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2016年8月

2016年8月31日 (水)

池澤夏樹氏の『日本語のために』

 このたび、池澤夏樹個人編集 日本文学全集の30として、『日本語のために』という1巻が刊行されました。
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 目次は以下の通りです。

1 古代の文体
  祝詞/池澤夏樹 訳
  古典基礎語辞典 大野晋 編著

2 漢詩と漢文
  菅原道真/中村真一郎 訳
  絶海中津 寺田透
  一休宗純 富士正晴
  良寛 唐木順三
  日本外史 頼山陽/頼成一・頼惟勤 訳
  夏目漱石 吉川幸次郎

3 仏教の文体
  般若心経/伊藤比呂美 訳
  白骨/伊藤比呂美 訳
  諸悪莫作 増谷文雄

4 キリスト教の文体
  どちりいな-きりしたん/宮脇白夜 訳
  聖書:馬太伝福音書 ベッテルハイム訳/マタイ伝福音書 文語訳/マタイによる福音書 口語訳/マタイによる福音書 新共同訳/マテオによる福音書 フェデリコ・バルバロ訳/ケセン語訳 マタイによる福音書 山浦玄嗣 訳

5 琉球語
  おもろさうし 外間守善 校注
  琉歌 島袋盛敏

6 アイヌ語
  アイヌ神謡集 知里幸惠 著訳
  あいぬ物語 山辺安之助
  萱野茂のアイヌ語辞典

7 音韻と表記
  いろはうた 小松英雄
  馬渕和夫『五十音図の話』について 松岡正剛
  私の國語教室 福田恆存
  新村出の痛憤 高島俊男
  わたしの表記法について 丸谷才一

8 現代語の語彙と文体
  辞書の言葉
  ハムレット:坪内逍遥 訳/木下順二 訳/福田恆存 訳/小田島雄志 訳/松岡和子 訳/岡田利規 訳

9 政治の言葉
  大日本帝国憲法
  終戦の詔書/高橋源一郎 訳
  日本国憲法 前文/池澤夏樹 訳
  言葉のお守り的使用法について 鶴見俊輔
  文章論的憲法論 丸谷才一

10 日本語の性格
  意味とひびき――日本語の表現力について 永川玲二
  文法なんか嫌い-役に立つか 大野晋
  私の日本語雑記 中井久夫

 極めて幅広い目配りのもとに、様々な日本語の作品と日本語論とを収めています。

 その中に『古典基礎語辞典』を収録しているのがまたユニークです。この辞書のことを高く評価しているのでしょうね。

 この辞書については、池澤氏は次のように言及しています。
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 評価、高いですね。嬉しいです。♪ 丸谷才一氏と井上ひさし氏とが大野先生の応援団を自任していらっしゃいましたけれど、池澤氏も応援団ですね。

 本書には、池澤氏が例示された「なる」「こと」「もの」「なさけ」「こふ」「しほ」などの項目がそのまま採られています。

 「しほ」は私が書きましたので、なんか嬉しいです。(^_^) 延々と3ページに亙ります。百科事典ならばともかく、古語辞典で「しほ」が3ページって、類を見ないでしょうね。こんなに書いて良かったのだろうかという気もしていたのですが、池澤氏が採り上げてくださったので、きっとこれで良かったのでしょう。(^_^)

2016年8月30日 (火)

吉右衛門の有間皇子

 大昔、「怒濤日本史」というテレビドラマを見ていました。日本史上の大きな事件等を1話完結方式でドラマ化したものです。回数はワンクールほどだったと思います。

 出演者は、新劇の芥川比呂志、岸田今日子、小池朝雄、内田朝雄、山崎努、日下武史といった個性的な面々です。毎回完結ですので、これらの俳優が違った役で繰り返し出演していました。

 そんな中で、有間皇子の回が印象に残っていました。有間皇子を演じたのは中村吉右衛門です。狂人のふりをする演技など、すごいなぁと、子供心に思ったものでした。蘇我赤兄は小池朝雄。いかにもくせ者でした。(^_^) ググってみたら、昭和41年、毎日放送の制作でした。関東ではネットは多分NET(テレビ朝日)だったと思います。吉右衛門は22歳です。

 この映像があれば見たいものと思っていましたが、もう存在しないかもしれませんね。

 映像ではないのですが、ネットオークションで「有間皇子」という舞台中継の台本を見つけました。作・演出は福田恆存です。「怒濤日本史」の「有間皇子」も確か福田恆存だったと思います。同じ台本ではないかと思い、入手しました。
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 制作はフジテレビなのでしょうかね。舞台中継をテレビで放送したもののようです。

 配役は以下の通りです。
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 有間皇子は中村万之助とあります。ググってみましたら、吉右衛門の前名でした。お父さんの幸四郎が蘇我赤兄を演じています。真田のおばばさまが額田王です。(^_^)

 さてこの台本、いつのものか書いてありませんでしたが、手がかりがありました。
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 「VTR 9/20(水)」とあります。万之助が吉右衛門を襲名したのは昭和41年だそうですので、昭和41年以前で、9月20日が水曜日であった年。調べてみたら、昭和36年が該当しました。「怒濤日本史」の5年前ですね。万之助17歳です。

 映像が残っているなら、これも見てみたいものです。

 有間皇子の義母(といっていいのか)である間人皇后と有間皇子とのやり取りがありました。
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2016年8月29日 (月)

下水道工事

 渋川の家の近所では、しばらく前から下水道工事をしています。

 狭い道では、民家の敷地内にも工事車両や囲いが侵入しています。
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 穴を掘っていると、中がどうなっているのか見てみたくなりますけど、大抵近くに工事関係者がいますので、見ることは叶いません。

 ところが、この時は近くに誰もいませんでしたので、こっそり接近しました。
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 囲いを越えて、念願が果たせました。(^_^) 良い子の皆さんは真似をしてはいけません。(^_^;
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 覗いた結果は、ここは全く手つかずの場所だったようで、既存の土管やら水道管やらは見当たらず、ただの穴でした。ちょっとがっかり。

2016年8月28日 (日)

