『幼稚園唱歌集』
2月26日に『尋常小学読本唱歌』という記事をアップしました。ネットオークションで入手した資料です。
類は友を呼ぶと言いますか(ちょっと違うか(^_^;)、今度は『幼稚園唱歌集』という本を入手しました。
文部省音楽取調掛の編纂です。
奥付によれば明治20年12月の出版で、東京音楽学校蔵版とあります。現在の東京芸術大学ですね。
「緒言」には次のようにあります。
続きの画像は省略しますが、本文の全体は次の通りです。
幼稚園唱歌集
緒言
一 本編ハ、児童ノ、始メテ幼稚園ニ入リ、他人ト交遊スルコトヲ習フニ当リテ、嬉戯唱和ノ際、自ラ幼徳ヲ涵養シ、幼智ヲ開発センガ為ニ、用フベキ歌曲ヲ纂輯シタルモノナリ。
一 唱歌ハ、自然幼稚ノ性情ヲ養ヒ、其発声ノ節度ニ慣レシムルヲ要スルモノナレバ、殊ニ幼稚園ニ欠ク可ラズ。諸種ノ園戯ノ如キモ、亦音楽ノ力ヲ仮ルニ非レバ、十分ノ効ヲ奏スルコト能ハザルモノナリ。
一 幼稚園ノ唱歌ハ、殊ニ拍子ト調子トニ注意セザル可ラズ。拍子ノ、緩徐ニ失スルトキハ、活発爽快ノ精神ヲ損シ、調子ノ高低、其度ヲ失スルトキハ、啻ニ音声ノ発達ヲ害スルノミナラズ、幼稚ノ性情ニ厭悪ヲ醸シ、其開暢ヲ妨グル恐レアリ。故ニ本編ノ歌曲ハ、其撰定ニアタリ、特ニ此等ノ要旨ニ注意セリ。
一 幼稚園ニハ、筝、胡弓、若クハ洋琴、風琴、ノ如キ楽器ヲ備ヘテ、幼稚ノ唱歌ニ協奏スルヲ要ス。是レ楽器ニヨリテ、唱和ノ勢力ヲ増シ、深ク幼心ヲ感動セシムルノ力アルヲ以テナリ。
明治十六年七月
内容はもっともと思います。指導者向けに書かれたものですね。
収録されている歌は全部で29曲です。私が知っているのは2番目に載っている「蝶々」だけです。隔世の感がします。
今とは3行目の歌詞が違いますね。戦後変えたのでしょう。
1番目に載っているのは「心は猛く」という歌です。
「~としも~ぞかし」ですからねぇ。難しい。(^_^; これを幼稚園児が歌ったとは。隔世の感がします。
楽譜は次の通りです。
曲は簡単ですね。歌詞が4行あるうち、1行目と2行目は同じ節、4行目もほぼ同じで、3行目だけが異なります。
歌うとすれば幼稚園児にもそう難しくはなかったでしょうが、歌詞が何とも。
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おもしろい資料を入手されましたね。
この歌詞で歌ったCDが、勤務先の図書館にありまして、聞いたことがあります。
メロディーは今と同じですが、歌詞がなんとも典雅でおもしろいです。
ほかにも同じように、メロディーはよく知っているけれども歌詞が少し違うものがあり、総じて古今調の感じでした。
明治時代における「美しい言葉」のイメージの一端が分かりますね。
おもしろついでに、音楽の先生から聞いた話です。
明治以前の日本の音楽の音階と、明治期に西洋から入ってきたいわゆるドレミ音階とは別物だったということはよく知られていますが、明治期の早い段階で、子どもの音楽教育のあり方を学ぶために西洋に出向いた日本の音楽家達は、音感の違いに苦しんだそうです。
日本の音楽にはない音を「取る」ことがなかなかできなかったとか。
頭では理解しても、感覚が受け付けなかったのかもしれません。
文化の固有性を示す一つの例になりましょうか。
でも、明治の後半には日本人オペラ歌手も出てきているのですから、人の柔軟性もまたたいしたものだと思います。
投稿: 朝倉山のオニ | 2017年3月 5日 (日) 17時09分
朝倉山のオニさん
コメントをありがとうございます。
ほんと、面白いものを入手しました。同時代資料は楽しいです。(^_^)
お勤め先の図書館、興味深いCDを所蔵されていますね。
確かに歌詞がなかなか典雅ですよね。時代的にはどうなんでしょう。散文は言文一致体が形を成してくる頃でしょうか。でも、韻文となるとやはり古今調ということになるのかもしれませんね。
日本の音階と西洋の音階との違いに苦しんだというお話し、興味深いです。当時の日本人にとっては聞いたことがない曲調だったのでしょうね。日本はヨナ抜き音階でしたっけ。この言葉を初めて知ったのは、黛敏郎の「題名のない音楽会」でだったように思います。もう大昔。(^_^)
文化の違いは多方面にわたりますね。面白いです。
投稿: 玉村の源さん | 2017年3月 5日 (日) 17時47分