2020年9月24日 (木)

浜木綿の子、順調に復活中

 一昨年発芽した浜木綿の子を大切に育てています。
 8月にたくさん日に当てていたら、葉が枯れてしまい、1枚だけになってしまいました。
 下は8月18日の姿です。
Hamayu_r020818

 日に当てすぎたようです。部屋に取り込んで、以後、室内で育てています。

 8月26日、新しい葉が顔を出しました。
Hamayu_r020826a

 9月7日、新しい葉(右側の葉)はこんなに大きくなりました。
Hamayu_r020907
 そして、中央には3枚目の葉が顔を出しています。

 それから2週間半ほど経った今日の姿。
Hamayu_r020924a
 3枚目の葉(中央の葉)もこんなに大きくなりました。

 4枚目の葉も顔を出しました。
Hamayu_r020924b
 古い葉も、色あせることなく元気です。

 大変順調で嬉しいです。
 このままさらに順調に育って欲しいです。

 思うに、8月に葉が1枚になってしまったのは、直射日光の当てすぎもあったかもしれませんが、水が足りなかったのかもしれません。
 室内に取り込んでからは、水を多めに与えています。

2020年9月23日 (水)

踊り字と改行

 先ごろ、ツイッターに「#日本語史研究上有名な用例100」というハッシュタグが立ったので、面白がって、いくつか書き込みました。
 その1つが以下のものです。

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古事記
「内者富良々々、外者須々夫々」(上・大国主)。
「ほらほら」と「すぶすぶ」とで、踊り字の使い方が異なる。
両様あったのか、あるいは一方は誤写か。
「塩許々袁々呂々迩」「我御心須々賀々斯」「登々富々斯」などを見ると、「富良々々」が誤写か。
#日本語史研究上有名な用例100
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 「塩許々袁々呂々迩」は冒頭付近の国生みの段に出てきますけど、現代だと、これでは「ここををろろ」になってしまいます。
 大国主の根堅州国訪問の部分では、現代と同じ形式の「ほらほら型」と、「こをろこをろ」と同型の「すぶすぶ型」とが連続して出てきます。
 古事記全体では「すぶすぶ型」が多いので、こちらが標準形で、「ほらほら型」は誤写の可能性が高そうですが、それにしても、連続した部分ですので、果して誤写するだろうかと不思議に思っていました。

 そうしたところ、私のツイートが蜂矢真郷先生のお目に止まり、蜂矢先生からメールを頂きました。

 「富良々々」は、真福寺本では「富良」が行末で、そこで改行されているというご教示でした。

 「何と!」です。私は真福寺本を見ていませんでした。
 万葉集だったら校本を見たと思うのですが、古事記は日頃、写本や校本をあまり見ていません。大いに反省しました。

 真福寺本では、「富々/良々」(/は改行。以下同)という改行になるのを嫌って、「富良/々々」としている、ということになります。

 現代とは逆ですね。現代では、むしろ「々」は行頭に来ないように禁則処理の対象になりそうです。
 しかし、古事記では「富々/良々」などという形で改行がなされると、「ほほらら」と訓まれる怖れが生じてしまうのでしょうか。

 大いに興味を持ちました。

 古事記では「ほらほら型」がもう1例あります。応神記の47番の歌謡の末尾の「佐夜々々」です。こちらは真福寺本では行中でした。
 とすると、こちらの例では、真福寺本の親本か、それ以前のどこかの段階で「佐夜/々々」と書かれた本があったのかもしれません。

 おもしろいです。
Horahora


2020年9月22日 (火)

アナカリスは食べない

 10日ほど前、金魚の水槽にいつもの金魚藻(カボンバ)と初めてのアナカリスを入れました。
Kingyo_r020910a

 今、こんなです。
Kingyo_r020921a
 カボンバはほとんど食べられてしまいました。いつも通りです。(^_^;
 一方、アナカリスは健在です。
 金魚の口に合わないのでしょうか。
 食べないだけでなく、抜いたりもしていません。

 アナカリスからは脇芽も生えてきました。
Kingyo_r020921b

 もう1本。
Kingyo_r020921c

 これらが伸びてきたら、切って底砂に挿せば根付くかもしれません。

 金魚のために買ってきた水草ですが、水草自体の生長も楽しみになってきました。

 食べられてしまったカボンバは、金魚の食用にまた買って来ましょう。

2020年9月21日 (月)

