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2017年3月

2017年3月31日 (金)

定年退職しました

 本日、無事に定年退職を迎えました。

 11時から職場で退職の辞令交付式があり、辞令をもらいました。
Teinenjirei
 代わりに(というわけではありませんが)、身分証明書、健康保険証、コピーカードなどを返しました。研究室の鍵も。(^_^;

 部屋の片づけ、まだ終わっていません。お目こぼしを戴き、なるべく早く片づけることでお許し頂きました。鍵はその都度守衛さんから借りて、部屋を片づけます。

 送別会をして頂いて退職したのに、4月になっても学内をウロウロしているというのは、何ともバツが悪いです。なるべく人目に付かない様にします。1日でも早く片づけねばと思っています。もう少し早くからこういう気持ちになっていたら良かったのにと、今さらながら思います。反省です。

 いずれ新しい健康保険証が送られてくると思いますが、今のところ保険証なしです。病気しないようにせねば。

 運転免許証もパスポートも持っていないので、身分を証明するものもなくなってしまう事態になります。この日のために1月にマイナンバーカードを作りました。良かったです。

 これからはブログやHPに力を注げます……と良いのですが、あれやこれや結構忙しそうです。

 少し落ち着きましたら。

2017年3月30日 (木)

懐かしのフロッピーディスク

 研究室の片付けは、古層に手が届きました。

 昔懐かしいフロッピーディスクが出てきました。5インチのフロッピーディスクというのは、若い人は見たこともないかもしれませんね。
Floppy01
 ところで、上の写真は実は5インチではありません。下の写真で、上に乗っているのが5インチです。下敷きになっている大きいのは8インチ。(^_^)
Floppy02
 さすがに私は8インチというのは使ったことがありません。今の勤務先に来て数年経った頃に、このディスクを見つけました。以前使っていたもののようです。その頃はもう使っていませんでしたし、そもそもこれを読むためのフロッピーディスクドライブがもうありませんでした。珍しいので、貰いました。

 私がパソコンを使い始めた頃は5インチの時代で、パソコン雑誌の付録に5インチのフロッピーディスクが付いてきたりしていました。それも発掘しました。『アスキー』という雑誌の付録です。
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 『日本語研究文献目録』のフロッピー版などというのもありました。『古典対照語い表』もありましたね。
Floppy04
 今や、そういったデータはDVDになったり、ネットから取り込むようになったりして、隔世の感があります。

 こういったところで感慨にふけったりしているので、片付けが捗りません。(^_^;

2017年3月29日 (水)

明治時代の絵の教科書

 このようなものを入手しました。文部省検定済みの小学校の教科書です。
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 奥付は以下の通り、明治26年の発行です。
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 持ち主は桑原浩君。高等小学校3年生です。この頃の学制では、尋常小学校が4学年、その上に高等小学校が4学年乗っていたようで、高等3年生は12歳~13歳になるようです。
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 当時の筆記具は毛筆が中心だったのかもしれませんが、うまいですねぇ。12歳でこんな字を書いていたなんて。こんな字今の私にもとても書けません。(^_^;

 中を少し見てみます。

 木葉。小さい字で筆順が示してあります。これくらいならば、練習すれば描けるかもしれません。
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 釣竿。シンプルですけど、それ故に形を取るのが難しそうです。
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 烟草盆。今や時代劇でしか見ませんね。当時は一般の家にも普通にあったのでしょうかね。今だったら、小学生にたばこ盆の絵を描かせるのか、という切り口からのクレームが避けがたいことでしょう。
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 鍵。……鍵って。これまた時代劇の世界ですね。鬼平犯科帳や雲霧仁左衛門に出てきそう。当時はこういう鍵が一般的だったのでしょうかね。蔵の鍵のような気がします。
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 やはり同時代資料は興味深いです。

2017年3月28日 (火)

ずんだまんじゅう&一口香

 先日、東京の家の近所のスーパーで、ささやかにうまいもの市が開催されていました。

 金色のひっぱりだこ飯もそこで買いました。(^_^) たこ飯の隣には厚岸のかきめしが並んでいました。あれも好きなのですが、金色に目が眩んで、たこ飯を選んでしまいました。(^_^;

 お菓子の売り場には、ずんだまんじゅうというのがありました。以前だったら素通りしてしまったと思うのですが、「ずんだ」という文字を見た途端、「ところで、ずんだ餅はお好きかな?」という声が聞こえてきたような気がして、つい買ってしまいました。(^_^; 「真田丸」の呪縛からまだ抜けられません。(^_^;
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 ひとくちサイズのお菓子です。
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 中の餡が「ずんだ」です。食べかけをご覧に入れるのもお見苦しいので、中に入っていたしおりをご披露します。
Zundaman
 このお菓子メーカーは、「伊達絵巻」と同じ会社です。

 近くに長崎の一口香がありました。
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 これは、以前、このスーパーで買ったことがあり、おいしかったので、また買ってしまいました。
Ikkoko02
 近所の店で全国のおいしい食べ物が手に入るというのはありがたいことです。

2017年3月27日 (月)

ナゾの木簡

 昨日ご紹介した木簡パスポートの続きです。

 あの木簡パスポートは、実在する木簡を複製したものなのかどうか調べてみました。

 こういう調査は簡単です。奈良文化財研究所のサイトで木簡データベースを検索すればすぐに分かります。便利な世の中になりました。

 検索した結果、ぴったりなものはありませんでしたが、よく似たものが1件見つかりました。滋賀県の鴨遺跡から出土した木簡です。この木簡のことは『木簡研究』の第2号と『日本古代木簡選』(岩波書店)とに掲載されていることも分かりました。『木簡研究』は昨日見ることができましたが、図版は掲載されていませんでした。今日、『日本古代木簡選』を見て来ました。こちらには図版が載っていました。
Onyumokkan04
 文字はよく見えませんね。

