« 2016年2月 | トップページ | 2016年4月 »

2016年3月

2016年3月31日 (木)

赤い若葉

 春になって、木々が一斉に芽吹き始めました。気持ちの良い季節です。

 そんな中に赤い若葉の植物がありますね。いつまでも赤いわけではなく、やがて緑色に変わってゆきますけど、萌え出たばかりの葉の色は赤。

 東京の家にも1本そういう木があります。これは数日前の撮影です。「紅葉は逆光で」というセオリーを応用してみました。
Akaiha01
 下の写真はー0.7の露出補正をしたものです。といっても意図的にしたのではなく、うっかり露出補正ダイヤルが動いてしまっていたのです。「あ、いけない」と思って、適性露出に変えてもう1枚撮りました。でも、あとで、撮った写真をパソコンのディスプレイで見たら、うっかり撮ってしまった方がずっときれいな出来映えでした。写真の出来映えは露出次第でずいぶん変わりますね。どう補正すれば良いのか、修行中レベルからなかなか先に進みません。(^_^;
Akaiha02

2016年3月30日 (水)

高崎駅に上野三碑出現

 高崎駅構内に上野三碑が出現しました。
3hi_takasaki01
 昨日の夕方にはありませんでしたので、昨日の夜か今日、設置したのでしょう。
3hi_takasaki02
 今年の夏、上野三碑が世界記憶遺産に登録されるかどうかが決まりますので、それに向けての活動の一環と思われます。

 人通りの多い場所ですので、アピール度は抜群です。良いアイディアと言えましょう。

 しかしまぁ、いくらアピールするためとはいえ、特別史跡を持ってきてしまうなんて、思い切ったことをしたものです。

 ……って、そんなことはありませんね。当然ながらレプリカです。

 今回のことで、新たに上野三碑に関心を持ってくれる人が増えると良いです。

2016年3月29日 (火)

イモ当て台紙の文字のナゾ

 昨日アップした「津軽のイモ当て」について三友亭主人さんから頂いたコメントの中に、

>引いたくじの台紙に印刷してある漢字の文字列が気になりますね。いったい何とかいてあるんでしょう?

とのお尋ねがありました。

 確かに意味不明で気になります。そして、戴いたコメントには真摯に対応するのをモットーにしています。(^_^)

 そこで、残りのくじも思い切って(いえ、それほどのことではありません(^_^))、全部めくってしまいました。

 こんなでした。ピンクの部分には文字はないようです。
Imoate07
 画像、小さいですか。字が分かりにくいようであればアップし直します。

 よく分かりませんね。暗号になっているのか、全く意味のない文字列なのか。暗号なら解いてみたい気がします。(^_^)

2016年3月28日 (月)

津軽のイモ当て

 昨日、東京の家の近くのスーパーで見かけました。
Imoate01
 北海道新幹線の開通を記念して、ささやかな北海道・東北フェアをしていまして、そのコーナーにありました。このスーパーでは、時々ご当地フェアをしていて、梅ヶ枝餅やら鶴の子やら坊っちゃん団子やらちんすこうやらを買うことができました。冷凍梅ヶ枝餅、たくさんゲットしたのに、その後、ほとんど食べていません。(^_^; ビデオに録るとなかなか観ないのと同じかも。

 この「イモ当て」は全く知りませんでした。どういうものだかよく分からないのに(いや、分からないから)買ってしまいました。

 家でじっくり見たら、裏に解説が書いてありました。
Imoate02
 「あそぶときの注意」に「みんなでなかよくあそびましょう」とあるのは大事です。(^_^)

 こういう解説も。
Imoate03
 箱を開けると、こういう紙が入っていました。これがくじ引きの紙です。
Imoate04
 1枚めくってみました。「子」でした。
Imoate05
 お菓子はこれです。
Imoate06
 餡ドーナツは、老いた身(胃)にはちょっと厳しいかも。(^_^;

2016年3月27日 (日)

桑の芽生えの観察

 昨年から話題にしているわが家の桑。春になって芽が出てきました。

 今日は日射しがたっぷりでした。枝の先端や途中に小さな芽が出ています。
Kuwa24
 枝の先端に付いた芽のアップです。
Kuwa25
 枝の途中から出た芽です。こちらは、枝と芽との間の茎状の部分にいくつか芽の萌芽(重複表現か?)が見えています。
Kuwa26
 それが生長したのがこの状態でしょうかね。芽と芽との感覚が短いですけど、枝が伸びてゆくにつれて芽と芽との間隔も広がってゆくのでしょう。幹にピントが合ってしまって、写したかった部分はピンぼけでお恥ずかしいです。
Kuwa27
 以上、いずれも枝や幹から芽までの部分は茶色です。

