不要品の搬出は明日・明後日
昨日、不要品処理業者が見積りに来てくれました。作業は、明日・明後日の2日間の予定とのことですが、1日で終わる可能性もあるそうです。どうなりますか。
2日に亙る場合、私は1日目の夜をこの家で過ごすことになりますので、布団、温風機、電子レンジ、ポット、食卓などは残して置いてくれないと困ります。
ちなみに、この業者の事業内容は、残置物撤去、遺品整理、不用品回収・買い取り、ゴミ屋敷清掃、ハウスクリーニング、となっています。バッチリです。
1日で終わると良いです。
昨日、不要品処理業者が見積りに来てくれました。作業は、明日・明後日の2日間の予定とのことですが、1日で終わる可能性もあるそうです。どうなりますか。
2日に亙る場合、私は1日目の夜をこの家で過ごすことになりますので、布団、温風機、電子レンジ、ポット、食卓などは残して置いてくれないと困ります。
ちなみに、この業者の事業内容は、残置物撤去、遺品整理、不用品回収・買い取り、ゴミ屋敷清掃、ハウスクリーニング、となっています。バッチリです。
1日で終わると良いです。
昨日、高崎駅から渋川方面に行く上越線の中で見ました。

こんな感じで、1両丸ごとこういう吊り広告が下っていました。他の車両も同様のようです。
撮影するの、恥ずかしかったです。それで、自分の座席の近くのしか撮れませんでした。こういう恥ずかしさを克服しないと、報道の使命は果たせません。
掲出企業は太陽誘電という群馬県の会社です。
1枚目のポスターは上州弁で書かれています。「よいじゃ」は「容易じゃ」です。
2枚目のは「チル」が分からなかったので、ググりました。「くつろぐ」という意味のようですね。今度、若者と話をする機会があれば使ってみましょう。ま、そういう機会は皆無ですけど。
東京駅から高崎駅まで乗った新幹線には女子高生がバラで数人いました。夜乗ると大抵います。
なんでしょ。東京の予備校に行っているのでしょうかね。だとしたら、なかなか大変です。
渋川の家に来ました。荷物を搬出したのが1月4日でしたから2週間振りです。
荷物は搬出したのですが、それは段ボール箱と書架などが主で、家具や電気製品、その他の不要品などが残っています。これらは、「ゴミ屋敷片付けます」と謳っている廃棄物処理業者に持っていってもらいます。良さそうな業者を見つけて、明日見積りに来てくれます。
2週間振りに訪れた室内はすごいことになっています。赤穂浪士が引き上げたあとの吉良邸のようです。狼藉の限りを尽くしたような。(^_^;
大体、水道も出ないし。
あ、それは凍結を恐れて、自分で量水器の元栓を閉めたからです。(笑)
これが最後ですので、もう一度各部屋を探索して、他に持ってゆくものがないかどうか、よく見直します。先ほど小銭が落ちているのを見つけましたし、まだまだあれこれありそうです。
先日ご紹介した『前賢故実』の続きです。
前回は見開きページで右ページの伝記と、左ページの肖像画とを載せましたが、今回は肖像画だけにします。
藤原鎌足。
添えられた歌は、万葉集の「玉櫛笥みむろの山のさな葛さ寝ずはつひに有りかつましじ」(巻二・94)です。
藤原不比等。
添えられた漢詩は、懐風藻の「淑気天下に光(て)らひ、薫風海浜に扇(はふ)る。……」です。
藤原武智麻呂と麻呂。
添えられた漢詩は、懐風藻の「友に非ず祿を干(もと)むる友。賓は是れ霞を餐(くら)ふの賓。……」です。
藤原房前。
添えられた漢詩は、懐風藻の「聖教千祀を越え、英声九垠(きうぎん)に満つ。……」です。
藤原宇合。
添えられた歌は、万葉集の「玉藻刈る沖へは漕がじ敷栲の枕のあたり忘れかねつも」(巻一・72)です。
紙があまり厚くないので、前回は裏写りが気になりました。
それで、今回は袋とじの袋の中に白紙を挟みましたので、大分見やすくなりました。
前回のもいずれやり直すかもしれません。
昨日ご紹介した「三省堂国語辞典かるた 昭和・平成編」に続き、今日は「三省堂国語辞典かるた 令和編」です。
1度で済むネタを、あえて分割して2回に分けた思われても否定できません。(^_^;
昨日の昭和・平成編では、かつての『三省堂国語辞典』には載っていたのに、消えてしまった項目がかるたになっていました。
今日の令和編は、逆に2022年発行の『三省堂国語辞典』第8版に初めて掲載された項目の中から、主に令和の時代に入ってから世に広まった50項目を選んでかるたにしたとのことです。
6枚の読み札を載せます。
『三省堂国語辞典』は積極的に新語を掲載していることで知られていますが、これらの項目は本当にどれも新しいですね。
あ、昨日の記事は、Twitter(現X)に投稿したのを、早くも三省堂辞書編集部様に見つかってしまいました。
リポストしてくださり、感謝しています。
