朔太郎生家移築
昨年の11月11日に、「朔太郎生家移築へ」という記事をアップしました。萩原朔太郎の生家の一部は前橋市内の敷島公園に移築保存されていましたが、それを前橋文学館のすぐ近くに移築することになったという内容です。その時はまだ工事は始まったばかりでした。
その工事が終わり、一般公開されたというニュースを知りました。今日と明日も前橋で仕事がありますので、昼休みを利用して行ってきました。
前橋文学館には「朔太郎記念」という冠が付いており、朔太郎関係の展示がメインです。その文学館のすぐ近くに朔太郎の生家を移築するというのはとても適切と思います。
入口。
全体像。左から、書斎、離れ座敷、土蔵です。あ、写っている自転車は私が乗ってきたレンタサイクルです。(^_^)
この3棟は朔太郎の生家のごく一部です。入口の所に朔太郎生家全体の平面図があります。
図で、書斎は上部やや左寄りにあります。土蔵は右下隅。その斜め左上が離れ座敷です。
大豪邸ですが、朔太郎のお父さんは開業医でしたので、部屋には病室や診察室、薬局なども含まれています。
書斎。
書斎の内部。
洋室ですね。当時(大正3年改造)の前橋では珍しかったようです。『月に吠える』や『青猫』所収の作品の多くがこの部屋で生み出されたそうです。
離れ座敷。
その内部。
こちらは和室です。床の間や丸窓、違い棚があります。客室として使われたそうで、この家を訪ねた北原白秋、若山牧水、室生犀星などがこの部屋に通されたということです。
土蔵。
屋根の鬼瓦の下には「萩」の一字が。
土蔵の内部。
今は朔太郎の写真などが飾られています。昭和20年の前橋の空襲の折、朔太郎のノートや原稿など数多くの資料がこの土蔵に保存されていて難を逃れたそうです。
前橋文学館前から生家を望む。
右端に見えているのは、前橋文学館前に鎮座している朔太郎像です。
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萩原朔太郎については,名字が同じと言うだけで,親近感を持っています。
月に吠えるは,有名ですが,読んだことはありません。
敷島公園も含め,前橋文学館は行ってみたいところです。
でも,まほろばに写真がいっぱい載っているので
行かなくてもいいかもしれません。
投稿: 萩さん | 2017年4月16日 (日) 17時27分
萩さん
ご覧いただき、ありがとうございます。
確かに苗字が一緒ですね。親近感、分かります。
私の写真で何となくでもイメージを掴んで頂けたら幸いです。でも、やはり現物は是非ご覧いただければと思います。(^_^)
投稿: 玉村の源さん | 2017年4月16日 (日) 22時43分