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2018年5月

2018年5月31日 (木)

前橋文学館にも行きましたが

 昨日は13時半から前橋で仕事でしたが、電車の都合等々、諸般の事情で、11時半頃に前橋駅に着きました。先方に早く着いても、時間まで本など読んでいても良いのですが、運動も兼ねて、レンタサイクルで少しふらふらすることにしました。

 御朱印帳を求めて前橋東照宮に行ったのもその一環です。
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 今にも雨が降りそうな空模様ながら、もう1ヶ所くらい行けそうでしたので、前橋文学館に行ってみました。

 ちょうどこのペアの垂れ旗のそれぞれに行くことになりました。
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 前橋文学館にも同じ旗が飾られていました。
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 館内のカフェ(?)のシンボルマークは猫なのでしょうか。
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 前橋文学館は前橋市出身の萩原朔太郎を記念する文学館です。朔太郎に『青猫』という作品がありますので、この猫はそれにちなむものかもしれません。

 さて、前橋文学館、臨時休館でした。(^_^;
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 館内の電気設備工事に伴うもののようです。

 休館でも、職員の方々は勤務されているようです。写真を撮っていたら、館内を歩いていた職員さんに見つかってしまい、わざわざ入口まで来てくださって「すみません。本日休館なんですよ」とご挨拶頂きました。恐縮です。

 その職員の方、かつて、前橋市内の公民館で何度か出前講座をしたときにお世話になった方でした。思いがけない所での再会となりました。(^_^)

 目的地は東照宮と文学館だけでしたけれども、あちこちふらふらしたので、45分ほど自転車に乗りました。

 運動になって幸いでした。体脂肪と内臓脂肪の数値は若干下がり、骨量、筋肉量、基礎代謝は若干上がりました。

 毎日、体重計兼体組成計で測定していますけど、運動するかしないかが微妙に数値に反映しています。

2018年5月30日 (水)

前橋東照宮ふたたび

 先日ご紹介した『全国東照宮連合会々報』に載っていた葵の御紋つきの賽銭箱型貯金箱、気になっています。(^_^; 連合会が作った御朱印帳に連合会所属の10社の御朱印を頂くとこの貯金箱が貰えるというシステムです。
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 会報の別のページには、この御朱印帳は完売ということでしたが、さらに良く読むと増刷の計画もあるとのことでした。

 今日はまた前橋で仕事でしたので、また前橋東照宮に行ってきました。

 社務所で御朱印帳のことを聞いたら、この神社では扱っていないとのことでした。日光東照宮か、あるいは県内では世良田の東照宮では扱っているかもしれないと言われました。

 ううむ、です。世良田の東照宮まで行って、扱っていないと言われたら切ないので、行くとしたら、その前に電話で聞いてみようと思います。

 先日、前橋東照宮に行った時は、道を渡らないと鳥居が撮せないので、手間を惜しんで鳥居の撮影は省略しましたが、今日は撮りました。やはり、神社をご紹介するのに、鳥居の写真がないというのはいかがなものかと思います。
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 鳥居は歩道に接するようにして建っています。道を渡らないと鳥居が撮せないという状況はご理解いただけると思います。(^_^)

2018年5月29日 (火)

高崎商科大学前駅付近の万葉歌碑

 上信電鉄の山名駅附近から、山上碑を経て金井沢碑に至るまでの山名丘陵に30基ほどの万葉歌碑が建てられています。それらのリストは私のHPに載せてあります。

 これらの石碑を建てたのは、地元出身の会社社長、信澤克己氏です。氏は、昭和40年代の後半、山名丘陵に開発の手が入りはじめたのを残念に思い、ここは我々の心のふるさとであることを形にしようとして、私財を投じて万葉歌碑を建てていったそうです。

 その成果が多数の万葉歌碑として実現したわけですが、石碑自体は完成しながら、信澤氏の逝去により、設置されず仕舞いになっていた歌碑が十基数ほどあったそうです。

 これらの歌碑をきちんと設置・整備して信澤氏の遺志を生かそうと、森林整備のボランティアグループである高崎里山の会と、高崎商科大学の国際・地域交流センターとが、平成21年4月に「石碑の路再生プロジェクト」を発足させました。それが実って、放置されていた石碑のうちの何基かが設置されるに至りました。

 そのうちの2基が、上信電鉄の高崎商科大学前駅のすぐ近くに設置されています。

 今日、群馬県立女子大学の非常勤のあと、仕事で高崎商科大学に行きました。帰りに高崎商科大学前駅に行きましたので、その2基の歌碑を見てきました。ただ、もう7時を過ぎていましたので、よく見えません。(^_^; ストロボをたいて写真だけ撮りました。

 み空行く月の光にただ一目あひ見し人の夢(いめ)にし見ゆる(4-710)
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 山川も依りて仕ふる神ながらたぎつ河内(かふち)に船出せすかも(1-39)
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 どちらも東歌ではありません。

 暗闇の中での無理矢理の撮影ですので、肝腎な歌は読めませんね。今度改めて明るい時間に来て撮り直さないとダメです。(^_^;

2018年5月28日 (月)

明治31年の定宿帳

 明治31年の定宿帳を入手しました。
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 これ、以前ご紹介した明治18年の定宿帳とよく似ています。

 明治18年の最初のページ。
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 今回の明治31年の最初のページ。
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 どちらも、伊勢神宮がスタートですが、その前に豊橋の壺屋庄六があります。豊橋から船に乗って、海路伊勢に向かいます。両者、内容は同じですが、文字が違いますので、同版ではありません。同様の内容を新たに彫ったのですね。

