« 2016年9月 | トップページ | 2016年11月 »

2016年10月

2016年10月31日 (月)

ぐんまちゃんもハロウィン

 研究室に掛かっている頂き物のぐんまちゃんカレンダー。10月はハロウィンです。
Gunmac_halloween02
 思えば、ぐんまちゃんはカボチャと同じような色をしているので、ハロウィンはお似合いかもしれません。

 ぐんまちゃん、何を食べているのでしょうね。
Gunmac_halloween03
 抱え込んでいるのは、カボチャの容器に入ったカボチャスープのように見えますけど、手に持っているフォークには何か四角いものが突き刺さっていますしね。

 カボチャスープの具のカボチャかな?

 しかし、ハロウィンってここ数年、にわかにのしてきましたね。

 子供の頃、あれやこれやアメリカのテレビ映画を見ていましたけど、そこでも見た記憶がありません。

 スーパーマン、名犬ラッシー、名犬リンチンチン、パパは何でも知っている、ビーバーちゃん、ローンレンジャー、ライフルマン、ベンケーシーなどなどです。うう、懐かしい。

 今、岩合さんの猫写真の展覧会を開催中です。土日に行ってみたかったのですが、会場が渋谷の東急本店なんですよ。渋谷はハロウィンで大混雑中とのことでしたので、見送ってしまいました。今思えば、混雑は夕方以降だったのかもしれませんけど。

2016年10月30日 (日)

南部煎餅あれこれ

 頂き物です。秋のお彼岸の法事の日に、お寺でお供物として頂ききました。頂いたの、1ヶ月以上前です。写真は撮ったのに、ブログに載せるタイミングを逸してしまっていました。実物はもうあらかた食べてしまいました。(^_^)
Nanbusen
 この10種10枚が1箱に入っていました。こうして並べると、笹かまぼこの食べ比べを思い出します。あの時は、「どれもそれぞれにおいしい」という結論でしたが、今回もほぼ同様です。でも、イカがおいしかったかな。(^_^)

 いろいろな種類が食べられて、おいしく楽しかったです。

2016年10月29日 (土)

奈良旅手帖2017

 予約していた奈良旅手帖が届きました。
Naratabi2017a
 奈良旅手帖の記事は当ブログで去年一昨年も採り上げていました。

 表紙は数種類から選べますが、3年連続鹿です。鹿、好きなもので。♪

 内容は、毎年データは更新されていることでしょうが、大枠は変わりません。今回は、駅ごとのコインロッカー情報をご披露します。この表も毎年掲載されていたのですが、今まで採り上げませんでしたので。この情報、便利と思います。
Naratabi2017b
 来年作成する手帖では少しリニューアルを検討しているということで、そのうちアンケートが送られてくるそうです。地図の充実を要望しようと思います。(^_^)

 予約特典としてB6版(奈良旅手帖と同大)のクリアファイルが付いてきました。片面は朝の三輪山。
Naratabi2017c
 もう1つの面は夕方の二上山です。
Naratabi2017d
 なかなかよございます。(^_^) このクリアファイルは300円で市販もしているとのことです。

2016年10月28日 (金)

明治21年の定宿帳

 以前、当ブログで、明治の定宿帳「文明講」、「真誠講」、「一新講」をご紹介しました。このたび、またまた同じようなものを入手しました。なんか、興味をもってしまって。(^_^)

 今回のは明治21年のものです。表紙に朱印がたくさん捺してあります。
M21isshin01
 裏表紙にも。
M21isshin02
 これは、この帳面の持ち主が泊まった旅館のハンコです。さしづめ御朱印帳の旅館版という感じですね。行き先は伊勢神宮だったようです。

 この帳面、東京から伊勢神宮までがメインです。2月に訪れて大いに関心を持った二川宿も載っています。
M21isshin03
 さらに興味を覚えたのは、伊勢で終わりではなく、奈良への道中も載っていたことです。
M21isshin04
 榛原、長谷、三輪、柳本、丹波市、櫟本、帯解を経て、奈良に到ります。榛原には山部赤人の古跡あり、柳本には崇神陵、丹波市には内山永久寺、櫟本には在原業平誕生地あり、などと名所の注記もあります。

 奈良は、春日神社、三笠山、大仏、南円堂、猿沢池が載っています。長谷と三輪とにも絵が描いてあります。長谷寺と三輪山(大神神社)ですね。

 次のページには、奈良の西部から南西部の寺社が載っています。
M21isshin05
 上段の左から2つ目「法立寺」とあるのは、竜田の前にあるという位置関係からみて、法隆寺でしょうね。となると、真ん中へん「西の京」の右隣にある「正大寺」というのはもしかすると「しょうだいじ」と読んで、唐招提寺でしょうか?

 次のページです。
M21isshin06
 上段、右から3つ目に当麻があり、高田、今井ときて、次が神武天皇陵。このあと橘寺、岡寺と続きます。

 神武天皇陵、橘寺、岡寺といえば、先日来、知恵を絞ってきた久米寺前の道標に刻んであった名所です。

 思わぬところで繋がってしまいました。

 あの3ヶ所、当時は今以上に名だたる名所だったのでしょうね。さてこの中で、橘寺と岡寺は昔からの名所だったかもしれませんけど、神武天皇陵はどうでしょう。注目されるのは明治以降のような気もします。例の道標も、ひょっとしたら江戸時代のものではなく、明治以降に下るかもしれませんね。

 なんか面白いです。昔のものを見てあれこれ考えるのは楽しい。

2016年10月27日 (木)

