『広辞苑』初版のオ列長音表記
先日来話題にしている件、『広辞苑』の初版を見てみました。
『広辞苑』は昭和30年の5月に初版が刊行されました。私が持っているのは昭和39年の1月に刊行された初版の第十二刷です。
私が中学に入学したのがこの年の4月。入学時に親に買って貰いました。入学祝いというわけではなく、これから本格的な辞書が必要になるからということでした。
1枚目の写真のように、背表紙がデコボコしています。これ、長らく造本ミスと思っていました。背表紙をつけるときに空気が入ってしまったのかと。
それが、数年経ってから、もともとこういう装幀なのではないかと気づきました。見返しにも「装幀 安井曾太郎」とあります。背表紙にこういう絵柄のデコボコを施した装幀は、当時のみならず、今に至るまであまり見たことがありません。岩波書店、力が入っていたのでしょう。
さて、『広辞苑』初版の見出し語の表記はおおむね「現代かなづかい」と同じですが、1つだけ大きく違うところがあります。凡例に次のようにあります。
見出し語は表音式かなづかいにより、国語・漢語の長音は「う」で表すとあります。これではあまりピンときませんが、具体的には次のようになります。
「被う・覆う」が「おうう」というのは違和感があります。
「狼」は「おうかみ」となります。
ただ、解説文中には「チョウセンオオカミ」の語があり、見出しの表記と一致しません。
「蟋蟀」は次の通りです。
こちらも、見出しの「こうろぎ」に対し、解説文中には「こおろぎ科」「エンマコオロギ」「和名コオロギ」とあり、やはり見出しの表記と一致しません。
「はて??」と思い、凡例を見てみました。見出し語については上に示したとおりですが、解説に関しては次のようにあります。
これによれば、解説文については、「原則として」とはあるものの、当用漢字、新字体、現代かなづかいを用いるとあります。それで、見出し語と解説とで表記が異なる事態が生じてしまったことになります。
不統一で、奇妙ですね。
『広辞苑』がなぜこのようなことをしたのか考えてみました。以下、推測ですが、解説は国の方針を重んじて「現代かなづかい」に準拠したのでしょう。一方、見出し語が表音式なのは、辞書を引くときの便宜に配慮したのだと思います。
つまり、「現代かなづかい」は基本的には発音通りでありながら、例外がいくつもあります。「オー」と発音する語についても、歴史的仮名遣いが「あう」「かう」「さう」「たう」……のものは「おう」「こう」「そう」「とう」……と表記する一方で、歴史的仮名遣いが「おほ」「こほ」「そほ」「とほ」……のものは「おお」「こお」「そお」「とお」……と表記します。
これでは、それぞれの語の歴史的仮名遣いを知らないと「現代かなづかい」の表記が分からず、辞書を引くときに不便です。
そういう理由で、見出し語については、「オー」と発音する語はすべて「おう」「こう」「そう」「とう」……と表記することにしたのではないでしょうか。これならば、「現代かなづかい」が分からなくても辞書を引くことができます。昨日の『明解国語辞典』『例解国語辞典』も同様かと思います。
そういうことであれば、趣旨はよく理解できます。ただ、この方式では、辞書を引くときには便利でも、その語の「現代かなづかい」は明示されないことになります。辞書の見出し語の表記は、その語の正式な(あるいは標準的な)書き方を示していると一般的には理解されましょう。
学校の試験で、「狼」の読みをつけるときに「おうかみ」と書いたら不正解とされましょう。その時に「『広辞苑』には「おうかみ」とあります」と言ってこられたら混乱が生じましょう。
そういうことがあったのかどうか、はたまた別の理由からか、『広辞苑』の第五版(1998年=平成10年)では見出し語も解説も「現代仮名遣い」になっていました。
凡例の見出し語の部分。
同じく解説の部分です。
今、手もとにある『広辞苑』は初版と第五版だけですので、この方針転換が第二版~第五版のどこで生じたのかは分かりません。
「映画かるた」の見慣れない仮名遣いから思わぬ展開をみました。辞書における見出し語の仮名遣いが検索の便から選ばれたのだとしたら、「映画かるた」の仮名遣いとは分けて考える方が良いのかもしれません。
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