 一方、去年の秋に同じ桑を剪定した時に出てきた芽はこんなです。
Kuwa22
 これも。
Kuwa19
 枝や幹からいきなり緑色のが出ています。

 大きな違いですね。今まで植物のことを知らなすぎたのですが、観察すると新しい知識が増えて、興味深く、楽しいです。

2016年3月26日 (土)

方言の箸袋

 今日の午後、学会関係の会議がありました。終わった後、「軽く」ということで、居酒屋に行きました。

 そこで出てきた箸袋です。
Hogenhashi01
 私は全く気付きませんでしたが、メンバーの一人が、「各地の方言が書いてある」と言うのです。「え!」とばかり、近距離用のメガネ(老眼鏡とも言うらしい)に替えて見たら、確かにそうでした。

 気付いたメンバーというのは方言の研究者です。気付いたについてはそれもあろうかと思います。サガですね。

 アップにします。
Hogenhashi02
 群馬は載っていません。「ありがとう」は「ありがとう」のままかもしれません。

 「だんだん」は島根かと思っていましたが、島根の他に、鳥取、愛媛、宮崎、熊本もそうなんですね。地域に偏りはありますけど、結構広いですね。

 宮崎の「かたじけない」、熊本の「ちょうじょう」は古語が残っているという感がありますね。

 新潟が「ごちそうさまです」とあるのを見て、「おお!」と思いました。

 といいますのは、新潟は隣県なので、高校訪問などでたまに行くことがあります。タクシーに乗ってお金を払う時に釣り銭の受け取りを辞退した時、「ごちそうさまです」と言われたことがありました。違和感を覚えながらも、お相撲さんの「ごっつぁんです」と通じる言い方かと思いました。

 この箸袋を見てすっきりしました。「ありがとう」の新潟方言なのですね。

 どこに問題の答えが落ちているか分かりません。注意深く暮らして行こうと思いました。

 この箸袋の裏側は箸置きの折り方でした。
Hogenhashi03

2016年3月25日 (金)

「群馬を舞台にした歴史・時代小説」

 土屋文明記念文学館では、このような企画展をします。
Bunmei_jidai01
 サブタイトルは、-真田・忍者・剣豪の世界-です。

 「真田丸」で群馬県内が盛り上がっている中、良いタイミングと思います。
Bunmei_jidai02
 風間完による池波正太郎『真田太平記』のオリジナル挿画、中里介山『大菩薩峠』の自筆原稿、市川崑「帰ってきた木枯らし紋次郎」の自筆コンテなどが展示されるほか、講談「真田の入城」(5月22日のみ)などがあります。

 展示だけでなく、講談や対談付きというのが工夫ですね。

2016年3月24日 (木)

上野三碑のガイド養成講座

 19日(土)づけの上毛新聞にこんな記事が載っていました。
3hi_guide20160319
 世界文化遺産登録を目指している上野三碑でこうした計画があるのですね。

 そういえば、富岡製糸場のある富岡にも、一般市民を対象にした富岡学の講座があります。こういった、多くの人に参加して貰う形の企画は意義深いものと思います。

 この新聞記事、実は、一昨日まほろぐに載せた「やまさとの成果物を町に寄贈」の記事の右上に載っていました。やまさとの記事の方を2日も優先させてしまいました。(^_^;

2016年3月23日 (水)

平成27年度卒業式

 今日は卒業式でした。
H27sotsu01
 いつものように、吹奏楽部の奏楽から始まりました。
H27sotsu02
 今年度の卒業生答辞は国文学科の学生でした。やまさとのメンバーでもあります。立派な答辞でした。
H27sotsu03
 会場の様子です。
H27sotsu04

2016年3月22日 (火)

やまさとの成果物を町に寄贈

 先月、「やまさと2015の成果物」と題する記事をアップしました。先日、これらの成果物を中之条町(六合はここにあります)に寄贈したことが新聞に載っていました。3月19日(土)付けの上毛新聞です。
Yamasato2016_zoutei
 紙面をコンパクトにするために、適宜切り貼りをしました。

