内通りに右折すれば岡寺・橘寺方面に行けます(右折したあと南下する必要がありますけど)。西から来た人にも「右~」の面が目に入りますので、そこで右折すれば、やはり岡寺・橘寺方面に行けます。問題は東から来た人です。東から来た人には「左 しん武 橿はら」の文字が目に入りますので、それに導かれて左折してしまうと、全く逆方向に行ってしまうことになります。神武天皇陵や橿原神宮は久米寺の北にありますので、本当に全くの逆です。

 広域地図を示します。
Kumedohyo03
 前回はこの道しるべの裏側は全く見なかったのですが、見てみますと、「右~」の裏には下の方に「久米寺」とあります。「左~」の裏には「大正六歳」の文字が。2面とももっと文字があるのですが、陰になってしまっていてよく読めません。

 前回は大きさも測りませんでしたが、今回は計ってみました。といっても、定規は持ってきていませんでしたので、地図などを入れていたA4サイズのクリアファイルを定規代わりにしました。まことにうまい具合に、「右~」の面はクリアファイルの長辺とほぼ同じ、「左~」の面は短辺とほぼ同じでした。ということで、「右~」の面の幅は30cmほど、「左~」の面の幅は21cmほどです。「右~」がメイン、「左~」はサブということになりましょうか。

 調査はここまでにして、次の目的地である甘樫丘に向かいました。甘樫丘の東にこんな道しるべがありました。
Kumedohyo04
 これは素直に、右側に「右たちはな寺」、左側に「左おかてら」とあります。これなら分かり易いですね。

 甘樫丘の話は、明日また改めて。

 あ、移動はレンタサイクルを使いました。自転車を返して帰ろうとしたら、レンタサイクル店のご主人から、「ま、ちょっと休んでおゆき」と言われました。急ぎ旅でもないので、休ませて貰っているときに、いろいろな話をしました。久米寺前の道しるべの話もしたら、そのご主人、そういうものがお好きらしく、碑文の文字起こしをして、コレクションしているのでした。それを見せてくれました。その中に次のようなものがありました。
Kumedohyo05
 設置場所の略図も書いてありますので、上の広域地図にその位置も示しておきました。

 これは三叉路に建っています。そしてやはり左右が逆。ただし、これは全く問題ありません。南東から来た人には「左じんむてんのう くめでら道」の文字が目に入りますので、その通りに左に行けば神武天皇陵や久米寺に行けます。西から来た人には「右たちばなでら おかでら道」の文字が目に入りますので、その通りに右に行けば橘寺や岡寺に行けます。

 設置場所ですね。同じような仕組みの道しるべが五条野の三叉路に建っていれば何の問題もないのに、久米寺前の位置だとおかしなことになる。

 久米寺前の道しるべは本来あった場所から移されたのでしょうかね。でも、背面には「久米寺」の文字が彫ってありますので、久米寺周辺にあったことは間違いないと思います。

 なお、このレンタサイクル店のご主人のコレクションには久米寺前の道しるべもありました。それも撮らせて貰ったのですが、そちらは翻字にやや疑問がありましたので、ここで示すことは控えます。ただ、施主は、五条野の道しるべと同じく井上とみさんでした。設置場所のことをうっかりして、五条野の道しるべと同じように作ってしまったのでしょうかね。

 レンタサイクル店のご主人の「ま、ちょっと休んでおゆき」の一言のお蔭で、大きな収穫がありました。人との出会いは大切。

2018年8月26日 (日)

奈良女子大学で「仮名文字」

 今日・明日、奈良女子大学で「仮名文字」というタイトルの研究集会が開催されますので、奈良に来ています。
Narajokanamoji
 今日は公開講演会、明日はシンポジウムです。

 1日目の今日は失礼して、明日参加します。

 研究集会をサボった今日は、少しだけ飛鳥・奈良をふらふらしました。以前載せたまほろばの記事の補足を目的としたふらふらでした。熱中症が怖いので、短時間で切り上げました。その成果は明日以降に。

2018年8月25日 (土)

特別企画展「徳冨蘆花」

 伊香保の徳冨蘆花記念文学館でこのような企画展が開催されます。
Rokaten01
 蘆花生誕150年、文学館開館30年記念とのことです。
Rokaten02
 蘆花は現在の東京都世田谷区に住み、そこは蘆花恒春苑として公開されていますが、亡くなったのは病気療養中の伊香保でした。そこで、伊香保にも記念館が建てられ、終焉の家も保存されています。

 蘆花記念文学館。ここには1年生の研修旅行で何回か行きました。
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 旧居。
H21kenshu06
 終焉の部屋。
H21kenshu07
 「終焉の地」ならばともかく、「終焉の部屋」となると、なんとも生々しい思いがします。ベッドやガウンも展示されていますしね。

2018年8月24日 (金)

「はるな」殉職者の献花台

 今日は前橋で仕事の日でしたので、また県庁に立ち寄りました。いつものことで、何も考えずに寄ったのですが。

 正面玄関を入ってすぐのところに献花台と記帳台がありました。
Harunakenka
 8月10日に墜落した防災ヘリコプター「はるな」に乗っていて殉職された9人の方々のためのものです。

 山の日の前日、上空から登山道を視察中の事故で、ちょうど2週間前の金曜日でした。私はあの日も前橋で仕事の日で、仕事が終わった後に乗ったタクシーの運転手さんから、ヘリコプターが落ちたらしいという話を聞きました。

 その後、誠に申し訳ないことながら、日々のあれこれに取り紛れて、事故のことは忘れていました。

 献花台を見て、「あ!」と思ったことでした。

 9人全員、制服・出動服姿の写真を撮ってあるのですね。万が一のこういうことを想定して撮ってあるのか、あるいは身分証明書用の写真として勤務先で撮っているのでしょうかね。

 改めてご冥福をお祈り申し上げます。

2018年8月23日 (木)

