明治45年の鉄道旅行地図
明治45年の鉄道地図を入手しました。
屏風状に折り畳まれていて、広げるとこんな状態です。
画像が小さすぎますが、左端は台湾と南満州・韓国です。
この小さな画像でも、どこに鉄道が通っていたのかはおおよそ分かります。四国はまだこれからですね。九州の西側は、佐賀、長崎、熊本・鹿児島まで鉄道が通っていますが、東側の宮崎はこれからです。山陰地方は出雲大社の辺りまでしか通っていません。東北は日本海側がこれからです。
裏表紙はこのようになっています。
凡例はこのようです。
東京付近。
東京駅がまだありません。有楽町と万世橋との間にある中央停車場が後に東京駅になるのでしょう。ググってみたら、東京駅の開業は大正3年とのことです。山手線も繋がっていませんね。上野駅から南がありません。渋谷駅がまだ「普通駅」扱いです。蒲田駅が「カバ田」となっています。当時は「かばた」と呼ばれていたのでしょうかね。興味深いです。
群馬付近。
高崎線(上越線)がまだ高崎までしか行っていません。渋川や沼田は道路のみです。二重丸で囲まれているのが「有名温泉場」です。四万、伊香保、草津などがあり、当時から温泉県ですね。
奈良付近。
特にコメントはありません。名古屋方面に行く路線はまだできていませんね。
愛知・伊勢付近。
今までに見た定宿帳で、豊橋から伊勢神宮への航路のあったことを知りましたが、この地図には載っていませんね。この頃には廃止されていたのでしょうかね。
地図全体について言えることですが、旧国名のみで府県名は一切書かれていません。明治45年の時点でもまだ旧国名の方が普通に使われていたのでしょうかね。
【以下、萩さんから頂いたコメントを受けて、追加します。】
軽井沢の西は次のようになっています。

このように、篠ノ井から分岐して、北は長野経由で新潟方面に向かいます。また、塩尻から南下すると甲府・八王子方面に向かいます。塩尻から西へは名古屋笹島まで行って、そこからさらに各地に分岐しています。鉄道網はもうかなり発達していますね。
昨日お示しすべきでしたが、地図の下の欄外に著作兼発行者名が載っています。個人名ですが、この人は出版者でしょうかね。

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毎度,貴重な資料をUPしてくださり,ありがとうございます。
第八若松屋旅館が,こんな地図を出したのですか?
びっくりです。
さすが養蚕が盛んな群馬は,鉄道網が発達していますね。
もう信越線が軽井沢まで通じているじゃないですか。
街道歩きマニアとしては,中山道沿いの交通には興味があります。
いつも豊橋近辺も紹介してくれていますね。
もうちょっと北の関西線のルートにも興味があります。
投稿: 萩さん | 2018年7月31日 (火) 10時19分
萩さん
コメントをありがとうございます。
昨日お示しすべきでしたが、発行者名は別にありました。裏表紙の若松屋旅館は広告提供と思います。スポンサーですね。
群馬の鉄道にはびっくりしました。下仁田まで鉄道が通っていたとは思いませんでした。
軽井沢の西は貫通していて、名古屋、京都、大阪方面に行けます。
画像を追加しましたので、お目通しいただければと思います。
関西線は駅名で言うとどのあたりがご希望でしょうか。また画像を追加します。
投稿: 玉村の源さん | 2018年7月31日 (火) 12時45分
画像を追加してくださったのですね。
ありがとうございます。これだけ分かれば十分です。
明治終わりには,中央線も信越線もほほ全通で
中山道は鉄道で結ばれていたのですね。
すごいです。
若松屋旅館は広告主だったのですね。
勝手に発行者と判断してしまい,申し訳ありませんでした。
投稿: 萩さん | 2018年8月 1日 (水) 08時19分
萩さん
できるだけリクエストにお応えしたく思っています。ご注文、大歓迎です。(^_^)
やはり大きな街道の宿場附近は人口も多かったのでしょうね。それで、線路を敷設するとなると、街道沿いが優先されたのかもしれませんね。
若松屋の件は、最初の私の情報提供が不十分だったせいです。こちらこそお詫び申し上げます。
投稿: 玉村の源さん | 2018年8月 1日 (水) 20時36分