土屋文明記念文学館でオープンセミナー5

 今日は土屋文明記念文学館でオープンセミナーをしてきました。今回で5回目になります。毎回、愛知大学の和田明美先生とコラボです。

 今回は、共通テーマが「万葉集東歌を伝える」です。私は写本の話をし、和田先生は東歌が影響を及ぼした平安鎌倉時代の和歌のお話しをされました。

 私のレジュメはこちらです。写本の画像を貼ってしまいましたので、ファイルサイズが大きくなってしまいました。16.7MBあります。ご容赦ください。

 各々持ち時間は25分ずつで、その後対談、会場からの質疑応答を含め、全部で90分です。私も和田先生もそれぞれに時間超過し、対談は15分くらいになってしまいました。ま、仕方ありません。(^_^;

 持ち時間が限られていますので、私は万葉集の写本の概説の他に、東歌から4首だけ選んで諸本比較しました。普段は大体活字本で済ませていますので、今回、準備のために写本の影印をじっくり見て、楽しかったです。

 控室で頂いた水。
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 真田があちこちに浸透しています。(^_^)

2016年8月27日 (土)

上野三碑のレプリカの移転先

 今年の3月に「高崎駅に上野三碑出現」という記事をアップしました。内容は、上野三碑のレプリカが高崎駅構内に突如出現したことの紹介でした。

 その中で、

> 今年の夏、上野三碑が世界記憶遺産に登録されるかどうかが決まりますので、
>それに向けての活動の一環と思われます。

と書きましたが、登録されるかどうかが決まるのは来年の夏だそうです。失礼しました。(^_^;

 このレプリカは3ヶ月ほど設置されていました。←ちょっと通行の邪魔。(^_^;

 やがて7月に群馬県立歴史博物館がリニューアルオープンしました。これまた、「群馬県立歴史博物館リニューアルオープン」という記事を書きました。ちょっと「なるほど」と思うことがあり、その記事に次のように書いてしまいました。

> あ、そういえば、高崎駅構内にあった上野三碑のレプリカはもうそこにはありません。
>歴博のリニューアルオープン前に歴博に移動したのではないかと思います。

 その時はそう思ったのですが、これは間違いだったようです。

 今日、高崎駅の、上信電鉄(沿線に上野三碑や富岡製糸場があります)の乗り場への入口付近で三碑のレプリカを発見しました。
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 どうやら、ここに移転したようです。歴史博物館には別のレプリカが展示してあるものと思います。

 三碑のレプリカ、複数存在するようです。レプリカの使い廻しを疑ったのは下衆の勘繰りでした。(^_^;

 関係各位(←だれだ?)に深くお詫び申し上げます。

 ここならば通行の邪魔にもならないし、関係の深い上信電鉄への動線上にあるし、より相応しい設置場所と思います。

2016年8月26日 (金)

楫取素彦の像、建立

 22日(月)の上毛新聞(ネット版)で、21日(日)に、初代群馬県令楫取素彦の銅像の除幕式が行われたことを知りました。今日は前橋で仕事の日でしたので、寄ってきました。場所は、群馬県庁の少し北にある前橋公園です。南東の門を入ってすぐのところにありました。

 4人の立像です。周りには若者が何人かいましたが、誰もが無関心でした。(^_^;
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 上の写真の左端に解説板の一部が見えています。結構長文の解説です。この文中で、銅像に関わる部分は以下の通りです。
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 銅像は、楫取の妻・寿(ひさ)が、渡米する新井領一郎に兄松陰の形見の短刀を託す場面です。左から2人目が寿(ひさ)で、右端が新井領一郎ですね。あとの二人は、楫取と、新井の兄で製糸家の星野長太郎だそうです。顔立ちから、和服姿が楫取と思われます。

 寿さんの手にはその短刀があります。この短刀、かなり精巧に作られていますね。刀好きの私は嬉しいです。(^_^)
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2016年8月25日 (木)

昔の渋谷の絵地図

 「「ハチ公のみた渋谷」展」という図録を入手しました。
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 これは、白根記念渋谷区郷土博物館・文学館が平成17年の7月10日から9月11日まで開催した開館記念特別展の図録です。この博物館・文学館のことは知りませんでした。書いてあった住所を頼りに地図で探してみましたら、國學院大學のすぐ近くでした。

 なぜこのような図録を買ったのかというと、ハチ公が好きだから。(^_^)

 内容は、明治18年の渋谷駅開業から戦後までの渋谷駅周辺の歴史です。ハチ公のことももちろん載っています。

 この中に、大正から昭和初め頃にかけての地図が載っていました。大岡昇平の『幼年』における記述をもとに作成したとのことです。転載してはまずいのかもしれませんが……。
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 画面中央付近にある「大岡宅」というのが大岡昇平の家ですね。竹久夢二の家がすぐ近くにあります。

 見慣れている地図と違って上が南なので、ちょっと頭がごちゃごちゃします。(^_^;

 今はなき玉電の線路が描いてあるのが懐かしいです。甘栗太郎もあります。大盛堂もありますけど、「本のデパート大盛堂」の開業は戦後のようですので、これは違う店なのかもしれません。でも、場所は同じ感じです。何か関係はあるのかもしれませんね。

 渋谷川や宇田川は今は暗渠になってしまいましたか。「ブラタモリ」です。

2016年8月24日 (水)

初三郎の伊香保絵図

 伊香保の絵図を入手しました。作者は鳥瞰図の名人、吉田初三郎です。この絵図は伊香保の老舗旅館である木暮武大夫旅館の依頼によるもののようです。
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 広げるとこんなに幅があります。画像が小さすぎて、細かいところが分かりませんね。
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 画面右側に伊香保神社と、伊香保神社への石段が描かれています。石段の向かって左側には木暮旅館の本館。こんなに巨大なのでしょうか。(^_^;
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 上の地図からちょっと引いてみました。画面の上半分に榛名湖が描かれています。毎年、1年生の研修旅行ではこの湖畔の宿に泊まりました。榛名湖の左下、画面中央付近に「二ツ嶽」という文字が見えます。例のよろい人骨はこの山の噴火で埋ってしまったのですね。
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 榛名神社も描かれています。ここにも研修旅行で何度か行きました。
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 初三郎の鳥瞰図には遊びがあって、見えないはずの遠くまで描かれているんですよね。この絵図でも、大坂、神戸や下関のみならず、朝鮮まで載っています。
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 さらに左に目を転じると、北海道、樺太まで。(^_^)
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2016年8月23日 (火)

