難波津木簡の講演会に行ってきました
先日ご紹介した「平安京出土「難波津」の歌の木簡と『古今和歌集』仮名序」の講演会に行ってきました。
会場は日本女子大学です。大学本体と目白通りを挟んだ向かい側の校舎で、角さんちの隣です。
司会の田中大士先生。
会場校の文学部長高野晴代先生の挨拶。
犬飼隆先生。
犬飼先生のスクリーンから。
同じくもう1枚。
高田祐彦先生。
シンポジウム。
上に載せた犬飼先生のスクリーンのお話しもありましたが、中心は2015年に平安京跡で発見された難波津木簡の性格です。
画像が小さいので、拡大して3分割して示します。
犬飼先生の読みでは、1行目は「なにはつにさくやこのはなふゆこもりいまはゝるへと□くや□のはな」、2行目は「□く□□るまらとすかたそえてはへるつとい□」。
犬飼先生のお考えは、1行目は木簡に多数見られる難波津の歌を書いたものであるが、2行目は散文であり、かつ「はべる」という語が見えるので、会話か手紙のように思われる。1行目が字の大きさや字間が一定しているのに対して、2行目は自由に書かれていて、両者は筆致が異なる。2行目は難波津の歌について批評や意見交換をしたものではないか。2行目の「まらと」は「まらうど(客人)」のことで、具体的には、難波津の歌を作ったとされる、百済から渡来した和邇を指すのではないか。木簡の上部が削られているのはインデックスのためで、この木簡は歌集を編纂するためのデータベースの1枚なのではないか。といったことでした。大変に刺激的なお説です。
会場にいらしたお茶の水女子大学の浅田徹先生からは、この木簡の1行目と2行目とは必ずしも関連付けて考えなくても良いのではないか、という否定的なご意見も出され、これも興味深かったです。
良い会に参加できました。
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貴重な記事や写真、ありがとうございます。
二行に渡っていて、しかも二行目は散文なのですね。
字体も草仮名のような感じでしょうか。
刺激的なご講演だったようで、拝読しつつわくわくいたしました。ありがとうございました。
投稿: ねごろ | 2018年2月25日 (日) 17時35分
ねごろさん
コメントをありがとうございます。
和歌+散文という形式、なかなか興味深いですね。しかも、和歌の方は何かを写したような均質な書き方なのに対して、散文の方はもう少し自由な書き方というのも意味ありげです。
散文の方は全体を十分には読み解けていませんね。犬飼先生は、「まらと」の続きは、「姿ぞ得て」と理解なさっているようでした。この「姿」は後世の歌論などに用いられる、歌の品格という意味と重なるものという意味合いです。
文字については、ひらがななのか草仮名なのか、会場でも話題になりましたが、はっきりとした方向性は出ませんでした。
投稿: 玉村の源さん | 2018年2月25日 (日) 17時56分
私も行ってきました。
犬飼先生のお話は、簡単な報告、私の考えと言ったもので、興味深くはありましたが・・・・。
自分の捉え方が正しく、他を許容しないよなスタンスに違和感がありました。
まア~、私の書いた本を読めば解ると言われても・・・・。
(とりあえず、本は読んでみようとは思いますが。)
高田先生は、いつもどおり全方位外交でした。犬飼先生の話とは、あまり噛み合っていないかな・・・・・。
投稿: りょうた | 2018年2月26日 (月) 16時35分
りょうたさん
はじめまして。コメントをありがとうございます。
そうですね。仰ること、わかる気は致します。
高田先生のお話は、古今集仮名序について、難波津の歌についてなど、難波津木簡を考える上で、基本的な事柄をお話しくださり、有益でしたが、それだけに、確かにお二方のお話は必ずしも噛み合っていない感じでしたね。
同様の木簡がさらに見つかることを願っています。
また、もう紙が十分に使えたであろう時代に、なぜ木簡に、というのも考えるべき事柄ですね。
投稿: 玉村の源さん | 2018年2月26日 (月) 17時14分