 奈良のページは全く異なります。

 明治18年の。
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 明治31年の。
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 明治18年のは魚屋佐兵衛が指定されています。後年の魚佐旅館ですね。地図も魚屋佐兵衛の旅館が示されています。

 明治31年のは「いんばんや庄右衛門」が指定旅館です。地図もいんばんやが案内されています。

 現代の(というか、少し前の)地図です。
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 定宿帳の地図は、明治18年のも31年のも東が上です。現代のは北が上なので、90度回転させて見ないとなりません。魚佐旅館は猿沢池の南にあります。いんばんや庄右衛門は、定宿帳には「なんゑん堂の下たるい丁さる沢いけのまへかど」とあります。今の天平ホテルの位置に当たりそうです。

 ググってみましたら、上方落語「東の旅」に、奈良の旅籠として、印判屋庄右衛門の名が小刀屋善助と並んで登場していました。有名な旅籠だったようです。

 定宿帳のいんばんや庄右衛門の所には、「いんばんや」という朱印が捺してありますね。表紙にも同じ印があります。表紙にはもう1つ、「大鶴」という朱印が捺してあります。

 探してみたら、法隆寺の宿に「大こくや鶴松」というのが見つかりました。
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 ここに「大鶴」の印が見えます。「大こくや鶴松」をつづめて「大鶴」ですね。

 これもググってみたら、法隆寺夢殿前に大黒屋という旅館のあったことが分かりました。「斑鳩の記憶データベース」に「廃屋の大黒屋」というページがあり、写真も載っていました。

 それによれば、高浜虚子が『斑鳩物語』を執筆した旅館として有名だそうです。鴟尾をのせた木造3階建ての旅館で、明治10年頃に建設されたということです。

 現在も同様の位置に同名の旅館がありますが、関係は分かりません。

 いろいろと分かって楽しいです。

2018年5月27日 (日)

アマリリス開花3鉢目

 アマリリスの3鉢目が開花しました。また2輪です。
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 反対側から。
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 1鉢目の開花は5月11日、2鉢目は5月15日でした。3鉢目は大分遅くなりました。

 あと2鉢ですが、

 1鉢も、
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 もう1鉢も、
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 ともに残念ながらつぼみはできていませんでした。つぼみができていれば、球根から顔を出した時点で、すでにつぼみが見えます。今回は残念でした。

 来年に期待します。

2018年5月26日 (土)

『全国東照宮連合会々報』

 たまたま知った「東照宮連合会」が気に入ってしまっています。(^_^;

 昨日、前橋東照宮の社務所に立ち寄ったら、こういう雑誌がありました。
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 連合会の会誌なので業界誌ですが、自由に持ち帰れるようになっていました。ありがたく頂いてきました。

 表紙裏には家康の遺訓が印刷されています。
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 いかにもです。♪

 新加入神社の紹介ページがありました。
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 新たに連合会の朱印帳も作られたようです。
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 連合会加盟社10社の御朱印を集めると葵御紋の貯金箱が貰えます。大いに心惹かれますけど、別のページの記述によれば、肝腎なこの御朱印帳そのものがもう完売だそうです。

2018年5月25日 (金)

前橋東照宮をゆく

 今まで、前橋東照宮の前を通ったことは何度かありましたが、あまり関心も湧かず、素通りしていました。それで、まだ一度も境内に入ったことはありませんでした。それが、昨日アップした「全国東照宮連合会」で、にわかに関心が湧きました。世の中、何がきっかけになるか、予想もできません。(^_^)

 今日も前橋で仕事がありましたので、帰りに早速行ってきました。県庁からすぐです。

 前橋東照宮への道を歩いていると、このようなのぼり旗が目に入りました。
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 前橋東照宮は自動車のお祓いに力を入れているようです。群馬は車社会ですし。旗の背後に見えているのは、前橋東照宮の社務所の側面です。なかなか現代的。

 神社の入口正面脇には標柱も立っています。
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 鳥居もありますけど、近すぎて、道の向こう側に渡らないと撮せません。手を抜いて撮影は省略しました。(^_^;

 手水鉢には葵の御紋。
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 水戸黄門の影響か、この紋所には権威を感じます。

 社殿。
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 大変にお天気が良いなか、逆光でしたので、写真うつりはあまりパッとしません。未熟です。

 境内に大きな杉の木がありました。幹に何か巻いてありますね。
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 巻いてあった写真のアップです。
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 写真の下にあった解説文。
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 朔太郎と白秋が記念撮影をした杉の木が現存しているのでした。

 境内には、昭和60年に起きた御巣鷹山の日航機事故にまつわる句碑がありました。
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2018年5月24日 (木)

全国東照宮連合会

 昨日、前橋市内でこのような旗(というか、なんというか)を見ました。
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 奥にも小さく見えていますように、この旗は1つだけではなく、前橋駅の北口から、北に延びる道路沿いにたくさん並んでいます。

 以前、前橋育英高校が全国高校サッカーで優勝したときも、同様の祝勝の旗が並びました。

 左側のピンクの旗は、前橋文学館で開催中の企画展の宣伝です。

 そして、右側の旗。全国東照宮連合会の総会が前橋東照宮で開催されるようですね。それに参加する方々を歓迎する旗のようです。

 こういう連合会の存在は初めて知りました。知られざる業界の裏側を垣間見た思いがします。(^_^)