「金子みすゞの世界」

 群馬県立土屋文明記念文学館で、金子みすゞの企画展が開催中です。
Misuzu01
 気づくのが遅れて、開始からもう1ヶ月以上経ってしまいました。でもまだ1ヶ月ほどあります。
Misuzu02
 このチラシのオモテには、自筆の「私と小鳥と鈴と」が印刷されています。

 拡大です。
Misuzu03
 末尾が著名ですね。良いことばと思います。

 チラシの裏には「こだまでせうか」がやはり自筆で載っています。これも勝手に拡大してしまいます。
Misuzu04
 この詩、東日本大震災後にテレビで流れるまで知らなかったのですが、これも良い詩ですね。泣きそうになります。

 1行目に「遊(あす)ばう」という自筆のルビが付いているのは貴重ですね。方言でしょうかね。そう読んで貰いたくて、あえてルビを付けたのでしょう。テレビでは「あそぼう」と言っていたと思いますが。

2018年8月22日 (水)

浜木綿の根

 浜木綿、鉢底穴から根が出てきてしまったので、大きめの鉢に植え替えることにしました。

 なるべく根鉢を崩さないようにしようと思ってはいたのですが、まだ鉢土が締っていなかったので、ほろほろと崩れてしまいました。

 こんなでした。
Hamayu_h300822a
 7月8日に植え替えたときはこうでした。
Hamayu_h3007e
 この時には全く根は出ていなかったのに、あれから1ヶ月半で、葉も根もずいぶん生長しました。根は、何となく1本太い主根があって、それが鉢底穴から顔を出したのかと思いましたが、そうではありませんでした。掘ってみないと分からないものです。

 実(というか、種というか、球根というか)からの茎の出方はミョーです。

 拡大です。
Hamayu_h300822b
 根はてっきり実(のような、種のような、球根のようなもの)から出てきたと思い込んでいましたが、こうして見ると、そうではなく、一度外に出た芽から葉も根も出ていることが分かります。興味深いです。

 鉢を大きくしたので、今後さらにのびのびと育ってほしいものです。

2018年8月21日 (火)

レポート受領&キリ番

 今日は元勤務先における非常勤の授業のレポート締切日ですので、日帰りで取りに行きました。レポートは、印字で提出でも、メールの添付ファイルでの提出でも良いことにしています。

 添付ファイルでの提出状況は以下の通りです。

  8月18日以前  7人
    19日     7人
    20日     4人
    21日未明  5人
    21日午前  3人
    21日午後 10人

 例年通り最終日に集中していますが、いつもよりもばらけている感じで幸いです。(^_^)

 紙媒体での提出はこれよりもやや少ない数でした。もう夏休み中だし、お盆も過ぎましたので、帰省中の学生も多いことでしょう。

 締切は17時です。16時頃大学に着いて、時間まで図書館や国文研究室で論文のコピーなどをするつもりでしたが、国文研は床掃除・ワックス掛けで閉室でした。今日だけ。(^_^;

 運のないことでした。

 レポートは17時締切なので、17時までは待っていなくてはいけません。時刻表を見ると、17時24分新町発の上り湘南新宿ラインがあります。これを逃すと遅くなってしまうので、何とか乗りたいものです。大学の正門から駅のホームまで自転車で20分あればOKです。何とか間に合いそうです。

 間に合いました。(^_^)

 全力疾走はしていません。もう老人なので、全力疾走はしないようにしています。命に関わります。(^_^)

 話は変わりますが、私のHP、昨日めでたく222222のキリ番を達成しました。ネコの日のような数字です。

 その画面ではありませんが、先ほどの画面を貼っておきます。
Kiriban222222
 ここ数年は当ブログが中心で、HPの更新は公開講座資料と駅弁くらいになってしまいましたので、訪問者も1日平均12人ほどで、カウンターもなかなか進みません。

 さらに、初期の頃は、1000、2000、3000などがみなキリ番でしたが、桁が上がってしまうと、1万、2万、3万がキリ番になってしまいました。さらに桁が上がり、今は10万、20万、30万がキリ番。これではなかなかキリ番は訪れません。

 次は30万ですかね。計算してみたら、1日12件では、30万達成まで17年以上かかります。その頃、どうなっていましょうかね。生きているかどうか分かりませんが、生きていれば、HPもブログも今のまま続けていそうな気がします。(^_^)

2018年8月20日 (月)

わくらばの浜木綿、その後

 1週間前に「わくらばの浜木綿」という記事を書きました。

 うちで発芽し、鉢に植えた浜木綿の、葉の先端が枯れてきたという内容でした。その折の写真です。
Hamayu_h300813a
 あれから1週間、今日はこんな感じです。
Hamayu_h300820a
 幸い、茶色くなった部分は広がっていません。葉は3枚とも先端が枯れてしまいましたが、葉自体は枯れることなく、根本付近から生長し続けています。

 中央に、真っ直ぐ上に向かって伸びている葉がありますが、この葉は1週間前にはほんのちょっと顔を出したばかりでした。下がその時の写真です。
Hamayu_h300813d
 この葉は、あれから1週間で5cm程になりました。株全体としては元気なようです。

 葉は、左右交互に出ています。
Hamayu_h300820b
 これがどんどん続いて行くと、本当に「百重なす」という感じになるのではないでしょうか。

 そして、何の気なしに鉢底を見たら、鉢底穴から根が出ていました。
Hamayu_h300820c
 ほんと、何の気なしにです。普通、鉢底って見ません。(^_^)

 ただ、残念ながら、根の先端は枯れてしまったようですね。もっと早く気づけば良かったです。

 葉が枯れてきたのは、まだ根が十分に張っていないせいかと思っていましたが、それどころか、鉢底穴から根が出るほど根は伸びていたことになります。生長、早いです。

 あるいは、土中の水分が足りなかったせいで、水を求めて根を延ばしたのかもしれません。

 少し大きめの、といいますか、少し深めの鉢に植え替えた方が良いかと思っています。

 全体像はこんな感じなので、そう浅い気はしなかったのですけど。
Hamayu_h300820d

2018年8月19日 (日)