明日は群馬県民の日

 明日は群馬県民の日です。

 この日は、廃藩置県によって、明治4年に初めて「群馬県」の名称が使用された日です。当時はまだ旧暦が使用されていました。この10月28日という日付は旧暦のままのナマの日付です。

 群馬県民の日として制定されたのは昭和60年で、今年は32回目に当たります。群馬県民の日の趣旨は、「郷土の歴史を知り、郷土についての理解と関心を深め、自治の意識を高めるとともに、より豊かな郷土を築きあげることを期する日」だそうです。

 この日、県内各地で記念事業が実施され、公立学校等は休みになりますし、県立の博物館等は入場料が無料や値引きになります。素敵な日です。(^_^)

 このようなパンフレットが作られています。表紙とも20ページの大冊で、ここに様々な記念事業や入館料等の値引き等の情報が満載されています。
Gunmac_h28kenmin01
 ぐんまちゃんとの撮影会もあります。
Gunmac_h28kenmin02
 対象は高校生以下です。(^_^; しかも先着20名ずつということで、かなり狭き門です。
Gunmac_h28kenmin03
 私、こういった整理券を伴うものとは関係なく、結構ぐんまちゃんとツーショットの写真を撮っています。運が良かったと言えましょう。(^_^)

2016年10月26日 (水)

今日は柿の日

 今日は柿の日だそうですね。平成17年(2005)に、全国果樹研究連合会のカキ部会が制定したものだそうです。

 もう11年も前のことなのに、先日初めて知りました。

 正岡子規が「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」の句をよんだのが明治28年10月26日からの奈良旅行の折だったということで、この日が選ばれたのだそうです。

 下の写真は法隆寺の柿……、ではなく、飛鳥寺から撮った柿です。右下に見えているのが飛鳥寺の周囲をめぐる壁の瓦屋根です。
Asukakaki
 撮ったのは、奇しくも(というほどのことはありませんが)柿の日が制定された平成17年でした。

 柿の生産量日本一は和歌山県で、特に九度山は柿の産地だそうですね。(^_^)

2016年10月25日 (火)

卒論中間発表会&ネコ2題

 今日は毎年恒例の国文学科の卒論中間発表会でした。12月20日締切ですから、時期的にはもう中間ではないのですが、進行状況は中間地点まで届いているやらいないやらという学生さんもいたようです。(^_^;

 でもまぁ無事に終わりほっとしています。あと2ヶ月弱、全力を傾けてゴールを目指して欲しいです。

 出勤途上、以前2回ここでご紹介した深窓の令猫に久し振りに会えました。獣医さんの家の窓で日向ぼっこをしているネコです。
Nakanoneko06
 以前ご紹介した「深窓の令猫」「深窓の令猫2」はこちら。

 前2回はチャーミングな目を見開いていましたが、今日は目を閉じていました。

 でも、撮した途端に目を開けて体を起こしました。窓越しですし、結構距離もありましたのに、さすがです。

 卒論中間発表会はジャンル別に4部屋に別れて実施されました。私の参加していた「古典1」の部屋では、終了時に1人の同僚の教員がハロウィンのお菓子を学生達に配りました。私もお裾分けに預かりました。
Halloween03
 なんか邪悪そうな顔をしていますけど、私は洋物にはとんと疎くてこれがどういったものなのか皆目分かりません。

 黒猫は善良そうに見えます。この黒猫は今まさに危害を加えられようとしているのでしょうかね。

 ナゾです。

2016年10月24日 (月)

石川九楊氏の書展

 石川九楊氏の書展が神田神保町で開催されています。

 10月30日(日)まで、会場は朝日神保町プラザ205のギャラリー「白い点」です。

 以前、勤務先で開催されたリレー講座「日本のことばと文化」でご講演をお願いして以来の御縁で、ご案内を頂きました。

 私が伺ったときは会場にいらしていて、御著書に私の名前を書いてくださいました。
Kyuyo201610
 私の名前の下にローマ字でSAMAとあります。左下がご本人の署名と思いますが、どこがどうやら読めません。(^_^; 前衛書ですね。

 良い記念になります。

2016年10月23日 (日)

池袋で上野三碑の講演

 今日は池袋で講演をしてきました。テーマは「上野三碑をよむ」です。レジュメはこちら

 会場は池袋駅から徒歩6~7分だと思うのですが、恥ずかしながら道に迷い、遅刻しそうになりました。(^_^; おのぼりさんです。

 昔から池袋にはあまりご縁がありませんでした。たまに芳林堂に行くくらい。その芳林堂、高田馬場店にはよく行きましたけれど、倒産してしまったようですね。あんな大きな書店もそういうことになってしまうとは恐ろしい時代です。

 今日の講演の主催者は『トンボの眼』という団体なのですが、団体というか、個人で主催しているようです。

 会場にあったチラシを貰ってきました。
Tonbonome01
 ここのところの講演会のスケジュールは、9月30日(金)、10月6日(木)、19日(水)、22日(土)、23日(日)となっています。たった1人の世話人がこれだけ仕切っているのですから、そのバイタリティは驚異的です。

 今後の日程は次のようになっています。
Tonbonome02
 今決まっているのがこれだけで、今後さらに追加されてゆくようです。なんとも意欲的です。

2016年10月22日 (土)

萩原進シンポジウム

 今日は勤務先でこのようなシンポジウムが開催されました。
Hagiwara_p
 年に2~3回開催されている「群馬学連続シンポジウム」とは別で、群馬学センターが開催する「群馬学センターシンポジウム」です。ちょっと紛らわしい。