 収録されていた釈文は次の通りです。

 (上部)遠敷郡/(下部1行目)遠敷郷小丹里/(下部2行目)秦人足嶋庸米六斗

 鴨遺跡木簡と木簡パスポートとを並べてみます。
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 形状は大変によく似ています。サイズも、鴨遺跡木簡が160mm×32mm×6mmであるのに対して、木簡パスポートは160mm×30mm×6mmです。幅が木簡パスポートの方が2mm短いだけで、あとは同じです。

 木簡パスポートのモデルは鴨遺跡木簡と考えてよいでしょう。本文は、上部が鴨遺跡木簡では「遠敷郡」であるのに対して、木簡パスポートでは「若狭国遠敷郡」となっており、「若狭国」が加筆されています。下部の1行目は両者同じです。下部の2行目は、鴨遺跡木簡が「秦人足嶋庸米六斗」であるのに対して、木簡パスポートは「秦人庸米六斗」となっており、「足嶋」という人名がカットされています。

 「若狭国」を書き加えたのは、博物館の名称が福井県立若狭歴史博物館だからではなかろうかと思います。

 「足嶋」をカットしたのは、フルネームだと個人情報保護の観点から問題が生ずるからでしょう。

……なんてはずはありませんね。(^_^)

 「若狭国」を書き加えた分、どこかを削る必要が生じたからでしょうか。

 博物館などで、実物の代用として展示するレプリカは、限りなく実物に近いことが求められましょうが、今回のような木簡パスポートは、それとは性格が異なりますので、改変しても良いということでしょう。さらに言えば、複製と贋作とは紙一重でもありますので、現物の趣は残しつつも、あえて現物とは違ったものとして作成したということがあるのかもしれません。

 なかなか面白いことが分かりました。

 でも、鴨遺跡木簡そのものについて、もっと興味深いことがあります。

 この木簡には「遠敷郡遠敷郷小丹里」とあります。郡郷里制下のものですので、この木簡の時代は霊亀三年(717)~天平十一年(739)と考えられます。ところが鴨遺跡木簡の時代は、伴出土器の年代から九世紀後半と考えられるとのことです。しかも同じ出土層から貞観十五年(873)の年紀のある木簡が出土しているということです。この100年以上(150年を越えるかもしれません)の年代のズレをどう理解すればよいのか。

 さらにもう1つ。なぜこの木簡がこの遺跡に埋っていたのか。この木簡は文面から荷札であることが明らかです。荷札であれば、諸国から都へ税として運ばれる物産に付けられ、都に着けば、役目を終えて廃棄されるか、あるいは表面を削って再利用されたことでしょう。従って、荷札木簡は一般的に終着地(藤原京、平城京など)で出土します。

 鴨遺跡は琵琶湖の西岸、北の方に位置します。若狭から都への道中です。どうしてそこからこの木簡が出てきたのか。輸送中に落ちたのかと考えましたが、路傍に落ちたのなら、その場で長年月を経て朽ち果てたことでしょう。遺跡から出土することはありますまい。

 都へ輸送中に賊に襲われて奪われたのでしょうかね。鴨遺跡は賊の根拠地だったとか。

 2つ、大きなナゾです。

 『木簡研究』も『日本古代木簡選』も、ともにそのナゾに触れてはいますけれども、どう理解すべきか苦慮しているようです。『木簡選』には、「(地名の記載方法から推定される年代と)伴出遺物から推定される年代との間の差をどう考えるかは、遠敷郡の庸米が何故ここで消費されたかという問題とともに、この遺跡の性格を考える場合に重要であろう。」とあります。2つのナゾはリンクしていそうですね。この遺跡は、部分的にしか発掘されておらず、「面的に遺構の性格を追求する調査は実施されていない」とのことです。

 興味深いですねぇ。昨日、予告して1日お待ち頂きましたけれども、ご期待に添えたのではないかと思っています。(^_^)

2017年3月26日 (日)

木簡のレプリカ

 木簡のレプリカを入手しました。入手先はまたネットオークションです。
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 長さは16cmほどです。

 裏はこのようになっています。
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 上の方に捺してある朱印の印文は鮮明で「若博特別展」と読めますが、他に4つ捺してある朱印は、左下の文字が「寺」と読めそうなものはあるものの、全体的になかなか解読困難です。他に4299という黒字の数字があります。
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 「若博」の文字を手がかりにググってみましたら、次のようなポスターが見つかりました。
Mokupas
 このポスターやその他の記事を参照すると、この木簡は、福井県立若狭歴史博物館が配布した「木簡パスポート」であることが分かりました。この木簡パスポートを、対象となる寺社や博物館等で提示すると、ポストカードが貰えたり、入館料の割引を受けられたりするようです。また、裏面は朱印帳代わりになります。

 このイベントはもう終わってしまったようですけど、こういうのいいですね。紙のパスポートよりずっと楽しいです。長さ16cmならば嵩張りませんし、軽いし、くしゃくしゃにもなりません。

 この木簡パスポートには、「遠敷郡遠敷郷小丹里」という地名が書いてあります。若狭歴史博物館の所在地のあたりがちょうど小丹里に当たるそうで、それもバッチリです。

 「遠敷」は「おにゅう(をにふ)」と読みます。古くは「小丹生」と書いていたのですが、奈良時代の初め頃に、全国の郡里名は全て二字表記に統一されることになり、「小丹生」は「遠敷」と改められました。「遠(をに)/敷(ふ)」ですね。本来の語構成を無視した表記で、二字表記化の命令でもなければ思い付かないような表記でしょう。