何がヒットするやら分からない

 昨日アップしたばかりの「湯浅五助は片岡愛一郎」のアクセス数が伸びています。8月1日から今までのアクセス数上位は以下の通りです。

 1.シカ踏切 127(8月3日)
 2.湯浅五助は片岡愛一郎 105(8月22日)
 3.「東国文化自由研究」作品展 81(2015年3月1日)
 4.明治15年の旅行本で野蒜を発見 61(8月17日)
 5.和式トイレの使い方 40(2014年7月4日)
 6.西河原森ノ内遺跡木簡の釈文 38(7月31日)

 ささやかなブログですので、月間トップの「シカ踏切」とて127でしかないのですが。(^_^;

 そんな中で、「湯浅五助は片岡愛一郎」がわずか2日間でトップを窺う勢いです。

 「片岡愛一郎 真田丸」や「湯浅五助 片岡愛一郎」といったキーワードで当ブログに来て下さっているようです。「真田丸」の人気なのか、愛一郎の人気なのか、湯浅五助の人気なのか、よくわかりません。

 師匠と愛弟子とが、主君と忠臣とを演じるという点を面白く思ってアップしたのでしたが、あるいはそういった点に興味を覚えて検索した人も多かったのかもしれませんね。

 全く予想外の記事のヒットでした。

 こうなってくると、番組の翌日などとのんびりしていないで、番組終了後すぐにでもアップしておけばもっとアクセス数を稼げたのに、などと欲深なことを考えています。(^_^;

 でも、今後、関ヶ原まではまだまだ伸びるのではないでしょうか。

 3位にある.「東国文化自由研究」というのは群馬県と県教育委員会とが毎年開催している催しです。これに参加することを夏休みの宿題に課している小中学校が多いのではないでしょうか。それで、参考にしようと検索して引っ掛かったものと思われます。

 5位の「和式トイレの使い方」は、もう2年も前の記事ですのに、コンスタントにアクセス数があります。ロングセラーです。

 画像がないと寂しいので1枚貼っておきます。関ヶ原にある大谷刑部の墓です。向かって右が大谷刑部の墓、左が湯浅五助の墓です。見ていると、なんか泣きそう。(^_^;
Ootanihaka

2016年8月22日 (月)

湯浅五助は片岡愛一郎

 昨日の「真田丸」。
Sanadadomo
 オープニングの配役をいつものように熱心に見ていたら、その中に、湯浅五助-片岡愛一郎というのがありました。

 この役者さんの名前は知らなかったのですが、片岡愛之助と名前が似ているので、もしやと思ってググってみたら、愛之助のお弟子さんでした。

 湯浅五助は大谷吉継に最後まで従った家臣です。

 師弟が主従ですね。なかなかの配役の妙です。

 これまた三谷幸喜の仕業でしょうかね。(^_^)

2016年8月21日 (日)

ホヤとキュウリの柚子ポン酢和え

 昨日、三友亭主人さんから、ホヤはキュウリと合うと教えて頂きましたので、早速キュウリを買ってきて、1つ残っていたホヤと和えてみました。
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 キュウリ、あまり薄くは切れませんでした。でも、まあまあかなと思います。

 すぐに思い付くのは酢の物ですが、うちにはお酢がありませんので、柚子ポン酢と和えました。おいしゅうございました。♪

 あ、お酢だけじゃなくて、塩も胡椒もありません。(^_^;

 以前は、サラダに塩胡椒を掛けていました。ドレッシングだと、油があって食器洗いが面倒なので。塩胡椒だと楽です。(^_^)

 ところが、青じそとか、ポン酢とか、ノンオイルのものもあることに気づき、それらを使うようになったので、塩胡椒の出番はなくなりました。

 砂糖は、紅茶に入れますし、醤油も、豆腐に掛けたり、餅を砂糖醤油に付けて食べるので、砂糖と醤油はあります。(^_^)

2016年8月20日 (土)

(たぶん)初ホヤ

 昨日、近所のスーパーで、パック入りのホヤを見かけ、「おお! 買おう」と思って、早速購入しました。
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 ホヤは宮城県などで養殖されているそうですが、大震災で壊滅的な打撃を受けたそうです。しかし、努力の甲斐あって、徐々に生産量が回復しました。ところが最大の出荷先である韓国が、福島の原発事故を受けて、宮城県等8県(群馬も含まれます)の水産物を禁輸しているため、生産過剰だそうです。

 韓国の禁輸措置は日本に対する嫌がらせのように思えてならないのですが、仮にそうでないとしても、科学的根拠に基づかない禁輸はやはり納得できません。

 ともあれ、4年の生育期間を過ぎたホヤをそのままにしておくと腐乱して海の生育環境を汚染するということで、大量に廃棄することになったそうです。

 そういう記事を最近読んだばかりでしたので、店頭で見かけて、「買おう」ということになりました。私が1パック買ったところで、あまりにも微々たるものでしかありませんけど。

 私、ホヤを見るのも食べるのも初めてです。ひょっとすると、どこかで食べた刺身の盛り合わせの中に入っていたかもしれません。駅弁の中に入っていたかもしれません。ですから、知らないで食べている可能性はありますけど、ホヤと知って食べるのは初めてです。

 パックに4つ入っていました。密閉容器に移しました。これで100gのようです。
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 おいしゅうございました。食感は貝のようです。しょっぱかったですけど、これはホヤのせいではなく、一緒に入っていた塩水の塩分濃度が高かったせいです。真水で洗って、水気を取ってから食べれば良いでしょうかね。昨日ホヤを買ったのは予定外でしたので、お腹いっぱいで1つしか食べませんでした。残りは今日食べます。

 パッケージをよく見ると、「宮戸水産」と書いてあります。これはつい先日地図で見た宮戸島の会社でしょうね。野蒜のすぐ南の。
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 なんか、親近感が湧きました。(^_^)

2016年8月19日 (金)