 町長さん、喜んでいらしたとのことです。

 国文学科でもこういう役割が果たせることを嬉しく思います。

 なお、記事の終わりから4行目、「小夜子」は「小枝子」の間違いです。名前を間違えてはイカンです。

2016年3月21日 (月)

ぐんまちゃんの梅酒

 一昨日、前橋の酒屋さんで買いました。
Gunmac_umeshu01
 中身です。
Gunmac_umeshu02
 こういう品があることは、ネットオークションで知りました。オークションへの出品者が酒屋さんでしたので、これは店頭でも入手できるのではないかと思って、そのお店の所在地を探してみたら、前橋市内のよく通る道沿いでした。一昨日もそこを通ることになっていましたので、早速寄って購入しました。

 愛用しているネットオークションですけど、品物が届いた時に留守にしていると(そういうことが多いです)、再配達になって、厄介なこともあります。店頭で直接買えばその点の面倒はありません。

 しかしまぁ、7歳にしてお酒の広告塔になっていいのだろうか。(^_^)

 画像は瓶に直接プリントしてあります。飲んだ後、再利用ができるというのですが、何に使えばいいのでしょう。(^_^; 一輪挿しにしたら、存在感が大きすぎて、花が引き立たないのでは。(^_^;

2016年3月20日 (日)

本居翁遺跡絵葉書

 ネットオークションで入手しました。
Motoori01
 ウラ側です。
Motoori02
 昭和15年のものです。149版って、随分版を重ねています。初版はもっと前ということになりましょう。

 絵葉書は全部で8枚入っていました。何枚かご紹介します。

 平面図があったのはなんか嬉しいです。
Motoori03
 外観です。
Motoori04
 古い絵葉書の写真はぼ~っとしていることが多いですが、この写真の保存状態極めて良いですね。宣長の旧宅には、昭和50年か51年に1度だけ行ったことがあります。その時の記憶と重なります。

 部屋の内部。
Motoori05
 かつてここに来たとき、この部屋は写真に撮れましたが、下の台所などは暗くてうまく撮れませんでした。ストロボはまだ持っていませんでしたので、ああ、ストロボが欲しいと思ったことでした。当然フィルムカメラで、ASAも100だったと思います。今はデジカメでASA1600相当の写真も撮れますので、今ならストロボがなくても撮れたことでしょう。

2016年3月19日 (土)

知立のちりゅっぴ

 一昨日、「ぐんまちゃんのお誕生日会2016」という記事をアップしました。ぐんまちゃんのお誕生日会に駆けつけてくれたゆるキャラの中に、1体、名前の分からないのがいたのですが、正体が判明しました。愛知県知立市の「ちりゅっぴ」です。

 プロフィールは、
>ちりゅっぴは知立市が大好きな男の子。
>かきつばたの飾りをつけた馬パーカーを着て、
>かつて馬市のあった東海道等の歴史を伝える。
>あんまきポーチには知立市の魅力がたくさん詰まっている。
>心優しいのんびりや。
だそうです。

 そして、ちりゅっぴの公式ツイッターのトップ画面にはぐんまちゃんのお誕生日会の画像が使われていました。(^_^)
Chiryuppi01
 お誕生日会の前日に群馬入りしたようで、その記事も載っていました。
Chiryuppi02
 なんか、いい感じですね。仲良しです。

 お誕生日会の午前の記事も。
Chiryuppi03
 午後の記事も。
Chiryuppi04
 知らないところで、ゆるキャラ同士が交流していたのでした。(^_^)

 ちなみに、知立(池鯉鮒)は東海道五十三次の宿場でもあります。先日行った二川宿から6つ先(京都寄り)で、岡崎の次です。

 全くのたまたまとはいえ、これまたご縁を感じます。

2016年3月18日 (金)

よろい人骨は伊那谷出身?

