左京と右京
例の道標の左右の問題、休み休み考えています。
ふと思い付いたのは、どちら側から見て左右なのかという視点の問題です。
現代は思いやりの時代で、道標を見る旅人本位に考えますけど、昔の道標の視点はひょっとして道標側にあったのでは、などと考えました。
つまり、擬人法というわけではありませんが、道標側が、「私の左手側をご覧ください。こちらが神武天皇陵です。右手側をご覧ください、岡寺や橘寺にお越しの方はこちら側です」なんてことはありますまいか。
平城京、平安京などでは、南面している天子から見て、左側が左京、右側が右京になりますね。それと同じ感じです。
「向かって右(あるいは左)」という言い方がありますけど、あえて「向かって」と付けるからには、左右を「向かって」の位置関係で表現する方がむしろ一般的でなかった可能性もありはすまいかと。
さらにまた考えてみます。
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