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2018年3月

2018年3月31日 (土)

石川HP「群馬県の歌枕」

 石川先生のお通夜に行ってきました。学生や卒業生も来ていて、石川先生の人気の程が偲ばれました。

 たくさん並んでいた生花の中に、久保田淳先生からのものがありました。石川先生は久保田先生の愛弟子なのでした。久保田先生のお気持ちも察せられます。

 群馬県立女子大学HPの教員一覧から各教員のHP(もっていれば)に飛べます。石川先生はHPをお持ちでした。
Ishikawahp01
 この中に、以前はいくつかの項目があったのですが、今は「群馬県の歌枕」のみです。
Ishikawahp02
 そこには、様々な歌論書等から抽出した上野国の歌枕のリストと、伊香保、碓氷、波己曽山、荒船、多胡の入野、佐野の舟橋、赤城、伊奈良沼の解説とが載っています。この解説は、万葉集をはじめとして、中古、中世の歌集等から抽出した例歌を豊富に引用してなされたもので、とても有用です。「文は人なり」と言いますが、この解説を読んでいると、石川先生の講演を聴くような感じがします。

 さてこのHP、新年度になって、教員一覧が更新されたら、もうアクセスできなくなってしまいます。それは何とも勿体ないことです。そのことに気づき、石川先生のHPに行ってみました。URLを見ると、石川HPのデータは大学のサーバー上に置いてあるのではなく、外部サーバーでした。

 これならば、石川先生のお名前が教員一覧から消えても、データは残ります。

 URLは
http://y-ishi.parfe.jp/index.html
です。

2018年3月30日 (金)

石川泰水先生ご逝去

 いつ、どういう風に書けば良いのか迷いましたが……。

 昨年3月に私が定年退職するまで同僚だった石川泰水先生が3月26日の昼に逝去されました。62歳でした。明日・明後日、前橋でお通夜・告別式です。
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 先生は中世和歌がご専門で、30年あまりの長きにわたり群馬県立女子大学に奉職されました。私が着任した翌年の着任でしたので、30年もの間、お付き合い頂きました。ショックです。
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 定年退職まであと3年を残してのご逝去、退職後にはなさりたいことも色々とあったことでしょうに、何とも残念なことです。奥様、ご子息様のお気持ちもいかばかりかとお察し致します。

 群馬県立土屋文明記念文学館所蔵の新古今和歌集(残念ながら、上下2冊のうち上のみですが)が石川先生の調査で、現存最古級の写本ということが分かり、そのこともあったのでしょう、1年生の研修旅行で土屋文明記念文学館を見学する折には、この写本を出してくださり、石川先生の解説で、見学しました。
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 そんなことが思い出されます。

 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

2018年3月29日 (木)

世田谷線の猫電車、運行期間延長

 世田谷線では、昨年、玉電110周年を迎えたことで、それを記念する様々なイベントを開催していました。その1つが、沿線にある豪徳寺にちなむ招き猫電車です。
Setagayaneko05_4
 画像にありますように、この電車の運行は3月末ごろまでです。もうじき終わってしまいます。ということで、行ってきました。

 かつて、上信電鉄のぐんまちゃん列車や、
Gunmac_joshin11
 大阪地下鉄谷町線の真田丸列車に無事に遭遇していますので、
Tanimachisanada01
 今回もと思ったのですが、しばらく待っていても来ません。(^_^;

 運行が3月末「ごろ」までというやや曖昧なものですので、あるいはもう運行が終わってしまったのかと思い、三軒茶屋駅の駅員さんに聞いてみました。

 そうしたら、9月末まで延長になったとのことです。朗報です。♪

 親切な駅員さんで、東急のHPに時刻表が載っていると教えてくれました。

 帰宅後、早速見てみました。載っていました。毎週月曜日に、その週の分を掲載するようです。これならバッチリ見に行けます。
Nekodenjikoku
 そのうち。(^_^)

2018年3月28日 (水)

桜と月

 毎年、勤務先で桜を撮っていましたが、今度、非常勤として行く頃にはもう散ってしまっているでしょう。

 かわりに、自宅付近の桜です。月と一緒に撮ってみました。
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 10数秒後に、露出を2段階+で。
Sakura2018b
 1枚目は、空の色はきれいですが、桜は暗くなってしまいました。
 2枚目は、桜は明るくなりましたが、空の色がどうも。

 1枚目と同じ露出でストロボを発光させれば良かったかもしれません。知恵はあとから湧いてきます。(^_^;

2018年3月27日 (火)

ぐんまちゃん家、移転へ

 皆さまに愛された、東京銀座のぐんまちゃん家、3月21日に閉店しました。といっても、銀座から撤退というわけではなく、銀座内での移動です。5月中旬にリニューアルオープン予定だそうです。
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 新ぐんまちゃん家の所在地は、旧ぐんまちゃん家からほど遠からぬ所ではありますが、旧所在地のように広い2本の大通りに面しているわけでもなく、地下鉄の駅からも遠くなってしまいます。
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 その分、地代は安くなり、しかも面積は広くなるそうです。