 東照宮というと日光東照宮や久能山東照宮が有名ですが、ググってみると、東照宮は名古屋、和歌山、水戸の御三家所在地を初め、全国各地にあるようです。その総会が各地の東照宮の持ち回りで開催されているのでしょうかね。53回目ですね。

 前橋東照宮は群馬県庁の北にあります。

 県庁前に設置されている前橋城の図。
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 中央左側の「本城(本丸)」とあるあたりに旧県庁舎(昭和庁舎)、その左下に現庁舎があります。

 北の端付近の拡大図。
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 画面下、左寄りの場所に「東照宮」の文字が見えます。前橋城の北の端ですね。

 前橋東照宮は、徳川家康の孫(結城秀康の子)松平直基が、寛永元年(1624年)に当時治めていた越前勝山で創建。その後、松平家が何度かの国替えを経て前橋に移封された時に、東照宮もともに移ってきたそうです。

2018年5月23日 (水)

品川駅構内に馬!

 今日は前橋で仕事の日でした。終わった後、上野東京ラインに乗って、品川駅で降り、京浜東北線に乗り換えるべく、駅構内を歩いていたら、人だかりができていました。

 何だろうと思って、見に行ったら、馬がいました。(^_^)
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 私も弥次馬です。(^_^;
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 日本ダービーの宣伝のようです。少しずつ前方に移動できました。
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 上の3枚の写真から分かるように、馬は首を動かしていました。

 首のアップ。ナマの馬をこんなに間近に見る機会は滅多にありません。やはり動物は良いです。
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 その昔、地下鉄の車両はどこから入れたのか、それを考えると夜も眠れない、という漫才のネタがありましたね。春日三球照代さん。それを思い出しました。この馬どこから入れたんだろうと。

 そういえば駅構内の馬の話題、最近のネットニュースで見たことを思い出しました。

 帰宅してから、ググってみたら、見つかりました。前に見たときは記事をちゃんと読んでいなかったのですが、改めて読んだら、この馬、ロボットだということでした。

 「えっ!!」です。

 間近に見たのに、本物の馬としか思えませんでした。

 口のあたりをアップにすると、本物ではないのかなぁという気もします。
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 3枚目の写真の膝のあたりも本物にしてはやや不自然かもしれません。

 でも、それらも、ロボットかもしれないという思いで、じっくり写真を見るからそう思えるだけで、実際にその場ではそんなことは全く感じませんでした。

 まことにリアルな馬でした。

2018年5月22日 (火)

麦秋の玉村

 今日は、非常勤の授業のために玉村町に行きました。

 二毛作の麦が色づいていました。
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 全部の畑がこんな具合ではなく、まだ茎が緑の畑もあり、差がありました。蒔いたタイミングの差でしょうかね。

 「麦秋の郷」ののぼり旗も立っていました。
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 でも、数はあまり多くはありませんでした。数年前は林立していたのに。

 痛んだり、無くなったりした分の補充をしていないのかもしれません。(^_^;

2018年5月21日 (月)

「すっぽろパン」

 先日、「素髪」のことを考えている過程で、「すっぽろパン」という言葉を思い出しました。父が口にしていた言葉です。意味は、バターやジャムなどを何もつけていないパン(たぶん食パン)。

 この語、父以外の人が口にするのを聞いたことがありません。日国にも載っていませんし、ググってもヒットしません。

 「すっぽろめし」という語はヒットしました。「すっぽろパン」は「すっぽろめし」から作られた語かもしれません。

 「すっぽろパン」という語を使っている、あるいは聞いたことがあるという方がいらしたらお知らせください。

 7年半前に亡くなった父は、横浜で生まれ育ち、旧制高校は静岡でしたが、大学と勤務先は東京でした。横浜か静岡の方言なのか、あるいは、他県から静岡の高校に来ていた友人の言葉なのか、何とも分かりません。

 あ、話は逸れますが、父が横浜の中学生だったとき、犬養孝先生が担任だったそうです。後年、大阪大学の教授になられた萬葉風土の犬養先生です。国語の授業も分かり易く、良い先生だったと時々話していました。私淑していたようで、卒業後もずっと交流があったようです。

 犬養先生も主要メンバーの1人だった「飛鳥古京を守る会」に私が入会したのは父の影響です。父は入会しなかったようですけど。(^_^;

 私の書架に犬養先生の『萬葉の風土』正続2冊が並んでいます。
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 この本には著者謹呈の短冊が挟まっています。
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 正編は昭和46年11月の初版第2刷、続編は昭和47年1月の初版第1刷です。刊行時、私は浪人生でした。まだ研究者の卵にもなっていない私に犬養先生が御著書を下さるはずもありません。この2冊は、父が犬養先生から頂いたものです。

 会社員だった父は、文学、語学、歴史、美術、書、建築、音楽など幅広い分野に関心を持っていましたけれども、決して専門家ではありません。その父に犬養先生が御著書をくださったのですから、これは純粋に中学以来の交流の賜物ですね。素敵な関係と思います。

 父はかなり沢山本を持っていました。これを処分すれば、東京の家の玄関先にまだ積んだままになっている段ボールの中身やら、渋川の家に置いたままになっている本などがそこそこ収まるのですが、父の本にはまだ一切手をつけられずにいます。(^_^)

2018年5月20日 (日)

「糸魚川かるた」

 新潟県糸魚川市のかるたを入手しました。正式名称は「ふるさと自慢 糸魚川かるた」のようです。
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 発行者は、糸魚川ふるさと自慢カルタ制作実行委員会。発行日は平成18年11月1日です。読み札は公募で、それを松田護夫氏が監修したもの、絵札は牧江吉三郎氏の手になります。読み札のウラに解説文があり、それは利根川晃義氏など4名が書いています。

