2018年6月19日 (火)

渋川の家、無事。♪

 一昨日の渋川市震度5弱の地震の被害が心配でしたので、今日は、群馬県立女子大での非常勤のあと、渋川の家に帰りました。

 家の中の雪崩れは気に掛かりましたが、それよりも、屋根瓦が割れたりズレたりしている方が心配です。雨漏りに繋がりますので。

 それで、玄関を開ける前に、まずは庭から屋根を観察しました。下から見た限りでは異常はないようです。本当に無事かどうかは雨が降ってみないと分かりませんけど。(^_^; 無事であることを願っています。

 恐る恐る家の中に入ってみました。

 小雪崩れが1つあっただけで、無事でした。
Nadare201806a
 屋根を見ているときに、お隣に住んでいる大家さんが出てきて、少し話をしたのですが、相当大きな揺れだったと言っていました。でも、大家さんの家でも、何かが落ちてきたり、何かが壊れたりということはなかったそうです。

 揺れが大きくても、揺れ方によって状況が変わるのでしょうかね。

 上の写真でも、やや雪崩れはありますけど、側に積んである山はそのままです。

 時計の前の招き猫。
Nadare201806b
 普段は正面を向いていますが、今は斜めを向いています。これくらいの影響はありました。でも、左右のDVDの山と割り箸の山は無事です。

 影響がほとんどなくて幸いでした。

 ご心配頂きましてありがとうございました。

2018年6月18日 (月)

オリヅルランを地植えに

 昨日、ナゾの草を地植えにしたことを書きました。玄関脇の土が意外と良い土だったことに刺激されたのでしょうか、土いじりをしたくなりました。鉢植えも良いですけど、地面の土はさらに良いです。

 去年、オリヅルランが何度かランナーを伸ばし、そこに子株が付いたのをせっせと分家にしていました。1株ダメになったのがありましたが、他は元気に生育中です。

 鉢が増えると管理が厄介なので、子株は同じ鉢に植えています。
Orizuru20180618a
 これを地植えにしました。こんな感じです。
Orizuru20180618b
 根鉢を崩さない方が良いかと思って、なるべくそのまま移植しましたが、あとから見ると、密集していますね。(^_^; バラして植えた方が良かったかもしれません。ま、いずれランナーを延ばしてくれれば、自然に広がってゆくことでしょう。

 昨日のナゾの草に虫食いがありました。
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 昨日撮った写真を確認しましたが、昨日は虫食いはありませんでした。地植えにしたために早速虫の餌食になってしまったのでしょう。食べ尽くされない程度ならば、多少は喰われても構いません。

 桑の木にはこういう虫が2匹付いていました。
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 カミキリムシですかね。この家ではこれまで1度も見たことがありませんでした。伐採された桑の木が、切り口を保護するために樹液を出しています。それを求めてやって来たのかもしれません。

 東京の街中ですが、結構自然豊かです。

2018年6月17日 (日)

ナゾの草

 しばらく前、玄関脇のベニカナメモチの根方付近から草の芽が出ているのに気づきました。どこからか風に乗って種が飛んできたのか、あるいは鳥が運んできたのか。
 そのままにしておいたら植木屋さんが作業をするときに刈り飛ばされてしまうだろうと思い、仮に鉢に移しました。
Kusa201806a
 植木の伐採・剪定が終わったので、今日、また元のところに戻しました。
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 この草、なんでしょうね。なんということもないただの雑草かもしれません。

 そんなことを思いかけたら、「雑草という名前の草はない」という昭和天皇のお言葉が頭をよぎりました。(^_^;

 植え替えるために土を掘っていると、大きなミミズが出てきました。良い土のようです。そのミミズ、金魚の御馳走になるかと思ったのですが、金魚の大きさに比べて、ミミズの方がいかにも大きかったので、断念しました。(^_^)

 蚊が水槽に卵を産んでくれたらボウフラが湧いて金魚の良いゴハンになりそうに思いますが、なかなかそううまくはゆきませんね。

 渋川市で震度5弱の地震だそうですね。わが家の中、雪崩が起きているのではないかと心配です。心配してくださったメールも頂きました。ありがとうございました。

2018年6月16日 (土)

第35回群馬学連続シンポジウム

 今日は、群馬県立女子大学で開催された群馬学連続シンポジウムに行ってきました。テーマは「本能寺の変と地域学」です。
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 本能寺の変は、上野国から遠く離れた京で起こった事件でしたが、関東にも大きな影響を及ぼすことになり、のちの秀吉による小田原征伐へと繋がってゆくことになります。