おとぎかるたの比較

 昨日、「おとぎかるた」をご紹介しましたが、そういえば、前にも同様の記事をアップしたことを思い出しました。

 平成27年2月21日の「昔話のかるた」でした。このかるたは戦前のものと思われます。
 その記事でも、内容別の集計をしていました。データがあると集計したくなるという習性は変わらないようです。(^_^;

 そして、複数のデータがあると比較したくなります。(^_^)

 戦前の「昔話のかるた」→戦後すぐと思われる「おとぎかるた」で、内容別の枚数と順位とを比較してみました。

 桃太郎       8枚(1位)→11枚(1位)
 浦島太郎      5枚(2位)→4枚(3位)
 舌切り雀      5枚(2位)→4枚(3位)
 さるかに合戦    5枚(2位)→3枚(7位)
 因幡のしろうさぎ 4枚(5位)→なし
 金太郎       3枚(6位)→7枚(2位)
 花咲か爺      3枚(6位)→3枚(7位)
 一寸法師      2枚(8位)→4枚(3位)
 かちかち山     2枚(8位)→4枚(3位)
 うさぎとかめ    2枚(8位)→2枚(10位)
 分福茶釜     2枚(8位)→2枚(10位)
 かぐやひめ     2枚(8位)→1枚(12位)
 こぶとり爺さん   1枚(13位)→3枚(7位)
 牛若丸       1枚(13位)→なし
 三年寝太郎    1枚(13位)→なし
 姥捨て山     1枚(13位)→なし
 天の羽衣      1枚(13位)→なし

 以上です。

 桃太郎は不動の1位でした。枚数も2位以下とはやや差があります。
 あとは、金太郎が上昇していること、戦前のかるたには4枚あった因幡のしろうさぎが戦後のかるたではなくなってしまっていることなどでしょうか。

 それ以外は誤差の範囲内という気がします。

 両方ともトップだった桃太郎の絵札を比べてみます。まずは戦前の。
Douwacar01
 戦後の。
Otogicard03

 戦後版の方が印刷が雑ですね。色ズレが目立ちます。絵も戦前版の方が風格がありますね。戦後版の方は親しみやすい絵柄になっています。

 そして、気づいたのは、「に」「や」「も」の札の絵の内容が同様だということです。
 字札は戦後版では次の通りです。

  に:にっぽん いちの ももたろう
  や:やまで しばかる おぢいさん
  も:ももから うまれた ももたろう

 戦前版は、あいにく行方不明で、字札を見ることができません。わが家に来たものはすぐに行方不明になります。管理の悪いことです。(^_^; 絵が同様なのですから、字札の方も多分同様の内容と思います。

2018年8月18日 (土)

おとぎかるた

 「おとぎかるた」を入手しました。
Otogicard01
 字札です。
Otogicard02
 どちらも未裁断です。

 データがあると、つい集計したくなります。(^_^;

 桃太郎      11
 金太郎      7
 かちかち山   4
 一寸法師    4
 浦島太郎    4
 舌切り雀    4
 こぶとり爺    3
 さるかに合戦 3
 花咲か爺    3
 うさぎとかめ  2
 ぶんぶく茶釜 2
 かぐやひめ  1

 桃太郎が一番多かったです。犬、猿、雉など、登場人物(?)が多いせいでしょうかね。
 金太郎って、あまり詳しい話はなさそうなので、2番というのはちょっと意外でした。
 うさぎとかめは外来ですね。

 以下の3枚では「おにたいぢ」が共通です。
  へ:へいを のりこえ おにたいぢ
  ち:ちいさい からだで おにたいぢ
  さ:さるも ふんせん おにたいぢ

 ちょっと工夫があっても良かったかも。

 いつのものか分かりません。
 字札は歴史的仮名遣いではありませんが、「じ」「ぢ」「ず」「づ」は現代仮名遣いではありません。「うらしまわ たすけたかめと りゅうぐうえ」のように、助詞の「は」と「へ」を「わ」「え」と書いています。「を」は「を」です。

 戦後程なくの頃でしょうかね。紙質も大分悪いです。

2018年8月17日 (金)

明治5年の『日本地理往来』

 このようなものを入手しました。上下2冊です。
M5chiri01
 角書きに「郡名産物」とあるのに惹かれました。

 下巻の奥付に次のようにあります。
M5chiri02
 明治5年の刊行ですね。

 巻頭付近に折り込みの地図があります。
M5chiri03
 関東地方。
M5chiri04
 旧国名が四角の枠で、府県名が楕円形の枠で囲まれて書かれています。現在の栃木・群馬は宇都宮・栃木・群馬に分かれています。現在の茨城・千葉は茨城・新治・印幡・木更津に分かれています。現在の埼玉の西は入間です。

 中部地方。
M5chiri05
 現在の愛知から静岡西部にかけては愛智・額田・浜松です。現在の長野は、北部のみ長野で、信濃南部と飛騨とをあわせた地域は筑摩となっています。

 本文は次の通りです。府県別ではなく、旧国別になっています。
M5chiri06
 頭注欄に郡名や産物が記載されています。

 大和国の産物は次のように書かれています。
M5chiri07
 墨筆、葛粉、索麺、柿などは今も変わりませんね。

 上野国の頭注欄。
M5chiri08
 1行目の「吾妻」、現在は「あがつま」ですが「あづま」となっています。3行目の「群馬」、少なくとも江戸時代の初め頃までは、古代と同じく「くるま」と読んでいたことが分かっていますが、明治の初めでもなお「くるま」と読まれていたのかもしれません。「邑楽」も今は「おうら」と読みますが、これも、古代に「おほあらき」→「おはらき」と変化したと考えられています。明治の初めにも「おはらき」と読んでいたとしたら興味深いです。

 不審なのはその下の「新田」です。この本では「しんでん」とあります。この郡は、新田義貞の新田氏発祥の地ですので、古く「にひた」「にふた」などという読みはあったにせよ、「しんでん」は考えにくいところです。

 同時代資料は貴重ですが、正しいとは限らないと思われます。そこがまた同時代資料の面白いところです。

2018年8月16日 (木)