 昨日付のアサヒコム群馬に「よろい着た古墳人、長野から移住? 渋川の遺跡」という記事が載っていました。

 それによると、16日(水)に県埋蔵文化財調査事業団と県教育委員会とが開いた調査検討委員会で、金井東裏遺跡から発見されたよろい人骨が長野県南部の伊那谷周辺から移住してきたグループの一員だった可能性のあることが報告されたそうです。

 よろい人骨が長野県出身ではないかということは、平成26年11月にも発表されたことで、当ブログでも「金井東裏遺跡よろい人骨の出身地」と題して新聞記事を紹介しました。

 出土した人骨のDNAやストロンチウムの同位体を分析した結果、男女2体の人骨には血縁関係はないが、ともに幼年期に榛名山周辺とは地質が異なる、同じ地域で育ったとみられることが明らかになったそうです。

 そして、その地域は、長野県南部の伊那谷が「有力な候補地」とみられるということです。前回は「長野県」という地域名があがっていましたが、今回は「伊那谷」というより絞り込まれた地名があがっています。

 その理由としては、
 ①分析結果と合致する白亜紀の花崗岩(かこうがん)地質がある
 ②当時、伊那谷には渡来系の人々が多く住み、馬の飼育が盛んだった
 ③群馬への移動が比較的容易
などだそうです。

 どうなんでしょうね。やはり、「有力な候補地」の域を出ないものと思います。

 金井東裏遺跡の集団は、伊那谷で馬生産に従事していた集団と頻繁な人的交流があったか、馬の生産拡大のため、伊那谷から集団で移り住んだ人々の可能性があると指摘している、ということです。

 一方、よろい人骨の近くで出土した幼児の頭骨からは乳歯と永久歯とが見つかり、歯の生え替わる5歳前後だったことが分かったそうです。この幼児は、歯の分析から、育ったのは金井周辺だったとみられるそうです。

 こんなに幼い子も溶岩流に巻き込まれてしまったのですね。痛ましいことです。

 画像がないと寂しいので、ぐんまちゃんの画像を貼っておきます。
Gunmac_yoroijin

2016年3月17日 (木)

ぐんまちゃんのお誕生日会2016

 ぐんまちゃんの誕生日は2月22日です。今年は2月20日(土)に、県庁でお誕生日会が催されました。

 群馬県の広報誌『グラフぐんま』の最新号にその折の写真が載っていました。
Gunmac_birthday2018a
 ぐんまちゃんは生まれてからもう22年になるのですね。でも7歳。(^_^)

 1000人が集まったって、すごいです。人気が偲ばれます。

 ゆるキャラがたくさんいますので、アップにしてみます。
Gunmac_birthday2018b
 向かって右から、埼玉県深谷市のふっかちゃん、草津の湯もみちゃん、ぐんまちゃん、島根県のしまねっこ、次は分かりません。左端が前橋のころとんです。

 県内や隣県のみならず、遠く島根からとは、ありがたいことです。

 さらに、ぐんまちゃんの背後のポスターをアップにしてみます。
Gunmac_birthday2018c
 「真田丸」関連のポスターでした。県をあげて応援しています。(^_^)

2016年3月16日 (水)

高崎線まだ一部不通&花やこよひ

 今日もまだ高崎線は一部不通状態が続いていました。

 今日は午後からの出勤で、高崎駅に着いたら、電光掲示は次の通りでした。
Okabeyuki
 行き先が昨日の「本庄」から「岡部」へと、若干先に進んでいました。そして、昨日は本庄行きが1本しか示されていなかったのが、今日は岡部行きがそこそこの間隔で3本掲載されていました。大きな進歩です。

 「岡部」行きというのも見たことはありません。山手線でたとえれば、突然、大塚行きとか御徒町行きとかが出現したようなものでしょう。←根拠の乏しいイメージです。意見には個人差があります。(^_^;

 岡部というと、平家物語に出てくる岡部六弥太忠澄を思い出します。その出身地です。

 薩摩守忠度を討ち果たした時、その箙に着けられた歌を見て、自分の討ったのが忠度であると知ったのでした。

 このすぐ後に、熊谷次郎直実と敦盛の話も出てきます。岡部、熊谷と、高崎線沿いゆかりの武将は風雅担当です。ダサイタマとは大違い。

2016年3月15日 (火)

高崎線不通

 今日は、未明に籠原駅で発生したトラブルのために、高崎線が不通になりました。その後、東京・熊谷間と、本庄・高崎間は動くようになりましたが、本数は少なめです。

 大宮・高崎間は振替輸送に新幹線を使うということで、この区間は新幹線特急券なしで新幹線に乗れたようです。

 今日、私は、東京から出勤でしたので、新幹線で高崎まで移動したら、ちょうどうまい具合に本庄行きの在来線が発車するところでした。ラッキーでした。それに乗って新町まで行って、あとは自転車。