 でもねぇ、旧地は歌舞伎座の真ん前という得がたい立地で、しかも歌舞伎座のリニューアルオープンもあり、それに便乗する形で、歌舞伎関係のぐんまちゃんグッズも作られました。

 ぐんまちゃんが仮名手本忠臣蔵の大星由良之助の装束で毎日登場ということもありました。
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 地代の負担は大きいでしょうが、この場所からの撤退は惜しい気がします。

2018年3月26日 (月)

邑楽館林のクリアファイル

 このようなクリアファイルを入手しました。邑楽館林物産振興協会が作成したものです。
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 「邑楽」は邑楽郡、「館林」は館林市のことで、群馬県の最南東部に位置します。

 画面の一番多くを占めるのが右側のスカイツリーです。これは、東武線(東武スカイツリーラインがあります)が邑楽館林地域の重要な足になっているためと思われます。

 画面中央から左側にかけてはこの地域を構成する1市5町のご当地ぐんまちゃんが描かれています。

 1番上の板倉町と明和町。
Oratatebayashi02
 板倉町は雷電神社です。キュウリの名産地だそうで、ぐんまちゃんも手に持っています。ぐんまちゃんの上には気球があります。この地域では熱気球の搭乗体験ができるほか、毎年、渡良瀬バルーンレースが開催されています。

 明和町は梨の名産地です。梨ワインも作られています。

 中段の千代田町と大泉町。
Oratatebayashi03
 千代田町には利根川の渡し場・渡し船があります。川を渡った先は埼玉県の熊谷市です。

 大泉町というとブラジル人が多くて、サンバカーニバルのある町というイメージが大きいですが、ここでは、町の中央付近にあるいずみ緑道が選ばれています。

 下段の邑楽町と館林市。
Oratatebayashi04
 邑楽町は、町の中央部にあるシンボルタワーと、毎年冬に渡来するコハクチョウが描かれています。

 館林市は、茂林寺の分福茶釜と、市の花であるヤマツツジです。

2018年3月25日 (日)

奈良の鹿愛護会 会員証2018

 先日、奈良の鹿愛護会に来年度の会費やら牧草協賛金やらを払い込んだところ、早速、会員証が届きました。
Narashika2018a
 会員番号、消すほどのことはないのかもしれませんが……。(^_^)

 ウラは、いつものように、子供たちの描いたポスターコンクールの優秀作品です。
Narashika2018b
 「しかとなかよし」という言葉、良いです。♪ 背後にあるのは大極殿でしょうかね。

 特典目当てに会員になっているわけではないので、別に良いのですが、会員特典は次のようになっています。
Narashika2018c
 上から4つ目の◆にある「鹿角1対」には心惹かれるものがあります。真田幸村ごっこができそう。(^_^)

2018年3月24日 (土)

岡山名物「祭すし 極」

 夕方、近所のスーパーで買いました。
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 キンキラのパッケージです。

 中身です。
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 去年の10月、学会で岡山に行った時も「祭すし」を買いました。

 その時のパッケージ。
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 その時の中身。
Matsurizushi03
 業者はどちらも岡山市中区の三好野本店。「祭すし」を何種類か作っているようです。

 相互に出入りがありますけど、共通なのは、ままかり。ままかりは欠かせないようです。

2018年3月23日 (金)

おうふうの『萬葉集』が……

 昭和60年に就職して以来、授業で使う万葉集のテキストにはずっとおうふうの『萬葉集』(鶴久・森山隆)を使ってきました。もう30年以上です。

 来年度も非常勤が続きますので、いつものようにこれをテキストに指定していたところ、昨日、教務の担当者からメールが来て、この本は「品切れ・重版未定」のため用意することができないので、どうしましょう、とのことでした。

 早速、おうふうのHPを見てみたら、確かにそうなっていました。

 ううむ。4月は、1年中でこの本が一番売れる時期でしょう。それが品切れということは、おうふうはもうこの本を増刷しないつもりなのでしょうかね?

 新学期に備えて増刷中ならば、「品切れ・○月○日重版予定」などとなっていそうです。

 確かに、この本、刷を重ねて、大分版面が劣化していたのが気になっていました。消えてしまっている文字すらあります。

 例を示そうと思いましたが、いざ探してみると簡単には見つかりません。(^_^;

 劣化の例としては例えば次のような感じです。
Ofumanyo_h24
 1460の題詞の「宿」、1461の4句目の「君」、5句目の「和」などが少し欠けています。他にもふりがなにちょっと厳しいのがいくつかあります。これは平成24年の版です。

 昔の版ではこんなことはなかったはずです。手もとにあった平成7年の版では次の通りです。
Ofumanyo_h07
 ね、以前はこんなに鮮明だったのに……、というつもりでスキャンしたら、上に示した文字はもうすでに劣化の兆しが見えますね。(^_^; どうもあまり良くない版面での印刷をずっと続けていたようです。(^_^;

