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2016年10月28日 (金)

明治21年の定宿帳

 以前、当ブログで、明治の定宿帳「文明講」、「真誠講」、「一新講」をご紹介しました。このたび、またまた同じようなものを入手しました。なんか、興味をもってしまって。(^_^)

 今回のは明治21年のものです。表紙に朱印がたくさん捺してあります。
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 裏表紙にも。
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 これは、この帳面の持ち主が泊まった旅館のハンコです。さしづめ御朱印帳の旅館版という感じですね。行き先は伊勢神宮だったようです。

 この帳面、東京から伊勢神宮までがメインです。2月に訪れて大いに関心を持った二川宿も載っています。
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 さらに興味を覚えたのは、伊勢で終わりではなく、奈良への道中も載っていたことです。
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 榛原、長谷、三輪、柳本、丹波市、櫟本、帯解を経て、奈良に到ります。榛原には山部赤人の古跡あり、柳本には崇神陵、丹波市には内山永久寺、櫟本には在原業平誕生地あり、などと名所の注記もあります。

 奈良は、春日神社、三笠山、大仏、南円堂、猿沢池が載っています。長谷と三輪とにも絵が描いてあります。長谷寺と三輪山(大神神社)ですね。

 次のページには、奈良の西部から南西部の寺社が載っています。
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 上段の左から2つ目「法立寺」とあるのは、竜田の前にあるという位置関係からみて、法隆寺でしょうね。となると、真ん中へん「西の京」の右隣にある「正大寺」というのはもしかすると「しょうだいじ」と読んで、唐招提寺でしょうか?

 次のページです。
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 上段、右から3つ目に当麻があり、高田、今井ときて、次が神武天皇陵。このあと橘寺、岡寺と続きます。

 神武天皇陵、橘寺、岡寺といえば、先日来、知恵を絞ってきた久米寺前の道標に刻んであった名所です。

 思わぬところで繋がってしまいました。

 あの3ヶ所、当時は今以上に名だたる名所だったのでしょうね。さてこの中で、橘寺と岡寺は昔からの名所だったかもしれませんけど、神武天皇陵はどうでしょう。注目されるのは明治以降のような気もします。例の道標も、ひょっとしたら江戸時代のものではなく、明治以降に下るかもしれませんね。

 なんか面白いです。昔のものを見てあれこれ考えるのは楽しい。

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コメント

全く関係なかったかのような知識と知識とが、ある時ふっとつながってしまう。
なんか楽しいですねえ・・・

ところで、今回の資料の道筋、興味津々です。
今ではさほど名所とは言えない場所でも、当時は他国の人の興味を引いていたんでしょうかねえ・・・

三友亭主人さん

 ほんと楽しいです。♪

 おっしゃるように、全く関連づけて考えていなかったものが繋がった喜びって、たまりません。(^_^)

 こういうことがあるので、ネットオークションにますますのめり込んでしまいます。(^_^;

 時代によって、人々の関心の在り処が変わっていそうなのも面白いですね。

 比べることでまた面白いことが見えてきますよね。

 奈良の町にある3つの宿屋の所在地が、今御門丁、たるい丁ってありますけど、今も猿沢池の西に樽井町、南に今御門町がありますよね。こういうのも楽しいです。地名は大切。

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