毎月19日はいただきますの日

 毎月19日はいただきますの日だそうです。
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 群馬県のHPにも載っていますが、この日については、

>地域に暮らすいろいろな人と、いろいろな場所で、「共食」の大切さについて、語り合う日です。

というくらいの解説しか見つかりませんでした。

 もともとは群馬ローカルではなく、内閣府が、毎月19日を「食育の日」と決めたことに由来するようです。

 内閣府のHPには、

>「食育の日」は、食育推進運動を継続的に展開し、食育の一層の定着を図るための機会として、「食育推進基本計画」により定められました。「食育の日」には各地で様々な食育の普及啓発活動が展開されています。

とありますけど、これまたどうも……。

 伊勢崎市のある企業のHPには、

>社内においても毎月19日は「家族でいただきますの日」として全従業員が残業をせずに家庭で食卓を囲めるようにしており、日々の業務改善にも注力しています。

とあります。こちらは誠に具体的で分かりやすいです。(^_^)

 上に貼った画像、うっすらと裏側が見えています。あの画像の出所は、新聞折り込みのスーパーのチラシです。(^_^)

 8月6日(土)の夜、新聞を資源ゴミとして出すべく、新聞縛りに励んでいた時に見つけました。

 19日のブログのネタにしようと心に決めました。忘れずに載せられて幸いです。(^_^)


2016年8月18日 (木)

忌詞「あたる」考

 一昨日、「いける」を考えていたとき、忌詞の可能性も考えました。

 広く知られた代表的な忌詞に「あたる」というのがあります。

 「する」という語がお金を失う意味(「競馬で有り金全部すってしまった」「相場を読み誤って全財産をすってしまった」など)を連想させるので、「する」という語を嫌って、「するめ」のことを「あたりめ」という、「すり鉢」のことを「あたり鉢」という、「ヒゲをする(「そる」ですけど)」と言わずに「ヒゲをあたる」という。

 「する」という語を使いたくないというところまでは分かります。でも、その先、「する」の代わりがなぜ「あたる」なのかというのがかねがね納得しきれないところでした。

 「する」の反対語は「あたる」かなぁ? なんかずれるような気がします。

 それでまたつらつらと考えました。

 「そる」には「それる」という意味があります。矢が的に当たらずに的から外(そ)れる。この「そる」の反対語ならば「あたる」になります。

 「する」という語を使いたくなくて、その反対概念の語がないかと捜しているうちに、発音が似た「そる」に思い至り、その反対語の「あたる」に思い至ったという順路は考えられないでしょうか。

 良いところに気がついたと思いました。♪

 遅ればせながら日国を引くと、「あたりめ」の項に「鯣(するめ)をいう。商家、興行界などで「するめ」の「する」をきらっていう語。」とあり、「あたりばち」の項に「「すりばち」をいう。商家などで、「すりばち」の「すり」をきらっていう語。」とあります。

 「商家など」「興行界など」という限定が付いています。

 ここで「ううむ」です。興行界だと、例えば芝居では、出し物や役者が人気を博すと、大入り満員、その興行は大当たりということになりますね。

 そうか、そういうことなら、「する」と「あたる」とは反対概念と言えなくもないなぁ、と思えてきました。

 思い付いた自説はまたまたダメかもしれません。ダメそうになった考えをブログで開陳することはないのですけど……。(^_^;

 でもね、「する」を嫌って「あたる」という、という説明は、日国に限らず多くの辞書に共通ですけど、「する」を嫌った結果がなぜ「あたる」になるのかという説明がない、というのもまた共通なんですよね。その説明にまで踏み込んで書くべきものと思います。
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2016年8月17日 (水)

明治15年の旅行本で野蒜を発見

 しばらく前に、「文明講」「真誠講」という記事をアップしました。明治初期の、旅行案内・宿屋案内といった内容です。

 同様の資料をまた1冊手に入れました。今回のは明治15年の『神宮教会 神風講社定宿 一新講社』という標題のものです。これには東海道や伊勢への道も載っていますが、東北・関東が中心で、香取・鹿島への道、日光への道、善光寺への道などが載っています。
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 おなじみの、玉村、新町、倉賀野、高崎、伊香保などの地名も見え、親近感が持てます。(^_^)

 この資料のことはまた取り上げるかもしれませんが、これに載っている「のびる」に目が留まりましたので、まずはそれを。
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 野蒜という地名は、5年半前の3.11で初めて知りました。そして、三友亭主人さんのブログでも。

 松島と石巻との中間に位置する土地ですね。

 位置的に漁業の町という印象を持っていましたので、宿場のリストに載っていることがちょっと意外でした。でも、別に漁業の町でもあり、かつ宿場でもあってもいいわけですから、意外に思う必要もなかったのですが。

 宮城-てたる村-のびる-潜浦-小野-やもと-石の巻という順で載っています。それぞれの地名の下に業者名が載っていて、その上に小さく丸印が付いています。巻頭の凡例に依れば、黒丸は「泊」、白丸は「休」です。のびるは白丸ですので、旅館ではなくて、お休み所のようです。

 これらの地名の位置を現代の地図で調べてみました。

 「てだる」は「手樽」と書くのですね。手樽・野蒜・小野・矢本・石巻は線上に載ります。石巻街道上の地でしょうか。芭蕉の奥の細道の旅もこのあたりを通っているようですね。

 潜浦だけがなかなか見つかりませんでした。さらによくよく探してみると、野蒜の南、陸続きに行けるようではありますけれど、宮戸島という島の中に潜ヶ浦という地名が見つかりました。野蒜から小野へ行くには完全に方角違いです。野蒜から潜ヶ浦に行ったあと、潜ヶ浦から小野へは舟で行くようですね。

 この寄り道はなんなのでしょうか。潜ヶ浦は風光明媚な地なのでしょうか。宮戸島を挟んで西が松島湾、東が石巻湾です。潜ヶ浦は東側なので、潜ヶ浦から松島がよく見えるというわけではなさそうです。

 三友亭主人さんから解説をいただけると幸いです。

2016年8月16日 (火)