 箱の中身。
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 このように、絵札と読み札の幅が違います。絵札は絵が大きく描けるように幅広く、読み札は持ちやすいように狭く、ということなのでしょうね。良い工夫と思います。

 かるたに読まれた場所を示した分布図と、全ての読み札の内容を列挙した紙が付いています。
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 絵札から8枚。
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 それと対応する読み札の裏面の解説文です。字が小さくて読みづらいですね。すみません。
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 「あ」の札、「春よ来い」の作詞者相馬御風は糸魚川の出身なのですね。

 「え」の札の「八福神」は、七福神に奴奈川姫を加えたものだそうです。

2018年5月19日 (土)

群馬県の家庭の可燃ごみ量、全国最悪

 今日付のアサヒコム群馬によれば、群馬県内で2016年度に各家庭から出された1人あたりの可燃ごみが全都道府県で最も多かったことが、県などのまとめでわかった、ということです。

 ワースト1位は、記録が残る2007年度から10年連続だそうです。(^_^; 群馬県、いろいろなことで1位になります。

 家庭からの可燃ごみの排出量の全国平均は1人あたり1日415グラム。最も多い群馬県は567グラムで、最も少ない京都府は183グラム。群馬は京都の3倍ですね。かなり多すぎ。

 群馬県は食品ロスを減らすための啓発活動を始めています。その1つが、「ぐんまちゃんの食べきり協力店」というシステムで、客の要望に応じた量の調節や、賞味期限が迫った商品の加工販売、食品廃棄物のリサイクルなど、食品ロスをなくす工夫をする飲食店や小売店を協力店として登録しています。

 配付しているポスター。
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 啓発ステッカーです。
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 私が承知している県内のごみ収集の分別状況は渋川市と玉村町だけですけど、どちらも可燃ごみの範囲が広いように思います。それだけ焼却施設が強力なのでしょうかね。可燃ごみが多い理由の1つにひょっとしたらこういうこともありそうに思います。

2018年5月18日 (金)

「素髪」

 今日、大井町線に乗っていたら、ドアにこのような広告が貼ってありました。
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 ポイントは「素髪」です。この語、初めて見ました。

 「素肌」「素手」「素足」「素顔」「素うどん」などから考えるに、「素」というのは、「何も加えていない」「何も飾っていない」といったような意味と考えられます。

 「稲羽の素兎」という例もありますが、これは朝倉山のオニさんにコメントして頂いても、……と、いきなり振ってしまいます。(^_^)

 ともあれ、「素」の意味をこう考えれば、「素髪」の意味も何となく分かります。

 「素髪(すがみ)」は『日本国語大辞典』には立項されていませんでした。新語ですね。しかし、ググってみましたら、「素髪」は結構出てきました。2012年の例もあります。新語とはいっても、ここ2~3年の語ではないようです。

 そして、語義については、私は単純に「染めていない髪」、または「パーマを掛けていない髪」と考えたのですが、どうもそうではないようです。

 ググって得た結果によると、「素髪」というのは、「その人本来の健康的な髪のこと」「髪に必要最低限の栄養を与えたもの」「”洗顔と化粧水と美容液を正しく行っているキメ細かな美しいお肌”の髪版」といったところのようです。

 どうも「素髪」という語は、「素」の根本的な意味を踏まえて作られた語ではなく、直接的には「すっぴん」の派生語という風に理解すれば良いのではないかと思います。

 電車の中であの写真を撮るのにちょっと勇気が要りました。(^_^; 幸い、私は終点で降りますので、終点1つ手前の駅を発車したところで、あのドアの前に陣取り、わが身を楯にして素速く撮りました。多分誰にも気づかれなかったと思います。多くの人はスマホを見ていますしね。(^_^)

 なお、日国には「そ‐はつ【素髪】」は立項されていました。この語の意味は、「しらが。白髪。」とあります。新撰朗詠集〔12C前〕の例が挙がっていました。

 「素」には「ありのまま」の意味の他に「白」もありそうです。この例はどうでしょうね。そのまま「白髪」なのか、それとも「染めていない白髪」なのか。

 広告1つで、思考があれこれ広がりました。

2018年5月17日 (木)

渋川に熊出没情報

 私のスマホに、「渋川ほっとマップメール」から熊の出没情報がしきりに届いています。
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 5月6日以来、昨日までに8件です。

 「渋川ほっとマップメール」というのは、登録者の携帯電話やパソコンに、災害・緊急情報などを配信するサービスです。

 東日本大震災のあと、計画停電が実施されましたので、いつ停電になるのかという情報を早く知りたくて登録しました。

 計画停電が終わった後も、登録は継続しています。今届くのは、災害・緊急情報、気象情報、火災情報、防災行政無線放送情報などです。

 そう頻繁に届くわけではない中で、熊の出没情報が目立ちます。

 渋川市は平成の合併でかなり面積が大きくなりました。今回の熊の出没も、市街地ではなくて、すべて旧伊香保町です。山地といえばそうなのですが、保育所付近への出没情報が2件、小学校付近への出没情報が1件あるのが気になります。被害がないと良いです。

 温泉街は人が多いせいか、温泉街への出没情報はありません。

2018年5月16日 (水)