水質検査試験紙

 水質検査試験紙を買いました。
Test6in1a
 こういうのを買うのは初めてです。

 某アマゾンで何点か金魚用品を買ったら、「ダンナ、こういうのもありますぜ」と紹介されました。

 「あ、いいかも」と思って、買ってしまいました。相変わらずちょろい客です。某アマゾンの思う壺。(^_^;

 試験紙はこういう筒に入っています。筒の周囲が判定票になっています。
Test6in1b
 試験紙はこういうものです。
Test6in1c
 早速測定してみました。大体はOKでしたが、硝酸塩濃度だけが高めでした。

 魚の排泄物や食べ残した餌から発生したアンモニアがバクテリアによって分解されて亜硝酸塩になり、これがさらに分解されて硝酸塩になるそうです。

 硝酸塩は毒性は弱く、水草の栄養分にもなるけれども、高濃度だとコケの発生を促進させてしまうそうです。

 水替えをしてもすぐにコケが発生してしまうので、困ったことと思っていましたが、これで原因の1つが判明しました。

 どうしますかね。硝酸塩が水草の栄養になるのなら、水草を増やせば硝酸塩が減るかもしれません。あとは、水替えの頻度を少し上げましょうかね。アンモニアから亜硝酸塩への分解は順調にいっているのではないかと思います。

2018年8月15日 (水)

万葉集によまれた萩(2)

 先日アップした「万葉集によまれた萩(1)」の続編です。今回は表記についてまとめました。

 万葉集に見えるハギ141例の表記は以下の通りです。

【芽子】116
 巻二 2(笠金村2)
 巻三 1(余明軍)
 巻七 3(作者不明3)
 巻八 27(大伴家持6、笠金村3、文馬養2、沙弥尼2、大伴坂上郎女1、弓削皇子1、湯原王1、その他11)
 巻九 3(阿倍大夫1、遣唐使の母1、作者不明1)
 巻一〇 75(すべて作者不明)
 巻一七 1(大伴家持1)
 巻一九 4(大伴家持3、久米広縄1)

【芽】12
 巻二 1(弓削皇子)
 巻六 2(大伴旅人1、田辺福麻呂1)
 巻八 8(大伴旅人2、山上憶良1、山部赤人1、穂積皇子1、湯原王1、広瀬王1、藤原八束1)
 巻一三 1(作者不明)

【波疑】12
 巻一五 4(阿倍継麻呂1、秦田麻呂1、葛井子老1、遣新羅使人1)
 巻一九 1(大伴家持)
 巻二〇 7(大伴家持5、中臣清麻呂1、大原今城1)

【波義】1
 巻一九 1(光明皇后)

 以上です。正訓字の「芽子」と「芽」が合計128例、字音仮名の「波疑」と「波義」が合計13例で、「萩」は1例もありません。これは、「萩」字の原義が「草の名。かわらにんじん・かわらよもぎの類」「木の名。とうきささげ」(『角川新字源』)であることに依るのでしょう。「萩」は、ハギには相応しい文字ではないために用いられなかったものと思います。

 「芽子」「芽」がなぜハギの表記に用いられているのかはよく分からないようです。

 類聚名義抄には次のようにあります。観智院本の僧上24です。
Hagimanyo03
 1行目に「萩ハギ」があります。そして、2行目に「芽ハギ」、3行目に「芽子ハキ」があります。これで、「芽子」「芽」がハギと訓めることが分かります。

 ただ、3行目の「芽子ハキ」の下には「芽ウマツナキ キザス」という項目があります。こちらが我々が普段使っている「芽」字ですね。よく見ると、この「芽」は他の「芽」と文字の形が異なります。字音も、2行目の「芽ハギ」の方には「音護」、3行目の「芽ウマツナキ キザス」の方には「語嘉反」とあります。前者は「ゴ」、後者は「ガ」でしょうから、音も異なることになります。

 この件、岩波の古典大系本万葉集の1468番歌の頭注に以下のようにあります。
Hagimanyo04
 ということで、大系本万葉集ではハギの場合の「芽」「芽子」は、この字形ではなく、作字した文字を使っています。

 万葉集の写本では、西本願寺本ではざっと見たところでは、現代と同じ「芽」「芽子」で書かれているようです。まだ全例ちゃんと見ていません。

 現存最古の写本である桂本は巻4しか残っておらず、巻4には「芽」「芽子」は用いられていません。これに次いで古いと考えられる藍紙本の巻9では次のように書かれています。
Hagimanyo05
 右が1761番、左が1790番です。少なくとも1790番は現代の「芽」と同じ字形ですね。巻9にはもう1例、1772番に「芽子」があるのですが、この歌の前後は藍紙本では切り出されてしまっていて見ることができません。もしかしたら断簡として残っているかもしれません。

 今ここまでです。他の写本の複製も見て、引き続き考えてみます。

 万葉集の諸注釈に何か書いてありそうですが、手もとにありません。類聚名義抄は、昨日持ってきたのが早速使えました。他の本も早く渋川の家から持ってこねば。(^_^;

2018年8月14日 (火)

渋川に日帰り

 今日は渋川の家に日帰りで行ってきました。
 目的は3つ。浜木綿(親株)に水やりすること、大家さんに家賃を持って行くこと、本を何冊か持ち帰ることです。

 東京の家を出たのが10時半、帰宅したのは17時12分でした。往復6時間42分で、そのうち渋川の家に滞在したのは25分、帰りがけに大井町のイトーヨーカドーに寄ったのが15分ですので、残り6時間が移動時間ということになります。

 移動にこれだけ掛かるので、渋川の家に複数の用事があったり、何かついでがあったりしないと、なかなか渋川の家に行こうという気になれません。(^_^;

 用件3件のうち、メインは浜木綿への水やりでした。前回渋川の家に帰ってから20日ほど経ちます。その間、猛暑続きの上、あまり雨が降っていないようでしたので、ずっと気掛かりでした。