「いける」考

 家で飼っていた金魚が1尾死んでしまいました。今夏2尾めです。
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 もう10年以上飼っている金魚ですので、年もいっていると思いますが、やはり夏が鬼門です。庭の片隅に穴を掘って埋めてやりました。

 通勤途上、ふと、穴を掘って埋めることを「いける」とも言うなぁ、と思いました。自分では使いませんけど、人が話すのを耳にしたことがありますし、違和感もありません。

 「いける」という語には、「花を生ける」という用法があります。意味は「生かしておく」でしょうね。植物の枝や茎を切って、そのままにしておけば枯れてしまうので、水を入れた甕や花瓶に挿して生かしておくこと。それが「花を生ける」でしょう。

 名詞には「生け花」があります。「生け簀」という名詞もあります。これも、捕った魚をそのまま放置すれば死んでしまうので、死なないように作った設備が「生け簀」ということになります。

 生かしておくことが「いける」。これに対して、穴を掘って死体を(死体には限りませんが)埋めることも「いける」。

 さて、両者の関係は?

 意味に関連性があれば同語の可能性が大きそうです。意味に全く関連性が見出せなければ同音異義語の可能性が大きそうです。

 ところが、意味が全く正反対の場合には忌詞の可能性があります。宴会を終わることを「閉める」「閉じる」とは言わずに「お開きにする」とか、「梨の実」を「ありの実」というなど。群馬県の吾妻郡では、桑などの枝を切ることを「生やす」と言う(言った)そうです。

 埋めることを「いける」というのもこの類かと思いました。現代では特に「埋める」という語を忌むことはしませんけれども、大阪の「梅田」は語源的には「埋田」だそうで、この「埋」を忌んで「梅」に変えたのだということを読んだことがあります。昔は(←曖昧な(^_^;)、「埋める」という語が特に埋葬を連想させたもののようです。

 職場に着いて『日本国語大辞典』(日国)を引いてみました。用例を省略して示します。

い・ける 【生・活・埋】〔他カ下一〕文語い・く〔他カ下二〕
 (1)命を保たせる。生存させる。死なないようにする。*蜻蛉日記〔974頃〕など
 (2)死んだもの、死にかけたものの命をとりもどす。よみがえらせる。*古本説話集[1130頃か〕など
 (3)魚を生簀(いけす)などに入れて飼う。*滑稽本・八笑人〔1820~49〕など
 (4)(鑑賞のために形をととのえて)草花や木の枝などを花器にさす。*玉塵抄〔1563〕など
 (5)(埋)(火鉢などで、火を保ったり、熱気を防いだりするために)火を灰の中に埋める。*日葡辞書〔1603~04〕など
 (6)(埋)(保存のために)野菜などを土に埋める。(悪くならないように処置して)しまい貯わえる。*日葡辞書〔1603~04〕など
 (7)(埋)物の全部、または一部を地面に入れこむ。*和英語林集成(初版)〔1867〕など
 (8)盗品や証拠品を隠すことをいう、盗人仲間の隠語。〔隠語輯覧{1915}〕

 方言 (1)生かす。《いける》奈良県683 (2)魚を生簀(いけす)に入れておく。《いける》徳島県海部郡811香川県高見島829 (3)植える。《いける》岐阜県稲葉郡498北飛騨499 (4)葬る。埋葬する。《いける》秋田県鹿角郡132

 以下略

 以上です。

 (5)(6)(7)が埋める用法ですね。

 (5)は火が消えないように、火を灰に埋めて生かしておくことなのでしょう。(6)は野菜などが萎びたり腐ったりしないように、土に埋めて生かしておくこと。

 (7)が今回問題にしている用法で、何かを生かしておくことを目的にはせずに、単に穴を掘って埋めてしまうことです。

 念のため、『和英語林集成』(初版)の本文を示しておきます。『和英語林集成』(初版)では、「イケル」を「活・生」と「埋」とを別項目として立てています。「埋」の方の解説文は以下の通りです。

 To bury in the ground,to plant. Gomi wo tszchi ni -,to bury litter in the ground. Hashira wo -,to bury in the grave. Hi wo -,to cover fire with ashes.

 「tszchi」とあるのは「tsuchi」の誤植でしょうか。

 日国は、それぞれの用法ごとに、見出し得た最古の用例を示すことを方針にしています。(5)(6)は江戸ごく初期から例があるのに対して、(7)は『和英語林集成』が最古の用例ですから、こちらは新しい用法のようです。

 どうも、忌詞説はダメそうですね。火や野菜を生かしておくために灰や土に埋める用法が発生して、その後に、「生かしておく」ことを目的とせずに何かを土に埋める用法が発生した、と考えるのが素直と思います。
Gunmac_ikeru
 何かを思い付いても、調べたり考えたりしてゆくうちに、それが成立しそうもなくなってしまうことが多いです。(^_^;

 でも懲りずに続けて行きます。ボケ防止にもなりましょう。

2016年8月15日 (月)

まだまだ続くUターンラッシュ

 今日、東京から群馬に移動しました。Uターンラッシュとは逆方向ですので、電車は空いていました。

 Uターンラッシュ自体、昨日がピークということでしたし、今日は月曜。上りも大したことはないのではないかと思っていましたが、なかなか。

 14時頃の高崎駅の新幹線電光掲示板の上りです。
Nobori20160815
 ×ばかり。ちなみに、下りには×は1つもありませんでした。

 考えてみれば、今日が15日ですからねぇ。お休みの企業もありましょうし、休暇中の人もいましょう。明日あたりも、上りはまだ×ばっかりかもしれませんね。

 この写真、リュックを背負ってカメラを構えている私の姿が映り込んでいます。ちょっと恥かしい。(^_^;

2016年8月14日 (日)

調布かるた

 先日の「動物俳句かるた」に続き、こんなかるたを手に入れました。
Chofucard01
 動物かるたについては、動物が好きということもあったのですが、調布は特にそういうことはありません。(^_^; ただ、地名の由来なども含めて、多少古代関係の札があるかなと思いました。

