「いける」考
家で飼っていた金魚が1尾死んでしまいました。今夏2尾めです。
もう10年以上飼っている金魚ですので、年もいっていると思いますが、やはり夏が鬼門です。庭の片隅に穴を掘って埋めてやりました。
通勤途上、ふと、穴を掘って埋めることを「いける」とも言うなぁ、と思いました。自分では使いませんけど、人が話すのを耳にしたことがありますし、違和感もありません。
「いける」という語には、「花を生ける」という用法があります。意味は「生かしておく」でしょうね。植物の枝や茎を切って、そのままにしておけば枯れてしまうので、水を入れた甕や花瓶に挿して生かしておくこと。それが「花を生ける」でしょう。
名詞には「生け花」があります。「生け簀」という名詞もあります。これも、捕った魚をそのまま放置すれば死んでしまうので、死なないように作った設備が「生け簀」ということになります。
生かしておくことが「いける」。これに対して、穴を掘って死体を(死体には限りませんが)埋めることも「いける」。
さて、両者の関係は?
意味に関連性があれば同語の可能性が大きそうです。意味に全く関連性が見出せなければ同音異義語の可能性が大きそうです。
ところが、意味が全く正反対の場合には忌詞の可能性があります。宴会を終わることを「閉める」「閉じる」とは言わずに「お開きにする」とか、「梨の実」を「ありの実」というなど。群馬県の吾妻郡では、桑などの枝を切ることを「生やす」と言う(言った)そうです。
埋めることを「いける」というのもこの類かと思いました。現代では特に「埋める」という語を忌むことはしませんけれども、大阪の「梅田」は語源的には「埋田」だそうで、この「埋」を忌んで「梅」に変えたのだということを読んだことがあります。昔は(←曖昧な(^_^;)、「埋める」という語が特に埋葬を連想させたもののようです。
職場に着いて『日本国語大辞典』(日国)を引いてみました。用例を省略して示します。
い・ける 【生・活・埋】〔他カ下一〕文語い・く〔他カ下二〕
(1)命を保たせる。生存させる。死なないようにする。*蜻蛉日記〔974頃〕など
(2)死んだもの、死にかけたものの命をとりもどす。よみがえらせる。*古本説話集[1130頃か〕など
(3)魚を生簀(いけす)などに入れて飼う。*滑稽本・八笑人〔1820~49〕など
(4)(鑑賞のために形をととのえて)草花や木の枝などを花器にさす。*玉塵抄〔1563〕など
(5)(埋)(火鉢などで、火を保ったり、熱気を防いだりするために)火を灰の中に埋める。*日葡辞書〔1603~04〕など
(6)(埋)(保存のために)野菜などを土に埋める。(悪くならないように処置して)しまい貯わえる。*日葡辞書〔1603~04〕など
(7)(埋)物の全部、または一部を地面に入れこむ。*和英語林集成(初版)〔1867〕など
(8)盗品や証拠品を隠すことをいう、盗人仲間の隠語。〔隠語輯覧{1915}〕
方言 (1)生かす。《いける》奈良県683 (2)魚を生簀(いけす)に入れておく。《いける》徳島県海部郡811香川県高見島829 (3)植える。《いける》岐阜県稲葉郡498北飛騨499 (4)葬る。埋葬する。《いける》秋田県鹿角郡132
以下略
以上です。
(5)(6)(7)が埋める用法ですね。
(5)は火が消えないように、火を灰に埋めて生かしておくことなのでしょう。(6)は野菜などが萎びたり腐ったりしないように、土に埋めて生かしておくこと。
(7)が今回問題にしている用法で、何かを生かしておくことを目的にはせずに、単に穴を掘って埋めてしまうことです。
念のため、『和英語林集成』(初版)の本文を示しておきます。『和英語林集成』(初版)では、「イケル」を「活・生」と「埋」とを別項目として立てています。「埋」の方の解説文は以下の通りです。
To bury in the ground,to plant. Gomi wo tszchi ni -,to bury litter in the ground. Hashira wo -,to bury in the grave. Hi wo -,to cover fire with ashes.
「tszchi」とあるのは「tsuchi」の誤植でしょうか。
日国は、それぞれの用法ごとに、見出し得た最古の用例を示すことを方針にしています。(5)(6)は江戸ごく初期から例があるのに対して、(7)は『和英語林集成』が最古の用例ですから、こちらは新しい用法のようです。
どうも、忌詞説はダメそうですね。火や野菜を生かしておくために灰や土に埋める用法が発生して、その後に、「生かしておく」ことを目的とせずに何かを土に埋める用法が発生した、と考えるのが素直と思います。
何かを思い付いても、調べたり考えたりしてゆくうちに、それが成立しそうもなくなってしまうことが多いです。(^_^;
でも懲りずに続けて行きます。ボケ防止にもなりましょう。
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かわいらしい金魚がなくなって,残念でした。
金魚といえども,世話が大変だったのではないのでしょうか。
のこりの金魚,長生きしてくれるといいですね。
それにしても,金魚の埋葬から,「いける」という言葉の由来まで
調べてしまうのは,さすがです。
私の住んでいる豊橋では,「植物を(土に)いける」という使い方は
結構普通につかっている気がします。
投稿: 萩さん | 2016年8月17日 (水) 10時19分
萩さん
コメントをありがとうございます。
金魚の世話は、近年、水替えの時のバケツの重さが難儀になってきました。(^_^; 体力勝負といった面があります。(^_^;
残りはあと5尾となりました。長生きして欲しいです。
「いける」忌詞説はどうも不成立のようですが、折角調べたり考えたりしたのだからと、書いてしまいました。(^_^)
豊橋の情報をありがとうございます。鉢植えの植物を地面に移植したりする時に使うのでしょうか。
投稿: 玉村の源さん | 2016年8月17日 (水) 13時58分
本文中、
>「tszchi」とあるのは「tsuchi」の誤植でしょうか。
と書いた点につき、源さんの後輩さんから、『和英語林集成』の初版では、ツはtszと表記している旨、御教示頂きました。
ありがとうございました。
誤植ではなかったのでした。『和英語林集成』(初版)にお詫び申し上げます。
投稿: 玉村の源さん | 2016年8月17日 (水) 14時03分
そういえば大和の方の年配の方は、野菜なんかを保存のために土をかぶせた後「裏の庭に○○をイカっといたで(生かっといたで)。」なんて言い方をしますね。おそらくは「生かしといたで。」の音便形なのでしょうが、これなんかは(6)の例になるんでしょうね。
投稿: 三友亭主人 | 2016年8月17日 (水) 16時20分
三友亭主人さん
情報をありがとうございます。
「いけとく」ではなくて「いかっとく」なのですね。
ところ変われば……。なかなか興味深いです。
投稿: 玉村の源さん | 2016年8月17日 (水) 17時24分