口切った

 先日、お風呂でヒゲを剃っていたら、口の上の方を切ってしまいました。
 その時は、傷はたいしたことなく、ぷくっと腫れたくらいでした。
 ところがその翌日、またヒゲを剃ったときに、プクッと腫れているのをうっかりして、その上から剃ってしまいました。
Kuchikitta
 それが、上の画像の、口の上の傷です。
 その翌日、上の傷に気を取られて集中力を欠き、もう1つ別の傷を負ってしまいました。
 粗忽です。

 5年半前に、当ブログに、「鼻切った」という記事を載せていました。
Hanakitta

 粗忽さは直りません。
 すみません。お見苦しい写真を2枚も。(^_^;

 同じ刃をいつまでも使い続けているのもいけないんです。早目に替えねば。

2020年9月20日 (日)

露草は雑草級

 2年前に、玄関脇の花壇(?)に2本だけ生えてきた露草、元気に繁茂しています。
Tsuyukusa20200828

 小さな一日花ですが、たくさん咲きます。
Tsuyukusa20200731a

 これが種になって、あたりに散るので、翌年にはたくさん生えてきます。

 花壇のみならず、道路との境の側溝からも生えています。
Tsuyukusa20200916
 繁殖力旺盛な植物ですね。雑草のようです。

 側溝から生えてきているというのは見苦しくはありますが、可憐な花が咲いているのを刈り払ってしまうというのもかわいそうです。
 涼しくなれば枯れてしまいますので、枯れたら抜こうと思います。

2020年9月19日 (土)

踊る埴輪 踊ってない?

 古い新聞の切り抜きシリーズ、今日は平成18年のです。
 12年前。今までの中では新しい方です。
H18odoru01

 この切り抜き、上代文学史の授業で使ってきました。
 「黎明期の上代文学」という回です。
 切り抜き自体は見つからず、これはコピーです。
 原本からの直接のコピーではなく、何回かコピーを重ねているかもしれません。
 鮮明さが足りません。

 踊る埴輪でないなら何かというと、こういうことのようです。
H18odoru02

 1ヶ月ほど前のNHK「所さん!大変ですよ」が埴輪特集でした。
 その回の内容説明にこうあります。

 「はに丸もビックリ 埴輪に魅了される人々」
 東京国立博物館から不思議な情報が飛び込んできた。かつて古墳に並べられた「埴輪」が最近、若い女子の間で大人気だというのだ。理由は、埴輪が持つ神秘性と、かわいらしい表情。家に自作の埴輪を100体以上飾る「埴輪女子」まで!
 さらに取材を進めると、埴輪界のスターとよばれる「踊る埴輪」が実は踊っていないという衝撃の研究結果が飛び込んできた。
 「おーい!はに丸」もビックリ。あなたの知らない埴輪ワールド!

 新聞記事から12年経ちますけど、いまだに、「「踊る埴輪」が実は踊っていないという衝撃の研究結果が飛び込んできた。」と言われています。この説、まだまだ世の中に認知されていないようですね。

2020年9月18日 (金)

奈良の「つなや」と「魚佐」

 また新たな定宿帳を入手しました。
M00naniwako01
 刊年は不明です。

 表紙をめくると、表紙裏はこのようになっています。
M00naniwako02
 いきなり奈良です。こういった道中記では、江戸(東京)スタートか、(豊橋から船に乗って)伊勢神宮スタートが普通です。
 上のページは、右端の柱に書いてあるように第五丁です。落丁というよりは、冒頭の4丁分をわざと省いてダイジェスト版を作ろうとしたのではないかと思います。

 このページ、架蔵の明治18年の一新講社の定宿帳と同じ絵図のようです。
 ページの左端の宿の名は、今日の本では「つなや市平」ですが、明治18年のでは「うをや佐兵衛」です。
M18isshin04
 