 2014年12月1日発行ということですので、最近の発行です。12月というのは、お正月を前にして、ということもありましょうかね。

 企画・制作・発行は手紙社、後援は調布市観光協会です。

 8枚ご紹介します。
Chofucard02
 これらの読み札は以下の通りです。

 あ:在りし日の 近藤勇 偲ぶまち
 う:移ろいゆく 季節を語る 神代植物公園
 そ:租庸調 布の納めが 調布の由来
 ち:調布市の 歴史見守る 深大寺
 て:天神通りに 妖怪キャラの モニュメント
 ぬ:布さらす 多摩川清き さらさらと
 は:白鳳仏 笑顔絶やさず 千三百年
 ほ:ホームに入る 電車の合図は ありがとう

 近藤勇の出身地は日野の方かと思っていましたが、調布でした。神代植物公園には約4800種の樹木が植えられているそうです。深大寺が調布市にあるというのはうっかりしていました。「て」の札は、水木しげるが50年以上調布市に住んでいたことにちなみます。「ぬ」の札は東歌を踏まえていますね。「は」も深大寺です。「ほ」は調布駅の駅メロが朝ドラ「ゲゲゲの女房」の主題歌「ありがとう」であることから。

2016年8月13日 (土)

上野三碑創作スイーツコンテスト

 高崎駅でこのようなポスターを見かけました。
3pisweets
 上野三碑とスイーツって、そういう組合せは考えたこともありませんでした。なかなか意表を衝いてくれます。(^_^)

 でも、何であれ、こうした様々なことを通して、上野三碑に関心を持つ人が増えて行くのは良いことと思います。

 ググってみましたら、主催は高崎市吉井商工会(吉井町は多胡碑の所在地)ですが、高崎市のHPにも載っていました。高崎市も応援しているようです。

 上野三碑にはそれぞれキャラクターがあることは知っていましたが、「コウズケ3ピーズ」という総称があるのだということを、今回ググっていて初めて知りました。(^_^)
3piz

2016年8月12日 (金)

赤城山のスタンプラリー2016

 今日はまた前橋で仕事の日でしたので、恒例により県庁に立ち寄りました。県民センターを覗いたら、このようなパンフレットがありました。
Gunmac_akagi2016a
 赤城山周辺市町村のスタンプラリーで、主催は赤城山広域振興協議会です。

 このイベントは毎年実施されていて、去年のパンフレットの表紙は次のようなものでした。
Gunmac_akagihime
 毎年ぐんまちゃんが主役なのは変わりませんが、去年のぐんまちゃんは「赤城姫」だそうです。今年は「真田丸」便乗(失礼(^_^;)ですね。赤城山と真田との関係は薄いと思いますけど。

 スタンプを捺すスペースは六文銭になっています。6ヶ所でスタンプを貰うのはかなり大変です。
Gunmac_akagi2016b
 でも、6ヶ所全部でなくても、3ヶ所か1ヶ所でも良いようです。次のようなシステムになっています。とはいえ、参加予定はありません。(^_^)
Gunmac_akagi2016c
 これと同時にインスタグラム写真投稿キャンペーンも同時開催されています。写真の巧拙には依らず、抽選で商品が貰えるようです。オリジナル3点セット、欲しいですけど、50名ではかなりの狭き門です。
Gunmac_akagi2016d
 実は今日、前橋で毎月行っている講座だったのですが、その受講生の方から、まほろぐを楽しみに見ていると言われました。びっくりしました。

 ありがたいことで、励みになります。(^_^)

2016年8月11日 (木)

動物俳句かるた

 このようなものを入手しました。山口誓子監修、俳句文学館編著の「動物俳句かるた」です。昭和52年11月1日初版発行とあります。
Dobutsuhaiku04
 かるたが好きで、動物も好きですので、二拍子揃ったこのかるた、楽しいです。

 俳句は特に好きでも嫌いでもありませんが、今後は老後の趣味にしますか。(^_^)

 ブログのネタがない日は1句ひねったりして。←そっちの方がもっと大変かも。(^_^;

 このかるたは、動物をよんだ俳句のみからなっていて、江戸時代から近現代までが対象です。百人一首方式ではありませんので、複数の句が採られている作者もいます。

 8枚選んでみました。著名句が多くなってしまいました。
Dobutsuhaiku01
 これらの読み札は以下の通りです。

 す:雀の子そこのけそこのけお馬が通る(小林一茶)
 と:とんぼつり今日はどこまで行ったやら(千代女)
 ね:猫の子のすぐ食べやめて泣くことに(中村汀女)
 は:初しぐれ猿も小蓑をほしげなり(松尾芭蕉)
 ふ:古池や蛙飛びこむ水の音(松尾芭蕉)
 む:胸までのれんげ小犬は迷いゆく(中村草田男)
 や:やせ蛙負けるな一茶これにあり(小林一茶)
 ろ:炉ふさげば狸に返る茶がまかな(巌谷小波)

 読み札の実物はこんな感じです。
Dobutsuhaiku02
 裏側には季節と季語と解説が載っています。
Dobutsuhaiku03

2016年8月10日 (水)

前橋で出前講座(いなばのしろうさぎ)

 今日は、前橋で出前講座をしてきました。テーマは、「古事記をよむーいなばのしろうさぎの話」です。

 稲羽の素兎については、新潟青陵大学の原田留美先生がかねがね研究なさっているのと、原田先生は児童文学や絵本、絵本の読み聞かせについての研究もなさっているので、原田先生にお願いして、今回はコラボでの講演となりました。

 大いにその成果はあったと思います。来て下さった方々も静かに熱心に聴いてくださいました。

 レジュメはこちら。共同のレジュメです。

 この他に、スクリーンに画像を映写したり、原田先生はお持ちくださった絵本を実物投影機でお示しくださり、ビジュアル的にも楽しかったです。

 島根県のご当地キティちゃん。
Inaba01
 ワニではなく、サメに乗っていますね。

 以前採集した蒲の花粉も映写することができました。
Gama15
 花粉の台にしている青い布のようなものは、畏れ多くも西宮先生の『古事記』です。(^_^; 色が補色になるかなぁと思ったのと、古事記つながりだから良いかと思ったのとがその理由です。西宮先生も苦笑いしながらお許しくださることでしょう。

 

2016年8月 9日 (火)