 朝廷の意向は二字表記に加えて、良い文字を使うようにということもありました。「敷く」には治める、統治するという意味もありますので、「遠敷」は遠い後の世までもこの土地が平和に統治されているように、という意味も重ね合わされているのではないでしょうか。

 二字表記化の命令は和銅六年(713)の風土記撰進の詔の第一条がそれにあたるものと考えられてきましたが、「遠敷」と書いた和銅四年の木簡が見つかっているので、二字表記化の命令は実は和銅四年以前にさかのぼるのではないか、ということを論文に書いたことがあります。

 そんなことがありましたので、遠敷木簡には思い入れがあり、それで今回このレプリカを入手したく思いました。

 さてこの木簡パスポート、本物の木簡の忠実な複製なのか、あるいは全くの創作なのか調べてみました。

 これに関しては、また面白いことが出てきたのですが、ちょっと資料で確認しなくてはなりません。明日、確認の上、改めてアップします。もしも明日、木簡以外の話題(たこ飯の駅弁とか(^_^;)がアップされたとしたら、資料確認の結果、ナゾが深まって書けなくなってしまったとお考えください。(^_^;

2017年3月25日 (土)

金色のひっぱりだこ飯

 今日、東京の家の近所のスーパーで買いました。このスーパー、たまに駅弁を売っています。
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 燦然と輝く黄金のひっぱりだこ飯です。

 横から。口のところのゴム紐も金色です。
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 中身。
Hipparigold03
 この駅弁、西明石駅の駅弁です。7年前に購入した通常版はこのような姿です。
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 中身。
Hippari02
 累計生産1000万個突破記念ということで、このような金色バージョンになったようです。

 通常版の購入は7年前なので、今の中身は分かりませんが、7年前のと比べると金色バージョンには燦然と輝く栗の甘露煮が入っています。

 東京に居ながらにして珍しいものが手に入りました。(^_^)

2017年3月24日 (金)

うさぎのネクタイ

 ネクタイを頂きました。
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 定年退職のお祝いです。お心遣い、ありがたいことです。

 上の写真ではどういう絵柄か判然としませんので、拡大します。
Usanin02
 人参を大切そうに抱えたうさぎです。(^_^) かわいいです。左向きと右向きと、2通りの絵柄ですね。

 私も食べ物を大切にしなければと、そんなことを思いました。こうした、大好きなものを大切にするという気持ちは好ましいです。

 このネクタイ、イタリア製です。イタリアでもうさぎと人参の組合せはあるのだなぁと思いましたが、この組合せ、ひょっとしたら西洋から伝わったのですかね。日本のうさぎは月とセットだったり、波とセットだったりしますものね。人参とセットになるのはいつ頃からかなぁと思います。

2017年3月23日 (木)

平成28年度謝恩会

 昨夜は高崎市内で謝恩会が開催されました。……といいますか、教員側からすれば、「開催して頂きました」ということになります。

 これは、卒業式終了後。まだ学内です。私の部屋の前。
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 以下、謝恩会のスナップです。
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 次。
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 次。
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 次。
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 次。
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 あんまり「次」「次」と続けると、恩師O先生の授業を思い出します。(^_^; いえ、私の頃にはもうそういうことはなかったのですけど、昔話をご本人からお伺いしているうちに、自分では経験していないのに、なんかそういうイメージが付いてしまいました。

 お花を頂きました。
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 バックがヘンですね。適当なものがなかったので、スーツの上着を使いました。お座なりです。(^_^;

2017年3月22日 (水)

平成28年度卒業式

 今日は卒業式でした。
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 いつも吹奏楽部にはお世話になっています。
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 箏曲部にも。
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 本学では1人1人に卒業証書を手渡しますので、卒業証書授与だけで1時間半以上掛かります。その間、箏曲部はずっと演奏を続けています。さぞ大変ではないかと思います。

 今年度の私のゼミは4人です。その4人を並べてみました。
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 学長告辞。今日の告辞は良かったです。
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 群馬県知事祝辞。
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 群馬県議会議長祝辞。
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 答辞。
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 夜は高崎で謝恩会が開かれました。それはまた後日。

2017年3月21日 (火)

ふんどしぐんまちゃん

 このようなものを入手しました。
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 群馬県吾妻郡の川原湯温泉のタオルハンカチです。

 なんかドキドキしました。
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 ふんどし姿のぐんまちゃんというのがユニークなせいでしょうか。なんか生々しいというか、艶かしいというか。

 最近は、着衣のぐんまちゃんが多くなってきましたけど、以前は服は着ていないのが普通でした。今も珍しくありません。
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 何も身に付けていなくても、どうということはないのに(馬ですから)、なまじ、ふんどしを着けていると、かえって生々しくなってくるというのは、なかなか奥深いものがあります。

 この件、さらに考察を深めると、当ブログの家風(?)から外れて行きそうに思いますので、この辺でやめておきます。(^_^;

 なお、見慣れてくるにつれて、ふんどし姿のぐんまちゃんへの違和感は次第に薄れて行きました。(^_^) 慣れは偉大です。

2017年3月20日 (月)