 幸い、本体は元気でしたが、花が付いた茎はこんなでした。
Higaeri01
 去年はこういう感じでした。
Hamayu_h2906
 2つ実に成って、1つは今年の発芽に繋がったのでしたが、今回は全くダメですね。枯れ果ててしまっています。受粉しなかったのか、あるいは水不足のせいか、分かりません。水不足のせいなら、かわいそうなことをしました。

 大家さんは幸いに在宅でしたので、家賃は無事に支払えました。♪ 大家さんがお留守だと、月内にまた出直さなくてはなりません。お盆の頃には毎年、お子さんやお孫さんが集まります。「にぎやかでいいですね」と言ったら、「帰っちゃうと寂しくてね」と言われました。お察し致します。

 途中駅でも、帰省の子や孫を駅まで送ってきたおじいさんが寂しそうな顔をしているのを見ました。

 今日あたり、もうUターンが始まっているのですね。

 帰りに大井町のイトーヨーカドーに寄ったのは、金魚用品を買うためでした。金魚ファーストの生活をしています。(^_^)
 お店のペット用品売り場はかなり広く充実していました。でも、扱っているのは圧倒的に犬猫用が多く、金魚、うさぎ、小鳥用はわずかでした。やはり犬猫は強いです。(^_^;

 日帰りの目的のもう1つの成果は以下の通りです。
Higaeri02
 私のリュック、結構沢山入ります。

 肩が痛い。(^_^;

 

2018年8月13日 (月)

わくらばの浜木綿

 発芽した浜木綿、当ブログに書きましたように、8月6日はこのような状態でした。
Hamayu_h300806
 左右の葉が先端から枯れてきています。中央の葉は大丈夫です。

 あれから1週間経った今日の状態です。
Hamayu_h300813a
 左右の葉の先端はすっかり枯れてしまいましたが、緑の部分が特に大きくは減っていません。枯れは止まっている感じです。しかし、無事だった中央の葉は、大分大きくなったものの、変色してきました。

 中央の葉の拡大です。
Hamayu_h300813b
 水が足りないのかと思い、水は切らさないようにしてきたのに、この有様です。となると原因不明です。

 ピントが甘いですが、左下の葉は健在です。
Hamayu_h300813c
 そして、中央部から新しい葉がほんのわずかに顔を出しています。
Hamayu_h300813d
 これらに期待します。

 去年の秋に採れた実から半年後に発芽した浜木綿ですので、なんとかうまく育ってほしいものです。

2018年8月12日 (日)

ぐんま県境稜線トレイル

 昨日の山の日に、群馬県境稜線トレイルが開通しました。

 このルートのことは、先日ご紹介した「ググっとぐんま2018夏」のパンフレットでも1ページを使って取り上げられていました。
Gunma_ryosen01

 毎月第1日曜に発行される「ぐんま広報」8月号でも表紙に取り上げられ、
Gunma_ryosen02
 これ以外にも、中の見開き2ページでも特集されていました。

 『グラフぐんま』8月号でも。
Gunma_ryosen03
 群馬県では観光の大きな目玉として力を入れているようです。

 ところが、開通の前日、8月10日(金)に群馬県の防災ヘリコプター「はるな」が墜落して、乗り組んでいた9人が全員亡くなるという大きな事故が起きました。

 稜線トレイルの開通を翌日に控えて、上空から視察中の事故だったそうですね。

 大勢の有能な防災航空隊員と消防隊員とを失ったことを惜しむ声がありました。それは確かにその通りと思いますが、それ以前に、尊い人命が失われたこと自体が何とも痛ましいことです。

 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

2018年8月11日 (土)

万葉集によまれた萩(1)

 昨日の記事「移ろふつきくさ」に萩さんから頂いたコメントを受けて、万葉集における萩を見てみました。

 万葉集中、萩をよんだ歌は全部で141首あります。集中、最も多くの歌によまれている植物が萩です。萩は万葉人に好まれた植物なのでしょう。
Hagimanyo01
 全141首のうち、四季分類のある巻8と巻10とに110首(78%)が集中しています。110首のうち109首は秋であり、萩は秋を代表する景物といえましょう。秋以外の萩をよんだ1首というのは、巻8の春の雑歌です。
  百済野の萩の古枝に春待つと居りし鴬鳴きにけむかも(8-1431)山部赤人
 この歌の主体は鴬で、萩はその鴬がとまっていた「萩の古枝」としてよまれています。

 山上憶良に「秋の野の花を詠む二首」があります。
  秋の野に咲きたる花を指(および)折りかき数ふれば七種(ななくさ)の花 其の一(8-1537)
  萩の花尾花葛花瞿麦(なでしこ)の花女郎花(をみなへし)また藤袴朝貌(あさかほ)の花 其の二(1538)
Hagimanyo02
 この歌でも萩は秋の七草のトップに歌われています。←ただ、旋頭歌の577577という歌体でよむ必要上、音数の関係でトップに持ってきたという可能性もあります。

 萩の花は鹿の妻であるとされ、たとえば次のような歌があります。
  我が岡にさを鹿来鳴く初萩の花妻どひに来鳴くさを鹿(8-1541)大伴旅人
  秋萩を  妻どふ鹿こそ  独り子に  子持てりといへ  ……(9-1790)遣唐使の母
 これらの歌では、鹿の妻問いの対象が萩であるとうたっています。動物が植物を妻とするというのは何ともユニークな(あるいは奇異な)発想といえましょう。他にも同じ歌に萩と鹿とがよみ込まれたものは23首ありますが、全141首に対しては16%ほどですので、そういつも両者がセットでよまれているわけでもありません。

 萩は山や野に自生している他、自宅の庭にも植えられています。
 野に自生している萩。
  高円の野辺の秋萩いたづらに咲きか散るらむ見る人なしに(2-231)笠金村
  秋風は涼しくなりぬ馬並めていざ野に行かな萩の花見に(10-2103)

 家の庭に植えられている萩。
  我が宿の一群萩を思ふ子に見せずほとほと散らしつるかも(8-1565)大伴家持
  我が宿の萩花咲けり見に来ませいま二日だみあらば散りなむ(8-1621)巫部麻蘇娘子
 この2首は、どちらも人に見せたいと思っていますね。きれいに咲いたのでしょう。