倭服(?)のぐんまちゃん

 毎月、第1日曜日の朝刊に群馬県の広報誌『ぐんま広報』が折り込まれています。そして、その題字脇にはほぼ毎回ぐんまちゃんのイラストが載っています。月替わりです。

 一昨日届いた新聞には8月号が挟み込まれていました。イラストは下の通りです。
Gunmac_koho201608
 花火見物のぐんまちゃん。着物姿ですね。浴衣でしょう。いろいろな姿に変身するぐんまちゃんですけど、和服というのは珍しいように思います。

 この『ぐんま広報』には次のような記事も載っていました。
Gunmac_koho201608b
 貴重な古代の遺跡や遺物が県内から続々と発掘されています。古代群馬の繁栄を感じます。

 ところで、このイラスト……。和服姿のぐんまちゃんは珍しいと書いたそばから。(^_^)

 とはいえ、和服といえるかどうか。毛利先生のお説の「倭文体」に倣って、「倭服」と呼んだらいいのではないかという気がします。(^_^)

2016年8月 8日 (月)

まほろぐ3周年

 本日、当まほろぐは、3回目の誕生日を迎えることができました。これも皆さまのおかげと、ありがたく存じております。

 今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

 毎日書き込みを心掛け、幸いにこの1年間では書かなかった日はありませんでした。それ以前についうっかり書かなかった日が2日あるのが残念です。(^_^;

 3年間1,096日(365×3+今年の閏年1)の記事数は1,137本になります。アクセス数上位の記事は次の通りです。
Mahorank20130808_20160807
 ぐんまちゃん関係をぐんまちゃん色、駅弁を黄色、飛鳥・奈良関係を黄緑色に塗ってみました。あいかわらずぐんまちゃんが目立ちます。(^_^;

 そして、アクセス数上位はあきれるほど去年と変わりません。(^_^) やはりこれらは検索でヒットして来てくださる方が多いせいでしょうね。ロングセラー(?)です。

 そんな中にあって、9位の「高崎線とイノシシとが衝突」という記事が目を引きます。これは昨年の11月18日に起こった事故でした。この日だけでこの記事のアクセス数は366回、翌19日は28回、翌々20日は10回でした。短期集中。

 30位の「白内障の手術」は、同病の方のご参考になればと思ってアップしたものです。そこそこの数のアクセス数があることを幸いと思っております。

 今後とも、当ブログをご贔屓お引き立てのほど、何卒よろしくお願い申し上げます。

 最後になりましたが、今日お誕生日の三友亭主人さん、おめでとうございます。今後ともどうぞよろしくお願い致します。

2016年8月 7日 (日)

奈良名所絵図(2)

 このようなものを入手しました。またネットオークションです。左右で色合いが異なるのは、大きさの点で1度にスキャンできず、別々にスキャンしたせいです。(^_^;
Narameisho02
 『奈良名所絵図』は以前も入手したことがあり、まほろぐにご披露しました。
Narameisho01
 2つ見比べると、ぱっと見には同じですね。違いは、以前入手したのは単色、今回のは2色という点です。といっても、今回のも2色刷なのか、あるいは朱は手彩色なのか、はっきりしません。

 ググってみましたら、『奈良名所絵図』は人気があったようで、現存しているものが多く、版も多いそうです。

 異版のポイントは、東大寺南大門の真南、地図下端付近にある「ゆきげのさわ」の描き方で、新しいほど横線の数が減るそうです。

 単色版は以下の通りです。
Narameisho03
 2色の方は以下の通りです。
Narameisho04
 両者を比較すると、2色版の方が線の数が多いので、こちらの方が古いということになりそうです。ところが、文字は明らかに単色版の方がシャープです。版を重ねるほど、文字は摩耗するはずなのに。

 文字はあとから彫り直したのでしょうかね。

 転害門付近の単色版。
Narameisho05
 同じ場所の2色。
Narameisho06
 両者の文字はよく似ていますけど、比べると違いますね。「是よりてがい丁」の「是」とか「て」とか、「丁」の字の横画の傾きとか、その下の「はたごや」。「かげきよ門」のそれぞれの文字とか。文字は同版ではありませんね。

2016年8月 6日 (土)

点字図書館の黒猫のしおり

 以前、まほろぐに書いたような次第で、亡父の遺志を受けて、日本点字図書館に、父の名で寄付を続けています。

 今年も寄付をしたところ、またご丁寧に点字(手書きによるひらがなの読みつき)の礼状を頂きました。

 そこに黒猫のしおりが同封されていました。
Tenjineko01
 ググってみましたが、日本点字図書館のマスコットキャラクターがこの黒猫であるとか、そういったことはないようです。館長さんか担当者さんかがネコ好きなのでしょうかね。(^_^)

 裏側です。
Tenjineko02
 輪郭線が点字で描かれています。目の不自由な方も絵のおおよそは理解できると思います。なぜか、足の部分が、点字でのみしか描かれていないのは不思議です。


2016年8月 5日 (金)

シウマイ炒飯弁当

 少し前に買いました。買った店は、東京駅構内の駅弁屋「祭」です。
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 この駅弁、以前店頭で見かけて買いかけたのですが、他の駅弁に目移りしてしまって、その時は買いませんでいた。以来、気になって。(^_^;

 やっと再会できたので、今回は迷わずに買いました。

 中身は、シウマイとチャーハンだけではなく、いろいろと入っていました。
Shiumaiben02
 おいしゅうございました。メーカーは、かの崎陽軒です。本来は横浜の駅弁なのでしょうかね。

2016年8月 4日 (木)

『平安時代記録語集成』

 この度、峰岸明氏の『平安時代記録語集成』上下(吉川弘文館)が刊行されましたので、早速購入しました。
Kirokugo01
 上下それぞれ1600ページ前後もある大冊です。

 内容は、小右記や御堂関白記のような平安時代の日記に使用されている記録語の用例集です。下巻には約2000語の「記録語解義」が附載されています。こちらは記録語辞典です。
Kirokugo02
 峰岸先生は平成24年に逝去されました。今回の出版は先生のご遺志を継ぐものです。

