2019年8月21日 (水)

スイカのようなひんやり杏仁ゼリー

 アイスクリーム断ちとCCレモン断ち、継続中です。(^_^)
 ただ、目指しているのはあくまで減糖で、断糖ではありませんので、脂肪分の少なそうなスイーツは時々食べています。

 先日、いつものスーパーで、「スイカのようなひんやり杏仁ゼリー」というのを見かけました。美味しそうでしたし、杏仁豆腐、好きなので、買って来ました。
 お店では斜め上から見たので気づきませんでしたが、家で横から見たらこのようでした。
Suikano01
 赤・白・緑のスイカ色になっているのでした。こういうの好きです。
 赤と緑がゼリーで、白は杏仁豆腐です。
 本当のスイカに比べると白の部分が多いですけど、杏仁豆腐、好きなので、構いません。(^_^)
 「ほぉ」でした。

 ところが、蓋を取ったら、中はこうなっていました。
Suikano02
 上に載っている茶色い粒はチョコレートでした。これ、スイカのタネですね。藝が細かいです。
 いいですねぇ。こういうの好きです。
 蓋を開ける前の「ほぉ」から、「おお!」にランクアップしました。(^_^)

2019年8月20日 (火)

頭を雲の上に出し

 今日は、非常勤先(元の勤務校)のレポート提出締切日でしたので、受け取りに行きました。
 勤めていたときの習慣で、去年や一昨年は17時締切にしていました。
 でもそれでは帰りのバスの時間までだいぶありますので、今年は16時締切としました。
 気付くまでに2年掛かりました。(^_^;

 電車で群馬に向かうとき、埼玉県では一部大雨でしたが、新町駅に着いたときは雨は降っていませんでした。
 でも、路面はかなり濡れていましたので、新町・玉村方面も一時的にかなり降ったようです。

 赤城山の山頂が雲の上に出ていました。
Akagi20190820

 こういう姿は珍しいです。
 富士山の場合、「頭を雲の上に出し」と歌うのは、山が高いことの表現ですが、今日の赤城山の姿は、雲の位置が低いのですね。

 赤城山の下、右半分を占めるほどの建物が見えます。玉村町役場です。

2019年8月19日 (月)

「ねこあつめ」に「寄物陳思」

 珍しくも今日2つ目の書き込みです。

 スマホのゲーム「ねこあつめ」を楽しんでいます。
 このゲームには、日替わりの「あいことば」というのがあり、正しくそれを送信して、5つまとまると、猫缶(バーチャルのです)が1つもらえます。
 「あいことば」には、平凡な言葉もありますけど、知らなかった言葉もあり、勉強になります。

 この「あいことば」、今日は「寄物陳思」でした。(^_^)
Neko_kibutsu
 業界以外の人にはあまり知られていない言葉かもしれませんね。

 「なんだろう?」と思って調べる人もいましょう。それで万葉集に関心を持ってくれる人が増えたら幸いです。

また金魚が密集

 ここ2~3日ほど、金魚が水槽の左奥に密集している時間帯があります。
Kingyo_r010819a  
 上の写真、この狭い範囲に8匹全部が集まっています。(^_^)
 何なんでしょうね。(^_^;
 以前、右手前に全員集合している写真を載せたことがありました。
Kingyo_r010606a
 その時は、朝倉山のオニさんから「金魚の密談では?」とのコメントを頂きました。
 今回もそうかもしれません。(^_^)

 右手前に集合したり、左奥に集合したり、気まぐれです。
 全員もれなく集まっているあたり、みんな仲良しです。

 もし密談でないとすると体調不良が心配されますが、ゴハン時にはいつもと全く変わりなく、わらわらザバザバと寄ってきて、食欲は極めて旺盛ですので、異常はないと思います。

 相変わらず、水草を抜いています。
 今も1本浮いています。(^_^;
Kingyo_r010819b
 土管の中にも。
Kingyo_r010819c
 この水草、引っ張り出したいのですが、水槽の中に手を入れるのは、なるべく水替えの時などに限定したく、控えています。
 金魚に引っ張り出してもらうのは難しそうなので、せめて向こう側から押し出してもらえないものかと思います。
 遊びを兼ねて、それくらいならばやって貰えそうな気が……。(^_^)