 今回のシンポジウムは、群馬の地域史を日本史との関係性の中で捉えることを目的としているとのことです。

 今年の3月から5月にかけて、群馬県立歴史博物館では「織田信長と上野国」という企画展を開催していました。今回のシンポジウムのテーマは、その二番煎じのような印象があったのですが、どうもそうではなく、大学と博物館とが連動して情報発信すべくわざとこういうテーマにしたようです。

 この企画展、行きそびれてしまったのですが、今日の会場で図録を販売していました。思いがけず入手できて幸いでした。

 雨模様の中でしたが、参加者は600人に達したそうです。たくさんの人が来てくれました。

 でも、中高年の男性が多かったです。多かったというか、あらかたそういう方々。←あ、私もだ。(^_^;

 公式ポスターは冒頭に示したとおりですが、受付担当の事務職員の人が「こういうのもあります」といって、こんなのを見せてくれました。
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 左下が違います。

 その部分のアップです。
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 3人とも群馬県立女子大学の事務職員さんだそうです。3人というのは、ぐんまちゃんの中の人も含めて。(^_^)

 ちょっと羨ましい。

 プログラムは以下の通りです。

 基調講演「本能寺の変から清洲会議まで」金子 拓(東京大学史料編纂所・准教授)

 個別報告
  ・「本能寺の変はどう知らされたか」青木 裕美(群馬県立歴史博物館・主幹(学芸員))
  ・「神流川の戦いを空から見る」中島 直樹(玉村町教育委員会社会教育課文化財保護係長)
  ・「1582年の上信地域―沼田紛争への道―」久保田 順一(群馬県文化財保護審議会委員)
  ・「1582年の北東関東―沼尻合戦への道―」江田 郁夫(栃木県立博物館学芸部長)

 討論 「1582年の歴史的インパクト―国家の目、地域の目―」
 ・パネリスト  金子 拓、青木 裕美、中島 直樹、久保田 順一、江田 郁夫
 ・コーディネーター 簗瀬 大輔(群馬県立女子大学群馬学センター准教授)

 梁瀬氏
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 金子氏
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 青木氏
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 中島氏
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 久保田氏
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 江田氏
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 いつもは13時から16時まで開催される群馬学シンポジウム。今回は12時半から16時までと、いつもよりも30分長かったのですが、それでも個別報告は1人20分でしたし、討論の時間は30分しかありませんでした。
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 興味深い内容ではあったのですが、あまり深い所には行けなかったように思います。ちょっと盛り込みすぎの感があります。シンポジウムの企画はなかなか難しいものです。

2018年6月15日 (金)

庭木を伐採・剪定

 去る5月27日のことです。わが家の隣の駐車場の地主が来訪しました。用件はクレームでした。(^_^;

 駐車場との境界の塀際に植わっているうちの木が大幅に領空侵犯をしていること、うちの桑の木が塀を圧迫していて塀が倒れる怖れがあること、それについて善処して欲しいということでした。

 領空侵犯の状況は以下の通りです。
Bassai01
 確かにこれでは反論のしようもありません。全く手入れをしていなかったのでこういう状態になってしまいました。申し訳ないことです。

 また、桑に圧迫されて塀が傾いているというのも、言われてみればそういう気がします。

 これはもう私の手には負えませんので、伐採か剪定か、その判断も含めて植木屋さんにお願いすることにしました。

 翌日、電話して、6月4日に見積もりに来て貰いました。植木屋さんの考えを伺いつつ相談の結果、領空侵犯をしている塀際の木は全て伐採、桑の木は塀を圧迫している幹と、今後塀を圧迫しそうな幹とを伐採ということになりました。

 そして、今朝9時から作業をしてもらいました。クレームから3週間近く経ってしまいましたが、植木屋さんと私との都合をすり合わせた結果の日程ですので、仕方ありません。

 作業は片づけも含めて2時間半ほどで終わりました。その結果です。
Bassai02
 根本付近。見るとつらい気がします。
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 道に近い所に植わっていたのは、萩さんに教えて頂いたとおり、カイヅカイブキでした。奥のはキンモクセイだったそうです。キンモクセイというと良い香りの花が咲く木ですよね。気づきませんでした。

 塀とは反対側にも木が植わっていて、それも伸び放題でしたので、こちらは剪定して貰いました。

 剪定前。
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 道側のはツバキだと思っていたのですが、そうではなくてサザンカであることを筒井先生に教えて頂いたことがあります。奥のは分かりませんでしたが、ベニカナメモチだそうです。

 剪定後。
Bassai05
 大分すっきりしました。こちらは散髪のようなものなので、つらい気はしません。(^_^)

