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2018年3月 4日 (日)

『伊勢物語を読み解く』

 このような本を入手しました。
 山口佳紀先生の『伊勢物語を読み解く 表現分析に基づく新解釈の試み』(三省堂)です。
Yamaguchiise
 序章に次のようにあります。

 『伊勢物語』は注釈の歴史も古く、かなり深く読み込まれているように思われている。しかし、一段一段読み進めていくと、そこに記された表現の真意が誤解されてきたのではないかと思われる箇所が少なくない。そして、その箇所をどう解釈するかは、当該章段全体の趣旨に対する理解を左右する問題にもなっていることがある。
 ところで、その誤解の原因がどこから来るかと考えてみるに、言語表現そのものの分析が十分でないことに帰せられる場合が、かなり存するのである。本書では、日本語学の立場から、改めて『伊勢物語』の幾つかの章段を読み解き、新たな解釈を提示してみたい。

 目次は以下の通りです。

 序章   本書のはじめに
 第一章  第九段(東下り)
 第二章  第一〇段(たのむの雁)
 第三章  第一二段(盗人)
 第四章  第二二段(千夜を一夜に)
 第五章  第二三段(筒井筒)
 第六章  第二四段(梓弓)
 第七章  第二六段(もろこし船)
 第八章  第四九段(若草)
 第九章  第五〇段(鳥の子)
 第一〇章 第五一段(菊)
 第一一章 第六〇段(花橘)
 第一二章 第六二段(こけるから)
 第一三章 第六四段(玉すだれ)
 第一四章 第七五段(海松)
 第一五章 第八三段(小野)
 第一六章 第八五段(目離れせぬ雪)
 第一七章 第一一三段(短き心)
 第一八章 第一一四段(芹河行幸)

 国文学研究と国語学研究との間に距離が生じてしまったことでこういった問題が生じてきたのでしょうね。

 その点、上代文学の場合は、本文そのものが漢字だけで書かれているために、そもそもそれをどう訓むかという所からスタートするので、文学研究と語学研究との間の距離は小さいと思います。

 それが、平安時代以降の作品については、文学研究者の解釈が、語学研究者の目から見ると、間違っているとか、届いていない、ということになる場合がやはりあるのでしょうね。でも、伊勢物語という著名な作品についてもまだそういうことがあるのかと意外に思いました。

 学問の道は遠く険しいです。

 楽しみにじっくりと読むことにします。

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コメント

>上代文学の場合は・・・文学研究と語学研究との間の距離は小さい

そういえば私がそのあたりの所を教えをいただいたのは、H矢・N宮先生・M重先生と語学の色彩の強い先生ばかりで・・・一番お世話になった、M田先生だけが文学畑・・・だったでしょうか?それでも、だいぶ語学的なことにはうるさいくらいに教えていただきましたが・・・

そうそう、源さんのお師匠さんは言わずと知れた・・・ですからね・・・

三友亭主人さん

 上代の専門家の中には、文学と語学と、両方の分野に通じた方が多いですよね。他の時代にはない特徴と思います。

 わが恩師は、源氏物語や現代日本語まで守備範囲にしていて、ただ者ではありませんでした。

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