2019年8月18日 (日)

文政5年の『懐宝 和漢年代記大全』(3)

 さらに昨日の続きです。
 『懐宝 和漢年代記大全』(以下『大全』)の裏面にはいろいろな情報が満載です。

 高僧の一覧がありました。
Wakannendaiki13
 漢字に直してみましたが、知らない人物も多く、間違いがあるかもしれません。

  釈迦如来、達磨大師、聖徳太子、役行者、行基菩薩、良弁僧都、伝教大師(最澄)、
  守敏僧都、弘法大師(空海)、慈覚大師(円仁)、元三大師(良源)、恵信僧都、
  熊谷蓮生坊、道元禅師、円光大師(法然)、親鸞上人、一遍上人、日蓮上人、
  了誉上人、一休和尚、古幡随院、雄誉上人、慈眼大師(天海)、空也上人、
  智証大師(円珍)、証空上人、夢窓国師、隠元禅師、珂碩和尚、祐天僧正、了碩和尚

 変わり種は「熊谷蓮生坊」でしょうか。一ノ谷の合戦で平敦盛を討ったことがきっかけで出家した熊谷直実ですね。能や歌舞伎などを通して江戸時代には著名だったのでしょう。

 宗派の開祖など著名な僧は網羅されているように思えますが、道元があるのに、栄西がありません。
 珂碩和尚は名も知りませんでしたが、奥沢の九品仏浄真寺を創建した人物と知りました。家の近くというほど近くはありませんが、以前奥沢に住んでいましたので、親近感が湧きました。
 了碩和尚も全く知りませんでしたが、幡随院のお坊さんだそうです。

 現代人と江戸時代の人とでは、関心や知識が違いますね。

 『大全』が刊行された文政5年(1822)までの年数が記してありますので、これが人物特定の手がかりになると思ったのですが、史実に合致する者は少なく、ダメでした。
 聖徳太子は日本書紀の記述と丁度100年違いですので、単純なミスと思われます。1~2年の差のある人物もいますが、中途半端な差のある人物も多く、誤りの経緯がよく分かりません。

 もう1つ。文化人や武将の一覧もありました。
Wakannendaiki14
 こちらも漢字に直してみました。

  大織冠鎌足、守屋大臣、柿本人丸、山部赤人、吉備大臣、中将姫、猿丸大夫、
  小野小町、在原業平、大友黒主、参議佐理卿、行成卿、菅丞相、小野道風、
  紫式部、清少納言、西行法師、田村将軍、六孫王経基、多田満仲、源三位頼政、
  平清盛、木曽義仲、源頼朝、源義経、最明寺時頼、楠正成、新田義貞、吉田兼好、
  武田信玄、上杉謙信

 万葉歌人は人麻呂と赤人だけでした。旅人、憶良、家持などはあまり関心を持たれていなかったのでしょうね。
 猿丸大夫が入っているのは百人一首の影響ですかね。

 こちらも、年代は史実と違っている人物の方が多いです。
 そもそも没年未詳の人物が何人かいますけど、それらの人物についても漏れなく年数が示されています。
 何か資料があったのか、あるいは「大体このあたり」ということで数字を入れたのかもしれません。

 紫式部は、『大全』の数字で計算すると990年没となります。現代では源氏物語の年代として1008年という年代が示され、2008年には源氏千年紀の催しなどがありましたが、それと食い違いますね。

 戦国武将では信玄と謙信が挙がっています。群雄割拠の時代、それ以外にも著名な武将がいましたが、江戸時代にはやはりこの2人が双璧ということになりましょうか。
 信玄の没年は『大全』が4年遅くなっています。信玄は死に際して「三年喪を秘せ」と言ったという伝承がありますけど、そういう事情で、実際よりも遅い没年が伝承されていたということもあったのでしょうかね。

 上の2つの一覧で、いずれの人物も没後文政5年までの年数が記されていますけど、あまり意味があるとは思えません。「○○年没」と書いてくれた方が分かり易かったと思います。大体、数年後にまた再版するような場合、また再版年を規準に年数を書き換えなければ(というより、版を彫り直さなければ)ならないので、大変に厄介と思います。

 ともあれ、この2つのリスト、江戸時代後期の人々の関心の在り処や、知識などを知る手掛かりになりそうで、興味深いです。

2019年8月17日 (土)