 桑の木はこうなりました。
Bassai06
 近日中に新しい枝葉が伸びてくることと思います。

 ツツジはそのままです。上に伸びるのを遮っていた桑とカイヅカイブキがなくなりましたので、徐々に上に伸びてゆくことでしょう。
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 すでに芽生えがあります。
Bassai08

 この家は父が建て売りを買ったものです。木は全て最初から植わっていました。何も植わっていないよりも木があった方が見た目も良いし、好ましく思いますが、植わっている場所が何とも狭すぎました。塀際の木々はお隣との境界に近すぎ、枝葉の領空侵犯は避けられないところでした。伐採してしまった罪悪感はありますが、なんともなぁ、という気がします。

2018年6月14日 (木)

せんとくん&ぐんまちゃんのランキング

 今日のアサヒコム奈良に「せんとくん、イラスト無料に 誕生10年、人気再燃狙う」という記事が載っていました。
Sento201806
 これまで、せんとくんのイラストを使うとき、商品などの販売総額の3%の使用料を払えば商用利用を認めてきたそうです。

 しかし、近年は使用料収入が低迷しているので、使用料を無償化することで広く使って貰い、人気の再燃を図るとのことです。

 この記事の中に、民間調査会社「日本リサーチセンター」によると、ご当地キャラの中で、せんとくんの認知度は全国3位(2017年)だとありました。1位は「くまモン」、2位は「ふなっしー」だそうです。

 ここで、ではぐんまちゃんは何位だろうかと気になり、早速、日本リサーチセンターのHPを見に行ってきました。
Gunmac201806
 その結果は以下の通りです。

 日本リサーチセンターによる、2017年10月の調査結果です。

 認知率
  くまモン    91%
  ふなっしー  89%
  せんとくん  64%
  ひこにゃん  64%
  ぐんまちゃん 38%

 ぐんまちゃん、5位に入っていました。(^_^)
 でも、数字は上位と比べて少し差がありますね。認知度アップのために私も頑張らねばと思います。

 元祖ゆるキャラともいうべきひこにゃんが4位というのはやや意外でした。

 好感率
  くまモン   36%
  ふなっしー 27%
  ひこにゃん 14%
  ぐんまちゃん 7%
  せんとくん   5%

 1位・2位は認知率と同じですが、せんとくんは認知率に比べて2つ順位を落としています。

 せんとくんが登場したときは、あまり評判は良くなかったものの、「慣れればかわいい」などと言われるようになって、好感度はアップしたように思っていました。でも、まだちょっと厳しいようですね。

2018年6月13日 (水)

大正15年の「忠臣蔵新報」

 このようなパンフレットを入手しました。
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 大正15年4月の発行です。発行元の富士館は浅草六区にあった映画館で、尾上松之助主演映画の上演で人気を博したのだそうです。

 1枚紙の2つ折りで、全4ページです。

 1ページ目に尾上松之助の演説が載っていました。
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 300年の歴史を持つ忠臣蔵も、時代によって描かれ方が変わっていったことが、この文章からも伺えます。

 面白いことが書いてありました。
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 忠臣蔵は雪が降らないと撮れないとあります。今ならば、綿や塩や発泡スチロールを使って雪のシーンを撮影するのでしょうに、この時代は降雪待ちだったのですね。綿や塩だって使えたのでしょうが、予算の関係でしょうかね。

 いつまでも雪が降らない可能性だってあったでしょうに、雪待ちをして、午前3時に総動員しての撮影って、すごすぎます。

 見開きの2~3ページです。
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 ここには撮影スケジュールが載っています。

 その冒頭部。
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 末尾。
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 たまたまでしょうけど、撮影日数が47日。ロケもあちこちで行っています。

 最後のページは丸ごと配役表です。
T15chushin03
 さすがに大正15年というと名前を知っている人さえほとんどいません。あと10年くらい後ならば、大河内伝次郎、片岡千恵蔵、阪東妻三郎、月形龍之介、山田五十鈴などなど、知っている人がたくさん並ぶのですけど。

 わがライフワークの「忠臣蔵配役表」(更新はずっと中断していますけど)の貴重な資料になります。

 このパンフレットの発行が大正15年の4月。主演の尾上松之助が亡くなったのはこの年の9月11日だそうです。松之助の最後の作品かもしれませんね。

2018年6月12日 (火)

金魚、再開しました

 昨年の10月頃、何度か金魚の話題を書いていましたが、あの金魚、全滅してしまいました。病気にかかったようです。限られた水槽の中のことで、ほんの数日で7匹が次々と……。

