石川先生の遺作
今日は石川先生の告別式に参列してきました。
昨日も今日も、会葬者には群馬県立女子大学国語国文学会の機関誌『国文学研究』の最新号(平成30年3月刊)に掲載された石川先生の論文「「霜おきまよふ床の月影」-定家詠の表現と風景-」の抜き刷りが配付されました。
石川先生が最後に執筆された論文と思われます。今日の学科長の弔辞によれば、石川先生はこの御論文を自分の遺書のつもりで書かれたそうです。歌1首を題材に50枚の論文が書けるということを学生たちに示したいというお気持ちがおありだったようです。
その歌は、「ひとり寝る山鳥の尾のしだり尾に霜おきまよふ床の月影」(新古今・秋下487。藤原定家)です。
山鳥は、秋になると山の尾を隔てて雌雄が共寝をしないというのが和歌的イメージだそうです。百人一首の「あしひきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝ん」もそういわれるとよく納得できます。
定家の歌については、上の句を実際の山鳥をうたったものと見るか、山鳥は譬喩であって、人間の恋をうたったものと見るか、両様の解釈があったそうです。しかし、この歌は恋の歌の部ではなく秋の部に収録されていることなどにより、今は、実際の山鳥をうたったものということで決着が付いているようです。
問題は下の句で、
1.山鳥の尾に霜が置き、床には月光が射しているとする、霜も月光も実景とする説と、
2.山鳥の尾に霜が置いたのかと(人が)錯覚するように床に月光が射しているとする説と、
その両方があるそうです。
石川先生は、その両説どちらにも賛同しかねるということで、「おきまよふ」の用例を博捜され、以下のような結論に到達されました。
山鳥の尾に霜が降りようとしたところ、そこには既に霜が隙間なく置いていた(実際に置いていたのは霜ではなく、月光であったが、それが霜に見えた)ために、どこに降りたらよいのか、降りる場所を定めかねている霜の状態。
霜を擬人化した解釈ですね。
よく納得できるお考えと思いました。
50枚にも及ぶ分量を使って縷々述べられた内容をこんなに短く、しかも私の言葉でかいつまんでまとめてしまいましたので、先生のお考えを正確に理解し伝えられているかどうか甚だ不安です。
昨日も今日も、ご遺族を代表してご長男の石川遥至(はるゆき)氏からご挨拶がありました。2日間、別の内容で、どちらも心に響くお話しでした。
その中に、石川先生は亡くなっても、自分の中に生きているというお言葉がありました。こんな風に言われたら、石川先生もさぞ嬉しく思っていらっしゃるのではないかと思います。
人は死んでも、その人のことを思う人がいる限り、その人の心の中で生き続けているというのは確かにそうだと思います。それとともに、大野晋先生の告別式で、井上ひさし氏が弔辞の中で述べられた、「大野先生は亡くなっていない。『広辞苑』や『岩波古語辞典』や『角川必携国語辞典』を引く度に、大野先生の教えを受けることができるから」という言葉も思い出されました。
石川先生も、この御論文や、昨日ブログでご紹介した「群馬県の歌枕」、そして、『式子内親王集・俊成卿女集・建礼門院右京大夫集・艶詞』(和歌文学大系23。明治書院)などの御著書や諸論文などを通して、これから先もそのお教えを受けることができます。それを、ありがたいことと思っています。
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