 活字ではなく、写真製版でしょうから、写真製版した時点からあまり変わっていないのかもしれません。

 比べるなら、活字の頃のとでなくては意味がなかったかもしれません。

 そんなわけで、もしもこの本を自炊するなら、なるべく古い刷を使うのが良いと思います。

 さて、テキスト。

 おうふうの『萬葉集』が入手できないとすると、別のを考えなくてはなりません。至急にということでしたので、あまり考えずに塙版を選びました。後から考えると、井手先生・毛利先生の万葉集(和泉書院)という選択肢もありましたね。

 おうふう版の復活がないとすると(復活があったとしても)、再来年度のテキストには何が良いか考えねばなりません。←再来年度も非常勤が続くことになるかどうかは分かりませんが。(^_^;

 来年度の新2年生が私の万葉集の授業を取るのは初めてなので、その学生さん達は全員塙版を買うことになります。しかし、3年生以上は、すでにおうふう版を持っている可能性が高いです。その学生さん達に塙版を買わせるわけにはゆきませんので、おうふう版で良いことにします。同じ教室に、異なったテキストを持った学生が混在することになります。

 ちょっと厄介。

2018年3月22日 (木)

「トンボの眼」でヤマトタケル

 今日は品川で「トンボの眼」の講座をしてきました。タイトルは「ヤマトタケル伝承」です。レジュメはこちら

 古事記と日本書紀とを比較しました。大筋ではほぼ同じですが、その一方で、かなり異なる部分もありますね。今日はその相違点などを主に話しました。正味110分ではかなり時間が足りず、超特急の進行になりました。

 今日は古事記、日本書紀は次回、という風に分けて話すことも考えたのですが、次回はいつになるか分かりませんし、時間が経ってしまうと、聴いてくださるほうの記憶が薄れてしまいましょう。それに、古事記だけを110分で話したとしてもやはり急いで話すことになりましょう。それならば、いっそ1回で、と思ってしまいました。

 古事記に3/4位の時間を割き、日本書紀の方は相違点を中心に話しました。これで良かったのではないかと思います。

 絵が無いと寂しいので、貼っておきます。熱田神宮の近くにある白鳥御陵です。
Shiratorigoryo

2018年3月21日 (水)

お彼岸と「あ・す・お・も・う」

 今日はお彼岸の中日。

 お寺で営まれた彼岸会の法要に参加してきました。
Hasunohana
 行った時は雨でしたが、終わった頃には雪に変わっていました。春のお彼岸に雪というのは珍しいです。今はまた雨に変わっています。

 法事に先立って行われた法話で、「あ・す・お・も・う」の5つを心に刻んで生きようというお話を伺いました。その5つとは以下の通りです。

 「ありがとう」(報恩)
 「すみません」(自省)
 「おかげさま」(知恩)
 「もったいない」(知足)
 「うれしい」(法悦)

 ( )の中の言葉が仏教的です。

 これを浄土の「あすおもう」とすると、それぞれに対応する地獄の「あすおもう」もあり、それは以下のようなものだということでした。

 「ありがとう」(報恩)⇔「あたりまえ」(不知恩、孤独)
 「すみません」(自省)⇔「すごいだろう」(慢心、自己中心)
 「おかげさま」(知恩)⇔「おまえのせい」(恨み、責任転嫁)
 「もったいない」(知足)⇔「もっともっと」(不足、不満)
 「うれしい」(法悦)⇔「うれい」(愚痴、憂い)

 なるほどです。今からでも遅くないので、これから立派な大人にならねばと思います。

2018年3月20日 (火)

『師範学校国文教科書』巻六(つづき)

 昨日取り上げた師範学校国文教科書の続きです。

 附録の 「二 文字に関する問題」には次のようにあります。
T13shihankoku6e
 続きです。
T13shihankoku6f
 1から9まで、それぞれに興味深いです。現代ではもう決着の付いてしまったものあり、まだ決着をみないものあり、様々ですね。

 1の平仮名・片仮名の優劣というのはどういうことでしょうね。小さい文字のコメントを読むと、どちらの方が憶えやすいか、ということでしょうかね。当時はまだ漢字カタカナ交じり文も多かったことでしょうし、小学校では片仮名の方を先に教えたようですから、こういうことが問題になっているのでしょうね。

 3の漢字制限のことは、戦後すぐに実現しましたね。でも、近年は電子機器の普及により、読める漢字と書ける漢字とを分けて考えるようになってきたのは、新しい流れですね。

 6も、戦後、現代仮名遣いとして実現しましたね。でも、個別にみてゆくと、矛盾点もあって、解決済みとは言えないようです。

 「四 単語に関する問題」は以下の通りです。
T13shihankoku6g
 これまた、現代でも問題になりそうな事項がありますね。そもそも、どこかで決めるべきことなのか、決める必要のないことなのかという問題もありそうに思えます。

 昨日書いたように、これらの「附録」が初版の明治36年から既に存在していたのか、あるいはその後の訂正版あるいは修正版のどこかで付いたものなのか不明ですが、長年月に亙る問題ですね。

