矢頭右衛門七展
こんなチラシが回ってきました。
会場は前橋文学館です。
赤穂浪士の1人、矢頭右衛門七のお母さんのお墓が前橋文学館の近くの大蓮寺にあることからの展示ではないかと思います。
チラシの一番下に、主催者等の名が並んでいました。
これを見ても、中心になっているのは町内会で、前橋文学館は会場を提供しているのに近いのかもしれませんね。
「協力」の筆頭にある安中松岸寺には赤穂の家老大野九郎兵衛の墓と伝えるものがあります(個人的には疑問に思っています)。
群馬にも赤穂浪士ゆかりのものがちらほらありますね。
右衛門七のお母さんのお墓です。
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忠臣蔵は祖母が好きで、映画やお芝居を良くお伴で見ました。群馬には無縁と思っていましたが、所縁の人がいるのを初めて知りました。
町内会が中心になっているというのも面白いですね。そういえば、同じ前橋の空襲慰霊碑も町内会の管理でした。独特の地域文化があるのかもしれませんね。
投稿: うっしー | 2015年12月 1日 (火) 08時51分
うっしーさん
昔は忠臣蔵の映画、沢山作られましたよね。テレビでも沢山ドラマ化されたし、昔の映画も放送されたりして、12月は忠臣蔵の月でしたね。
矢頭右衛門七のお母さんは、奥州白河の松平家に仕えていた親戚に引き取られたのですが、その松平家が国替えで前橋に移ってきたことで前橋の住民になり、前橋で亡くなったそうです。群馬とはそういうご縁でした。
墓石は空襲で壊れてしまい、戦後作り直されました。上の写真で、向かって右側が本来の墓石、左側が新造の墓石です。
投稿: 玉村の源さん | 2015年12月 1日 (火) 16時40分