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2015年12月15日 (火)

磯部温泉のこと(3)

 今度は、『碓氷郡志』(群馬県碓氷郡役所。大正12年3月)を見ました。

 その「第六章 鉱泉」の「一、磯部鉱泉」に磯部温泉(当時は温度が低いので、鉱泉です)のことが載っていました。次の通りです。

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 泉質は炭酸性の冷泉で塩分が多く、胃病、僂麻質斯などには效顕著しいと一般に風評されてをる。
 古来よりこの地附近は一面に湿潤の低地で水田ばかりの所であつた。恰も天明三癸卯年(紀元二、四四三年)七月浅間山大噴火の折に、此処にも大きな地唸りがしたかと思ふと、恐ろしき音を立てゝ数丈の高さに鉱泉を吹き揚げたのである。その時丁度水田見廻りの者が之を観てその偉観に驚歎したと云ひ伝へられてをる。その後間もなく浅間山の噴煙が静まるにつれ、鉱泉噴出の勢も次第に弱くなり、終に釜の湯が煮立つ位の程度で常にブクブクと湧き出してをつた、之が鉱泉湧出の始めなのである。然しその当時は誰知る者もなく、唯水田の間を流れ去るに委せてあつたのを、偶々この水で咽喉を湿ほさうとした処が、その味が大変に鹹く丁度塩水を含むと同じ様なので、土地の者は之を塩湯と称へ又この地を塩の窪と呼び、この水を汲んで来て入浴に用ひ湯治用として試めした処が效験があつたと伝へられた。
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 鉱泉の噴出したときの状況が臨場感をもって描かれています。

 この本には、例の吾妻鏡の幻の記事は載っていませんでした。

 この本の著者は、磯部鉱泉は天明3年(1783)に初めて噴出したと考えているようです。

 しかし、安永3年(1774)以前に成立したとおぼしき『上野志』に「磯部村 此所鹽の涌き出づる所あり。」と書かれているわけですから、天明3年以前から鉱泉はすでに出ていたのでしょうね。それが大量に噴出したのが天明3年ということなのだろうと思います。

 (その後、『上野志』の成立年は未詳とすべきことが判明しましたので、上文は削除しました。「磯部温泉のこと(2)」をご参照ください。)


 ふと、そういえば、うちに『上野名跡志』があったはずだということを思い出しました。以前ネットオークションで手に入れたのです。

 これを探そうとして、デスクトップパソコンの背後でゴソゴソしているうちに、何ごとかが起きて、通信ができなくなってしまいました。ケーブルが抜けたか、断線した模様です。

 まったく……。なまじ動くとこういうことが起こります。

 この記事はノートパソコンからアップしています。早く原因を突き止めて直さねば。

 『上野名跡志』は無事に見つかりましたけど、特段の発見はありませんでした。幻の吾妻鏡の記事もなし。この本は記紀をはじめとして多数の書籍を参照しています。『上野志』も見ていますが、幻の吾妻鏡の記事は載せていません。この本の著者は、『上野志』の記事を正しく読んでいるようです。
Kozukemeisekishi

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