 この教科書では、これらの問題点について、どうあるべきものか、どうすべきものかということは言及していません。こういう問題点があるということを示しているのみです。将来教職に就く人たちに対して、こういう問題点があることを心に止めて置いてもらいたい、という趣旨なのかと思います。

2018年3月19日 (月)

『師範学校国文教科書』巻六

 ネットオークションで見つけて買いました。大正13年のものです。
T13shihankoku6a
 当時、師範学校の国語の教科書にはどんな作品が載っていたのか、ということに興味を抱いて、手を出してしまいました。

 目次です。
T13shihankoku6b
 続き。
T13shihankoku6c
 内容は、評論やら小説やら、様々ですね。古典は中世のものが多いです。この本は巻六ですので、巻によって特定の時代の作品を集めているとか、そういった方針があるのかもしれません。1冊だけでは何とも、です。

 目次の最後にある「附録」が興味深かったです。

 「一 発音に関する問題」は以下の通りです。
T13shihankoku6d
 当時は歴史的仮名遣いだったので、特に1、2などが問題になったのでしょう。現代では解決済みでしょうね。3は、現代においては、鼻濁音を使うべきところではそうすることが望ましい、と言われることもありますけど、強制はされていませんね。4は、現代ではあまり問題にされていないように思います。

 末尾に「訛音矯正」という語がありますね。訛音は矯正すべきものという前提があったことが推測されます。

 この教科書の奥付は以下の通りです。
T13shihankoku6i
 「附録」が、初版の明治36年の時点からあったのか、あるいは、その後の訂正、修正のどこかの段階で付け加わったのかは分かりません。

 「二 文字に関する問題」や「四 単語に関する問題」もなかなか興味深いです。小出しにするわけではありませんが、また後日。

2018年3月18日 (日)

オリヅルラン、冬も元気でした

 大分お久しぶりのオリヅルラン、元気に越冬しました。ま、地植えのをよく見ますので、屋内ならば容易に越冬できましょう。

 ランナーに子株が3つ付いています。
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 アップです。
Orizuru20180318b
 このランナーは最近伸びてきたものではなく、去年のものです。去年、子株を切り取って分家したあと、ランナーはそのままにしておいたところ、新たにまた子株が付きました。

 近いうちにまた子株を切り離して分家を作ろうと考えています。鉢が増える。(^_^;

 かなり過保護に世話をしています。20年ほどほとんど放置状態でしたので、遅ればせながらその罪滅ぼしです。

2018年3月17日 (土)

凱風快晴×ピーナッツ

 先日来、飛び飛びにご披露してきたピーナッツシリーズ、今回が最後です。
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 今までで1番大胆なコラージュですね。スケールが大きいです。

 ウッドストックもいます。
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 スヌーピーの方を見てはいますけど、山頂に邪魔されて見えないんではないでしょうか。

2018年3月16日 (金)

新町駅の壁画2018春

 一昨日、久しぶりに大学に行きました。目的は成績訂正。(^_^;

 慎重に採点して、慎重に成績評価しているつもりなのですが、時々登録ミスをしてしまいます。イカンです。

 昔と違って、成績登録はポータルサイトで行うので、夜中でも自宅からでも行え、大変便利になりました。でも、一度つけた成績を訂正する場合は、ハンコを持って教務係に行かねばなりません。そういう次第で、2ヶ月弱ぶりに行ってきました。

 最寄り駅の新町駅で降りるのも2ヶ月弱ぶりです。何度かご紹介している学童クラブの子供たちの手になる壁画も春バージョンになっていました。
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 色とりどりのチューリップの花は、すべて折り紙です。数が多いので大変だったことでしょう。
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 ネズミのようなキャラクターは何でしょう? 私は今どきのものに疎くて、さっぱり分かりません。(^_^;

 観覧車にも乗っていますが、上部の箱に乗っているのは怯えた表情をしていて、なかなか藝が細かいです。
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2018年3月15日 (木)

平岡敏夫先生ご逝去

 もと群馬県立女子大学学長の平岡敏夫先生が3月5日に逝去されました。88歳でした。

 先生のご専門は日本近代文学。筑波大学教授の後、平成4年(1992)から平成10年(1998)までの6年間、群馬県立女子大学の学長をお務めくださいました。

 授業大好き人間、講演大好き人間と、みずから仰り、学長時代もずっと1コマずつ授業を担当され、出前講座なども積極的にしてくださっていました。

 また、平岡先生の発案により、毎年秋に国文学科有志主催の東京文学散歩が始まり、今に至っています。もう20年以上になりますね。平岡先生も毎年参加されていました。

 下の写真は、平成19年(2007)2月17日に開催された平岡先生の喜寿のお祝いの折のものです。
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 これが、平岡先生にお目に掛かった最後かもしれません。あまり上手く撮れていないのが残念です。金屏風がバックだと難しいんですよね。←と、言い訳。(^_^;

2018年3月14日 (水)

