豪徳寺をゆく(3)あふれる招き猫
豪徳寺の境内には招福殿という建物があります。
井伊直孝がネコに招き入れられて豪徳寺に入ったことで雷雨の災を免れたという伝説があるそうです。招き猫発祥の地という説もあるようで。ひこにゃんもこの伝説に由来します。
招福殿の傍らにこんな看板が出ています。
その向こうには大量の招き猫が。願いが叶った人が、お礼に招き猫を奉納しているようです。
さすがネコ。狭いところにもひしめいています。
後ろ姿もキュートです。
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松陰神社の後に井伊大老のお墓とは・・・
何やら意味深ですね。
投稿: 三友亭主人 | 2015年5月 6日 (水) 23時03分
てんこ盛りの招き猫、すごいですね。
豪徳寺には行ったことがありませんが、これは一度は行かなければ。いつ行かれるかはわかりませんが。
シンプルな招き猫ですね。そこがかわいい。
確かに後ろ姿もキュートです。
投稿: 朝倉山のオニ | 2015年5月 6日 (水) 23時09分
三友亭主人さん
ほんと、直線距離で800mほどですから近いです。
吉田松陰ははじめ小塚原に埋葬され、後にこの地に改葬されたようですので、井伊大老が先ですね。あとから近くに松陰が引越してきた形です。
井伊家の菩提寺が近くにあることは特に意識しなかったのかもしれませんけど。
投稿: 玉村の源さん | 2015年5月 6日 (水) 23時16分
朝倉山のオニさん
圧倒されますよね。迫力あります。
仰るように、赤い首輪に鈴を着けただけのシンプルなネコですね。みんな同じ形をしているので、なおさら迫力がありますね。大きさがさまざまなのもメリハリがあっていいです。
ぜひいらしてください。(^_^)
投稿: 玉村の源さん | 2015年5月 6日 (水) 23時20分
三友亭主人さん
すみません。三友亭主人さんへのコメント、ピント外れでした。(^_^; ちょっと誤読しまして。
両方訪れるについては、そう深い意味はありません。近かったので、両方行ってこようと。
でも、強いて言えば、松陰神社にはたぶんたくさんの人が行くだろうから、井伊さんの方にも、という気持ちはありました。
考え方は違っても、二人とも信念に従って生きたのだと思います。大獄は肯定できませんけど。
投稿: 玉村の源さん | 2015年5月 7日 (木) 01時18分
ネコいっぱい!! 可愛いですね。さすが豪徳寺 ネズミの干支の絵馬もネコが主役!! すごいですね。まさにネコノクニと云ってもいいですね。
投稿: 万葉子 | 2015年5月 7日 (木) 10時19分
万葉子さん
ほんと、ネコだらけでした。(^_^)
ネズミの彫刻は、軒を貸して母屋を取られている感じです。(^_^;
ネコノクニですね。
投稿: 玉村の源さん | 2015年5月 7日 (木) 10時38分
>ちょっと誤読しまして。
いえいえ、誤読なんかじゃありませんよ。
すみません・・・曖昧な書き方をして。文章力不足です。
それにしても「陰神社にはたぶんたくさんの人が行くだろうから、井伊さんの方にも」とは、源さんのお人柄が窺えます。
投稿: 三友亭主人 | 2015年5月 8日 (金) 07時57分
三友亭主人さん
恐縮です。(^_^;
子どもの頃は、家康が嫌いだったり、吉良が嫌いだったりしたのですが、今は、好きな歴史上の人物はいても、嫌いな人物はいません。客観的に歴史と接することができるようになってきたのかと思います。
思うに、靖国神社って、戊辰戦争の佐幕側の戦死者や、西南戦争の西郷軍の戦死者は祀っていないんですよね。それこそ、立場は違っても、差を付けることはないと思うんですけど、「賊軍」扱いなんですね。もう、考え直しても良い時期と思います。
投稿: 玉村の源さん | 2015年5月 8日 (金) 19時15分