 新幹線が振替輸送に使われていたことは乗車してから知ったので、普通に切符を買って乗ってしまいました。知っていれば、大宮まで切符を買って、そこから先は乗車券だけで新幹線に乗れたのかもしれません。ただ、それに気付いたのは夜でした。頭の働き、鈍いです。(^_^;

 仕事が終わってまた新町駅から在来線に乗り、高崎駅に着いたとき、新幹線改札から大勢の人が出てきました。新幹線、満員だったことでしょう。

 帰りに、高崎駅で撮しました。
Honjoyuki
 勤続30年にして行き先が「本庄」の電光掲示を見たのは初めてです。私にとっては珍しかったので撮影したのですが、高崎線をお使いでない方々にとっては、この珍しさは伝わりがたいですね。

 何にたとえたら良いのでしょうか。山手線で、行き先標示が「目黒」とか「高田馬場」になっている状況を想像していただけたら、何となく近いかと思います。←違うか。(^_^;

2016年3月14日 (月)

啄木かるた

 またネットオークションで購入しました。『啄木かるた』です。
Takubokucard01
 石川啄木の歌50首を上の句と下の句とに分けて作ったもので、取り札の絵は中原淳一です。

 雑誌『少女の友』昭和14年1月号の附録として大変な人気を得たそうです。私が入手したのは現物ではなく、昭和60年に国書刊行会から発行された複製です。

 取り札には4句目しか書かれていません。札を探すのはさぞ大変だったろうと思います。(^_^;

 ただ、絵札のウラはこのようになっていて、こちら側も使えます。
Takubokucard02
 単に啄木かるたならば買おうとは思わなかったでしょうが、「ぢつと手を見る」の啄木と、『それいゆ』の中原淳一とがあまりにもミスマッチのように思えて、「どんなんかなぁ?」と興味が湧きました。

 50首もあるのに、「ぢつと手を見る」の歌は採られていませんでした。(^_^; やはり合わないのでしょう。

 ちなみに、「花を買ひ来て妻としたしむ」の歌もナシ。妻がいてはやはり合わないのかも。「たはむれに母を背負ひて」もなし。代表作が広く採られているというわけではありませんでした。

2016年3月13日 (日)

真田ぐんまちゃん

 今日の「真田丸」も良かったです。

 真田の兄弟は性格も異なりますが、お互いの足りないところを補い合って、真田家を支えています。

 それを形にしたようなクリアファイルを買いました。

 表です。
Gunmac_yukimura
 ウラです。
Gunmac_nobuyuki
 まさに表裏一体。(^_^)

 しかしまぁ、ぐんまちゃんは何にでも変身してしまいます。

 ただ、2頭身か1.5頭身しかないので、兜と草摺は良いとしても、胴がかなり無理。(^_^;

2016年3月12日 (土)

日本遺産「かかあ天下-ぐんまの絹物語-」

 昨日は、前橋に行ったついでに、また県庁の県民センターに寄ってきました。ぐんまちゃんグッズの新製品がないかなと。(^_^;

 新製品はありませんでしたけれども、日本遺産のパンフレットがありました。
Kakaadenka01
 平成27年度に文化庁が18件の日本遺産を認定した中に、「かかあ天下-ぐんまの絹物語-」が入っていたのでした。パンフレットを見て思い出しました。

 「かかあ天下」の英訳は「The Best Wife In The World」とあります。なるほどです。

 「かかあ天下」の意味・趣旨は以下のように述べられています。
Kakaadenka02
 「かかあ天下」というと、一般的には「亭主関白」の反対語として認識されていることが多いと思いますが、原義はそうではないようですね。

 絹産業は現金収入になったことが大きかったのでしょう。絹は、明治以降は日本の主要な輸出品になって、日本経済をも支えることになりますね。

 群馬で亡くなった徳冨蘆花の言葉も引用されていました。東京の世田谷には蘆花公園がありますけど、伊香保にも蘆花の終焉の家が残されています。
Kakaadenka03
 この日本遺産の構成文化財の分布図が載っていました。桐生市と甘楽町に集中している感じです。
Kakaadenka04
 うちの学生達が「やま・さと応縁隊」の活動をした六合村も入っています。

 国文学科ならではの地域との関わりも、まだまだ模索できるように思います。

2016年3月11日 (金)