 本当にかわいそうなことをしました。

 あれから7ヶ月ほど経って、また飼い始めました。

 買いに行ったのは、東急多摩川線の武蔵新田駅近くの金魚屋さん。
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 ペットショップでもなく、アクアリウムでもなく、金魚屋さん。店の佇まいもなんか親しめます。(^_^)

 ところが、金魚専門店なのに、私が行ったときはあいにく品不足で、小さいのが4匹しかいませんでした。考えていたよりもだいぶ小さな金魚ですが、買ってきました。
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 去年飼っていたのはこういう大きさです。
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 だいぶ大きさが違いますが、このちびっ子たちを大きく育てる楽しみがあります。♪

 昨日、白いバックスクリーンを買ってきて、水槽の背後に貼りました。
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 貼るときに気泡ができてしまって、いくつもポチポチが見えます。どうも仕事が雑で。(^_^;

 4匹とも元気いっぱいに泳ぎ回っています。ムダに動くと疲れるだけなのにと爺むさいことを思ってしまいます。(^_^; 小さい子は動き回るのが仕事かもしれませんね。

 水槽の大きさからすればまだ十分に余裕がありますので、あと4匹くらい増やしたい気がしています。

 アップです。
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 もう1枚。
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2018年6月11日 (月)

東海大学で古事記学会(3)

 一昨日の、大会第1日目の夜は懇親会がありました。

 会場は、講演会場・研究発表会場の建物の地下1階にある学食です。
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 下の写真は開会前の様子です。
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 毛利正守代表理事の挨拶。
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 向かって右側のお二人は、懇親会の司会を務めてくださった伊藤先生、小野先生です。小野先生のお顔が切れてしまって済みません。懇親会の直前に司会を依頼されたそうです。なかなか油断のならない世の中です。(^_^)

 講演をしてくださった寺川先生の挨拶。
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 もうお一方の北條先生は、講演の後ご出張に行かれたとのことでした。

 会場に並んでいたお酒。
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 大会会場は高輪校舎ですが、文学部は湘南校舎にあります。北金目(きたかなめ)は湘南校舎の所在地、真田も近くの地名のようです。

 お世話になった東海大学の皆さま。
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 惟光さんをはじめ、皆さまには大変にお世話になりました。ありがとうございました。

 学会に参加した折には近隣の史跡巡りをすることが多いのですが、今回はどこにも行きませんでした。泉岳寺や、討ち入り後に細川家にお預けになった大石内蔵助以下17名の切腹地などはすぐ近くなのですが。(^_^;

 2日とも、地下鉄の白金高輪駅から会場まで往復しました。

 途中にあった天神坂です。
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 標柱をご覧になっている男性は、史跡巡りの途中のようでした。
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2018年6月10日 (日)

東海大学で古事記学会(2)

 昨日の古事記学会の公開講演会のうち、「古事記と景観・天文考古学」という演題で講演をしてくださった北條先生は東海大学文学部歴史学科にご所属で、専門は考古学だそうです。

 講演の目次は以下の通りでした。
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 このうち、3の「大和東南部古墳群の配列と龍王山」が興味深い内容でした。

 箸墓古墳から西山古墳に至るまでの古墳群は、龍王山の520mの山頂を強く意識して営まれているということでした。
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 西山古墳といえば、以前は名前さえ知らなかったのですが、4年前に天理大学で萬葉学会が開催されたときに、蜂矢先生に教えて頂いて見学した古墳です。思わぬところで繋がりました。

 さらに西に目を転ずると、唐古鍵遺跡も同じく龍王山を意識した位置に存在するとのことです。
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 そして、唐古鍵遺跡の位置は、夏至や冬至の太陽の昇る方角とも関係しているということでした。
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 さらにその西の伝応神天皇陵、伝仁徳天皇陵も一直線上に乗るのだとか。
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 これらの誤差は極めて小さく、また、視認可能な位置にあるとも述べられていました。

 その点で、いわゆる「太陽の道」の線上に乗るとされる伊勢の斎宮などや、また出雲大社とあとどこか2ヶ所が一直線上に乗るという説に対しては、誤差の大きさがはっきりしない点、視認できないほどの距離にあるという点で、懐疑的な考えを持たれているようでした。

 お二方目の「神話の体系化と神々―タカミムスヒノカミをめぐって―」という演題で講演をしてくださった寺川先生は、古い皇祖神と考えられるタカミムスヒがアマテラスにその位置を追われることになった結果、

 1.天地創造神としての性格を失った。
 2.多くの氏族の祖となる子神との関係を断たれた。
 3.天孫に設定されたホノニニギとの関係を弱められた。

という3点を、根拠を丁寧に説明なさりながら、述べられました。

 どちらの講演も、大変に興味深く拝聴しました。

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