文政5年の『懐宝 和漢年代記大全』(2)

 昨日の続きです。
 昨日はオモテ面をご紹介しました。オモテは、推古天皇12年(604)から文政10年(1827)までの1224年間の年表が大部分を占めています。

 裏側は以下の通りです。
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 こちら側は、歴代天皇の一覧、鎌倉・室町・江戸幕府の将軍一覧、中国の歴代王朝一覧、など、様々な一覧が並んでいます。他に、暦(日の吉凶関係)や占いに関する項目もあります。盛りだくさんです。

 日本地図。
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 そう大きな地図ではありませんが、単なる国別けに留まらず、国内の地名も載っています。例えば上野国。
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 このように、高崎、前橋、館林、沼田、安中(全部、大名領のある地ですね)が載っている他、碓氷と三国峠、榛名山と妙義山が載っています。「上ツケ」の下の地名が読めません。「タコ」とあるのは、多胡碑のある多胡郡かと思いますが、その下というか、それに続く部分が分かりません。

 この日本全図の上方に「日本神社仏閣旧地年数」という一覧があります。その冒頭部。
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 それぞれの神社仏閣の創始から『和漢年代記大全』が刊行された文政5年(1822)までの年数が示されています。
 加茂社は「二千四百三十二年」、伊勢内宮は「千九百二年」とあります。計算してみたら、加茂社は紀元前609年、伊勢内宮は紀元前52年となります。途方もない数字ですが、日本書紀の紀年によれば、加茂社は神武天皇52年、伊勢内宮は崇神天皇19年となります。どちらも日本書紀に関係記事はありませんが、日本書紀紀年などをもとにした計算があったのでしょうね。

 同じリストの後半です。
Wakannendaiki10
 出雲大社の「六百五十八年」というのが不審です。計算すると1165年(永万元年)になります。平安末期ですね。平清盛の時代。
 出雲大社って、平安時代に何度も大風などによって倒壊していますよね。
 その一方、鹿島社、多賀社、三輪社、白髭社は「神代よりちんざ年歴不詳」とあります。出雲大社もこの仲間で良さそうに思いますが。(^_^)

 諸国の郡名がふりがな付きで全部載っています。600以上あります。
 大和国。
Wakannendaiki11
 上下に分割した郡は、「そふのかみ(しも)」「かつらきのかみ(しも)」「しきのかみ(しも)」などと、表記にかかわらず、きちんと読んでいます。「忍海」は「おしぬみ」ではなく「おしのうみ」ですね。

 上野国。
Wakannendaiki12
 「群馬」が「郡馬」となっています。(^_^; 読みは、「くるま」ではなく「ぐんま」です。「邑楽」は現在では「おうら」と読まれていますが、「おはらき」という古形で載っています。

 昨日のオモテ面に続き、今日は裏面をご紹介する予定でしたが、裏面は内容豊富なので、終わりません。続きます。

2019年8月16日 (金)

文政5年の『懐宝 和漢年代記大全』(1)

 このようなものを入手しました。
Wakannendaiki01
 字が随分薄くなっていますが、『懐宝 和漢年代記大全』とあります。

 綴じてはありません。1枚紙を縦に22面に屏風状に折り、それをさらに横に2つ折りにしています。
 広げた大きさは、140cm×31.5cmほどです。
 用紙の和紙は厚手です。

 裏です。
Wakannendaiki02
 「文政五壬年再刻」とあります。
 「浄書 田中正造」とありますが、著者名はありません。
 江戸の書肆の名が5軒挙がっています。

 広げるとこのようになります。
Wakannendaiki03
 字が小さすぎてよく分かりませんね。(^_^;

 推古天皇12年(604)から文政10年(1827)までの1224年間の年表です。
 横は12段になっています。1段目が子年、2段目が丑年……というように、格段は同じ干支になるように作られています。

 冒頭部。
Wakannendaiki05
 欄外に「隋」「唐」とあります。
 1年はさらに2段になっていて、上段(白い部分)は日本、下段(黄色い部分)は中国です。