お寺でお彼岸の法事

 今日は菩提寺で春のお彼岸の法要がありました。

 朝10時から法話、11時から法要です。

 法話では、お彼岸の意味などの解説の他に、金子みすゞの「私と小鳥と鈴と」を取り上げたお話しがありました。

  私が両手をひろげても、
  空はちつとも飛べないが、
  飛べる小鳥は私のやうに、
  地面を速く走れない。

  私がからだをゆすつても、
  きれいな音は出ないけど、
  あの鳴る鈴は私のやうに、
  たくさんな唄は知らないよ。

  鈴と、小鳥と、それから私、
  みんなちがつて、みんないい。

 最後の部分は有名ですが、全体は必ずしもそうではありませんね。恥ずかしながら、私も最後以外はあいまいでした。詩の全体をじっくりと読む良い機会を頂きました。良い詩です。

 以前もご紹介したかもしれませんが、このお寺では東日本大震災の殉難者の位牌を作って、ご住職が毎日お経を上げていらっしゃいます。
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 位牌の文字が「東日本大震災」ではなく、「東北関東大震災」となっています。これは「東日本大震災」が正式名称と決まる前の通称ですね。いかに早い時期にこの位牌が作られたのかを物語っています。

 法事のあと、近くのレストランでお昼を御馳走になりました。食べたことのないものばかりでしたので、写真に撮ってしまいました。

 これは前菜の前の料理です。何と呼ぶのでしょう。「付きだし」ではないでしょうが。
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 これが前菜ですね。
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 魚料理。
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 肉料理。
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 デザート。
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 全部説明されたのですが、忘れてしまいました。メモしておかないとダメです。(^_^;

 全てとてもおいしゅうございました。

 ご住職はハチミツがお好きとのことですので、今度尾瀬のハチミツを持参します。♪

2017年3月19日 (日)

学科の送別会&カランコエ

 今日は日曜日ながら、午前も午後も会議。夜は学科の送別会を開いて頂きました。

 お花を頂きました。
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 一見、アレンジメントのように見えます。

 ビニールを外しても同様。
Kalanchoe13
 でも、正解は鉢植え4鉢でした。
Kalanchoe14
 カランコエですね。4色全部色が違います。1月まではカランコエという植物名すら知らなかったのですが、どんどんカランコエが増えてゆきます。(^_^)

 実は、送別会では多分花束をいただけると思っていました。でも、1月に鉢植えを頂いたことで、にわかに園芸への関心が増してしまい、頂けるのならば花束よりも鉢植えがいいなと思ったのです。花束は枯れてしまいますけど、鉢植えならば、うまくすれば何年も楽しめます。そのようなことで、鉢植えをリクエストしてしまいました。何とも厚かましいことです。(^_^;

 思いがけず4鉢も頂いてしまい、恐縮です。1鉢では様にならないとお考えくださったのかもしれません。申し訳ないことでした。

 枯らさないように頑張ります。

2017年3月18日 (土)

浅間シンポに行ってきました

 今日は、先日ご紹介したように、勤務先で浅間山のシンポジウムがありました。タイトルは「浅間」ですが、内容は全て天明3年の浅間山の噴火でした。
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 通常の群馬学連続シンポジウムと異なり、会場は講堂ではなく一般教室です。
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 講演のトップは古澤勝幸氏(群馬県教育委員会埋蔵文化財主監)の「萩原進と浅間山天明噴火の研究」。
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 2番目は井上公夫氏(砂防フロンティア整備推進機構技師長)の「浅間山天明噴火による鎌原土石なだれと天明泥流」。
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 最後は中島直樹氏(玉村町教育委員会文化財係長)の「天明の噴火の泥流-玉村町の発掘調査から-」です。
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 浅間山の噴火については一応知っているつもりだったのですが、初めて聴くお話も多く、大変勉強になりました。

 噴火の被害は多岐に亘り、主なものだけでも
  1.火山弾・火山灰等による中山道や宿場等への交通・家屋・人的被害
  2.火山灰による関東地方への農業被害
  3.大規模な岩屑なだれによる鎌原村の壊滅的被害
  4.岩屑なだれが吾妻川に入って泥流となり、吾妻川・利根川流域の村にもたらした被害
などです。

 この泥流は東京の両国や千葉県の銚子にまで流れ下ったそうです。

 利根川の流れは玉村も通っています。当時の目撃談に、利根川の増水が進み、泥水に溶岩と家・諸道具・馬が一緒くたになって流れ、その中から助けを求めて泣き叫ぶ人の声が聞こえた、というのがあるそうです。

 沢山の方々が聴きに来てくださいました。
Asamasympo06
 文系の学問は不要などと言われたくないですね。需要は大いにあります。いや、仮に需要が少なくたって必要な学問です。

 大勢来てくださって、大変にありがたかったのですが、実は年齢層はかなり高齢者に偏っていました。うちの学生を初め、若い人たちにも来てほしかったです。ま、学年末の試験も終わり、学生さん達の中にはとっくに帰省してしまったり、アルバイトの稼ぎ時だったケースも多かったことでしょう。3月半ば過ぎはそういう時期ですよね。時期的に仕方ないところかもしれません。

 私が毎年呼ばれて講演をしている前橋の「みくの会」の方がいらしていて、挨拶されたのは嬉しいことでした。地域貢献は公立大学にとって大事な責務と、改めて思いました。

 群馬学センターに萩原進氏のご遺族から寄贈された多くの資料があります。その中に吾妻川・利根川の泥流を描いた図があるというので見せて貰いました。下はその一部です。
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 中村、やき原(八木原)、半田という地名が見えます。八木原は当ブログにも何度か登場している私の家の最寄り駅です。

 八木原は「無難」とあり、被害はなかったようです。確かに八木原は利根川からやや離れていて、標高も少し高いです。

 一方、半田は「半分土入」とあります。半田の方が利根川に近く、標高も低いので、被害が出たのでしょう。昭和30年代に利根川が氾濫して半田は水につかったと聞いたことがあります。

 そういったことは、土地勘があるとよく理解できますね。

2017年3月17日 (金)