 萩原進氏は群馬県の歴史や民俗を研究した郷土史の研究者です。前橋市立図書館の館長となり、また群馬県史編纂の中心的なメンバーでもあり、群馬県文化財保護審議会長も務めました。今回のシンポジウムのタイトルにもあるように「郷土史の巨人」というべき人物です。

 大正2年(1913)に吾妻郡長野原町に生まれ、平成9年(1997)1月20日に84歳で逝去されました。

 遺された膨大な資料や原稿がご遺族によって群馬県立女子大学に寄贈されました。本学とはそのようなご縁があります。

 学長挨拶。
Hagiwara01
 石原征明氏(共愛学園前橋国際大学名誉教授)の講演「郷土史の巨人 萩原進」
Hagiwara02
 藤井 浩氏(上毛新聞社論説委員長)の講演「萩原進とジャーナリズム」
Hagiwara03
 松浦利隆氏(群馬県立女子大学群馬学センター教授)の報告「萩原資料の現状について」
Hagiwara04
 大勢の方々にお運び頂き、大盛況でした。県民の関心の高さを改めて実感しました。県立大学として県民のニーズをしっかりと知り、それに対していかに応えてゆくべきかということを改めて考えさせられました。

2016年10月21日 (金)

沢渡の万葉歌碑&『上毛温泉廻』

 群馬県中之条町の沢渡神社の境内に万葉歌碑があります。
Sawatari01
 石段の脇に建っているのがその歌碑で、近くに解説板があります。

 万葉歌碑。彫られているのは未勘国東歌の「左和多里の手児にい行き逢ひ赤駒が足掻きを速み言問はず来ぬ」(三五四〇)です。
Sawatari02
 解説板の文章は以下の通りです。
Sawatari03
 後半部をアップで示します。
Sawatari04
 この万葉歌には、「左和多里」という地名が読み込まれていますが、これが沢渡温泉の「沢渡」であるとは断定できず、従って、この歌も上野国の東歌かどうかは分かりません。それでも、こういった場合、多くの解説板ではその地であると決めてかかっている場合が多いのですが、この解説板には「左和多里が沢渡温泉の地であると断定できないが」とあって、好感が持てます。(^_^)

 この解説板によれば、この歌碑のことは『上毛温泉週』という文献に見えるということで、江戸時代にはすでにこの歌碑が建てられていたらしいことが分かります。ただ、年代が、後ろから3行目には「文化十一年」とあり、次行には「文政十一年」とあって、矛盾します。文化か文政のどちらかが誤りなのでしょう。

 群馬県内の万葉歌碑で年代の分かっている最古のものは佐野の舟橋の歌碑で、文政十年(1827)の建立です。
Sanohi
 沢渡の万葉歌碑の年代を考える上でも、この『上毛温泉週』という文献を是非実見したいものと思いつつも、この文献の所在が分からず、実見することは叶いませんでした。

 以上が数年前の状況です。

 ところが、最近になってこの文献が『上毛及上毛人』という雑誌の11号(大正6年7月)と12号(同8月)とに分載されていることを知りました。この雑誌は合冊製本された複製が出ていて、それは勤務先の図書館に所蔵されています。灯台もと暗しです。(^_^;
Jomoonsen01
 当該ページはこんな感じです。書名は『上毛温泉週』ではなく、『上毛温泉廻』でした。
Jomoonsen02
 当該箇所は以下の通りです。
Jomoonsen03
 歌碑の所在は「薬師のみ堂」とあります。現在の所在は沢渡神社ですので、同じものかどうか疑問は残ります。

 この文献の成立年代は、末尾に次のようにあります。
Jomoonsen04
 正解は文化ではなくて文政でした。「九月ついたちの日」というのはこの記録を書き上げた日付です。この文献の著者が沢渡で万葉歌碑を見たのは、記事によれば8月12日のことです。沢渡温泉の解説板、結構不正確でした。(^_^;

 この文献、当時の群馬県の温泉のことがいくつも載っていて興味深いです。

2016年10月20日 (木)

第7回 上野国分寺まつり

 今度の日曜日にこのような催しが開催されます。
H28kokubunji01
 「古典の日制定記念」とありますけど、古典の日は11月1日ですので、ぴったりこの日ではありません。近くの日曜日を開催日に設定したのでしょう。

 9時から18時半までという長時間にわたり、天平の衣装行列、歴史劇、雅楽の演奏会など、盛りだくさんの内容です。
H28kokubunji02
 天平の衣装行列は200人だそうですので、これだけの数の古代装束が用意されているのでしょうね。なかなか大規模です。

 さまざまな形で古代が取り上げられ、光が当たるのは嬉しいことです。

 チラシの右下に古代装束のぐんまちゃんもいます。(^_^) この画像、どこかで使えそうです。(^_^)
Gunmac_kodai
 残念ながら、この日私は都内で仕事なので、この催しには行けません。

2016年10月19日 (水)

左京と右京

 例の道標の左右の問題、休み休み考えています。

 ふと思い付いたのは、どちら側から見て左右なのかという視点の問題です。

 現代は思いやりの時代で、道標を見る旅人本位に考えますけど、昔の道標の視点はひょっとして道標側にあったのでは、などと考えました。

 つまり、擬人法というわけではありませんが、道標側が、「私の左手側をご覧ください。こちらが神武天皇陵です。右手側をご覧ください、岡寺や橘寺にお越しの方はこちら側です」なんてことはありますまいか。

 平城京、平安京などでは、南面している天子から見て、左側が左京、右側が右京になりますね。それと同じ感じです。

 「向かって右(あるいは左)」という言い方がありますけど、あえて「向かって」と付けるからには、左右を「向かって」の位置関係で表現する方がむしろ一般的でなかった可能性もありはすまいかと。