 右上に推古十二があります。左に「日本式目のはじめ」とあるのは十七条憲法を指すものと思われます。
 下段の黄色い部分には「隋 文帝 仁寿四」とあります。

 なぜ推古12年から始まっているのかについては、この年が甲子でキリが良かったということがあると思います。
 もう1つ、歴史年表を見ると、この年は日本で初めて暦が使われた年とあります。
 ただ、日本書紀にはその記事はありません。政事要略に「儒伝云、以小治田朝十二年歳次甲子正月戊辰朔、始用暦日」(巻25)とあるのが典拠と思われます。この年がわが国における暦の初めであるなら、この年から年表が始まるのはよく理解できます。
 ただ、『和漢年代記大全』の編集者は政事要略を見ていたのでしょうかね。それが疑問です。

 和銅3年付近は次の通りです。
Wakannendaiki06
 和銅3年は右下隅です。「みやこをならにうつす」とあります。
 同年下段の中国の部には「睿宗 景雲」とあり、「中宗 皇后韋氏にころさる」とあります。

 こんな感じで、毎年、日本と中国の年号と、その年の主な出来事が記されています。
 南北朝時代には両朝の年号が併記されています。

 両面印刷で、裏面は次のようになっています。
Wakannendaiki04
 これまた細かいです。こちらについては後日(たぶん明日)改めて。

2019年8月15日 (木)

こちらは一時雨

 大型台風の被害が少しでも少ないことを願っています。
 避難を余儀なくされたり、お盆休みの予定が狂ったりすることも、大きな影響ですよね。

 こちらは曇りでしたが、夕方買い物に行こうとしつつ、少しうだうだしていたら激しく雨が降ってきました。
 うだうだしていたことを悔いました。(^_^;
 買い物に行かない場合、今日の夕食と明日の朝食、食べる物何かあったかなぁ、などと考えつつ、横になってうだうだしていたら、雨、止みました。窓ガラスには雨水がたくさん付いていますが、日も射してきました。
Ame20190815
 うちのあたりは、台風の影響域のヘリ付近のようで、天気が変わりやすいようです。

 うだうだを続けていてまた雨が降り始めると困るので、すぐに買い物に行ってきました。スーパー、すいていました。(^_^)

 金魚は、水草が復活して喜んでいるようで、折々水草を突っついています。
 朝、水槽を見に行ったら、早くも水草が3~4本浮いていましたので、回収して植え替えました。抜かないで欲しい。(^_^;

2019年8月14日 (水)

水草復活

 先日ご披露しましたように、水草が金魚に食べ尽くされてしまいました。水草はわずか半月ほどしか持ちません。(^_^;
Mizukusa20190802  
 新しい水草が昨日届きました。
 水草は、武蔵新田の金魚やさんで買うか、通販で買うかです。今回は通販で買いました。
 信頼できる会社と思いますが、届いた水草は、一応、水を張ったバケツに入れて、何度かその水を替えました。
 農薬や病原菌が付いているかもしれないと考えた対策です。
 病原菌対策なら、殺菌剤を使わないと効果的でないかもしれませんが、薬を使った場合、残留が心配です。
 それでこういったやや中途半端なことになりました。

 今日、水草を水槽に入れました。
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 やはり水草のある方が落ち着きます。
 これまた2週間ほどで食べ尽くされてしまうのでしょうか。(^_^;

 1本の茎に先端にこういうものが付いていました。
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 何でしょねぇ。たぶん葉の芽だと思います。花の芽だと嬉しいのですが、果して花が咲くのやら。水中花を付ける水草って限定的と思います。
 これの行く末がどうなるのか判明する前に金魚に食べられてしまうかも。

 水草を購入した業者は、とても丁寧な梱包をしてくれていました。
 1つずつの水草を、水を含ませた紙で丁寧に包み、それをポリ袋に入れ、保冷剤とともに、発泡スチロールの箱に入れてくれていました。
 水草に対する愛情と、購入者に対する誠意とが感じられました。

 嬉しくありがたいことでしたが、発泡スチロールの箱、再利用の方法も思い付かないので、資源ゴミに出すことになりましょう。
 やはり直接街のお店に買いに行く方が資源の無駄は少なくて済みますね。

2019年8月13日 (火)

代表的な万葉歌(3)

 今日は、昨日の続きのような内容ですが。(^_^;
Ueno_hajimete  
 上野先生の本に採られた歌を加えたことで、私の「代表的な万葉歌」の順位が変わりました。30位以内は以下の通りです。