 これから咲くであろう萩をよんだ歌に次のようなものがあります。
  秋萩は咲くべくあらし我がやどの浅茅が花の散りゆく見れば(8-1514)穂積皇子
  我が待ちし秋は来たりぬしかれども萩の花ぞもいまだ咲かずける(10-2123)

 満開の萩をよんだ歌。
  草枕旅行く人も行き触ればにほひぬべくも咲ける萩かも(8-1532)笠金村
  見まく欲り我が待ち恋ひし秋萩は枝もしみみに花咲きにけり(10-2124)

 散る萩もよまれます。1首目は風に散る萩、2首目は雨に散る萩です。
  真葛原靡く秋風吹くごとに阿太の大野の萩の花散る(10-2096)
  明日香川行き廻る岡の秋萩は今日降る雨に散りか過ぎなむ(8-1557)丹比国人

 露の置く萩。
  秋の野に咲ける秋萩秋風に靡ける上に秋の露置けり(8-1597)大伴家持
  妻恋ひに鹿鳴く山辺の秋萩は露霜寒み盛り過ぎゆく(8-1600)石川広成

 黄葉する萩。
  雲の上に鳴きつる雁の寒きなへ萩の下葉はもみちぬるかも(8-1575)

 時雨に散るのを恐れる黄葉した萩。
  さ夜更けてしぐれな降りそ秋萩の本葉の黄葉散らまく惜しも(10-2215)

 歌数が多いので、様々な萩がよまれています。

 つきくさの場合は比喩としてよまれることが多かったのですが、萩の場合は実際の萩そのものをよんだ例が多かったです。

 萩のよまれ方について、さらに検討してみます。
 先行研究、たくさんありそうなので、それらにも目を通さねば。

2018年8月10日 (金)

移ろふつきくさ

 今朝、ゴミ出しをしようと、8時過ぎに玄関を開けたら露草が20輪ほど咲いていました。
Tsuyukusa05
 花が小さくてよく見えませんね。

 アップです。
Tsuyukusa06
 露出をちょっと失敗してしまいまして、何となく力の無い写真です。←よく言えば、幻想的な。(^_^)

 万葉集で「つきくさ」とよまれているのが今の露草とされます。

 全部で9首ありました。

 ・つき草の移ろひやすく思へかもわが思ふ人の言も告げ来ぬ(4-583)大伴坂上大嬢:相聞
 ・月草に衣そ染むる君がため斑の衣摺らむと思ひて(7-1255)古歌集:雑歌
 ・鴨頭草(つきくさ)に衣色どり摺らめども移ろふ色といふが苦しさ(7-1339)譬喩歌・草に寄す
 ・月草に衣は摺らむ朝露にぬれての後は移ろひぬとも(7-1351)譬喩歌・草に寄す
 ・朝露に咲きすさびたる鴨頭草(つきくさ)の日くるるなへに消ぬべく思ほゆ(10-2281)秋相聞・花に寄す
 ・朝(あした)咲き夕(ゆふべ)は消ぬる鴨頭草(つきくさ)の消ぬべき恋もわれはするかも(10-2291)秋相聞・花に寄す
 ・鴨頭草(つきくさ)の仮れる命にある人をいかに知りてか後も逢はむとふ(11-2756)寄物陳思
 ・うち日さす宮にはあれど鴨頭草(つきくさ)の移ろふ情わが思はなくに(12-3058)寄物陳思
 ・百(もも)に千(ち)に人は言ふとも鴨頭草の移ろふ情われ持ためやも(12-3059)寄物陳思

 譬喩歌や寄物陳思が大多数です。そして、「移ろふ」とよまれているのが5首、「消ゆ」とよまれているのが2首ありました。

 花は染料に使われたようですが、花そのものは朝咲いて昼には萎れてしまうし、染めた色もすぐに褪せてしまうということで、はかないものの比喩によまれることが多いのでしょうね。

 確かに、花が咲いているのはゴミ出しの時しか見ることができません。(^_^;

 しかし、こんなに小さな花を染料に使おうとしたら、集めるのが大変でしょうね。しかも、朝早くに取らないといけないし。

2018年8月 9日 (木)

ググっとぐんま2018夏

 ここ数年、夏になると、群馬県では「ググっとぐんま観光キャンペーン」を開催しています。

 このようなパンフレットもあります。
Gugutto_h30a
 目次のページ。水山風土夜という5項目から群馬の魅力をアピールしています。
Gugutto_h30b
 「水」は川とダムと滝、「山」は群馬・新潟・長野の県境の登山道等を繋ぐ「ぐんま県境稜線トレイル」、「風」はパラグライダーやウインドサーフィンなど、「土」は農産物、「夜」は祭や花火や星空です。

 なるほどと思える切り口です。

 このパンフレット、全部で30ページあります。目次を拡大します。
Gugutto_h30c
 目次のトップ、昨年実施された「ぐんまのおみやげ総選挙」で第1位に輝いたのはハラダのラスクでした。全国区ですからねぇ。

 そのあとに、水山風土夜が並んで次に温泉。さらに、それ以外のアピールポイントを5つの地域別に紹介し、「ぐんまの遺産」では富岡製糸場と上野三碑。さらにあとにはSLも。

 盛りだくさんな内容で、力の入れ方が伝わってきます。

 たくさんの方々が群馬に来てくださればと思います。暑さがネックですね。これが何とかならないと。

2018年8月 8日 (水)

まほろば5周年

 本日、当まほろばは、開設以来満5年となりました。これも皆さまのおかげと、ありがたく存じております。

 今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

 毎日書き込みを心掛け、幸いにこの1年間も毎日欠かさずに書き込みができました。

 5年間1,826日(365×5+閏年1)の登録記事数は1,883本になります。1日あたり1.03本。ネタにこと欠く日々、1日に2本、3本の書き込みはなかなか困難です。