銘菓「はまゆう」

 何度かご紹介しているように、近所のスーパーで時折駅弁を売っていますが、駅弁だけではなく、各地のお菓子を売っていることもあります。これまで、「鶴乃子」「梅ヶ枝餅」「かもめの玉子」「坊っちゃん団子」「かりんとうまんじゅう」「白松がモナカ」などなどを買っています。ありがたいことです。

 今回は「はまゆう」を買いました。製造元は和歌山県の白浜町の会社です。
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 包装紙には浜木綿の絵が描かれています。
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 1枚目と2枚目、同じ包装紙なのに、画像の色合いはかなり違います。写真は難しい。

 6個入りです。
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 個別包装の中身はこんなです。
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 側面。
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 こしあんを薄い餅で包み、それを最中の皮で挟んであります。

 和歌山とはまゆうで、人麻呂の「み熊野の浦のはまゆふ」の歌を連想しましたが、白浜には浜木綿の自生地があるそうですので、人麻呂と関連付けなくても良いのかもしれません。

 職業病ですね。(^_^;

2018年5月15日 (火)

アマリリス開花2鉢目

 アマリリスの2鉢目が開花しました。
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 昨日の朝、1輪は開花していたのですが、もう1輪がやや遅れました。今朝、晴れて2輪とも開花していました。

 1鉢目の花もまだ元気ですので、4輪、揃い踏みになりました。
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 3鉢目はこんな具合です。
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 近日中にこれがパカッと割れて、中から2つのつぼみが顔を出すことでしょう。それが開くのはまた少し先になります。

 4鉢目。
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 まだ先端が顔を出したところです。

 5鉢目。
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 似たような段階ですね。開花した2鉢とは大きな時間差があります。

 この2鉢は、今春、渋川の家から東京に持ってきたものです。寒冷地で過ごしていた影響が成長の差になって現れたものと思います。

 アマリリスは、球根から顔を出した段階で、もうつぼみができています。4鉢目と5鉢目、つぼみができているかどうか、もう少し経たないと分かりません。

 今咲いている4輪は芳香を放っています。♪

2018年5月14日 (月)

「元禄忠臣蔵」のパンフレット&草刈正雄

 「元禄忠臣蔵」のパンフレットを入手しました。
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 この作品は、昭和16年(1941年)〈前篇〉・昭和17年(1942年)〈後篇〉に封切られたものですが、このパンフレットは当時のものではなく、昭和54年(1979年)に東京の三百人劇場でロードショー上映されたときのものです。

 佐藤忠男氏の文章と、
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 新藤兼人氏の文章が載っています。
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 写真が載っていますが、松の大廊下は、セットというより、原寸大の実物を建築してしまったそうです。ことのなりゆきに、製作部長や重役が顔色を変えたとありました。(^_^)

 「「忠臣蔵」映画の流れとその時代」と題する見開きページもありました。
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 ここには、「忠臣蔵」(1909)〈歌舞伎公演をフィルムに収録したもの〉から「赤穂城断絶」(1978)までの31作品が取り上げられています。

 配役表のページもあり、そこには、出演者である高峰三枝子、中村翫右衛門、市川右太衛門の思い出話も載っています。
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 このページに載っている顔写真から4人分、切り貼りします。
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 左上から時計回りに、市川右太衛門(徳川綱豊)、市川莚司(武林唯七)、中村梅之助(大石吉千代)、高峰三枝子(磯貝十郎左衛門の許嫁おみの)です。

 中村梅之助は梅雀のお父さんですね。市川莚司って、これどう見ても加藤大介だよなぁ、と思って調べてみましたら、やはりそうでした。(^_^) 顔、変わりません。

 裏表紙ウラです。
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 下段は草刈正雄ですね。真田昌幸、このころはずいぶん若々しいです。

2018年5月13日 (日)

「玉村宿まち歩き」

 もとの勤務先がある玉村町には、日光例幣使道が通っています。
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 この道は、江戸時代に勅使が京都から日光東照宮まで奉幣のために毎年通った道です。途中までは中山道と同じで、倉賀野宿の先で中山道から分岐します。
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 この道沿いには古い建物も残っているので、それらを案内した「玉村宿まち歩き」が作られています。

 そこに載っている絵図の全体像です。
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 この図の下から3分の1位のところを東西に通っているのが日光例幣使道です。

 例幣使道の北、西の方には玉村八幡宮が鎮座しています。
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 上の地図のすぐ南の部分。
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 玉村宿は幕末の大火で多くの建物が焼けてしまいました。その中で和泉屋(井田酒造)はその時に焼け残った数少ない江戸期の建物だそうです。

 例幣使道の南には、みよし乃製菓舗、福嶋屋という2軒の菓子屋があります。
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 なぜか両店ともロールケーキが名物です。このうち福嶋屋さんは高崎駅構内にも出店していて、そこでぐんまちゃんのロールケーキも売っています。

 みよし乃製菓補の南には称念寺というお寺があり、その境内に「家鴨(あひる)塚」があります。

 嘉永3年(1850)9月、国定忠治が捕縛され、江戸に送られる道中、玉村宿に17日間留め置かれました。その時に、中風を患っていた忠治に同情した目明かしが、その治療のためにアヒルの生血を飲ませたそうです。「家鴨塚」は、そのアヒルの供養のために、安政5年(1859)に建立されたと伝えられます。

 玉村町もなかなか見どころがあります。

2018年5月12日 (土)

「二十四の瞳」パンフレットと『暦』

 ネットオークションで買いました。
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 「二十四の瞳」のパンフレットかと思ったのですが、左下の方に「デジタルリマスター」と書いてありますので、封切り時のものではなく、後年のものです。全体の書体も新しいもののように思えます。DVDの付録のようなものかもしれません。