 絵地図は同じで、宿のマークだけが異なります。今日のはつなやのマークである「太」に丸で、明治18年のでは魚屋のマークである山形に「ウ」です。

 2つの宿は隣同士ではなく、同じ場所のように見えます。
 どちらの方が古いのか分かりませんが、魚屋佐兵衛の後身に当たる魚佐旅館は平成まで存続していましたので、今日の本の方が古いのかもしれません。
 つなやを魚佐が居抜きで買ったのでしょうか。

 今日の本には神武天皇陵が載っています。
M00naniwako03
 とすれば、江戸時代ではなく、明治になってからの刊行のように思えます。

2020年9月17日 (木)

「3密チェッカー」(3)

 スマホアプリの「3密チェッカー」を導入してから3週間経ちました。

 これまでの日別危険度は次の通りです。
3mitsu09
 日付の順序は右から左です。
 やや高めの山が4つあります。
 右端の山は8月28日(金)、前橋に日帰り往復した日です。
 次の山は9月2日(水)、高崎市新町に日帰り往復しました。
 しばらく開いて、次は9月11日(金)、前橋。
 次は9月16日(水)、昨日の新町です。
 やはり、群馬まで行くと、遠距離移動になりますので、どうしても人との接触も増えます。
 それでも、危険度のレベルは低めと思います。電車の中、あまり混んでいませんし。

 ところどころにある小さな山は、金魚屋さんに水草を買いに行ったりした日のものです。

 よくできたアプリと思います。
 ただ、3密のうち、「密閉」については、周囲の音量に基づいているので、開放空間でも騒音があると密閉と判断されてしまいます。ずっと同じ部屋にいるのに、テレビの音量で密閉度が左右されます。これだけ改善の必要がありそうです。

 3週間のデータを蓄積した地図はこんな具合です。
3mitsu10
 東京・群馬の往復以外には動いていないかのように見えます。(^_^;

 都内の部分を拡大するとこうなります。
3mitsu11
 東急の目黒線、大井町線、多摩川線を小規模に移動しています。

 私の移動経路や移動範囲が丸見え。(^_^;

2020年9月16日 (水)

新町で連続講座(2020年 第2回)

 今日は、高崎市新町公民館で講座でした。
 隔週5回の連続講座「万葉集をよむ~関東・信濃の歌を中心に~」の第2回目で、「上野国の歌(2)」です。レジュメはこちら

 受講者の皆さんには、前回、「上野国の歌」のレジュメを、まとめてお配りしてあります。上に載せたのは、今日進んだ範囲です。

 上野国の歌、2回使ってもまだ終わりませんでした。残りは、次回の半分弱くらいまで掛かりそうです。全5回の「関東・信濃の歌を中心に」のうち、上野国だけで半分使ってしまうことになりますが、まあ、地元なので、良いことにします。(^_^)

 レジュメの他に、プロジェクターを使って、写真や地図も見てもらいました。
 上野国以外については、手持ちの写真はあまりありません。その分、次回以降はサクサクと進むことでしょう。
Yasakano


2020年9月15日 (火)

Google Classroom の看板

 もう後期が始まった大学もあるようですね。
 私の非常勤先(もとの勤務先)は、前期授業の終了が8月末で、今日が成績登録締切日です。昨夜、無事に成績を出しました。出すとほっとします。(^_^)

 後期は10月1日からで、原則遠隔、一部対面です。
 私は3科目全て遠隔で行います。
 Google Classroom と Google Meet です。
 クラスを作成すると、自動的に看板(?)が生成されます。
 看板の絵は、いくつか用意してあるものと差し換えも可能ですし、自前の画像を使うこともできます。

 前期は二上山の写真を使いました。
Classroom02

 後期は3科目なので、「さて?」と考えましたが、上代関係で3つセットのものというと、大和三山しか思い付きませんでした。
 授業開始までまだ半月ありますけど、作ってみました。

 火曜3限の講義講読は畝傍山。
Googleclassroom01

 4限の演習は耳成山。
Googleclassroom02

 5限の文学史は天香久山です。
Googleclassroom03

 前期の二上山も含め、どれも暗めです。もとの画像はもっと明るいのですけど。
 文字がはっきり見えるようにするための仕様なのかもしれません。

 後期の授業開始に向けて、看板などよりも先に準備すべきものがいくらでもありそうなものですけど、そこはまぁ。(^_^;

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