 アクセス数上位の記事は次の通りです。
Mahorank201808
 ぐんまちゃん関係をぐんまちゃん色、飛鳥・奈良関係を黄緑色、かるたを水色に塗ってみました。あいかわらずぐんまちゃんが目立ちます。(^_^;

 そして、アクセス数上位はランキングの常連が占めています。上位10位は、多少の順位の変動はあるものの、1年前の上位10位と変わりません。これらは検索でヒットして来てくださる方が多いせいでしょうね。ロングセラー(?)です。

 当ブログの集計結果の発表は年2回行っています。1回は8月8日の開設日で、開設以来の合計です。もう1回は12月31日で、その年1年の集計です。データがあると集計したくなるというのはサガのようなものです。(^_^;

 大晦日の方はその年なりの変化がありますけど、開設日の方は、こう変化がなくては発表する意味はあまりないかもしれませんね。

 22位の「高崎線とイノシシとが衝突」は、3年前の11月18日に起こった事故でした。当日からの3日間でこの記事のアクセス数は404回になりました。短期集中。これが効いて一昨年のランキングでは437回で第9位に位置していました。現在472回ですので、その後の積み上げは2年間で35しかなかったことになります。それでも過去の遺産が効いて22位に入っています。

 ランキングに変動が少ないのは、過去の遺産が大きくものをいっていることが大きいと思いますが、これなどが典型的な例ですね。

 27位の「白内障の手術」は、同病の方のご参考になればと思ってアップしたものです。今回は前回よりもわずかに順位が上がりました。お役に立っているのならば幸いです。

 今後とも、当ブログをご贔屓お引き立てのほど、何卒よろしくお願い申し上げます。

 退職して家にいることが多くなりましたので、金魚ネタ、植物ネタが増えそうな気配です。(^_^;

 なお、私のHPもまだ健在です。ブログ中心になってしまいましたので、HPの更新は、ほぼ「公開講座資料」と「駅弁」だけです。アクセス数も1日平均12~13程ですが、カウントは現在222083です。222222まであとわずか139。ただ、1日あたりのアクセス数を考えると、222222のキリ番まで10日ちょっと掛かりそうです。達成はお盆休み明けくらいになりましょうか。よかったら狙ってみてください。(^_^)

 そして、毎回最後になって恐縮ですが、今日は三友亭主人さんのお誕生日です。おめでとうございます。1年間お世話になりました。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

2018年8月 7日 (火)

コケが付く

 猛暑の中、金魚は至って元気です。

 昨日の水槽。
Kingyo_h300806a
 私が近づくと、ゴハンを貰えると思って、わらわら、ザバザバと寄ってきます。
Kingyo_h300806b
 表情から必死さが伝わってきます。

 「写真なんか撮ってないで、早くゴハン頂戴! ゴハン、ゴハン、ゴハン!」という声が聞こえてきそうです。

 今回は写真撮影で少し待たせることになりましたが、いつもはなるべく待たせないようにしています。

 それはそうと、水槽の壁面に付いたコケがすごいです。前回のコケ取り・水替えからまだ2週間です。大体2週間でこんなになってしまいます。

 水槽の照明は1日13時間点灯しているのですが、これが長すぎるのかもしれません。できれば帰宅したときにはまだ点灯していて欲しいので、消灯は夜8時にしています。点灯は朝の7時。これをどう調整するか。少し考えてみます。

 コケ掃除と水替えをしたら、きれいになりました。
Kingyo_h300807a
 コケ掃除はスポンジで行いますが、スポンジで壁面を拭っていると寄ってきて、あやうく金魚もこすりそうになります。以前、大学で猫のはなちゃんと仲良くなり、私が歩くと足もとにまとわりついてきて、危うく踏みそうになりました。現に、2回ほど踏んでしまって「ギャッ!」と叫ばれたことがありました。そんなことを思い出しました。

 水替えが終わり、水が落ち着くのを待って(水替え直後は多少濁っています)撮影しようと近づくと、また、わらわらザバザバと寄ってきます。
Kingyo_h300807b
 「写真なんか撮ってないで、早くゴハン頂戴! ゴハン、ゴハン、ゴハン!」という声が聞こえてきそうです。

 今日は気温が下がって、水温も30度を切りました。
Kingyo_h300807c

 水温30度だって十分に高いのですが、でも、連日の温度と比べたら、やはりほっとします。

 渋川の家ではコケ取り用の濾材を使っていました。こちらでも考えてみます。

2018年8月 6日 (月)

浜木綿が不安

 先月発芽した浜木綿、大分大きくなりました。

 7月22日はこういう状態でした。
Hamayu_h300722
 今日です。
Hamayu_h300806
 2週間でずいぶん大きくなり、葉の数も増えました。

 それは良いのですが、2枚の葉の先端が変色してしまいました。

 先週の火曜日あたり、向かって左側の葉の中央付近に小さな黄色いシミのようなものが見えました。葉焼けかと思い、屋内に取り込みましたが、3日後に集中講義から帰ると、変色部が広くなり、向かって右側の葉にも変色した部分が生じていました。変色部位の面積は次第に大きくなって今に至っています。

 これ、葉焼けではなくて、枯れてきたのでしょうね。水が足りないのかもしれません。水をたっぷりやっています。

 思えば、浜木綿は海岸で生育している植物ですから、そう簡単には葉焼けを起こしたりしないのではないでしょうか。

 発芽して間もない子供ですので、根張りも十分ではなく、水が足りなかったのではないかと思います。

 幸い、中心から出てきた新しい葉には異常ないようですので、水不足にならないように注意しながら見守ってゆきます。

2018年8月 5日 (日)

「古代の群馬を探険せよ」

 「東国ゆかりの地巡り 古代の群馬を探険せよ」というイベントが開催されています。
Kodaiguntan01
 東国文化ゆかりの地が21ヶ所設定されていて、そのうち5ヶ所のスタンプを集めると、先着1000名が東国文化タオルハンカチを貰え、10ヶ所のスタンプを集めると、抽選で毎月20名が東国文化トートバッグを貰えます。

 設定されている21ヶ所というのは次の通りです。
Kodaiguntan02
 画像が小さすぎますね。(^_^;