黒猫チョコ&糊こぼし・ギモーヴ

 頂き物です。
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 今日は月遅れのバレンタインデーですね。
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 このようなしおりが入っていました。魅力的な黒猫のデザインです。
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 しおりの内側です。
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 ねこといえば、「ねこあつめ」というスマホのゲームをしています。

 庭先にねこのゴハンやねこグッズなどを置いておくと、近所のねこが遊びに来てくれるというゆるいゲームです。ゴハンを置いておかないと、ねこが弱ったり病気になったりするわけではなく、ねこが来なくなるだけですので、気楽です。

 そのゲームでは、日替わりの「あいことば」が示されます。それを正しく入力するとスタンプが貰え、スタンプ5つでネコ缶(←バーチャルな)が貰えます。

 この「あいことば」が季節感豊かだったり、風雅な単語だったりして、なかなかナイスです。
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 「糊こぼし」という言葉、初めて見ました。ググってみたら、東大寺開山堂下の椿のこと、またはそれを模した和菓子のことだそうで、お水取りゆかりの語でした。

 「ギモーヴ」も初見。これまたググってみましたら、マシュマロのようなお菓子だそうです。これはホワイトデー絡みですね。

 勉強になる「ねこあつめ」。

 あ、冒頭に、月遅れのバレンタインデーと書きましたが、ホワイトデーとも言うそうで。(^_^)

 浅野内匠頭の命日でもあります。

2018年3月13日 (火)

神奈川沖浪裏×ピーナッツ

 ちょっと小出しにしているケがありますが……。(^_^;
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 北斎の神奈川沖浪裏です。先日ご紹介した鳥獣戯画や日本橋の仲間です。

 小さいですが、画面の右下にウッドストックがいます。こちらはサーフィンではなく、船に乗っています。
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 裏側です。
Namiurapea02

2018年3月12日 (月)

「大軌・参急・関急電鉄沿線図」

 どこかに行かないと、どうしても手持ちの資料の紹介などが主になります。(^_^;

 このような鉄道路線図を手に入れました。現在の近鉄の前身にあたる会社です。
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 いつのものか、年代が書かれていないので分かりませんが、昭和10年代の後半と思われます。細かく見て行けば、手がかりがかなりありそうなのですが、怠けました。(^_^;

 先日話題にした小房の路線も載っています。
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 これを見ると、橿原神宮前駅の他に、橿原神宮駅もありますね。

 前に書いたように思いますが、大軌は天理駅ですが、省線は丹波市駅です。そして、天理駅から平端駅までは今と同じですが、その先が法隆寺駅まで続いています。この路線が残っていたら便利だと思います。
Daikisankyu03
 伊勢方面。
Daikisankyu04
 宇治山田から松阪方面への路線が、現在の路線の他に、その西側にもう1本あります。これは今まで知りませんでした。この地図の時点では同じ会社になっていますが、合併前は別の会社の路線だったようです。それでは競合してしまいますね。

 裏面は「車窓から」というタイトルで、沿線の名所案内になっています。
Daikisankyu05
 タイトルの脇の写真。
Daikisankyu06
 この時代は、和服の女性がまだまだ多かったのでしょうかね。特に旅行の折などのおしゃれ着として。

【画像追加】
 3月13日に頂いた三友亭主人さんのコメントに関して画像を1枚追加します。
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2018年3月11日 (日)

あれから7年

 これは2年前の今日の、当時の勤務先の写真です。
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 勤務先に向かう途中にある小学校にも同じく半旗が掲げられていました。

 迂闊にも気付きませんでしたが、たぶん、あの翌年から毎年掲げられていたのでしょう。14時46分には構内放送があり、各自その場で1分間の黙祷を捧げました。

 今年も個人的に黙祷を捧げようと思いましたが、あいにくその時間は不都合でしたので、30分ほど前倒ししました。

 7年前のあの時は新幹線に乗っていました。高崎駅のほんの少し手前でした。突然急ブレーキをかけて停まったので、車両故障かと思いましたが、窓から見える電線が大きく揺れていたのを見て、地震と知りました。長い揺れでした。

 結構長く(1時間以上だったと思います)その場に停車して、ゆるゆると動いて高崎駅で降りることができたのは幸いでした。在来線も全て止まっていて、動く気配もなかったので、タクシーに乗って帰宅しました。贅沢な帰宅難民です。 翌日は後期日程入試でしたので、早く帰りたかったのです。

 時間が経つにつれて被害の甚大さが分かってきました。地震も津波もただ事ではない大きさでしたけれども、それに原発が輪を掛けて、長く大きな被害が続くことになりました。

 あれこれ思います。

2018年3月10日 (土)

広重の日本橋とピーナッツ

 明治18年の道中記のことを3連投してしまいました。

 旅繋がりで、こういうものがあります。
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 先日の鳥獣戯画の絵と同じ会社のです。これまた頂き物です。

 アップです。
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 チャーリーブラウンはちょっと戸惑っていましょうかね。スヌーピーは例によって全く動じていないようです。(^_^)

2018年3月 9日 (金)

明治18年の定宿帳(飛鳥)