 吉川弘文館編集部の記述に依れば、峰岸先生と吉川弘文館との間で、記録語辞典刊行の仕事が進行中だったのが、刊行に到る前に、峰岸先生がご病気になられ、長期入院の末に逝去されたので、この事業は完成に到りませんでした。

 そこで、先生が長年月に亙って作成中だった、辞典のベースとも言うべき用例集をメインとし、それに加えて、生前に書き終えていらした約2000の辞書項目を附載する形での刊行に到ったということです。

 ご本人にしてみれば、辞書項目を完成させた上で、校正にも目を通したかったことと拝察されます。さぞ、心残りだったとは思いますが、生前のお仕事が形になったことは何よりのことと思います。

 峰岸先生とは、私が学部2年の時に、非常勤でいらしていた先生の国語学演習(古今著聞集の演習でした)を履修して以来のご縁でした。

 我々の古典語辞典でも、当初は、記録語は峰岸先生に執筆をお願いする予定だったのですが、諸般の事情で、収録語数を大幅に減らして、基礎語辞典になってしまったことで、それが叶いませんでした。それを残念に思っています。

 先生はお若い頃に色葉字類抄の索引を刊行されていらっしゃいますが、そのお仕事も記録語辞典の編纂を念頭に置かれてのことだったようです。

 今回の御著書、畏れ多いことながら、わが身を勉励するよすがとも致します。

2016年8月 3日 (水)

シカ踏切

 今朝7時からの「NHKニュース おはよう日本」でこんなニュースを見ました。

 三重県津市内を走る近鉄大阪線では、電車が鹿をはねる事故が後を絶たないことから、新しい工夫をしたとのことです。

 事故が多い理由は、このあたりの線路の両側に鹿の生活圏があること、そして、鹿が鉄分補給のためにレールをなめに来るという2点だそうです。

 そこで、線路の両脇にネットを張った上で、数ヶ所にネットのない場所をわざと作って、線路を横断できるようにし、そこには動物が嫌がる超音波を出す装置を設置して、電車が通過する時だけ超音波を発信することにしたのだそうです。

 最終電車が通過したあとは、始発までこの装置はお休みです。

 その結果、この装置を導入してから事故はゼロだそうです。

 いいですね。鹿と共存共栄。(^_^)

 鹿が鉄分補給のためにレールをなめに来るというのも貴重な情報でした。以前写したこの写真の鹿も鉄分補給をしていたのかもしれません。
Kusarishika

2016年8月 2日 (火)

233年前の浅間山大噴火時に恩、熊本へ義援金

 今日のアサヒコム群馬に、標記のような記事が載っていました。

 天明3年(1783)の浅間山の大噴火の折、浅間山麓にあった鎌原村(現・嬬恋村鎌原地区)が壊滅的な被害を受けました。復旧工事の費用の大半は、幕府の命で肥後熊本の細川家が負担することになったそうです。なぜ細川家なのかは不明ながら、54万石の大藩だったことと、阿蘇山を抱えて火山災害に理解があったためともいわれているとのことです。

 しかし、当時、細川家の財政も厳しく、領内から寄付を募ったところ、武士、農民、商人ら約1万3500人もの人が拠出に応じたそうです。

 それから230余年。今年の熊本地震に際し、鎌原地区の住民の間から、「ご先祖がお世話になったお返しがしたい」との声があがり、募金が始まったそうです。そして、集まったお金は、「熊本のみなさんの尊いご恩を忘れずにいます」という手紙を添えて、大きな被害を受けた熊本県南阿蘇村に届けたそうです。

 南阿蘇村の長野敏也村長は「230年余りも前のことを記憶にとどめ、義援金まで贈っていただいた。嬬恋村と鎌原地区のみなさんの優しさをつくづく感じています」と話している、とのことです。

 良い話です。泣きそう。

 浅間の噴火に際して熊本のお世話になったことは全く知りませんでした。こういうこと、知っておくべきことと思います。

 写真は、平成19年に勤務先で開講された県民公開授業「群馬のことばと文化」における松島榮治氏の「天明の浅間焼けとその社会的影響について」の様子です。背後の写真は、観音堂への石段から発掘された被災者です。
Matsushima02

2016年8月 1日 (月)

賛否両論弁当

 昨日、東京駅構内の駅弁屋「祭」で買いました。買った一番の動機は「賛否両論」という名称です。(^_^)
Sanpiryoron01
 意味不明ですねぇ。(^_^)

 人によって好き嫌いが分かれる、納豆、イナゴ、蜂の子などが入っているのかと思いましたが、そんなことはありません。
Sanpiryoron02
 このような紙が入っていましたが、これを読んでもよく分かりません。
Sanpiryoron03
 ネットで調べて、段々分かってきました。

 恵比須に「賛否両論」という名前の大人気の日本料理店があるそうです。店名は、「万人に好かれなくてもいい、自分の料理とやり方を認めてくれる人が来てくれれば」という思いに由来するそうです。

 この駅弁は、この店の店主が監修したもののようです。

 「おしながき」は以下の通りです。

 帆立おかき揚げ
 ごぼうおかき揚げ
 うなぎ蒲焼フライ
 いんげん
 葱たっぷり玉子焼き
 海老しんじょう
 木の子の揚げしんじょう
 サーモン味噌焼
 鶏つくね照煮
 鶏唐ポン酢
 白菜の和風コールスロー
 里芋れんこん黒胡麻煮
 鴨ロース
 昆布佃煮
 じゃこ山椒白飯
 鯛飯

 おいしゅうございました。(^_^)

森ノ内木簡の「馬」の字

 昨日アップした「西河原森ノ内遺跡木簡の釈文」に筒井先生から以下の通りのコメントを頂きました。

>現物、赤外線寫眞、複製を並べていただいた御蔭で、複製の摸寫がかなり當てにならないことが分りました。
>とすると、個人的には10字目の「馬」とされてゐ た字が氣になつてきました(複製ではたしかに「馬」ですが)。
>現物、赤外線寫眞での10字目は、御覽になつて「馬」として行けさうでせうか。

 これまた、コメントには画像を貼れないので、新規記事としました。ココログはこの点が不便ですね。
Nishigawara04
 この字もまた、現物、赤外線写真、ともにかなり不鮮明ですね。

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