 さらにまた考えてみます。
Gunmac_hatena02

2016年10月18日 (火)

わくわく日本書紀すごろく

 橿原考古学研究所附属博物館で購入しました。ミュージアムショップの他に、受付にも置いてありましたので、博物館一押しの品のようです。
Shokisugo01
 著者は奈良県。平城遷都1300年に始まる盛り上げを、古事記1300年を経て、日本書紀1300年まで引っ張ろうという企画の1つと思われます。
Shokisugo02
 全部で8つの双六が入っています。
Shokisugo03
 一番最初のイザナキイザナミの国生みすごろくはこんな感じです。
Shokisugo06
 「宝ものをあつめよう!!」は2つのすごろくからできていて、左側の天の岩戸で玉と鏡が得られます。右側の八岐大蛇退治で剣が入手できます。
Shokisugo07
 天の岩戸の登場人物(いや、神か)はこんな感じです。
Shokisugo04
 大化改新はこんな感じ。蘇我入鹿は「イルカゴン」。快獣風にされてしまっています。(^_^;
Shokisugo05
 倭建命のすごろくには出雲討伐がありませんでしたので、「あれ?」と思ったのですが、出雲討伐が出てくるのは古事記だけで、日本書紀には出てきませんでしたね。ちゃんと作られています。

2016年10月17日 (月)

飛鳥女史紀行

 先日の奈良旅行の際、宿の部屋にこういうパンフレットが置いてありました。持ち帰りできるということでしたので、貰ってきました。
Asukajoshi01
 発行者は、日本遺産「飛鳥」魅力発信事業推進協議会です。橿原市・高取町・飛鳥京の観光協会がそのメンバーのようです。

 表紙に5人の女性が描かれています。この5人にゆかりの地を訪れようという案内です。ゆかりの地をめぐるということでは、昨日アップした大阪の真田ゆかりの地めぐりと同趣旨です。

 5人の「女史」は以下の通りです。

 善信尼(清らか癒やし系女史)
Asukajoshi02
 推古女帝(コミュ力高い系女史)
Asukajoshi03
 斉明(皇極)女帝(物怖じしない系女史)
Asukajoshi04
 額田王(仕事も恋もモテ系女史)
Asukajoshi05
 持統女帝(先読み鋭い系女史)
Asukajoshi06
 それぞれのキャッチコピーがどうも……。(^_^)

 特に、斉明女帝の「物怖じしない系」って。(^_^;

 根本的なところでは、「女史」って、もう死語の世界に行っていません?

 とケチを付けてみましたが、全27ページの大作で、内容的にもなかなか充実しています。良いパンフレットと思いました。

2016年10月16日 (日)

近鉄の真田丸

 今日の「真田丸」もおもしろかったです。稲さん、立派でした。他にも良い場面が沢山。

 いよいよ最終章に突入ですね。わくわくしつつも切ない終盤に向かって行きます。

 先日の出張中、近鉄の駅でこのようなパンフレットを入手しました。たぶん橿原神宮前駅ですが、ひょっとしたら大和西大寺か高の原だったかもしれません。記憶がすぐに曖昧になります。(^_^;
Kinsana01
 ずっと信州・上州が舞台で、その後、大坂に舞台が移りましたけど、ほとんど城内でしたね。これからは城外も舞台になるということで、近鉄が張り切っているのでしょう。

 大坂冬・夏の陣ゆかりの地をめぐるウォーキングマップが6種載っています。
Kinsana02
 上本町駅と道明寺駅は赤備えになっているようです。
Kinsana03

2016年10月15日 (土)

道標の左右表記のナゾ

 道標というのは、普通は道が分岐しているところに設置してあるものと思います。分かれ道に来て、はて目的地は右か左かという時に、それを教える役割を果たしています。

 先日の奈良出張中に、久米寺の前に下のような道標がありました。
Michishirube01
 右へ行く道に「右~」、左へ行く道に「左~」と書いてあれば分かりやすいのに、なぜ左右が逆なのだろうかと疑問に思いました。一昨日、そのことを当ブログの「久米寺をゆく」で書いたところ、源さんの後輩さんから、これは理にかなっているとのコメントを頂きました。理解力の足りない私はあまり納得できなかったのですが、例を集めてみることにしました。材料は私のハードディスクです。字が好きなもので、今まで旅行中に道標の写真もそこそこ撮っているはずだと思い、探してみました。

 下は群馬県太田市内の追分にあったものです。右左は実際の通りです。ただ、右左の記述は同一平面上ですので、その点が90度の角度で記されている久米寺前の道標とは異なります。
Michishirube02
 下は岐阜市内にあったものです。これも左右の記述は同一平面上にあり、これとは別に90度の角度の面には「北たにくみ道」とあります。
Michishirube03
 下は群馬県高崎市新町の中山道沿いにあったもの。新しいですが、江戸時代のものを復元した可能性があります。これも左右の記述は同一平面上です。
Michishirube04
 下は大阪府南河内郡太子町にあったもの。これは左右の記述が90度の角度で記されています。久米寺前のと正反対ですね。
Michishirube05
 下は二上山山中にあったもの。新しいものです。左右の文字はなく、矢印で示されています。
Michishirube06
 一方、久米寺前のと同じように左右が逆のものもありました。下は大垣市内にあったものです。四角柱ではなく円柱ですが、久米寺前のものと同じ方式と考えられます。
Michishirube07
 下は高崎市内にあったもの。佐野へ行く途中です。新しい木の柱ですが、「左 婦ぢおか(藤岡) ちゝぶミち」とあるところをみると、石碑に彫られた文字をそのまま翻字したものかと思われます。
Michishirube08
 すみません。まだ例を示しただけで、分析、考察に到っていません。この問題、もう少し考えてみます。