 一昨日からご紹介している資料について、もう1回。(^_^)

 奈良から先へページを繰って行くと、飛鳥方面が出てきます。
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 このページを見ると、高田から道が分かれるようです。上の方は、今井→神武天皇御陵→立花寺→岡寺と続きます。下の方は、小房→安倍→飛鳥と辿って、岡寺で合流します。

 上のルートは、以前ご紹介した久米寺前の道しるべと重なりますね。
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 この道しるべには、「右 おかてらたち花」「左 じん武橿はら」とあります。まさに、この道しるべは神武天皇陵と橘寺との間に位置しています。

 下の方のルートにある小房は、藤原宮の西に位置し、私はまだ寄ったことがないのですが、おふさ観音寺があります。この定宿帳にある小房は、直接にはこの観音寺を指しているのでしょう。

 前にもご披露したように思いますが、戦前の地図にはこうあります。
M18isshin10
 畝傍駅と畝傍御陵前駅との間に、今はもう廃線になってしまった路線があり、そこに小房駅があります。こういうバイパスができるほどにおふさ観音寺は信仰を集めたお寺なのでしょうね。

 あれこれ面白いです。

2018年3月 8日 (木)

明治18年の定宿帳(奈良・魚佐旅館)

 昨日の定宿帳の続きです。
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 伊勢のあとは榛原や長谷を経由して奈良に至ります。
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 それぞれの宿場には1軒ずつ宿の紹介があります。「入口より四丁目つきあたり」「くわんをんまへ角」「入口より四丁目出口」などという簡単な道順の説明も書いてあります。

 そして奈良。上のページとは異なり、1ページ丸ごと奈良です。
M18isshin04
 ページの左側には山形に「ウ」のマークと「うをや佐兵衛」の文字。その下には印が捺してあり、印面は、中央に「山ウ」のマーク、周囲には「和州奈良魚屋佐平」とあります。この印面は表紙の右下の朱印と同じです。

 この宿屋の所在地の説明も、「さる沢いけのまへ今みかど町 いけより角二けんめ」と詳細です。絵図も詳細ですね。画面右側に「今みかど丁」とあるすぐ下がこの旅館です。「山ウ」のマークが描かれています。猿沢池の前の川に架かる橋を渡った先です。

 説明文とこの絵図があれば迷わずに行き着けることでしょう。破格の扱いです。表紙に「同盟周旋方」とあるように、この道中記はこの宿屋が製作したものなのでしょうね。

 絵図の上方に三笠山などが描かれていますので、方角は上が東。この旅館の位置は猿沢池の南に位置します。今のどの辺だろうと思って、パソコン内の電子地図を見てみました。
M18isshin09
 猿沢池の南に魚佐旅館があります。池の前の橋を渡った先です。「あっ!」です。この旅館の名前は今までも奈良の地図を見る度に目に入ってはいました。「魚屋佐兵衛」と「魚佐旅館」、場所もバッチリ。この旅館が後身なのでしょう。わくわくします。(^_^)

 ただ残念ながら、ググってみましたら、この旅館は2013年の1月に閉館して取り壊され、今は結婚式場が建っているとのことです。私の電子地図はやや古いので、この旅館が載っていました。

 古地図が大切なだけでなく、古電子地図も大切かもしれません。

2018年3月 7日 (水)

明治18年の定宿帳(豊橋の壺屋)

 道中記も私の収集対象の中に入ってきています。この度、このようなものを入手しました。明治18年のものです。
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 左側に、山形に「ウ」のマークの下に「同盟周旋方」とあり、右下にも中央に同じマークの入った朱印が捺してあります。ページをめくって行くと、このマークは奈良の「うをや佐兵衛」のものと分かります。それは別稿で。左下には「袋井駅本多留平改印」とありますが、この意味は分かりませんでした。

 最初のページはこのようです。伊勢神宮から始まって、奈良、飛鳥や高野山、大坂などへの旅程が載っています。
M18isshin02
 不思議なのは1行目にある豊橋のつぼや庄六です。なぜ伊勢神宮の前に豊橋があるのかさっぱり分かりませんでしたが、以前当ブログでもご紹介した明治21年の定宿帳を見て判明しました。
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 左下にありますように、豊橋から伊勢神宮への船が毎日出ていたようです。それで、伊勢の1つ手前が豊橋なのでした。こちらも同じくつぼや庄六です。

 さて、この「つぼや」、ググっていたら、現在、豊橋に壺屋という弁当屋さんがあるのを知りました。HPもあります。そこに、「壺屋の歴史」というページがあって、そこに年表が載っていました。その冒頭部分を示します。

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 明治21年(1888年) 旧東海道船待ちの豊橋付近で豊川を上下する船頭旅行相手に回槽問屋と料理旅館を経営。国鉄東海道本線開業の直前、東海道筋がさびれるのを見越して駅前へ移転進出し壺屋旅館開業。