半旗

 今日は前橋で仕事の日でした。たまたま通りかかった建物の敷地に半旗が掲げられていました。

 それから、高崎、新町を経由して勤務先に向かう途中にある小学校2校にも同じく半旗が。

 「ああ、これは、きっとうちも」と思いつつ勤務先に到着したら、やはり半旗が掲げられていました。半旗を見て涙が出そうになりました。
Hanki
 今年掲げられているということは、たぶん、あの翌年から毎年掲げられていたのでしょう。迂闊にも今まで気付きませんでした。14時46分には構内放送があり、各自その場で1分間の黙祷を捧げました。

 本当に大きな災害でした。

 最近見たネットのニュースで、埼玉県吉川市で、中学校の今日の給食を「卒業お祝い献立」に決めたところ、「震災のあった日にお祝いなんて非常識」という声が上がったそうです。

 今日が最後の給食の日なので、こういう日程になったのだとか。

 ツイッターなどでは、「非常識」という声に対する反論が多数上がっているそうです。

 それぞれの考え方には理解できるところもありますけど、個人的には、「それはそれ、これはこれ」と考えたらと思います。震災を祝うわけでもなし、いいのではないでしょうか。

2016年3月10日 (木)

Suica店長も卒業式バージョン

 東京駅の八重洲口側にあるSuicaのお店(ペンスタ)の店長さん、しばらく前まで節分バージョンでしたが、最近は卒業式バージョンです。
Suica_sotsugyo01
 このペンギンでも季節を感じます。(^_^)

 写真を見ていて気付いたのですが、台座は四天王像の台座を思わせますね。邪鬼はいませんけど。

2016年3月 9日 (水)

偉人少年時代双六

 こんなものを入手しました。またネットオークションです。小学館の雑誌『小学五年生』新年号の附録です。
T16ijin01
 「大正十六年一月一日発行」とあります。大正15年12月25日に大正天皇が崩御され、即日皇太子裕仁親王が践祚し、元号は昭和となりました。年が明ければ昭和2年となりますが、この双六、新年号の附録ということで、もう「大正十六年」で印刷してしまっていたのでしょう。

T16ijin04
 右下が振り出しで、源義経(牛若丸)です。その先は、司馬温公、ベートーベン、豊臣秀吉、紫式部、エジソン、乃木大将、日本武尊、ナイチンゲール、二宮金次郎、孟子、ワシントン、昭憲皇太后、上がり、となります。
T16ijin02
 かなり雑駁という気がします。日本人7人、中国人2人、欧米人4人です。意外と国際的。

 中央に位置する上がりは誰でしょう? 国籍も不明です。誰でもないのかも。

 義経のコマの左側に見えている司馬温公は恥ずかしながら名前は知りませんでした。甕に落ちた友達を救うために、躊躇なく甕を割ったというエピソードが書かれています。その話は聞いたことがありましたが、それが司馬温公という人物のエピソードであるとは知りませんでした。

 右上には桜の木を切ったことを正直に告げたワシントンのエピソードが取り上げられています。この話は有名ですね。
T16ijin03
 振ったサイコロの目の数だけ進むというよりは、それぞれのマスに示されている行き先に進むのが主のようです。確かにマス目が上がりを含めて13しかありませんので、出た目の数だけ進む方式だけではあまり面白くなさそうです。

2016年3月 8日 (火)

ぐんまちゃんの煎餅、袋更新

 1月23日に「ぐんまちゃん、新潟、ホワミル?」という記事を載せました。新潟の三幸製菓が、袋に7種類のご当地キャラクターを描いた煎餅を売り出し中、という内容でした。その7種の中にぐんまちゃんも選ばれていました。このような袋です。
Gunmac_sanko01
 ところが、これとは別の絵が描かれた袋が店頭に並んでいました。
Gunmac_sanko04
 中身は、「パリッとうす焼せんべい」「こだわりのほんのり塩味」と、両者共通ですので、同じものと思います。

 とすると、早くも別デザインの袋に更新したことになりましょう。初版(?)完売につき、再版に際して版を改めたということでしょうか。同じ版を使う方が安上がりでしょうに、あえて改版したのはぐんまちゃんの人気といえましょう。←やや強引な、ぐんまちゃん寄りの解釈。(^_^)

 なお、この煎餅を見かけて購入したのは2月20日頃です。二川宿の紹介記事を連投しているうちに日が経ってしまいました。(^_^)

2016年3月 7日 (月)