絶賛片づけ中

 研究室の片づけ、なかなか捗りません。(^_^;

 片付けの最中、飴ちゃんが出てきました。この飴、好物です。
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 賞味期限です。
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 少し古いといえば古いですけど、1年半ほど前ですので、そう大したことはありません。個包装からやや出しにくかったですけど、味は変わりありませんでした。飴ですからねぇ。

 これ以上に古いどんなものが出てくるか楽しみです。(^_^)

 1月半ばに撮った写真です。
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 反対側から。
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 いずれ片付けが終わったときに、ビフォー・アフターの比較を載せようと思って撮ったものです。用意の良いことで。(^_^;

 でも、今日あたり、この時よりもぐちゃぐちゃです。片付けの最中はかえってひどい状態になりますね。夜明けの前が一番暗い。(^_^;

 先日、4年生のかるべさんが手伝ってくれました。学生さんの貴重な時間を奪ってはいけないと思い、誰にも手伝いのお願いはしたことがなかったのですが、手伝ってくれると確かに捗ります。ありがとうございました。

2017年3月16日 (木)

カランコエ、ちょっと不安

 2ヶ月前に頂いたカランコエ、花は元気に咲いているのですが、肉厚だった葉っぱが柔らかく、しわしわになってきました。ちょっと心配。
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 水やりは控えめにということでしたので、控えめにしていたのですが、控えすぎたのでしょうか。
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 ただ、新しい葉っぱは出てきています。
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 いくつも。
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 古い葉っぱが萎れて落ちて、それに代わって新しい葉っぱが大きくなってゆく新陳代謝ならば問題ないのでしょうが、カランコエ初心者の私には皆目分かりません。

 花芽(というか、つぼみというか)は、まだ結構ありますので、この先の開花も望めます。
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 当面、様子見ですかねぇ。

2017年3月15日 (水)

岩波ブックセンター休業

 先日、神保町に行ったついでに、いつものように岩波ブックセンター(信山社)に立ち寄りました。そうしたら、閉っていました。ドアに張り紙があり、「店主急逝のため、11月23日からしばらくの間、休業させていただきます」という意味のことが書いてありました。

 残念に思い、1日でも早い再開をと願いましたが、店主1人で店番をしているような書店ではなく、会社ですからねぇ。店主が急逝したからといって店を閉めてしまうものでしょうか。

 気になってググってみましたら、この書店、ずっと赤字経営が続いていたのだそうです。そこへ、10月に代表取締役としてこの書店を支えていた柴田信氏が亡くなったことで、11月下旬に破産手続をとることになったのだそうです。

 出版不況の時代とはいえ、あれだけ充実した学術書籍を揃え、神田神保町交差点角というすばらしい立地条件であっても、経営が成り立たないとは。

 暗然としました。

 あの日に買った『出雲国誕生』が最後の買い物になりました。
Izumotanjo
 いや、最後の買い物ではなく、何とか復活して貰いたいです。
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2017年3月14日 (火)

ぐんまちゃんマンホール

 ぐんまちゃんネタの連投になります。(^_^;

 ぐんまちゃんの絵柄のマンホールの蓋です。
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 私はまだ実物にお目に掛かっていません。まだ数が少ないか、設置されている地域が限定されているのではないかと思います。早くお目に掛かりたいものです。

 絵柄はなんかごちゃごちゃしていますね。車を運転しているぐんまちゃん(7歳なのに)の周りに、県の木くろまつ、県の花レンゲツツジ、県の鳥やまどりが描かれています。

 こういった「ご当地マンホール」は結構あるようですね。

 画像は、マンホールの現物ではなく、ご当地マンホールのストラップです。
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 愛知県春日井市の会社が作っています。群馬県のも作ってくれて、ありがたいことです。ぐんまちゃんの人気のなせるわざでしょうか。

 通販もしていて、これは通販で入手しました。

2017年3月13日 (月)

ぐんまちゃんの肉筆色紙

 昨日頂いたもう1つの記念品です。
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 肉筆のぐんまちゃんの肖像画。

 絵の部分だけアップ。
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 ぐんまちゃんが描いた自画像ではありません。ぐんまちゃんのお母さんといいますか、生みの親の方の作品です。

 ぐんまちゃんの生みの親は群馬県の職員さんです。昨日集まってくれたメンバーも、幹事が県職員の他、何人か県職がいました。そして私も県職です。

 そんなようなご縁で、幹事がぐんまちゃんの作者の方に、「恩師がぐんまちゃんの大ファンで……」といって色紙を描いてくれるようにお願いしてくれたのだそうです。作者の方も喜んで描いてくださったそうです。

 いやぁ、ありがたいことです。

 細部です。立体的に描かれていますね。
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 作者のサイン。
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 この作者は、以前、ぐんまちゃんの生みの親ということで、『グラフぐんま』という広報誌に写真付き、実名で紹介されたこともあります。この色紙には、「ぐんまちゃん作者」という肩書きで「Fumi」と署名してくださっています。

 得がたい素敵なものを頂きました。幹事さんをはじめとして昨日集まってくださった方々、そして、ぐんまちゃんの作者の方に篤く御礼申し上げます。

2017年3月12日 (日)

囲む会

 私が定年退職を迎えるというので、今夜、前橋で4期生・5期生の有志が「北川先生を囲む会」を開いてくれました。ありがたいことです。
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 4期生・5期生は、私が着任したときに3年生・2年生だった学年です。最初に卒論指導をした3期生も印象に残っていますけど、3期生は私の授業はとっていないので、そういう意味では、4期生・5期生は授業や部活などを通しての親近感があります。