 明治22年(1889年) 前年の豊橋駅開業に伴い、豊橋駅構内営業を承認される。

 明治末期 この頃より稲荷寿しの販売を開始。

 大正期 「壺屋旅館」から分離独立して「壺屋弁当部」創立。店舗を花田中央町に構える。
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 今回ご紹介しているのは、明治18年の定宿帳ですので、上の年表にある明治21年の壺屋旅館開業よりも前です。まだ旅館ではなく廻船問屋の時代だったのでしょうかね。

 なんか興味深いです。

 さらに探すと、年代未詳の「真誠講」にもこんなページがありました。
Shinseiko03
 伊勢神宮から豊橋へは船での移動となっています。これも当ブログでご披露していたものでしたが、すっかり忘れていました。豊橋の出船所はやはり「壺や庄六」とあります。「泊」ではなく「休」ですので、まだ旅館にはなっていないのかもしれません。

 今回入手した道中記では、伊勢神宮の直前に豊橋があったことで「はて?」と思いました。これで、豊橋と伊勢との船便のことが頭に定着したことと思います。(^_^)

2018年3月 6日 (火)

「嗚呼忠臣楠子之墓」拓本

 ネットオークションで入手しました。拓本の現物ではなく、印刷です。

 水戸光圀が筆を執った墓碑銘。
Nankohi02
 朱舜水の賛。
Nankohi03
 袋付きです。
Nankohi01
 楠正成が好きなので飛びついてしまいましたが、考えてみれば、これひょっとしたら今でも湊川神社の社務所で買えるのかもしれません。

 今回とは別に、以前入手した湊川神社の絵はがきに碑の写真がありました。
Nankohi04
 湊川神社には以前行ったことがありましたが、それも平成10年のことで、まだデジカメは持っていなくて、写ルンですで撮りました。それをデジタル化してHPに載せたものが残っていました。サイズも小さくて画質も良くありません。
Nanko2
 湊川神社の境内には正成の最期の地があります。といいますか、湊川神社は、明治天皇の沙汰により、終焉地と墓所とを含む地域を境内地として、明治5年に創建されたものです。

 正成最期の地は社殿の奥にあるようですが、禁足地だそうです。

 せめて写真がないものかと思っていたところ、先ほどの絵はがきの中にありました。
Nankohi05
 解説には「御遺跡」とあるのみですが、絵はがきに写っている解説板には「御殉節遺跡地」とありますので、ここがその地と思われます。

2018年3月 5日 (月)

鳥獣戯画×SNOOPY

 このようなものを頂きました。クリアファイルです。
Chojusnoopy01
 私、うさぎ年生まれなもので、うさぎが好きです。そして鳥獣戯画も。(^_^)

 これ、楽しいです。♪

 裏側です。
Chojusnoopy02
 中央部分に表側と同様の絵が描かれていますが、本来の右端の蛙が、こちらではスヌーピーになっています。(^_^)

2018年3月 4日 (日)

『伊勢物語を読み解く』

 このような本を入手しました。
 山口佳紀先生の『伊勢物語を読み解く 表現分析に基づく新解釈の試み』(三省堂)です。
Yamaguchiise
 序章に次のようにあります。

 『伊勢物語』は注釈の歴史も古く、かなり深く読み込まれているように思われている。しかし、一段一段読み進めていくと、そこに記された表現の真意が誤解されてきたのではないかと思われる箇所が少なくない。そして、その箇所をどう解釈するかは、当該章段全体の趣旨に対する理解を左右する問題にもなっていることがある。
 ところで、その誤解の原因がどこから来るかと考えてみるに、言語表現そのものの分析が十分でないことに帰せられる場合が、かなり存するのである。本書では、日本語学の立場から、改めて『伊勢物語』の幾つかの章段を読み解き、新たな解釈を提示してみたい。

 目次は以下の通りです。

 序章   本書のはじめに
 第一章  第九段(東下り)
 第二章  第一〇段(たのむの雁)
 第三章  第一二段(盗人)
 第四章  第二二段(千夜を一夜に)
 第五章  第二三段(筒井筒)
 第六章  第二四段(梓弓)
 第七章  第二六段(もろこし船)
 第八章  第四九段(若草)
 第九章  第五〇段(鳥の子)
 第一〇章 第五一段(菊)
 第一一章 第六〇段(花橘)
 第一二章 第六二段(こけるから)
 第一三章 第六四段(玉すだれ)
 第一四章 第七五段(海松)
 第一五章 第八三段(小野)
 第一六章 第八五段(目離れせぬ雪)
 第一七章 第一一三段(短き心)
 第一八章 第一一四段(芹河行幸)

 国文学研究と国語学研究との間に距離が生じてしまったことでこういった問題が生じてきたのでしょうね。

 その点、上代文学の場合は、本文そのものが漢字だけで書かれているために、そもそもそれをどう訓むかという所からスタートするので、文学研究と語学研究との間の距離は小さいと思います。

 それが、平安時代以降の作品については、文学研究者の解釈が、語学研究者の目から見ると、間違っているとか、届いていない、ということになる場合がやはりあるのでしょうね。でも、伊勢物語という著名な作品についてもまだそういうことがあるのかと意外に思いました。