文明講

 先日アップした「二川宿をゆく(4)旅籠清明屋」の記事で、この旅籠に掲げられていた講札の写真を載せました。
Seimeiya06
 「講」といえば、しばらく前に「文明講」という印刷物をネットオークションで入手していました。明治7年のものです。
Bunmeiko01
 表紙の左下に、穴あき銭に「岡崎」「銭屋」と書いた印が捺してあります。上には「河合」の印があります。

 中身はこんな感じです。
Bunmeiko02
 各駅ごとに旅籠の名前が1~2軒書いてあります。これらの旅籠がこの講の提携旅館なのでしょう。「文明講」という名の「文明」というのは「文明開化」にちなんだものと思います。新時代の「講」という趣旨ではないでしょうか。

 江戸時代だったら「○○宿」とあったであろうところが、「○○駅」とあります。文明開化の時代ですね。

 このページの左端に岡崎駅があり、そこに確かに「泊 せにや評四郎」とあって、「河合」の印が捺してあります。この冊子はこの旅籠が扱ったものなのでしょう。

 このページの右見開きに二川駅が載っています。
Bunmeiko03
 二川駅の項には、「泊 松坂や権一郎」「休 よろつや助左衛門」とあります。

 先日、二川宿本陣資料館で見た町割復元図に松坂屋は載っていました。脇本陣ですね。
Bunmeiko04
 「萬屋」は載っていませんでした。新しい旅籠なのでしょうか。それとも「泊」ではなく「休」とありますので、旅籠ではないのかもしれません。

 たまたま入手していた「文明講」と、行ったばかりの二川宿とが結びつき、なんとなく嬉しいです。(^_^)

 この「文明講」、東京を出発して、品川駅、川崎駅、神奈川駅……と進んで、京都、大坂がゴール。そして、そのうしろに、四日市駅追分から上野、津……と進んで、伊勢神宮がもう1つのゴールです。

2016年3月 6日 (日)

深窓の令猫2

 去年の6月、「深窓の令猫」という記事を載せました。通勤途上にある獣医さんのお宅の窓辺にいたネコを題材にしたものです。

 その折のネコです。
Nakanoneko02
 獣医さんの飼い猫か、それとも入院患者さんなのかよく分かりませんでしたが、朝倉山のオニさんから、

>たぶん、獣医さんの飼い猫ではないかと思います。
>入院中の猫は、ケージに入れられているのが普通なので。

とのコメントを頂きました。

 言われてみれば、成程もっともです。

 その後、この窓でネコを見かけることはなかったのですが、一昨日、久し振りにいました。

 2匹いました。
Nakanoneko03
 右側のネコです。これは去年と同じネコですね。獣医さんの飼い猫ではないかというオニさんの推理は正解だったようです。
Nakanoneko04
 左側のネコはこちらを向いてくれませんでした。(^_^;
Nakanoneko05

2016年3月 5日 (土)

二川宿をゆく(7・完)妙泉寺

 二川八幡神社からさらに東へ、直線距離で130mほどのところに妙泉寺があります。日蓮宗のお寺です。
Myosenji01
 山門脇に桜のような花が咲いていました。どう見ても桜に見えるのですが、2月28日ですからねぇ。ずいぶん早いです。早く咲く桜、河津桜か何かでしょうか?
Myosenji02
 このお寺の由来についてはまた解説板をそのまま載せます。
Myosenji03
 山門を入ってすぐ、分かりやすいところに芭蕉句碑がありました。光線の具合もあって、碑面は読みづらいですが、上の方に、右から左に向かっての横書きで「芭蕉翁」とあるのは、写真からも読めます。
Myosenji04
 これまた解説板をそのまま載せます。
Myosenji05
 7回にもわたる二川宿めぐりにお付き合い頂き、ありがとうございました。

 他に、本陣から二川八幡神社に行く途中に商家駒屋というのが公開されています。
Komaya
 ここの前は、二川八幡神社と妙泉寺への往復の途中に2回通ったのですが、立ち寄りませんでした。後悔しています。(^_^;

 今度また。

2016年3月 4日 (金)