 3期生は私よりもちょうど一回り下のうさぎです。とすると、4期生は13歳下、5期生は14歳下ということになりますね。みなさん50をちょっと越えたあたりでしょうか。←余計なことを言うと怒られます。あ、実際に余計なことを言って、怒られました。(^_^;

 もう、私とはほぼ同世代と言っていいでしょう。誤差の範囲内です。

 4期生・5期生が在学中にホワイトボードに書いた落書きがまだ残っていましたので、それを撮影したものをプリントアウトして持って行きました。30年近く、よく残っていたものです。もう簡単には消えないかもしれません。
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 こんなのも。
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 こんなのも。これはもう少し下の学年の仕業のようです。あ、金魚は私の作です。ヘタですね。(^_^;
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 きれいな花のアレンジメントを頂きました。
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 他に何ともすばらしい記念品を頂いたのですが、それは単独でネタになりそうなので、また明日。(^_^)

2017年3月11日 (土)

「万葉集 花の世界」二人展

 このような催しがあります。
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 写真家の宮澤正樹氏が撮られた万葉植物の写真と、書家の菱秋香氏が揮毫された万葉歌とのコラボ展です。

 宮澤氏は、2年前に土屋文明記念文学館で開催された「歌の古代を探る」展に、万葉植物の写真をご提供くださっていました。

 会期は3月下旬ですね。行ってこようと思います。研究室の片付けが終わっているとは思えませんけど。(^_^;

2017年3月10日 (金)

第10回 上州・大古本まつり

 今日は前橋で仕事の日でした。恒例により県庁に立ち寄ったところ、1階のホールで古本まつりを開催中でした。毎年恒例の行事で、今年で10回目になるようです。
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 会場はこんな感じです。
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 たまたま看板の脇にあった本が写っていました。
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 沢瀉注釈が22冊揃で1万2千円、宮沢賢治童話全集が7冊揃で2千円、現代短歌全集が15冊揃で1万円。もう価格破壊状態ですね。(^_^) 全集は場所を食うので不人気ということもありそうです。

 上代文学専攻の院生さんには、沢瀉注釈がこの値段で入手できるということはありがたいことだと思います。

 群馬県関係の古い地図も結構ありました。県全体の地図や、前橋市、高崎市の地図など。こちらは、3万5千円だの、1万2千円だの、結構な値段が付いていました。ネットオークションにも古地図の出品は結構あります。ブームでしょうかね。

 地図好きにはありがたいことです。

2017年3月 9日 (木)

桐生で出前講座&織姫神社

 今日は桐生市で出前講座をしてきました。テーマは毎度おなじみの「上野三碑を考える」です。わたらせプロバスクラブというサークルの講演会でした。参加者の皆さんは来月上野三碑の見学に行かれるそうで、その予習という意味でお声かけくださったとのことでした。うまく予習になりましたか。(^_^) レジュメはこちら

 場所は、桐生市市民文化会館という所で、桐生駅から歩いて行ける距離ではありますが、ちょっとあります。相変わらずノートパソコンなど荷物も多いし、「さて?」と考えつつ桐生駅を降りたら、レンタサイクルがありました。♪
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 なんと無料でした。
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 「おりひめサイクル」とあります。また「商連貸自転車」とあります。この「商連」というのは「商店連合会」という意味でしょうかね。ありがたかったです。

 「犬猫飼い主募集中!!」のポスターもありました。いいですね。
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 会場の近くに織姫神社という神社がありましたので、立ち寄りました。寄り道せずに早く会場に行けば良いのに。(^_^;
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 これが社殿といいますか、祠といった感じですね。
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 機織りの神さまである白滝姫を祀っているそうです。桐生は織物で栄えた町ですし、レンタサイクルの名前も「おりひめ」でした。

 会場は4階にあり、見晴らしも良かったです。赤城山がよく見えました。
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 たまたま一昨日も赤城山の写真を載せました。あれは赤城山の南西方向からの撮影でした。今日の写真は赤城山の南南東方向からの撮影です。

 眺望を楽しむ人のための案内板もありました。
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 山の名前がわかるとなんか嬉しいです。(^_^)

2017年3月 8日 (水)

イトーヨーカドー奈良店が閉店へ

 アサヒコム奈良版によれば、イトーヨーカドー奈良店が閉店する方向で地元関係者と協議を始めているとのことです。

 その土地建物はコンサルティング会社「やまき」(東京都港区)が買い取り、2018年春にも「(仮称)奈良平城プラザ」としてリニューアルオープンする構想があるそうです。

 このお店には、デジカメのデータ保存カードがいっぱいになってしまって、新しいメディアを購入するために飛び込んだり、屋上にのぼって三輪山方面を望んだりした思い出があります。
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 ここ、もとはそごうだったんですよね。そしてその前は長屋王邸。←って、1300年も一気にワープしてしまっていますけど。(^_^;
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 そごうが不調になったのは長屋王の祟りだとしても(←そういう滅多なことを言ってはいけません)、イトーヨーカドーも長屋王のお気に召さなかったんでしょうかね。

2017年3月 7日 (火)

晴れと曇りとの境界

 今日、渋川の家の最寄り駅である八木原駅での撮影です。
Harekumori
 正面は東です。右が南、左が北になります。左側に見えている山は赤城山です。

 一部分だけ切り取った写真ですが、画面よりも右側はずっと青空です。左側はずっと曇り空です。

 駅のほぼ真北には子持山があります。ほど近くの山ですので、普段はよく見えていますが、今日は雲に覆われてほとんど見えませんでした。

 ということで、赤城山のやや南に晴れと曇りとの境が存在したということになります。

 八木原駅ではわずかに風花が舞っていました。1つ南の群馬総社駅ではきれいな青空でした。渋川あたりが関東平野の北のヘリに当たりますので、天気の境目になることもあります。