2016年10月14日 (金)

地下の正倉院展

 平城宮跡資料館で下のような特別展が開催されます。
H28heijoten
 このチラシは、館員でありかつ萬葉学会の会員でもあるIさんが先日の萬葉学会に参加していて、そのIさんからいただきました。

 木簡はまさに地下の正倉院宝物ですね。

 3期に分けて展示替えをするようですが、木簡はあまり光に当ててはいけないのでしょうね。

 先日報道され、まほろばでも「平城京にペルシャ人の官人?」というタイトルでご紹介した木簡は第2期に展示されるそうです。

 ただあの木簡、赤外線でないと文字は読めないのですよね。

2016年10月13日 (木)

しかまろくん売出中

 奈良を代表するゆるキャラといえばせんとくんですが(あんまりゆるくはないかも)、今回の奈良では、以前よりもしかまろくんをよく見たような気がします。

 宿の売店で買ったクリアファイル。ほのぼのとした感じです。
Shikamaro04
 裏側。
Shikamaro05
 お尻プリプリですね。そういえば、ぐんまちゃんのうちわにもこんなのがありました。
Gunmac_uchiwa1b
 別のクリアファイル。お茶を飲んでいる姿が気に入っています。(^_^)
Shikamaro06
 裏側。
Shikamaro07
 好物は鹿せんべいとあります。そういえば、このクリアファイル表側の右側の絵は、鹿せんべいを食べているところですね。1枚食べている他に、左手では鹿せんべいを丸ごと1束持っています。ご機嫌ですね。(^_^)

2016年10月12日 (水)

久米寺をゆく

 10月8日、橿原考古学研究所附属博物館に行ったあと、まだ時間がありましたので、久米寺に行きました。このお寺にはまだ行ったことがありませんでした。初めてです。

 仁王門の手前に道標がありました。「右 おかてらたち花」「左 じん武橿はら」とあります。
Kumedera01
 確かにこのあたりから右に行けば岡寺・橘寺方面、左に行けば神武天皇陵方面です。でもなぜかこの道標には左側に「右~」とあり、右側に「左~」とあります。なぜ逆なのでしょう? 画面の左に見えているのが久米寺の仁王門です。

 仁王門。
Kumedera02
 向かって右側の阿形。
Kumedera03
 向かって左側の吽形。ちょっとピンぼけ。(^_^;
Kumedera04
 重要文化財の多宝塔。
Kumedera05
 本堂。
Kumedera06
 「虫塚」というものがありました。何でしょ?
Kumedera07
 虫塚のすぐ傍らに顕彰碑がありました。
Kumedera08
 文面は以下の通りです。

 「昭和五十七年七月 奈良県毒物劇物取扱者協会創立二十周年記念に薬物により一殺多生自然の原理とは言え影響を受けた虫霊の法要を毒劇物取扱者が久米寺で営んだ その機会に虫塚建立の気運が高まり建立実行委員会が組織され……久米寺並に関係者の厚意を得て 一年近い経過を経て昭和五十八年七月八日虫塚完成 建立開眼法要が厳粛に執行された……(以下略)」

 この顕彰碑は虫塚建立二十周年にあたる平成十三年七月に建てたそうです。

 よく分からない文章です。殺虫剤によって死んだ虫の慰霊のための碑でしょうか。

 新しそうな金ぴかの仏像がありました。大日如来だそうです。
Kumedera09
 このお寺は、アジサイでも有名だそうです。三友亭主人さんは、季節になるとアジサイを見に行かれる旨、おうかがいしました。

2016年10月11日 (火)

橿原考古学研究所で蘇我氏展

 萬葉学会の初日は午後からでしたので、午前中、橿原考古学研究所附属博物館に行ってきました。前日夜のニュースで、「蘇我氏を掘る」というテーマの秋季特別展が開催されることを知ったからです。

 言ってみれば、それだけ行き当たりばったりに土曜日午前中の行き先を決めたということにもなります。(^_^;

 特別展の展示品は充実していました。飛鳥大仏の頭部のレプリカや、山田寺の仏頭(これ、昔から好きです)のレプリカなどもありましたが、光背に「為嗽加大臣誓願」という句を含む戊子年(推古36年)銘釈迦如来及脇侍像(重要文化財)は実物が展示されていました。
Kashihaku02
 関連行事として、京都教育大学名誉教授の和田萃氏をはじめとする6人の方々による研究講座が3回(各回2人ずつ)催される他、10月29日には大阪講演会、11月12日には遺跡見学会が催されるなど、大規模な企画です。
Kashihaku03
 特別展の会場は全面的に撮影禁止でしたが、それ以外のところの多くは撮影可能でした。

 館に入ってすぐのところには藤ノ木古墳から出土した金銅製の靴の復元品が展示されていました。
Kashihaku04
 やはり文字のある出土品は良いです。(^_^)
Kashihaku05
 飛鳥浄御原宮の復元模型。
Kashihaku06
 当然、ミュージアムショップにも寄りました。(^_^)

 良い時間を過ごすことができました。

2016年10月10日 (月)

興福寺監修の駅弁「心」

 先日、興福寺・春日大社の駅弁の記事をアップしたところでしたが、昨日、京都駅の新幹線改札内の駅弁屋で興福寺監修の「心」を購入することができました。
Koufukujiben01
 掛け紙の題字は興福寺の多川貫首の直筆だそうです。