二川宿をゆく(6)二川八幡神社

 本陣の東320mほどの地に二川八幡神社があります。二川宿の東の外れにだいぶ近い場所です。鳥居の奥に朱の鳥居が見えています。その奥にもう1つ石の鳥居があって、その奥が社殿です。一の鳥居から社殿までは130mもあります。
Futagawahachiman01
 鳥居の傍らに解説板が建っていました。
Futagawahachiman02
 参道を進み、朱の鳥居前から社殿を臨む。
Futagawahachiman03
 社殿です。左右に一対の灯籠が建ち、奥には狛犬が鎮座しています。
Futagawahachiman04
 向かって右にある狛犬さん「阿」。
Futagawahachiman05
 向かって左にある狛犬さん「吽」。両方ともぐるりと一回りしたのですが、年紀は見つかりませんでした。
Futagawahachiman06
 境内には秋葉山常夜灯がありました。
Futagawahachiman07

2016年3月 3日 (木)

二川宿をゆく(5)本陣資料館

 本陣の奥に本陣資料館があります。本陣の建物の西隣に入口の門があり、駐車場になっています。
Honjinshiryokan01
 下の画像の左側手前が本陣の建物、正面奥が本陣資料館です。本陣資料館も外見は蔵のような造りです。
Honjinshiryokan02
 平面図は以下の通りです。画面左端を東海道が上下に通っています。
Honjinshiryokan03
 左側の大部分を占める薄いオレンジ色の部分が本陣、その上の薄い黄色の部分が旅籠清明屋、右側の水色の部分が本陣資料館です。大きくは、本陣資料館の建物と、本陣、清明屋を加えた全体が本陣資料館でもあるようです。

 企画展示室には明確に撮影禁止の掲示があったのですが、それ以外にはありませんでしたので、館内は撮影OKのようです。

 二川宿全体の大きなジオラマがありました。下の画像はそのごく一部、本陣付近のみです。
Honjinshiryokan04
 ジオラマに対応する町割復元図も展示されていました。下はこれまたそのごく一部です。
Honjinshiryokan05
 ここも間口の広さに応じて税が掛かるのでしょう。それで、どこも間口が狭くて奥行きが深い構造になっています。でも、建物は街道側だけですね。それ以外の部分は1つ上のジオラマによれは畑になっているようです。

二川宿の様子を表した少し大きなジオラマもありました。
Honjinshiryokan06
 等身大のも。さすがに等身大のは少ないです。これだけだったかも。
Honjinshiryokan07
 旅行用具も展示されていました。これ、何の変哲もない普通の道具のように見えますけど、実物はかなり小さいです。荷物にならないようにミニチュアのように作ったのでしょう。感動的な精巧さでした。「おお!」と思って撮影したのですが、写真になってしまうと大きさが伝わりません。(^_^;
Honjinshiryokan08

2016年3月 2日 (水)

二川宿をゆく(4)旅籠清明屋

 本陣の東隣は清明屋(せいめいや)という旅籠で、ここも公開されています。
Seimeiya01
 建物の手前にある柵は、本来はなかったもので、店は直接東海道に面していたはずです。

 清明屋の看板。
Seimeiya02
 奥には五芒星ののれんが掛かっています。
Seimeiya03
 入口の所に、この旅籠に到着して足を濯ごうとしているお客さんと、すすぎの水を出している従業員(当時は何と言ったのでしょう。「女中」かなぁ)の人形が設置されていました。なかなかリアルです。
Seimeiya04
 行灯型の看板や駕籠も展示されていました。右上には講札の下方が見えています。
Seimeiya05
 その講札です。
Seimeiya06
 右端には、二川宿からほど近い秋葉山の月参りの札が掛かっています。秋葉道のことはフォーラムのテーマの1つでもありました。

 講のことはよく知りませんが、旅行グループと理解したら良いでしょうか。その講の講札が掛かっている旅籠は、その講のお薦めの旅籠という理解で良いのかと思います。

2016年3月 1日 (火)

二川宿をゆく(3)本陣その2

 二川宿では、本陣と商家駒屋とを会場にひなまつりが行われています。
Futagawahonjin12
 本陣ではたくさんの雛人形が飾られていました。下は御殿入りの段飾りです。
Futagawahonjin13
 つるし飾りもびっしり。
Futagawahonjin14
 貝合せも展示されていました。
Futagawahonjin15
 駐車場には高札場が復元されていました。
Futagawahonjin17
 解説板です。
Futagawahonjin16
 これは「関札」というそうです。時代劇で、本陣の入口に掛けられていますね。
Futagawahonjin18

« 2016年2月 | トップページ | 2016年4月 »

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ

ウェブページ