「三省堂国語辞典かるた 昭和・平成編」を買いました。
写真ではサイズが分かりにくいですが、意外と小さくて、手のひらサイズです。
このかるたのことは、Twitter(現X)の相互フォロワーである住吉那巳枝先生のポストで知りました。
このかるたは三省堂国語辞典から消えた項目が対象です。
何枚か載せます。
上段が昭和、下段が平成です。
それぞれ右から3枚か読み札で、左端の1枚が取り札です。
辞書の解説文を読み上げて、その項目の札を取るというシステムです。
取り札には『三省堂国語辞典』の第何版でその項目がなくなったのかも示されています。オレンジ色の丸い符号です。
下段左端の取り札は裏返しました。QRコードが付いていて、これを読み取ると解説ページに飛べるそうです。
『前賢故実』の版本を入手しました。
江戸時代に作られた伝記兼肖像画集です。
収録されている人物の時代は、神話時代から南北朝時代に及びます。
全10巻20冊です。
近代の歴史画家に多大な影響を与えました。
この本のことは、大分前に「開運 なんでも鑑定団」で知りました。
いくつか載せます。
柿本人麻呂。
太安万侶。
大伴旅人。
こんな感じで、見開きの右側に伝記、左側に肖像画が描かれています。
旅人の場合は、酒を讃むる歌13首の中から5首載っています。
以下の5首です。
酒の名を聖とおほせし~
いはむすべせむすべ知らず~
なかなかに人とあらずは~
価なき宝といふとも~
ただにゐてさかしらするは~
このうち5番目の歌の初句は、今は「もだをりて」が定訓ですが、この本では「ただにゐて」とあります。
寛永版本が「タヽニヰテ」ですので、寛永版本に拠ったものかと思われます。
今や、国会図書館のデジタルコレクションで中身を見ることができるのですから、紙の本を買わなくても済むんですけどね。
さはさりながら、です。
このような絵はがきを入手しました。
「楠公夫人遺蹟 楠妣庵観音寺絵はがき」です。
楠公さん、好きなもので。
その中から。
観音寺本堂。
正平年間に楠正儀が一族の菩提所として建立、大正11年に現在の大伽藍を再建。
本尊は千手観音像。
草庵。
正平3年から19年までの16年間、楠公夫人隠棲の廬で、大正6年に伊東忠太の設計で当時の様式に則り再建。
観音堂。
楠公夫人の念持仏である十一面観音像を安置。
大正6年に草庵と同時に当時の様式に則り再建。
楠公夫人御墓所。
楠公母子の像。
楠夫人と正行の像です。
「世のうきもつらきもしのぶ思ひこそ心の道の誠なりけり」という楠夫人の歌が載っています。
たとうのタイトルを見た時には、内容的に戦前のものと思いました。
でも、中を見たらカラーでしたので、これはあまり古いものではないと思いました。
はがきの表はこの様になっています。
郵便番号が5ケタですね。
ウィキペディアによれば、郵便番号が5ケタだったのは昭和43年から平成10年までだそうです。
7ケタになったのは平成10年だそうで、そんなに最近だったかなぁという気もします。
いや、平成10年といえば、もう30年近く前ですね。
意外と昔でした。
ともあれ、この絵はがきは昭和43年から平成10年までのどこかで発行されたものです。
それ以上には絞れません。
呉座勇一氏の『平家物語と太平記 通説の虚像を暴く』(朝日新書)を購入しました。
2026年1月30日発行です。
この本のことはFacebookの相互フォロワーである木下信一氏のポストで知りました。
目次は項目が多いので、「はじめに」から一部を引用します。

岩波の旧大系は、当時としては画期的な注釈書でしたが、あれから時が経ちました。
書かれていること、まさにその通りと思います。
本文校訂といっても、特に平家物語や太平記のような軍記物の場合は、本文自体がどんどん変わっていってしまっているので、何を底本に使うかが非常に大きな意味を持ってきます。
流布本を底本に使うというのも1つの方法ではありますけど、それでは、その作品が生まれた当時の本文からは随分かけ離れたものになってしまう場合がありましょう。
そんなことを考えさせられる文章です。
じっくりと読んでみたいです。
奈良女子大学には重要文化財の講堂(記念館)があります。その建物や、正門・守衛室の改修・保存のためにクラウドファンディングが行われていました。
奈良女には教え子がお世話になったこともあり、私もささやかに参加しました。
その返礼品として布巾が送られてきました。

奈良といえば、やはり鹿ですね。鹿は欠かせません。
建物は記念館です。
説明文をアップにします。
素材は蚊帳の生地でしたか。
ちょっと勿体なくて使えません。(^_^;
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