 中身です。
Koufukujiben02
 奈良といえば鹿ですけど、まさか鹿肉が入っているはずはなかろうと思いました。(^_^)

 おしながきです。
Koufukujiben03
 鹿肉どころか、肉も卵も魚介類も入っていません。完全な精進料理でした。おいしゅうございました。

 品川駅で、春日大社の駅弁を扱っている弁当屋を見つけました。あいにく売り切れでしたが、今度覗いてみるつもりです。ただ、お店の所在が東海道新幹線の改札内ですので、そのお店に行くには入場券が必要です。(^_^;

2016年10月 9日 (日)

奈良大学で萬葉学会(つづき)

 今日は萬葉学会の2日目、研究発表会です。午前3本、午後4本の研究発表がありました。院生の発表者も半分くらいいましたので、写真は撮りませんでした。

 で、代わりにお昼ご飯です。(^_^) 名前がいいですね。
H28nara15
 中身です。
H28nara16
 おいしゅうございました。

 大和八木のだんご庄さんのきなこだんごも頂きました。このお店は評判の老舗で、きなこだんごは早い時間に売り切れてしまい、入手が難しいのだそうです。
H28nara17
 会場校の上野誠先生が黒板にお店の名前と商品名とを書いてくださいました。上野先生、達筆ですよね。
H28nara18
 三友亭主人さんは今日は車でお越しでしたので、今日の部終了後、お願いして高の原駅まで送って頂きました。何とも厚かましいことです。

 三友亭主人さん、ありがとうございました。おかげ様で悠々列車に間に合いました。篤く御礼申し上げます。

 今日は、三友亭主人さんの奥様からもいろいろと頂き物をしました。
H28nara19
 このせんとくんは記念品で、レアもののようです。貴重なものをありがとうございました。

 他にも正倉院宝物柄のクリアファイルと拡大レンズ、良い香りのするお香なども頂きました。恐縮です。ありがとうございました。

2016年10月 8日 (土)

奈良大学で萬葉学会

 今日明日、奈良大学で萬葉学会です。

 今朝の畝傍山と二上山です。このころはまだ雲も結構ありましたが、その後段々晴れて良い天気になりました。気温も10月とは思えぬ位に上がり、上着なしでちょうど良いくらい。
H28nara08
 1日目は午後からでしたので、その前に少し寄り道ができます。まず、橿原考古学研究所附属博物館に行きました。
H28nara09
 このことはまた後日。

 そのあと久米寺に行きました。久米寺は初めてです。
H28nara10
 久米寺もまた後日。

 無事に奈良大学に着きました。会場には三友亭主人さんもいらしていて、2年ぶりの再会を果たせました。2年前は天理大で開催された、やはり萬葉学会でした。

 定刻に始まり、坂本信幸会長の挨拶。
H28nara11
 講演の1つ目は、東京大学大学院教授鉄野昌弘氏の「結節点としての「亡妾悲傷歌」」。
H28nara12
 2つ目は、奈良大学教授寺崎保広氏の「木簡と文書の世紀」でした。
H28nara13
 終了後、学内の喫茶「ならやま」で懇親会が開かれました。

 カメラがポケットに入らない大きさですので、カメラを持っていては食事の邪魔になります。それで、懇親会の写真は撮りませんでした。たった1枚撮ったのがこれです。
H28nara14
 飛鳥鍋です。牛乳を使うんですよね。今まで食べる機会がなく、初めての飛鳥鍋でした。おいしゅうございました。特に牛乳っぽくはなかったです。

2016年10月 7日 (金)

奈良へ(H28)

 明日・明後日、奈良大学で萬葉学会があるため、今日、奈良に移動してきました。

 新幹線の切符は陸側の席をとりました。こちら側に座ると関ヶ原の古戦場が見えます。
H28nara01
 小さいですが、右側中央、山の麓に看板が見えます。
H28nara02
 石田三成の居城だった佐和山城跡。
H28nara03
 看板の拡大。
H28nara04
 安土城跡。
H28nara05
 また看板の拡大。右向き矢印が付いています。安土城跡はこの写真よりも右ですね。(^_^;
H28nara06
 先日ご紹介した興福寺、春日大社の駅弁を探して、京都駅の新幹線改札内で駅弁屋を2軒覗いたのですが、見当たりませんでした。残念。

 せめてもと思い、「明日香」という名の幕の内弁当を買いました。メーカーは奈良県吉野郡の笹八です。京都駅で買ったのではありますけど、京都の駅弁として良いやら。
Asukaben01
 宿の部屋で、木の机の上で撮影したら、茶色っぽく色かぶりしてしまいました。撮り直したいのはやまやまながら、もう食べてしまいましたので、それは叶いません。(^_^;

 中身です。特に明日香っぽくはありません。
Asukaben02
 宿は奈良市内ではなく、橿原市に取りました。部屋から見た畝傍山です。左奥に二上山が見えます。部屋に着いて早々の撮影でした。もうだいぶ暗くなっています。日没が早くなりました。
H28nara07

2016年10月 6日 (木)

平城京にペルシャ人の官人?