 一部拡大します。
Kodaiguntan04
 渋川の家から自転車で行ける埋蔵文化財センター、もとの勤務先の町にある玉村町歴史資料館、毎年研修旅行で訪れていた土屋文明記念文学館の周囲にある保渡田古墳群。

 私にとっておなじみの場所がたまたま3つ並んでいました。

 もう1つ。
Kodaiguntan05
 メインどころが3つ並んでいます。

 もう1つ。
Kodaiguntan06
 岩宿遺跡も代表的な遺跡です。やはり群馬は古代遺跡が多いです。ただ、向井千秋記念子ども科学館は、古代群馬とは関係ないと思いますが。(^_^;

 応募方法等も載っています。
Kodaiguntan03
 期間は12月24日までです。先着1000名のタオルハンカチ、いつ頃に到達してしまいますかね。せっかくスタンプを集めて応募しても、定数到達後で何も貰えなくてはがっかりですね。

2018年8月 4日 (土)

パピルス

 昨日終わった集中講義の履修生にエジプト人留学生がいて、その学生さんから最終日の昨日、お土産をいただきました。
Papyrus01
 上の方には絵文字が書かれていますね。ヒエログリフでしたか。

 この絵はパピルスに描かれています。私、パピルスを見たり、触ったりするのは初めてだと思います。珍しいものを頂きました。

 拡大するとこんな感じです。
Papyrus02
 織物のように、縦横に繊維が組み合わされています。

 そういえば、20年以上前、パピルスの鉢植えを頂いたことがありました。水は切らさないようにしていたのですが、残念ながら数年後に枯れてしまいました。高温の地方で育つ植物でしょうから、あるいは群馬で冬越しをするのが難しかったのかもしれません。

 もう1つ、キーホルダーも頂きました。
Egypt
 この像の名前を教えて貰ったのですが、忘れてしまいました。(^_^; 面目ないです。横文字の固有名詞はなかなか憶えられません。

 これ、日本でいえば、奈良の大仏や興福寺の阿修羅像などのように、エジプトの人が見れば、すらりと名前が出てくるような、そういった有名な像なのでしょうかね。

 どうも外国のものに疎いです。

2018年8月 3日 (金)

集中講義無事終了

 惟光さんのとこでお世話になった集中講義、無事に終了しました。

 3日間、駅前から大学までは上り坂なのでタクシーを使い、帰りは徒歩で移動しました。

 今朝は、タクシー乗り場になかなかタクシーが来ませんでした。私の前に弓を持った若者がいましたので、きっと東海大の学生さんに違いないと思いました。不躾ながら聞いてみたら正解でしたので、「すみません。同乗させてもらえますか?」ということで、乗っけて貰えました。

 全く見ず知らずの人にこんな話を持ちかけたのは生まれて初めてです。(^_^; 歳を重ねると段々厚かましくなって行くのでしょうかね。男子学生で幸いでした。女子だとちょっとこういう声は掛けられません。(^_^;

 集中講義は、講義する方も聴く方もなかなか大変ですが、皆さんとても熱心に聴いてくれてやりやすかったです。

 無事に終わってほっとしています。

 19時少し前に帰宅し、一番気になっていた場所に直行しました。金魚部屋です。(^_^)

 金魚が湯だっていないかどうか気がかりでしたが、水温36度の中、普段と変わらず、至って元気にしていました。食欲も旺盛です。
Kingyo_h3008a
 しかし、さすがに少し水温を下げようと思い、少しだけクーラーを掛けました。これで水温が少し下がれば一息ついて貰えましょう。

 そのあと、スーパーに買い物に行きました。さて、夕飯をどうしようと思ったら、うなぎが目に入りました。土用の丑の日は昨日でしたか、一昨日でしたか。

 集中講義が無事に終わっためでたい日だし、値引きされているし、と考えて買ってしまいました。高いので、買うには2つくらい理由が要ります。(^_^)

2018年8月 2日 (木)

塚越古墳をゆく

 昨日、北金目神社に行った後、もう少し先にある塚越古墳にも足を伸ばしました。ここには去年は行きませんでしたので、初めての訪問です。
Tsukagoshi01
 この標示のように、古墳を含む地域が公園になっています。

 (たぶん)全景。
Tsukagoshi02
 ググってみると、この古墳は4世紀の前方後方墳だそうです。

 墳丘上に桜の木があり、その根方には石塔がありました。
Tsukagoshi03
 墳丘上から東海大学方面を望む。
Tsukagoshi04

 画面中央左側に見える森は北金目神社です。

2018年8月 1日 (水)

東海大学で集中講義2018夏

 今日から3日間、惟光さんのところで集中講義です。

 去年と同様、また4階の窓から大山を望みました。
Tokaidai09
 といっても、実は、手前の山が大山なのか、一番奥の山が大山なのか、去年からの懸案でした。(^_^;

 今日は、惟光さんがご挨拶に来てくれていましたので、伺ってみました。奥の山が大山だそうです。やっと懸案が解決してすっきりしました。(^_^)

 冬など、天気が良い日には筑波山も見えるということでした。

 昼休みには、炎天下、ちょっと学外をふらふらしてきました。

 去年も行った北金目神社に行きました。ちょっと休んでいたら、小さな子供を2人連れたお母さんが来て、子供たちに境内の鐘を撞かせていました。「おっ!」と思い、「あ、この鐘、自由に撞いて良いのですか?」と伺ったら、「はい」とのお答えでしたので、いそいそと撞くことにしました。♪
Kitakaname01
 私、これまで鐘を撞いたこと、1回あったかなかったかです。

 思わず力が入ってしまい、結構大きな音が出ました。満足です。(^_^)

 道中、こういうマンホールの蓋がありました。これは去年の撮影です。
Kaname01
 下は今回新たに撮しました。平塚の七夕がらみですね。
Kitakaname02
 鳥のフンが写ってしまったのが残念です。撮るとき気付きませんでした。観察力が足りません。

 こういうご当地マンホールは楽しいです。

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