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2015年6月18日 (木)

西條勉先生ご逝去

 もと専修大学教授の西條勉先生が逝去されました。今年の3月31日だったそうです。

 私、全く存じませんで、先日の古事記学会で伺ってびっくりしました。

 西條さんは私よりも1つ年上で、親しくして頂いていました。数年前に難病に罹られたということをご本人から伺って、気に掛かっていたのですが、快復されることなく亡くなられたのは何とも痛ましいことです。

 自分で書くのもナンですが、西條さんが院生の頃に私の「古事記上巻と日本書紀神代巻との関係」(昭和55年5月)という論文を読まれて刺激を受け、院生仲間と研究会を作ったというお話しを、大分後年に伺ったことがあります。何とも嬉しいお話しでした。

 平成2年10月に専修大学で開催された萬葉学会の研究発表会では、西條さんの次が私の番でした。学会発表はまだ2回目くらいのこととて、自分の番まで気もそぞろで、西條さんの発表がちっとも頭に入ってこなかったことを憶えています。申し訳ないことでした。(^_^;

 下は、平成11年の古事記学会にて。会場はお茶の水女子大だったようです。初めてデジカメを買った年です。
Saijo03
 おまけと言ってはナンですが、同じ時に撮った西宮先生の写真もありました。
Nishimiya01
 16年前のカメラですので、画素数も少なく、画質もやはり厳しいです。

 翌平成12年には、群馬までお越し頂いて、うちの国語国文学会で講演をお願いしました。題目は「三輪山の神とモモソヒメ-〈巫女の死〉をめぐって-」でした。
Saijo01
 当日、学会のあとの懇親会にて。
Saijo02
 2枚とも同じような角度の写真ですね。もっと正面から撮れば良かったです。

 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

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コメント

写真をみていろいろ思い出されました。ちょっとツライ。先生の逝去はわたしも知らなくて、御大の閉会の挨拶の後、うちの指揮者先生に思わず確認しちゃいました。でも、知らなかったおかげでおわかれに出向くこともなかったので、なんとなく、まだ津久井の方にいらっしゃるような気がしています。惟光の憧れであり目標として、このままずうっと導いてもらおうと思ってます。

惟光さん

 西條さんというと、あの人懐っこい笑顔が思い浮かびます。せつないですね。

 ご病気のために研究ができなくなってゆくって、さぞお辛かったことと思います。

 昔、お目に掛かる度に、「今、どんなことを研究していますか」と聞かれました。怠けていて、うまくお答えできないことが多く、やがてそういう質問はされなくなりました。面目ないことでした。

 しっかり仕事せねばと思います。

御山に出かけるたびに「相模湖駅」を通過しながら、西條先生お元気かしらと思っていました。
亡くなった実家の父と同じ病気でした。
おそらく、思うに任せられないお辛さがあったことと思います。
退職されてからも数年はご本を送ってくださったりしていましたが、気が付けば…。
ご冥福をお祈りします。

晴南さん

 お父様と同じご病気でしたか。治療法がなく、対症療法しかないと伺いました。

 つらい病気ですね。

 お父様と西條先生のご冥福をお祈り申し上げます。

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