 昨夜、NHKのニュースチェックイレブンを見ていたら、平城京にペルシャ人の役人が勤務していたらしいというニュースがありました。

 この番組、桑子さんが司会をしているので、欠かさず見ています。ま、司会が桑子さんじゃなくても9時のニュースと11時台のニュースはずっと見ていますけど。

 史料は木簡です。

 50年前の発掘調査で見つかっていた木簡を、今年になって赤外線を使って調べたところ、「破斯清通」(はし・きよみち)という人名が記されていることがわかったそうです。

 続日本紀にはペルシャ人を意味する「波斯人」という語が載っています。「波斯」と「破斯」とは読み方が同じことから、木簡に記された人物はペルシャ人とみられるということです。

 この番組では木簡の内容は不明でしたが、先ほどググってみましたら、「ハフポスト日本版」に全文が載っていました。

 「大学寮解 申宿直官人事 員外大属破斯清通 天平神護元年」だそうです。

 大学寮で宿直勤務をしていたのですね。「大属」は四等官の4番目で、その定員外の役職ですから、ペルシャ人であることで任じられた特別職のような立場でしょうか。

 ほんと、何が出てくるか分からないので、木簡は興味深いです。

 この木簡は、平城宮跡資料館で開かれる展示会で来月1日から公開されるとのことです。
Gunmac_kanjin

2016年10月 5日 (水)

そんな歳かぁ

 渋川市役所から封書が届きました。開けてみたら次のようなものが入っていました。
Kaigohokensho
 ううむ。介護保険の被保険者証ですと。(^_^; こういうものが来ると歳を実感します。

 これ3つ折りで、昔懐かしい健康保険証のスタイルです。健康保険証はカードになってしまいました。運転免許証もパスポートも持っていない私は、健康保険証が身分証明書代わりになります。カードになって、持ち運びが便利になり、ありがたいのですが、今回送られてきた紙の被保険者証は何とも懐かしい思いがしました。

 解説パンフレットも同封されていました。
Kaigohokenhand
 今まで、毎月給料から介護保険料が天引きされていました。もう払わなくても良いのかと思ったら、そういうわけではなくて、今後年金生活になっても、年金から天引きされるそうです。(^_^)

 今のところ、介護保険のお世話になるのは大分先のような気がしています。

2016年10月 4日 (火)

鳥獣戯画の継ぎ間違い

 2日続けて新聞記事からのネタですが……。

 一昨日の毎日新聞、昨日の朝日新聞(いずれもネット版)に鳥獣戯画の記事が載っていました。

 鳥獣戯画の修理の過程で、甲巻に絵順の入れ替わりのあることが判明したとのことですね。

 和紙を漉くときに刷毛を使うそうなのですが、現行の第23紙と第11紙の刷毛跡がつながることが分かったそうです。そして、この2紙はともに短く、この2枚を繋ぐと54cmになり、この寸法は甲巻の他の紙のサイズとほぼ同じであることから、この2紙は本来は1枚であったのに、後に切断され、その後また継がれるときに、別の場所に継がれてしまったようです。

 現行の状態は以下の通りです。
Chojugiga01
 これが本来は以下のようであったということになります。これは自分で画像ソフト上で繋いでみたものです。
Chojugiga02
 「高山寺」という割り印が左右で合っていませんので、この印は現状のように継がれた後に捺されたということになりましょう。

 紙漉きの際の刷毛の跡を手がかりにこういうことが分かったって、すごいことだと思います。こういう話、好きです。(^_^)

 そういえば、天下の孤本である定家書写の更級日記が、見開きページの虫食いの位置大きさが重ならないことなどを手がかりに、その綴じ違いが判明したという「更級日記錯簡考」(大正14年)が連想されました。こういう話も、好きです。(^_^)

2016年10月 3日 (月)

興福寺・春日大社の駅弁

 一昨日のネット版の毎日新聞に、興福寺と春日大社とがそれぞれ監修した弁当が東海道新幹線の駅弁売り場に並んでいるという記事が載っていました。

 期間限定だそうです。

 明治初期の神仏分離まで、この寺社は藤原氏の氏寺・氏神として一体だったということで、こういう企画になったようです。

 記事に掲載されていた写真を貼ってはまずかろうと思い、URLだけ貼っておきます。

http://mainichi.jp/articles/20161002/k00/00m/040/029000c

 これらの駅弁の名前は、興福寺のは「心」、春日大社のは「春日彩膳」です。どちらもおいしそうです。

 期間限定だそうですので、駅弁好き、奈良飛鳥好きの私としては、期間中に何とか入手したいものです。

 東海道新幹線の駅弁売り場で販売中とのことですので、お膝元の奈良では売っていないのでしょうかね。

 「奈良といえば鹿」ということで、鹿肉が入っているかもと思いましたが、御神鹿ですからそれはないでしょうね。(^_^)

 画像がないと寂しいので、代わりにすがちゃんの画像を貼っておきます。
Sugachan01

2016年10月 2日 (日)

「盛り土」の読みについて

 東京の豊洲市場問題で「盛り土」という語が盛んに登場しています。

 それを「もりど」と発音していますけど、「盛り土」の読みは「もりつち」なのか「もりど」なのか。朝日新聞社に小泉純一郎元首相からも質問が寄せられたとのことで、アサヒコムに採り上げられています。

 それによれば、大手ゼネコンの広報担当者に聞いたところ、「私たち建設業界では、造成工事で山の土を崩して平らにならすことを、『切り盛りする』と言うんです。そこから、切(き)り土(ど)、盛(も)り土(ど)、とも言います。一種の専門用語というか、業界用語です。正しい日本語ではないかもしれないですが……」という回答だったそうです。「そこから」以下、なぜ「土」を音読みするかの答えにはなっていませんね。業界用語ということは分かります。

 そして、国語学者の金田一秀穂氏に聞いた答えが書いてありました。そこには重箱読み、湯桶読みについてのどうということのない説明の後に、「一般用語を使わず、仲間うちだけに通じる特別な言い方をして仲間意識を高めたり、権威やヒエラルキーを示したりすることがあるんですが、これもその一種ではないでしょうか」とあります。