 ページの後半にこの作品の台本が転載されています。
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 この作品、童謡や唱歌が効果的に使われていた記憶があります。

 台本でも、脚注のような形式で音声が示されています。

 「二十四の瞳」は、他に、亀井光代主演の連続TVドラマを見た憶えがありました。

 ググってみたら、昭和42年の後半から43年の前半に掛けての放送でした。私が高校1年生の時です。当時は時代劇ばかり見ていたような気がしていましたが、そうでもなかったようです。(^_^) ただ、自分の意志で見たのか、母が見ていたので自然と見たのかは判然としません。毎回見たと思います。

 壺井栄といえば、たぶん中学生の頃、夏休み中に学校で行われた夏季講習の時に、壺井栄の『暦』を読みました。内容はもう忘れてしまいましたが、母親が子供たちにおやつの豆を1つかみずつ配ったとき、子供たちの間から数が多いの少ないのという声が出たので、数えさせたら数はピッタリ同じだった、という一節があったのを憶えています。

 この本、今でも持っています。
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 ここ十数年の間に買った本は、置き場所がないので、どこに置いたやら探すのが大変ですが、そういう大昔に買ったものはちゃんと本棚に収まっていますので、探さずとも出てきます。(^_^;
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 昭和39年の印刷でした。定価60円。(^_^)

 確認のために、当該箇所を探したら、豆を配った相手は自分の子供ではなくて、(たぶん住み込みの)小さなお弟子さん達へでした。

 先生がなぜこの作品を選んだのかは分かりません。今読み返してみれば、何か気づくことがあるかもしれませんが……。

 どうも雑々とした話になりました。

2018年5月11日 (金)

アマリリス開花1回目

 一昨日、「アマリリス開花直前」としてご披露したアマリリス、無事に開花しました。
Ama20180511a
 たぶん、昨日の午後あたりに開花したのではないかと思いますが、昨日は渋川泊でしたので、見ることができませんでした。今日の夕方、なんとか明るさの残るうちに帰宅して、撮影することができました。

 別方向から。
Ama20180511b

 白い花、好きです。

2018年5月10日 (木)

渋川駅の駅名標

 しばらくぶりに渋川駅を通ったら、ホームの駅名標が変わっていました。

 「おお!」と思ったのですが、カメラを取り出す暇もありませんでした。

 残念に思っていたところ、帰りに撮影することができました。
Shibukawaeki01
 帰りは暗くなっていましたが、却ってこの方がくっきり撮れて幸いでした。

 SLの動輪を描いているのですね。こういう駅名標は初めて見ました。

 ホームにはこのような待合室もできていました。
Shibukawaeki02
 オレンジ色の帯に「三等」とあります。
Shibukawaeki03
 昔の客車を模したものでしょうかね。楽しい駅になってきました。

2018年5月 9日 (水)

アマリリス開花直前

 去年の春先に渋川の家から東京の家に持ってきたアマリリスが開花しかけています。
Ama20180509a
 明日には開花することでしょう。

 ……なんて書いていないで、明日まで待てば、すっきり「アマリリス開花」というタイトルで記事を載せられそうですけど。(^_^; 今日のブログのネタがないのと、明日は出掛けにじっくり撮影している時間がないかもしれないという怖れから、こういうことになりました。

 今まで、アマリリスの開花は、早くて5月19日でしたので、今年は2週間ほど早いです。ただ、「今まで」といっても、今までは渋川での開花でしたので、比較にはなりません。それでも、2週間というのは、やはり早いように思います。今年の春は気温が高めなので、その影響はありそうです。

 もう1鉢の開花はもう少し先です。
Ama20180509b
 さらに別の鉢はさらに遅れそうです。
Ama20180509c
 同じ場所に植わっているソメイヨシノが一斉に咲くのは、ソメイヨシノは全て元の木から接木等で増えたクローンだからと言われます。

 そういうものかと思っていましたけど、わが家のアマリリスも、もとはたった1つの球根から分球して増えたものですので、やはりクローンと言えそうに思えます。ソメイヨシノと違って開花の時期がバラバラなのはどういうわけなのでしょうね。

2018年5月 8日 (火)

新町駅壁画の精密さ

 先日、「新町駅の壁画2018初夏」と題した記事を載せました。いつものように、新町第二小学校の学童クラブ「藤」の皆さんの作品です。
Shinmachi201804a
 いつものような大作ではなく、小品3点ですが、その分、大変に細かい作業を経た作品でした。ところが、その細かさに気づいたのは家で写真を見ているときでした。写真では大きさが十分に伝わらないと考え、今日、撮り直してきました。

 まずは、ぐんまちゃんが手にしているこいのぼりです。
Shinmachi201805a
 比較のために私の親指を並べました。手の大きさには個人差があり、モミジのような手からグローブのような手まであります。私の手はまあ年相応の標準的な大きさではないかと思います。標準的よりは少しモミジ寄りかも。(^_^)

 ぐんまちゃんの兜も、黒と金の紙を組み合わせた凝ったものですね。

 アジサイの葉っぱにとまったカタツムリ。
Shinmachi201805b
 殻の大きさは親指の爪ほどの大きさです。角もよく作られています。

 そして極めつけは七夕飾り。
Shinmachi201805c
 四角い飾りや輪っかを組み合わせた飾りもかなり細かいですけど、何といっても折り鶴です。小学生は手が小さいとはいえ、よくこんなに小さな折り鶴が作れたものと思います。ピンセットなどを使わないと難しいのではないでしょうか。

