文化14年の温泉番付
昨夜、雪崩れの後始末をしました。
その最中に今度は大雪崩れ。もう絶望的な気持ちになりました。三途の河原の石積みか。
気を取り直してよく見ると、どうも土台のあたりがズレてしまっています。そのズレが雪崩れを招いたのでしょう。そして、雪崩れのせいで、ズレも拡大してしまった可能性があります。
そこで、少し下のあたりから積み直しました。他の場所に移したものもあれば、廃棄したものもあります。2時間かかって修復完了。山は、前よりも大分低くなりました。(^_^) いつか、山そのものを片づけたいところです。
昨夜は、月に1度(少ない)の資源ゴミ回収に備えて、新聞を縛る予定でした。それが、この作業でパー。今日の午後、出掛けに少しだけ縛って、結局出せたのは、1ヶ月分に足りるかどうかという程度でした。新聞はたくさん溜めてしまっていますので、1ヶ月分以下しか出せないと滞貨が減りません。いろいろと課題の多い日々の暮らしです。(^_^;
雪崩れの後始末をしている時に、以前ネットオークションで買った温泉の番付が発掘されました。右下欄外に文化十四年(1817)とあります。200年ほど前のですね。下半分は上州草津温泉の図です。東の大関に草津温泉がいます。東方は全て東日本ですが、西方は西日本中心ながら、下の方に行くと東日本が混ざってきます。
東方です。上州は、草津温泉の他に上段に伊香保温泉、3段目に先日話題にした川原湯温泉がいます。
西方です。西の大関は摂津の有馬温泉です。そして、但馬の城の崎温泉、伊予の道後温泉と続きます。西方の3段目に上州の嶋温泉と老神温泉がいます。嶋温泉は今の四万温泉でしょうね。
昔のものは見ていて楽しいです。
なんていいながら、山の中に埋もれさせてしまっていたのですから、世話はありません。(^_^;
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いやあ~すごい「お山」ですね・・・
注意深く掘って行ったら、どんなお宝だ出て来るやら・・・
投稿: 三友亭主人 | 2014年10月 5日 (日) 09時46分
三友亭主人さん
お恥ずかしいものをお目に掛けまして……。(^_^;
定年退職したら、何とかしたいと思っています。
退職後の日々が片付けの日々というのもナンですけど。(^_^;
お宝は山には紛れ込ませないようにはしていますので、今回のが例外で、あまり期待はできないように思います。(^_^)
投稿: 玉村の源さん | 2014年10月 5日 (日) 14時35分
ワ~ァ すごい ほんと雪崩も起こりますよね。 ホントすごい みんな先生のお頭の中に入っているのですね。
わが家も本だらけですが・・・今のところは大丈夫ですが、私の頭の中で雪崩が起っちゃて・・・ウ~ンどうしょうもない・・・ですね。
投稿: 万葉子 | 2014年10月 5日 (日) 16時07分
万葉子さん
いえ、積んであるものの中にはまともなものもありますけど、多くは雑々々々々としたものばかりです。お恥ずかしい限りで。(^_^;
投稿: 玉村の源さん | 2014年10月 5日 (日) 16時24分
何処も同じ、本の雪崩れて…。
同居人とともに写真を拝見して、ふと振り返ると、ほとんど同じような光景が我が家にも…。
投稿: 晴南 | 2014年10月 6日 (月) 20時33分
晴南さん
いずこも同じですか。(^_^)
以前は、山ができても、空き地を作って、そこに本棚を立てて、本を収納したものでしたが、近年は(というか、大分前から)空き地の確保が困難になりました。(^_^;
抜本的な片付けをすれば、まだ空き地はできそうですけど、その作業のためには作業用の空き地を作ることが必要という、なかなか厳しい状況です。
投稿: 玉村の源さん | 2014年10月 6日 (月) 22時04分
亡くなった義父は庭にブルーシートを敷いて一旦全部出してから本棚を並べ、詰めていました。
片づけの鉄則は、「一旦出して詰める」ですから、義父は王道をやっていたように思います。
でも、同居人も、私も、そこまでする気力が無くて…。
投稿: 晴南 | 2014年10月 6日 (月) 22時49分
晴南さん
なるほど。それは確かに鉄則ですね。お義父様、王道です。
私の場合は、庭に出そうにも、部屋から庭への通路が確保できません。(^_^;
こういう状態って、何かあったときに、避難にも支障があるかも。(^_^;
投稿: 玉村の源さん | 2014年10月 6日 (月) 23時00分