 01.田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける(3・318)山部赤人
○02.銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも(5・803)山上憶良
 03.天地の 分れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 布士の高嶺を ~(3・317)山部赤人
 04.瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ いづくより 来りしものそ ~(5・802)山上憶良
○05.石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも(8・1418)志貴皇子
 06.東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ(1・48)柿本人麻呂
 07.我が宿のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕かも(19・4291)大伴家持
 08.うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しも独し思へば(19・4292)大伴家持
 09.近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ(3・266)柿本人麻呂
 10.あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る(1・20)額田王
○11.憶良らは今は罷らむ子泣くらむそれその母も我を待つらむぞ(3・337)山上憶良
○12.熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな(1・8)額田王
 13.若の浦に潮満ち来れば潟をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る(6・919)山部赤人
 14.多摩川に曝す手作さらさらに何そこの児のここだ愛しき(14・3373)東歌(武蔵)
 15.ぬばたまの夜の更けゆけば久木生ふる清き川原に千鳥しば鳴く(6・925)山部赤人
 16.楽浪の志賀の辛崎幸くあれど大宮人の舟待ちかねつ(1・30)柿本人麻呂
 17.紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑにわれ恋ひめやも(1・21)天武天皇
 18.春の野に霞たなびきうら悲しこの夕影に鴬鳴くも(19・4292)大伴家持
 19.み吉野の象山の際の木末にはここだも騒く鳥の声かも(6・924)山部赤人
○20.あをによし奈良の都は咲く花のにほふがごとく今盛りなり(3・328)小野老
 21.玉たすき 畝傍の山の 橿原の ひじりの御代ゆ 生れましし 神のことごと ~(1・29)柿本人麻呂
 22.笹の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来ぬれば(2・133)柿本人麻呂
○23.春過ぎて夏来るらし白栲の衣干したり天の香具山(1・28)持統天皇
 24.春の園紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ娘子(19・4139)大伴家持
 25.わたつみの豊旗雲に入り日差し今夜の月夜清く照りこそ(1・15)天智天皇
○26.験なきものを思はずは一杯の濁れる酒を飲むべくあるらし(3・338)大伴旅人
 27.家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る(2・142)有間皇子
 28.春の野にすみれ採みにと来しわれそ野をなつかしみ一夜寝にける(8・1424)山部赤人
 29.士やも空しくあるべき万代に語り継ぐべき名は立てずして(6・978)山上憶良
 30.我が背子を大和へ遣るとさ夜更けて暁露に我れ立ち濡れし(2・105)大伯皇女

 ○を付けた歌が上野先生の本に採られた歌で、いずれも前回よりも順位が上がっています。
 僅差で歌が並んでいますので、新しい材料が加わると、すぐに順位が変動します。

 このうち、23位「春過ぎて」と26位「験なき」の歌は、前回は31位以下でした。
 この2首が30位以内に入ったことで、割を食って31位以下に落ちてしまったのは次の2首です。

  吉野なる菜摘の川の川淀に鴨ぞ鳴くなる山蔭にして(3・375)湯原王
  楽浪の志賀の大わだ淀むとも昔の人にまたも逢はめやも(1・31)柿本人麻呂

 どちらも良い歌とは思いますが、「春過ぎて」「験なき」との入れ替えならば、やむを得ないかと思います。

 材料を増やすことで、より妥当な「代表的な万葉歌」を目指したく思います。

 順位が下の方の歌を、キリの良いところで拾ってみると、たとえば次のようになります。

  50位 一つ松幾代か経ぬる吹く風の声の清きは年深みかも(市原王)
  60位 わが妻はいたく恋ひらし飲む水に影さへ見えて世に忘られず(若倭部身麻呂/遠江防人)
  70位 白玉は人に知らえず知らずともよし 知らずとも我し知れらば知らずともよし(元興寺の僧)
  80位 信濃なる筑摩の川の細石も君し踏みてば玉と拾はむ(信濃国東歌)
  90位 唐衣裾に取りつき泣く子らを置きてそ来ぬや母なしにして(他田舎人大島/信濃防人)

 万葉集って、一体どれだけ名歌が多いのかとつくづく思います。

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