 タモリさんもヘリ好きですけど、確かにヘリは面白いです。(^_^)

2017年3月 6日 (月)

浅間山のシンポジウム

 来週の土曜日、勤務先でこのようなシンポジウムが開かれます。
Asama01
 年に2~3回開催している「群馬学連続シンポジウム」とは別枠です。
Asama02
 タイトルは「浅間」ですが、どうも、天明3年の浅間の大噴火による災害のことが中心になりそうです。

 年度末でお忙しい時期と思いますが、関心のある方はぜひお越しください。

2017年3月 5日 (日)

カランコエ&桑の剪定

 1月15日に、カランコエの鉢を頂いた記事を載せました。あの時の花はこんな感じでした。
Kalanchoe01
 今はこんなになりました。
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 こうしてどんどん花が咲いてくれると楽しみです。まだ気温が低いので外に出せず、あまり日に当ててやれませんが、暖かくなったら外に出して、十分に日に当ててやろうと思っています。

 カランコエって、今までは名前も知らなかったのですが、実は、国文学科の共同研究室に、頂き物のカランコエがあり、教務補助さん(副手のような立場です)が世話をしてくれていたのでした。灯台下暗しです。

 ところが、国文研もあまり日が当たらないので、このカランコエ、葉ばかり繁って、今シーズン、花は付きませんでした。そこで、教務補助さんが剪定して、切ったものを里子として私にくれました。これを挿し芽として育て、来年、花が咲けば国文研に里帰りさせます。

 今日はその作業をしました。
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 2鉢になりました。
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 さて、うまく育ちますか。(^_^)

 今日は桑の木の剪定もしました。
Kuwa31
 この写真では大きさがよく分かりませんが、複雑に枝分かれして2m~3mもあろうかという枝が3本です。

 家は道路沿いにあります。切った枝が道行く人に倒れかかっては大変です。キョロキョロしながら切りました。挙動不審です。(^_^;

 切ったものは、そのままでは大きすぎますので、枝を払ったり、短く切ったりしました。その作業中、見ず知らずの道行く方お二人からねぎらいの言葉を掛けられました。下町ではありませんが、なかなか人情がある町です。

 今日は、他には未明にレポートを全部読み終わり、さきほどネット経由で成績登録も済ませました。勤勉な1日でした。

 予定では確定申告書を作成しようと思っていたのですが、ちょっと疲れたので、どうするか迷っています。(^_^)

2017年3月 4日 (土)

『幼稚園唱歌集』

 2月26日に『尋常小学読本唱歌』という記事をアップしました。ネットオークションで入手した資料です。

 類は友を呼ぶと言いますか(ちょっと違うか(^_^;)、今度は『幼稚園唱歌集』という本を入手しました。
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 文部省音楽取調掛の編纂です。
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 奥付によれば明治20年12月の出版で、東京音楽学校蔵版とあります。現在の東京芸術大学ですね。
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 「緒言」には次のようにあります。
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 続きの画像は省略しますが、本文の全体は次の通りです。

幼稚園唱歌集
  緒言
一 本編ハ、児童ノ、始メテ幼稚園ニ入リ、他人ト交遊スルコトヲ習フニ当リテ、嬉戯唱和ノ際、自ラ幼徳ヲ涵養シ、幼智ヲ開発センガ為ニ、用フベキ歌曲ヲ纂輯シタルモノナリ。
一 唱歌ハ、自然幼稚ノ性情ヲ養ヒ、其発声ノ節度ニ慣レシムルヲ要スルモノナレバ、殊ニ幼稚園ニ欠ク可ラズ。諸種ノ園戯ノ如キモ、亦音楽ノ力ヲ仮ルニ非レバ、十分ノ効ヲ奏スルコト能ハザルモノナリ。
一 幼稚園ノ唱歌ハ、殊ニ拍子ト調子トニ注意セザル可ラズ。拍子ノ、緩徐ニ失スルトキハ、活発爽快ノ精神ヲ損シ、調子ノ高低、其度ヲ失スルトキハ、啻ニ音声ノ発達ヲ害スルノミナラズ、幼稚ノ性情ニ厭悪ヲ醸シ、其開暢ヲ妨グル恐レアリ。故ニ本編ノ歌曲ハ、其撰定ニアタリ、特ニ此等ノ要旨ニ注意セリ。
一 幼稚園ニハ、筝、胡弓、若クハ洋琴、風琴、ノ如キ楽器ヲ備ヘテ、幼稚ノ唱歌ニ協奏スルヲ要ス。是レ楽器ニヨリテ、唱和ノ勢力ヲ増シ、深ク幼心ヲ感動セシムルノ力アルヲ以テナリ。

明治十六年七月

 内容はもっともと思います。指導者向けに書かれたものですね。

 収録されている歌は全部で29曲です。私が知っているのは2番目に載っている「蝶々」だけです。隔世の感がします。
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 今とは3行目の歌詞が違いますね。戦後変えたのでしょう。

 1番目に載っているのは「心は猛く」という歌です。
Yosho05
 「~としも~ぞかし」ですからねぇ。難しい。(^_^; これを幼稚園児が歌ったとは。隔世の感がします。

 楽譜は次の通りです。
Yosho04
 曲は簡単ですね。歌詞が4行あるうち、1行目と2行目は同じ節、4行目もほぼ同じで、3行目だけが異なります。

 歌うとすれば幼稚園児にもそう難しくはなかったでしょうが、歌詞が何とも。

2017年3月 3日 (金)