 学問の道は遠く険しいです。

 楽しみにじっくりと読むことにします。

2018年3月 3日 (土)

奈良の鹿愛護会 会員継続2018

 毎年恒例の通知が届きました。奈良の鹿愛護会の会員継続のお願いです。♪
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 もう、喜んで継続しちゃいます。牧草協賛金にも協力します。
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 会員になると、子鹿公開や角切りの観覧が無料になる他、奈良市内のいくつかの施設の入館料が割引になったりします。今回から新たに、興福寺国宝館の割引と、東大寺大仏殿の拝観料が6月だけ無料になります。東大寺大仏殿の拝観時間は朝7時半からなのですね。早いです。(^_^)

 年間カレンダーや、
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 子鹿公開のチラシが同封されていました。
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 また、鹿瓦ばんの2018年春夏号も。
Narashika_h30e
 鹿とどんぐりの特集ページもありました。
Narashika_h30f
 鹿はドングリが大好物のようです。去年、奈良に行ったときに、鹿の歓心を買おうと、群馬からどんぐりを持っていったのに、食いつきがいまいちだったのが不思議です。

 このところ、鹿に噛まれる外国人が増えていて、原因は鹿せんべいを与えるときにじらすことが多いのだそうです。そんなことをすれば、鹿が怒るのは当たり前です。鹿の気持ちに寄り添わなければ。

 私は、手を鹿のよだれでべとべとにされたり、唐招提寺で買ったお土産の入った紙袋を囓られたことはありますけど、鹿に噛まれたことなんぞ1回もありません。
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2018年3月 2日 (金)

ぐんまちゃんスタンプ「おぜのかみさま」

 今日のアサヒコム群馬に、「ぐんまちゃんスタンプで悪い誘い断って 県が販売」という記事が載っていました。

 LINEでの悪い誘いを断ったり、抜けづらいグループトークから抜け出したりするのに便利なように、また、SNSを利用した犯罪に子どもたちが巻き込まれないようにとの注意の意味も込めて、群馬県がスタンプを作ったそうです。
Gunmac_stamp04
 1セット(40種類)120円とのことです。
Gunmac_stamp03
 ぐんまちゃん、不思議な恰好をしていますね。これは「おぜのかみさま」の姿で、スタンプの名前も「『おぜのかみさま』ぐんまちゃん」です。

 「おぜのかみさま」というのは、小中学生がネットを安全に使うための標語で、5年ほど前に群馬県が作成したものです。

  【標語の内容】    … 【子どもたちを守りたい】
  「お」くらない(写真)  …「児童ポルノの被害から」
  「ぜ」ったいに会わない! …「性犯罪の被害から」
  「の」せない(個人情報) …「個人情報の漏洩から」
  「か」きこまない(悪口) …「ネット上のいじめから」
  「み」ない(有害サイト) …「有害サイトから」
  「さ」がさない(出会い) …「出会い系サイトから」
  「ま」もる(ルール)   …「ネット依存症から」

 「おぜのかみさま」のことは、当ブログの開設早々、アップしたことがありました

 それにしても、ぐんまちゃん、あちこちで大活躍です。(^_^)

2018年3月 1日 (木)

「伊勢ヨリ大和七在所巡及高野山大坂西京迄一覧図」

 ネットオークションで明治時代の地図を入手しました。「伊勢ヨリ大和七在所巡及高野山大坂西京迄一覧図」という長い名前です。
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 右上に伊勢神宮があります。左上に近江の草津、その下に京都があります。下辺付近中央やや左に大坂、右下は高野山です。右辺中央付近に吉野、そこから左に飛鳥、さらに左に奈良が描かれています。

 版元は奈良町の河村音松さん。先日ご紹介した「奈良名所細見図」と同じ発行者です。
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 奈良・京都付近の拡大図。
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 画面右端付近中央やや下に「西の京」があり、画面左端中央に「西京」があります。「西京」には東西本願寺と五条大橋が描かれています。京都のことを「西京」と書いているのは「東京」に対してのもので、「さいきょう」と読んだのでしょう。

 「西の京」の左隣には「しよだい寺」とあります。唐招提寺のことですが、これまで当ブログでいくつがご紹介した絵図や道中記などでも「せうだい寺」や「正大寺」などと記されることが常で唐招提寺と記したものは見当たりませんでした。いつごろから唐招提寺が普通の呼び名になったのか関心があります。

 飛鳥付近の拡大図。
M22iseyamato04
 奈良から南下した道は丹波市や柳本を経て、大神神社で東へ折れて、長谷を経て伊勢に向かいます。

 一方、西の京から法隆寺、龍田を経て八木に至った道は、神武天皇陵、阿倍、飛鳥、橘寺、岡寺、多武峰を経て、吉野方面に行ってしまいます。

 大神神社と飛鳥とは近いのに、この地図上では接続していません。

 さて、ここでもまた、神武天皇陵、橘寺、岡寺という、以前ご披露した久米寺前の道標が思い出されました。

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