 つくづく良い仕事をしているなぁと思いました。

2018年5月 7日 (月)

『宝塚グラフ』忠臣蔵特輯

 『宝塚グラフ』の昭和13年1月号を入手しました。忠臣蔵特輯です。
S13takarazuka01
 これまで、忠臣蔵関係の台本、パンフレットなどは、主に映画やTVドラマのものを収集してきましたが、宝塚に手を出してしまいました。(^_^;

 松の廊下。
S13takarazuka02
 役名は、判官、師直、加古川本蔵です。

 萱野勘平。小夜福子。
S13takarazuka03
 こちらの役名は、萱野三平と早野勘平との折衷になっています。

 吉良邸隣家の土屋主税。
S13takarazuka04
 炭小屋前。
S13takarazuka05
 胸の文字は、「赤穂浪士」「吉田沢右衛門」「近松勘六」とあります。

 全体的に、仮名手本忠臣蔵と実録との折衷のようです。

 ここまでの写真に登場したタカラジェンヌのうち、小夜福子と葦原邦子は、私が子供の頃、TVドラマで活躍していましたので、見知っています。あ、葦原邦子という芸名、たぶん「葦原中国」からとったのでしょうね。今頃気づきました。

 このような広告ページがありました。
S13takarazuka06
 薄暗い劇場内でお化粧直しに使えるライトだそうです。こんなオサレな物が販売されていたのですね。文字は左横書きです。

 裏表紙はこうなっています。
S13takarazuka07
 原節子でしょうか。こちらは右横書きです。

2018年5月 6日 (日)

昭和38年の「東京文化地図」

 昭和38年に発行された「東京文化地図」を入手しました。東京オリンピックの前年です。サイズは79cm×55cm程です。

 これを8つ折りにした外側が表紙になっています。こんな感じです。
Tokyobunka01
 これを折ったまま裏返した姿。
Tokyobunka02
 東京オリンピックの競技日程、過去のオリンピックの記念切手、オリンピックの歴代開催都市の地図という内容です。

 これを開くとこうなります(全体の4つ折り)。
Tokyobunka03
 東京の鉄道路線図で、オリンピック競技場の種目ごとのマークが入っています。小さくて見にくいですが、地下鉄は緑色の線で描かれています。今のように複雑ではありません。(^_^)

 一部拡大します。
Tokyobunka08
 まだ玉電が走っています。今は三軒茶屋駅から下高井戸駅までの世田谷線しか残っていませんが、三軒茶屋から駒沢を経由して二子玉川駅までが本線です。三軒茶屋駅から2つ目の上馬駅がわが家の最寄り駅でした。玉電が廃止されて地下化されたあとは、三軒茶屋の次は駒澤大学になってしまったのでした。中里、上馬、真中は廃止。(^_^;

 閑話休題。

 これをさらに2段階開いた内側が文化地図です。
Tokyobunka04
 細かすぎて分かりませんね。部分的に拡大します。

 神田神保町付近。
Tokyobunka09
 出版社がひしめいています。

 隅田川の西、日本橋の南。
Tokyobunka10
 北に馬喰宿跡。その南に末広亭、明治座、玄冶店跡。その西に魚河岸跡があります。南東には深川の芭蕉庵跡。

 隅田川の東、両国付近。
Tokyobunka11
 北西に伝馬町の牢屋跡、時の鐘。中央付近に鼠小僧の墓。その東には回向院と吉良邸跡があります。

 世田谷線沿線。
Tokyobunka12
 豪徳寺と松陰神社。世田谷代官屋敷跡もあります。そして、東宝撮影所。

 池上周辺。
Tokyobunka13
 洗足池や池上本門寺、大森貝塚。そしてなぜか巨大な学研。(^_^;

 とまあ、こんな感じの文化地図です。

 趣旨は以下のように書かれています。
Tokyobunka07
 奥付は以下の通りです。
Tokyobunka05
 発行者は出版取次店の東販ですね。それで、地図には出版社がたくさん描かれていたのです。画像でご紹介しなかった面には、「日本の出版社」(東京限定ですが、地区別に出版社名、住所、電話番号、出版内容、発行雑誌名が列挙されています)と「文化公共機関・名所旧蹟」のリストが掲載されています。

 出版社が元気いっぱいだった時代が偲ばれます。

 1つ不思議なのは、この地図はこういう袋に入っていたことです。
Tokyobunka06
 下の方に大盛堂書店とあります。最初にこの文字を見て、この地図は大盛堂書店が発行したのかと思いました。ところが奥付では東販となっています。

 どうなんでしょうね?

 定価が全く書かれていませんので、ひょっとしたらこの地図は非売品なのかもしれません。大型書店に東販から配布されて、それぞれの書店が自店の名前を印刷した袋に入れてお得意さんに配ったとか。そんなことを推測しました。

2018年5月 5日 (土)

焼き鯖すし

 近所のスーパーで買いました。
Yakisaba01
 昨日、奈良の柿の葉寿司を買った店です。今日のは若狭の焼き鯖すしです。他に富山の鱒の寿司もありました。

 このスーパー、ささやかな駅弁フェアをやるときは地域で固めることが多いのですが、今回は押寿司でまとめたようです。珍しいです。

 鱒の寿司もおいしいのですが、ちょっと大きいです。(^_^;

 さて、焼き鯖すし。その昔、母が新宿か渋谷に行くとよく鯖寿司(バッテラ)を買ってきてくれたのですが、焼いた鯖すしというのは食べたことがありませんでした。
Yakisaba02
 おいしゅうございました。