教員親睦会の送別会

 今夜は、高崎で教員親睦会の送別会を開いて頂きました。

 毎年、退職される先生方とお別れしてきたのですが、今度はこちらが送り出される側になりました。

 花束ではなくてアレンジメントを頂きました。
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 とてもきれいで、良い香りです。♪

 2月6日に頂いたバラの花も元気です。
Hana20170303b
 これ、1度も花瓶の水を替えてないんです。というのは、花を長持ちさせる薬というのが付いてきていましたので、これを花瓶に入れました。水替えをしたのではこの折角の薬がそれまでになってしまいます。結構水は減っていましたので、減った分だけこまめに水を足して今に至っています。

 それで元気なのですから、これで正解だったのかなと思います。

 冬だからでしょうね。夏だったらたぶん全面的な水替えを頻繁にする方が正解なのかなと思います。

2017年3月 2日 (木)

小山田古墳と命名

 平成26年(2014)、奈良県立明日香養護学校の校舎建て替えに伴う発掘調査で、古墳らしきものが出土しましたね。当ブログでも、2015年1月16日に「舒明天皇陵? 蘇我蝦夷墓?」と題した記事をアップしました。

 あの時は、古墳ではなく、居館や庭園などの可能性もありました。

 それが、昨日今日のテレビや新聞による報道によれば、新たに発掘が進み、古墳であることが確定したようですね。

 1辺約70メートルの方墳で、飛鳥時代で最大級の古墳とみられ、「小山田(こやまだ)古墳」と命名されたとのことです。

 近畿で最大級の方墳は、用明天皇の陵墓とされる春日向山古墳(東西66メートル、南北60メートル)や、推古天皇陵とされる山田高塚古墳(東西66メートル、南北58メートル)だそうですが、1辺70メートルの小山田古墳の規模はこれらを上回ります。蘇我馬子の墓とされる石舞台古墳は1辺50メートルとのことです。

 となると、被葬者はかなり限られましょう。舒明天皇か蘇我蝦夷のどちらかということになりそうです。

 初めてこの記事を見たとき、蝦夷はヘンと思いました。蝦夷は大化改新のクーデターで誅殺されたわけですから、このような巨大な古墳が造られるはずはないと考えました。

 でも、さらに記事を読むと、蝦夷・入鹿の墓は生前に造られたのですね。皇極紀元年是歳条に「預め双墓(ならびのはか)を今来(いまき)に造る。一つをば大陵(おほみさざき)と曰ふ。大臣の墓とす。一つをば小陵(こみさざき)と曰ふ。入鹿臣の墓とす。」とあります。

 小山田古墳は短期間で破壊されたようですから、蝦夷の生前に造られていた墓が、大化改新のクーデターを受けて破壊されたと考えれば、辻褄は合いそうです。

 さて、どうなのでしょうね。興味津々です。

 画像がないと寂しいので、1枚貼っておきます。時代は合うのかなぁ。(^_^;
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2017年3月 1日 (水)

2時間ロス&なくならない手提げ袋

 今日は自宅研修で、出勤には及ばない日だったのですが、研究室の片づけもあるので、出勤すべく家を出ました。

 自転車の空気がだいぶ漏れていてスピードが出ず、電車に乗り損ないました。次のが来るまで1時間ちょっと。(^_^; 学生のレポートを読みながら待ちました。暖房が一切ないので、ちょっと寒かったです。以前行った岩手県の滝沢駅にはストーブがあって暖かかったことを思い出しました。寒冷地だとストーブがあるんですよね。八木原駅(渋川市)も結構寒冷地だと思うんですけど……。

 電車が来たので、それに乗って高崎駅に向かいました。もうじき高崎駅というところで、手提げ袋を八木原駅に置き忘れたことに気付きました。

 「ううむ」と考えましたが、高崎駅からとんぼ返りしました。高崎駅での待ち時間はほんの数分でした。

 この手提げ袋のことは、2年前に「帰ってくる手提げ袋」と題して当ブログにアップしました。その時にすでに6回置き忘れて、6回とも帰ってきたのでした。今回で7回目です。(^_^;

 たぶん八木原駅にあるだろうと思って改札を通りました。見当たらなければ駅員さんに聞くつもりでしたが、待合室の私が座っていた場所にそのままありました。1時間近くそのままの場所にあったことになります。誰も盗っていかなかったというか、見向きもしなかったのですね。(^_^;
Tesage01
 確かに、持ち手はボロボロですし、全体的に色あせていて、金目のものが入っていそうには到底見えませんけど、ちょっと寂しい。
Tesage02
 置き忘れても決してなくならないというジンクスは健在でした。

 この手提げ袋、本来はSuicaペンギンのですが、反対側にはぐんまちゃんのワッペンを貼っています。
Tesage03
 だいぶくたびれてきていますので、そろそろ引退でも良いかなぁと思っています。

 下は2年前の姿です。このころはまだ持ち手は大丈夫でした。ほころび始めると、どんどんほころびが広がってゆきますね。ほころび始めたときにきちんと修繕すれば良かったです。
Tesage04
 さて、高崎行きの列車が来るまで20分ちょっとありましたので、学生のレポートを読みながら待ちました。暖房がないので、ちょっと寒かったです。以前行った滝沢駅では……、って、さっき書きましたね。

 それやこれやで、勤務先には、本来であれば着いたはずの時間よりも2時間遅れで着きました。途中、クロネコヤマトのお店で、荷造り用の段ボール箱を5つ買いました。本気で部屋を片づけねば。

 タイトルには「2時間ロス」と書きましたが、学生のレポート、結構読めましたので、純ロスというわけではありません。

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