 ま、「もりど」という読みにそこまでの意味合いがあるかどうかは何ともです。

 記事の最後は、この金田一氏の発言を受けて、「そういえば、自治体関係者は「首長(しゅちょう)」を「くびちょう」と読むことがありますね。」と結ばれていました。

 これ、例として適切でしょうかね。

 「首長」を「くびちょう」と読むのは、耳で聞いた時に「主長」と区別するためで、「化学」を「ばけがく」と読んだり、「私立」を「わたくしりつ」と読んだり、「試案」を「こころみのあん」と読んだりするのと同様だと思いますけど。

 ちなみに日国では、「首長」の項に次のようにあります。(用例省略)

(1)集団・団体を統率する長。主宰者。かしら。主長。
(2)行政機関の独任制の長官。特に内閣総理大臣。知事、市町村長などをさすこともある。

 つまり、(1)は「首長」とも「主長」とも書くことがあるけれども、(2)の方は「首長」としか書かないということですね。用例には、「外国の首長」「首長たる内閣総理大臣」が挙がっています。行政の専門用語ということになりましょう。

 ニュースに登場する「しゅちょう」はあらかた「首長」の方なので、それを明示するために「くびちょう」と読んでいるのでしょう。同音異義語のバッティングを避けるためですね。

 「盛り土」を「もりど」と読むのも、もしかしたら一般的に用いる「もりつち」とは違う概念だということを示すためかもしれないと思えてきました。

 またまたちなみに、日国では「もりつち」の項に「土地収用法〔1951〕七五条「修繕又は盛土若しくは切土をする必要が生ずるときは」」という例が挙がっていました。ここに登場する「盛土」「切土」って、冒頭の大手ゼネコン関係者の言葉に登場するものと重なりますね。日国では「もりつち」の用例として挙がっていますけど、漢字表記ですので、読みは「もりど」か「もりつち」か分かりません。

 この法律の文言、建設業界の用語を利用したのか、それとも建設業界の方でこの法律に則した用語を使うようになったのか、先後関係が分かりませんが、密接な関係がありそうです。深そうです。

 この新聞記事のゼネコン関係者、金田一氏、新聞記者、みな踏み込み不足と思われます。
Gunmac_tsuruhashi

2016年10月 1日 (土)

『日本地理初歩』(明治26年)

 このようなものを入手しました。明治時代の日本地理の教科書で上下2冊です。
Chirishoho01
 裏表紙には持ち主の名前が書いてありました。
Chirishoho02
 山梨県中巨摩郡の御影高等小学校の手塚今朝次郎君です。「第壱学年生徒」とあり、「壱」の右下に「貳」とありますので、高等小学校の1年生から2年生に掛けて使ったのでしょう。高等小学校1年生は、今の小学5年生に当たります。

 ここまでは良いのですが、中を開いてびっくり。
Chirishoho03
 巻頭の凡例はルビなしの文語文です。この部分は生徒ではなくて教員や親が読むことを想定しているのでしょうかね。

 凡例の1行目に「旨趣」という語があります。今の「趣旨」でしょうか。日国を引いてみたら、「旨趣」は項目が立っていました。吾妻鏡や平家物語の用例があります。中世までさかのぼる語のようです。一方「趣旨」も当然立っていますけど、こちらは福沢諭吉の文明論之概略〔1875〕が最初の用例です。意外と新しい語なのでした。この地理の教科書が作られた頃はまだ「旨趣」の方が一般的だったのかもしれません。調べてみないと分からないものです。

 本文の最初のページは次の通りです。
Chirishoho04
 凡例よりも文字が大きくなっていますし、「君等ハ」で始まっているなど、生徒に向けての文章にはなっていますけど、それでもルビなしの文語文。当時の高等小学校1年生のレベルは驚くべきものですね。教師が声に出して読んでくれるのを聞きながら、生徒達は文字を目で追っていったのでしょうかね。実際を知りたい気がします。

 目次は、総論、本島、東海道、畿内、東山道、北陸道、山陰道、山陽道、四国、九州、北海道、結論となっています。

 タモリさんが好きな、河岸段丘とか陸繋島といった地理用語はなく、総論の他は、日本各県の概要といった内容です。
Chirishoho05
 明治も26年になっているのに、まだ旧国名が中心です。これまた意外でした。

 あれこれ見ていて飽きません。(^_^)

 奥付はこのようになっています。これは下巻のです。
Chirishoho06

「まほろば」襲名

 当ブログは、3年前の8月8日に開設以来、「まほろぐ」の名称を用いてきましたが、この度、掲示板「まほろば」の閉鎖に伴い、その名称を引き継いで「まほろば」と改称致します。

 もともと、「まほろば」が容量満杯になって新規書き込みができなくなり、それに代わるものとして当ブログを開始しました。その際、ブログの「まほろば」の意で「まほろぐ」と命名しました。

 その本家ともいうべき「まほろば」がなくなってしまいますので、「まほろぐ」という名称が意味を持たなくなってしまいます。そこでこの際、当ブログに「まほろば」を襲名させることにしました。

 ま、言ってみれば、ゆうまちゃんが2代目ぐんまちゃんを襲名したようなものです。
Gunmac_shoep02
 名称は変わりますが、これまで同様、ご愛顧のほど何卒よろしくお願い申し上げます。
Gunmac_fuchi03

« 2016年9月 | トップページ | 2016年11月 »

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ

ウェブページ