 一見、切っていないように見えて、切るのは面倒だなぁと、相変わらず無精なことを考えましたが、切ってありました。(^_^)

 昔食べたバッテラは直方体でしたが、これはかまぼこ形です。
Yakisaba03
 なかなか肉厚です。

2018年5月 4日 (金)

『ならら』2018年5月号

 『月刊 大和路ならら』という雑誌があります。奈良に行ったとき、橿原神宮前駅構内の書店などで見かけると、よく買っていました。

 ちょっと前に、フェイスブックかツイッターで、この雑誌の最新号の特集が平城宮跡だということを知りました。ネットで購入できることが分かったので、早速注文することにしましたが、この際と思って、定期購読を申し込んでしまいました。(^_^; どうも倹約精神が足りません。(^_^;

 最新号、届きました。♪
Narara201805a
 裏表紙は、先頃オープンしたばかりの「朱雀門ひろば」でした。タイムリーです。
Narara201805b
 そのうち朱雀門ひろばにも行ってみたいです。

 夕方、近所のスーパーに買い物に行ったら、吉野の柿の葉寿司がありましたので、買ってしまいました。
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 『ならら』効果です。
Kakinoha04
 影響されやすい私。(^_^;

2018年5月 3日 (木)

SLかるた

 高崎駅構内の土産物店で購入しました。
Slcard01
 製作したのはJR東日本の高崎支社です。鉄道会社が作ったものですので、内容は本格的です。

 絵札から8枚。
Slcard02
 絵札といっても、絵ではなく、写真です。そして横位置。写真も横位置も、かるたとしては珍しいと思います。

 これに対応する読み札。
Slcard03
 どちらも黒を基調にしています。SLのイメージですね。

 「あ」の札。D51やC62という語は知っていましたけど、D、Cの意味はそういうことだったのですね。初めて知りました。

 「け」の札。あれは「除煙板」というのですね。そして、その用途も分かりました。

 読み札の裏側には解説が書いてあります。こんな感じです。
Slcard04
 詳細で、勉強になります。いえ、勉強して立派なテツを目指そうという気は全くありません。(^_^)

2018年5月 2日 (水)

『群馬県古墳総覧』と『ぐんま古墳探訪』

 かつて昭和10年8月に県下一斉に行われた古墳の現地調査に基づいて、昭和13年に『上毛古墳綜覧』が刊行されました。これには8423基の古墳のデータが収録されています。

 それから長い歳月を経て、『綜覧』には記載されていない古墳や古墳の痕跡が発見され、その一方で開発等によって消滅してしまった『綜覧』古墳もあります。

 そこで、群馬県教育委員会が新たな古墳総合調査を平成24年から5ヶ年計画で実施しました。

 その結果、群馬県内には、すでに失われてしまった古墳を含め、13249基以上の古墳が存在したことが判明しました。そのうち現存している古墳は2400基あまりとのことです。

 この成果は、平成29年5月に『群馬県古墳総覧』として刊行され、県内の図書館や学校に配布されたのですが、市販はされませんでした。それに対して、市販して欲しいという要望が大きかったのでしょう。1年後のこの5月から市販されることになりました。4月半ばにその情報を知って、5月になるのを楽しみにしていました。

 今日、たまたま前橋で仕事がありましたので、市内の書店に寄ってきました。煥乎堂書店という群馬県を代表する書店です。

 ありました。

 『群馬県古墳総覧』は、「本文・一覧表編」と、
Kohunsoran01
「古墳分布図編」の2分冊です。サイズはA4。本体価格は2730円。
Kohunsoran02
 これに一覧表のCD-ROMが付属します。
Kohunsoran03
 内容の一部を示せば、こんな感じです。
Kohunsoran04
 冊子の方の一覧表は、番号、名称、所在地、現状、墳形、規模、埋葬施設、綜覧古墳番号、文化財指定、図番号という項目からなっています。CD-ROMの方は、これに加えて、残存高、出土遺物、発掘調査、文献、備考という項目が増えています。CD-ROMのレーベルにも記載されているように、冊子データの詳細版になっています。

 店頭には、もう1点、『ぐんま古墳探訪』という本が並んでいました。
Kohuntanbo
 こちらも群馬県教育委員会の刊行で、群馬県の古墳のガイドブックといった趣です。『群馬県古墳総覧』よりも一回り小さいB5サイズで本体価格850円です。

2018年5月 1日 (火)

大正4年の「奈良市全図」

 昨日に続き、今日は大正4年の「奈良市全図」です。
T4narashi01
 昨日の「奈良県管内図」と同じく大正4年のものですが、相次いで同年の地図が手に入ったわけではなく、昨日の「奈良県管内図」の裏面が今日の「奈良市全図」です。(^_^)

 現在のJR奈良駅から近鉄奈良駅のあたりまで。
T4narashi02
 興福寺付近。
T4narashi03
 先日ご披露した明治22年の絵図では、現在のメインストリートともいうべき登大路が描かれていませんでした。
Narameishosai09
 それが、明治44年の地図では、登大路は描かれていますが、三条通りよりも細いです。
M45narashi01_2
 今回の大正4年の地図では、登大路は三条通りと同等かあるいは広く描かれています。

 東大寺付近。
T4narashi04
 春日大社付近。
T4narashi05
 公会堂は、今の奈良県新公会堂と同じ位置のようですね。「飼鹿場」とある場所は、今の万葉植物園の場所のように思われます。

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