『日本地誌略字引』とは
『日本地誌略字引』について、昨日の「城上・城下」のコメントにも書いたことですが、何かすっきりしないものを感じていました。
この本の中の郡名や物産名はリストとしてよく理解できるのですが、それ以外の項目がよく分かりません。昨日のページの例でいえば、例えば、「属」は固有名詞ではありませんので、なぜ項目として立っているのか不思議です。また「重嶺」「幽谷」「人跡」も地理関係の語ではありますが、なぜ大和国の条にあるのか、やはり不思議です。
『日本地誌略字引』という書名も、分かるような分からないような書名です。
つらつら考えて、この本は何か別の本の注釈のようなものではないのかと思い至りました。何か他の本ということになれば、その本は『日本地誌』か『日本地誌略』ということになりましょう。
探してみたら、国立国会図書館の「近代デジタルライブラリー」で『日本地誌略』が見つかりました。この本の画像を見ると、この本の本文に書かれている語が、出現順に『日本地誌略字引』に取り上げられています。『日本地誌略字引』は、まさに『日本地誌略』の「字引」なのでした。今の言い方ですと、字引というより、簡単な注釈ですね。
この「字引」、『金光明最勝王経音義』や『一切経音義』と同じような構造です。ある文献から要語を抜き出し、その読みや意味を注記しています。こういった音義がお手本なのでしょう。
「字引」という用語も今とは違いますね。昨日の記事に源さんの後輩さんがコメントしてくださったように、今、「字引」というと、「辞書」や「字書」と同じような意味で用いられています。項目順も多くは五十音順で、時に内容分類別ですね。ところがこの字引は出現順で、大分趣が違います。
こういう「字引」の使い方は他にもあるのかと思い、また「近代デジタルライブラリー」を検索して見ました。そうしたら、出るは出るは。(^_^)
リストの冒頭だけ見ても、地理書関係だけで、以下のような書名が出てきました。ほんの一部です。
愛知県地理誌字引 1880
安芸備後地誌略字引 1879
阿波国地誌略字引 1879
茨城県地誌字引 1881
越後佐渡地誌略字引 1879
越前地誌略字引 1877
越中地誌略字引 1882
愛媛県地誌略字引 1877
大分県地誌略字引 1880
大阪府管内地誌略字引 1878
岡山県三国誌字引 1880
岡山県地誌略字引 1878
沖縄志略字引 1878
甲斐地誌字引 1894
改正阿波国地誌略字引 1881
改正鹿児島県地誌略字引大全 1892
改正紀伊国地誌略字引 1882
改正岐阜県地誌略字引 1879
改正小学地誌字引 1881
数字は年号です。明治10年前後に集中しています。ついでに、書名に「地誌略」を含むものも多数。
いくつか中身の画像を見てみると、中身の構造は『日本地誌略字引』と同様です。
当時、地理書のことを「地誌略」と呼び、その略注(古い時代の「音義」の類)を「字引」と呼んだことが知られます。
この時代のことには全く疎く、いろいろなことを知ることができて、幸いでした。
なお、「近代デジタルライブラリー」には『改正小学読本字引』という書目も多数並んでいました。その中には、永田方正 編 (岡田群玉堂 1876)というものも。この人は『日本地誌略字引』の編著者です。
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地誌略字引のことを詳しく書いて下さり、ありがとうございます。
> こういう「字引」の使い方は他にもあるのかと思い、また「近代デジタルライブラリー」を検索して見ました。そうしたら、出るは出るは。(^_^)
はい、私も同じことをいたしました。(笑)
「地誌略字引」はかなり出てきましたが、他に「物理階梯字引」「博物新編字引」「小学化学書字引」、明治30年代には「英語読本字引」もありました。これらの字引の項目は(ページ付き、章別など)元の本の出現順ですが(まさに教科書ガイド!)、「日本外史字引大全」は画引き(1画から順に語が並ぶ)でした。
また『万国地誌略字引』(特58-195)の凡例には「小学幼童ノ便覧ニ供スル」とありましたが『小学教授字引 読本之部』や『改正小学教授字引二編 史略之部』(特58-116)は書名から見て先生用かなと思いました。
字引の世界、奥深いです。
投稿: 源さんの後輩 | 2015年2月 1日 (日) 22時33分
源さんの後輩さん
あ、同じことをなさいましたか。(^_^)
王道かもしれませんね。しかし便利な世の中になりました。リストだけでなく、本文まで画像で見られてしまうのですから。
本当に、教科書ガイドですね。 教師用とおぼしきものもあるというのは、なかなか興味深いですね。需要があったのでしょうね。
こういう「字引」のことは初めて知りました。あの本を買った時は、まさかこういう展開をするとは思いませんでした。
世の中、知らないことだらけ。
投稿: 玉村の源さん | 2015年2月 2日 (月) 00時34分
>『改正小学読本字引』という書目も多数並んでいました。
小学読本というのは、当時の教科書のようなものでしょうから、それの字引ってのは今の教科書ガイドのようなもんですかね・・・それとも、先生用の指導書のようなもの?
あれこれと想像がかき立てられます。
まあ、常識的に判断すれば校舎のような気がしますが・・・・
投稿: 三友亭主人 | 2015年2月 2日 (月) 07時57分
三友亭主人さん
なるほど。
両方ありそうに思いましたが、昔は本は相対的に高かったでしょうし、明治時代の尋常小学校の児童が教科書ガイドで勉強している姿というのは違和感がありますね。
先生用の指導書の可能性が高そうですね。
たくさんリストアップされていた中のほんのいくつかを覗いてみたくらいですけど、漢字の読み方しか載っていませんでした。国定読本にはふりがなが多かったような印象がありますので、読み仮名しか付いていないような字引は、果して有効なのか、新たな疑問が湧いてきました。
湧いてきても、たぶん追求はしなさそうですけど。(^_^;
投稿: 玉村の源さん | 2015年2月 2日 (月) 17時26分
この本は国会図書館にはないようですね(国立教育政策研究所や東京学芸大学など教育学関係にはあるようです)。
附言はカタカナ、本文はひらがなが使われているのは面白いですね。何らかの意味で読み手を区別しているんですね。近代デジタルライブラリーで他の教科書を見ると、必ずしも幼年だからひらがなという訳でもないようです。
先日来の字引の読み手の件、字引は序がないことも多いようですが、教授字引という本がある一方で、『改正小学読本字引』(特59-655)の例言には「僻郷師友ニ乏シキ童稚ノ為ニス」と書かれていました。かなり多様な形態があったのではないかと思います。
投稿: 源さんの後輩 | 2015年2月 5日 (木) 21時27分
源さんの後輩さん
「この本」というのは『上野国地誌略』の方ですね。
附言と本文とが、カタカナ交じり、ひらがな交じりだということは意識しませんでした。言われてみれば確かにそうですね。迂闊なことでした。(^_^;
「僻郷師友ニ乏シキ童稚ノ為ニス」というのは、まさに自学自習用ですね。
「字引」、なかなか奥が深そうですね。
投稿: 玉村の源さん | 2015年2月 5日 (木) 21時52分